11話【ウィッチ商会】
私たちは、セレネたちリーベル辺境伯家の使節団に【虚無の荒野】を案内する。
住人である天使族や竜魔族たちを紹介し、彼らの生活が普通の人と変わらぬ様子を伝えていく。
「魔族の人たちは、イスチェア王国でも認められていますが、こうして見ると他の人と本当に変わらないですね」
天使族と竜魔族の子どもたちが遊ぶ様子を眺めるセレネの言葉に、使節団に同行している者の何人かが頷く。
それは、愛らしくも神々しい容姿の天使族や、亜人である竜人が【竜化】した姿に近い竜魔族を受け入れる敷居が低いのもあるかもしれない。
「魔族と一言で言っても色々といるわ」
セレネを襲った【悪魔教団】の【悪魔憑き】の人が人間から悪魔族に変異したり、ガルド獣人国での討伐依頼で倒した人狼は、どちらも人に危害を加える非常に危険な魔族だった。
一方、魔族と定義される人たちには、亜人種の身体的特徴と若干の相違があるが、普通の亜人種とあまり変わらない人たちもいる。
一般的には、瘴気や汚染された魔力を浴びて精神汚染されて狂った魔族だけが討伐対象となっているが、種族差別が強い地域では魔物と魔族が同一視されたり、迫害対象になっていたりする。
特に大陸の西地域では、特定種族の魔族を問答無用で討伐対象に指定していたりもするらしい。
「お母さん、テトお姉ちゃん。また来ますね」
「ええ、待っているわ」
「また、遊びに来るのですよ~」
護衛の騎士や冒険者たちを連れて、イスチェア王国のリーベル辺境伯領に帰るセレネを見送る。
使節団とは今後の物品の交易についての取り決めなどを行なった。
また、翌年にはガルド獣人国からも使節団が来て、リーベル辺境伯家と同じような交易を求められた。
ガルド獣人国では、王家が窓口となり、国王の息子である第二王子が使節団の代表として補佐としてギュントン公が。そして、ガルド獣人国の東隣のローバイル王国の外交官も共にやってきた。
「こちらは、我が国の議会で決まった、魔女殿に行なった行為に対する賠償金でございます。どうぞ、お納めください。またこの場を借り、先王の愚行を深く謝罪申し上げます」
彼の後ろに控えるローバイル王国から運ばれたらしき荷物は、お金の他にも私が好んで買いに行っている食器工房やガラス工房、絵画などの美術品が贈られてきた。
ローバイルの外交官の行動に困惑する私は、ギュントン公に助けを求めるように目を向ける。
「お前の生存が確認できたのでな。ワシを仲介して、謝罪をしに来たのだ。どうする?」
「どうする……って言われても」
深々と頭を下げる外交官の姿に、いっそ哀れに思えてくる。
「はぁ、元々それほど気にしてないから、過去のことは水に流すわ」
「ありがとうございます。今後とも、よろしくお願いします!」
その外交官の変わり身の早さは、哀れに見えるように泣き落としする人選が送られたのではないだろうか、と勘ぐる。
「魔女様~、甘いのですよ!」
「はぁ、自分でもそう思うわ。テト」
テトが可愛らしく怒ってくれるので、私としても深い溜息しか出ない。
だが、多少は意趣返しをしてもいいだろう。
「もちろん、ローバイルとは土地は接していないですが、今後ともガルド獣人国を経由して、よろしくお願いしますね」
「は、はい……もちろんですとも」
私がハッキリとそう告げると、泣き落としの外交官がガックリと肩を落とす。
ピンチはチャンスとはよく言うが、謝罪の名目で近づいて、ついでに【虚無の荒野】と直接交渉できるようになろうと考えたのだろう。
それをきっぱりと拒絶されて、ガルド獣人国を通すように言ったのだ。
その展開を予想していたのか、ギュントン公が肩を震わせて笑っている。
この件でガルド獣人国は、ローバイル王国に対して、若干の有利な立場になったと言えるだろう。
そして、ガルド獣人国の第二王子である獅子獣人のレギントン王子と顔合わせしたが――
「我が国で名高い【空飛ぶ絨毯】の方々よ! ぜひ、手合わせ願いたい!」
「ギュントン公……」
「その、すまぬ。レギントン殿下は、武人気質なのだ」
