10話【時間と立場と状況が、途切れた繋がりを結び直す】
セレネが帰ってくるまでレイルさんとシエンナさんと共にお茶をしながら話をした。
彼ら視点だと、突然他国の貴族の話し相手にさせられ、無礼をしないか気が気でない様子だった。
「このお茶、すっごい美味しいのです! それとベレッタのお菓子も食べるのです!」
「あ、ありがとうございます。あっ、本当だ、美味しい」
「お茶は、あなたたちの国のローゼリンって茶葉よ。お菓子は、スコーンにこの土地で取れた果物を使ったジャムを添えているわ」
だが、それもお茶と甘いお菓子、それとテトのほんわかした雰囲気に二人の緊張も緩む。
そうして緊張の取れた彼らに色々と話を聞き、ライルさんたちのことを知ることができた。
「そう、ライルさんとアンナさんは、既に亡くなっていたのね」
「はい。私たちから見ても非常に仲の良い……と言うか、婆さんの尻に敷かれていました」
「昔、私たちはライルさんたちに、助けてもらったことがあるのよ」
本人たちは、逆に助けられたと思っているかもしれないが、異世界で最初に出会った人たちだ。
ダリルの町まで案内してくれて、お金や簡単な常識を教えてくれたのは、今でも助けられたと思っている。
「そう、だったんですか」
「ええ、そうよ。だから、懐かしい顔を見て思わずね」
そう言って、お菓子で盛り上がるテトとシエンナさんを見るとスコーンにたっぷりとジャムを付けている。
テトは、真っ赤なイチゴのジャムでシエンナさんは黒紫色のプルーンのジャムだ。
そのジャムを選んだのを見ると、なんとも妙な縁を感じてしまう。
「あなたのお爺さんたちは、どういう人生を歩んだの?」