虎獣人のギュントン公が、申し訳なさそうに耳を伏せていた。
なぜ、そんな人物を使節団の代表にしたのか……いや、第二王子に実績を作らせるための名目上の代表で、実務と交渉はギュントン公が中心なんだろう。
「それならテトが引き受けるのです!」
「おお、噂に名高き剣士のテト殿か! いざ、勝負を!」
ただレギントン王子の武人気質と言うか暑苦しい脳筋スタイルは、交渉役としてはイマイチであるが、テトやヤハドたち竜魔族の人との相性は良かった。
互いに存分に得物を振り回し、満足行くまで地面を転がり、終わった後は酒を飲み交わす。
テトやヤハドには敵わないが、竜魔族の戦士たちと互角以上の戦いを繰り広げたのだ。
魔力量は多くはないので長時間発動できないが、【獣化】と【身体剛化】を使った巧みな戦いは、Aランク冒険者にも匹敵する強さを持っていた。
「レギントン王子は、凄いわね……」
「うむ。あの性格で大雑把に見えるが戦巧者だ。惜しむらくは、魔力量が獣人王家としてはやや少ない点であるが、人を率いる将軍という立場であるならいくらでも補えよう」
大抵、何処の国も魔力量なども婚姻条件に含まれるために、貴族や王家などの位が高くなるほど魔力量が多い子が生まれる傾向が高い。
ただガルド獣人国は、複数の部族や種族の獣人の集合国家である。
昔は、部族や種族毎で婚姻をしていた獣人たちだが、獣人王家を中心に積極的に混血政策が行なわれている。
そのために魔力至上主義よりも血統による団結を求めたそうだ。
ちなみに獣人種族は、基本的に犬獣人や猫獣人など、異なる獣人の両親の間から生まれた場合、そのどちらかの獣人種族の子が生まれる。
レギントン王子の場合は、自身と同じ獅子獣人の父と狼獣人の母との間に生まれたそうだ。
また混血を続けたために時折、両親とは異なる先祖の獣人の血が出てくるのだそうだ。
血縁である虎獣人のギュントン公は、そうした先祖返りで虎獣人として生まれたのは、余談である。
そんな大いに武器の打ち合いを演じ、酒を飲んで友誼を結んだレギントン王子は――
「お主、中々いい腕をしているな! 私に仕えぬか!」
「すみません。私は、大恩ある大爺様と魔女様が居りますので、王子には仕えることはできません」
「そうか、残念だ! 気が変わったら私の許に来ると良い!」
ちゃっかり竜魔族の人を自身の配下にスカウトしている。
高い武勇と親しみやすさは、一種のカリスマなのだろう。
ガルド獣人国の使節団には、住人たちがまた来るようにと見送っていた。
そうして、二国との交易が予定された現在、決めなければいけないことがある。
「今までは私の【創造魔法】に依存していた物も外部からの交易に切り替える。そのために、商売を専門に扱った部署が必要よね」
『以前より、メイド隊の中で知的労働に高い適性のある者たちを選出しております。その者たちで商会を設立しましょう』
【虚無の荒野】は、自給自足の生活を行なっており、基本は物々交換が主流だ。
だが、外部との交易が始まるとなれば、金銭を介したやり取りが必要になる。
そのために、極めて国営に近い商会を設立し、そこを介して交易を行なおうと考えている。
「商会の資金は、ローバイル王国からの賠償金があるからそれを使いましょう」
『こちらからは、交易に使える品目を選出しておきます』
「お願いね、ベレッタ。念の為、外部との影響を考えて流出させない方が良い物や制限を掛けた方が良い物があるわよね。それと、【虚無の荒野】に引き入れちゃいけないものの選定よね。あと一応、商会理念もしっかりしないとね」
今から考えることは多数あるが、そうした判断はベレッタたちに丸投げした方が安心である。
適材適所……だが、メカノイドたちの労力が増えてしまいそうなので、また追加の奉仕人形たちを50人ほど増やした方がいいだろうか。
それとも魔族たちの中から仕事のできる人を探そうか、などと考えてしまう。
こうして【虚無の荒野】直営の商会であるウィッチ商会の前身が誕生した。
いずれは、この世界に魔力濃度が十分に行き届いたのなら、【虚無の荒野】の外に出たい子たちのテナントショップのような店を作っても良いかもしれない。
その先々が非常に楽しみである。
SIDE:いつか未来のウィッチ商会
各国に支店を置き、様々な事業を手掛けるウィッチ商会。
創業者の理念を反映して、堅実な商売を行ないつつも、革新的な商品を世に送り出してきた。
また、戦争や災害などで起きる不当な買い占めに対して、適正価格での販売や弱者の救済を行なうなど、社会貢献を行なっている。
創業者である【創造の魔女】との繋がりが欲しい国は、自国への出店を強く希望するが、強い信頼を構築できないと出店は叶わず、また信頼関係が維持できないと判断された場合には、速やかにその国から撤退するのだ。
『ご主人様、こちらが今月の配当になります』
「ありがとう、ベレッタ……って相変わらず、凄い額ね」
「おおっ、数字が一杯なのです!」
日がな一日、のんびりと過ごしている私は、ただ初期投資のお金を出したというだけで、ウィッチ商会の配当金の一部を得ている。
それでも巨万の富と呼べる金額が記されているのだ。
「正直、毎月こんなにお金を貰うのは気が引けるんだけど……」
『ですが、ご主人様の正当な権利です。特に主力商品は、ご主人様が開発された物が多いです』
身近な女性たちが求めたために【調合】スキルにより、スキンケア用品や化粧品などの開発を行なった。
元々は火傷や傷痕を消すための医療用を想定したクリームだったのが、それを商会で売り出したら富裕層の女性にヒットして、200年続くロングセラー商品となる。
その後も、身内の女性たちから乞われるがまま化粧品などを開発し、商会の主力商品となった。
また素材は、【虚無の荒野】――いや、現在は【創造の魔女の森】で手に入る素材を主に使っているために魔力濃度の関係で非常に質も高い。
他にも開発した魔導具などをウィッチ商会を通して世に広めていたために、開発者利益として莫大なお金が舞い込むのだ。
「はぁ、世に出さない方がよかったかしら」
各国にウィッチ商会を通して根を張り、社会貢献することで【創造の魔女の森】に対して、干渉しにくい状況を作ろうとしただけなのに、いつの間にか世界屈指の大富豪になってしまった。
だが、正直に言えば、こんなにお金は要らないのだ。
「こんな使い切れないほどのお金があっても困るし、そもそも必要ないわよね」
「それに魔女様には、【創造魔法】があるのです!」
自分が研究や趣味で使う分の素材や道具などは、【創造魔法】で揃えることができる。
商会からの配当金に比べれば微々たる物だが、別件での仕事もしているのでお給料もあるのだ。
基本的に欲しい物は、本やアンティーク、そして美味しい食事や食べ歩きに旅くらいなのだから。
こんなとんでもない金額を貰っても、身の丈には合わないのだ。
「それじゃあ、大金貨1枚分を私の口座に移して、あとはいつものようにね」
『畏まりました』
毎月、大金貨1枚だけ受け取り、あとは私に仕えてくれるメイドたちへのお給金や屋敷の整備費を差し引く。
そして残りは、ウィッチ商会の財団部門に任せて、必要な場所にお金を分配していく。
孤児院の運営、教会への寄付、学生の奨学金、研究者の研究費、難病患者のために医療費、魔力濃度を高めるために幻獣たちの保護と自然の保全などである。
いくら私が強くなっても、手が届き、助けられる範囲はそれほど広くなっていない。
だけど、この世の問題の8割は、お金で解決できるのだ。
私の下に集まったお金は、私一人では使い切れず、全ての貧しい人を救うには足りないが、ウィッチ商会を通して手を差し伸べれば、私一人より多くの人に手が届く。
陳腐な言葉かもしれないが、幸せな人生を皆に過ごしてほしいのだ。
そう願って、私は商会のお金を世界の未来に投資するのだ。
8月31日に、GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されました。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。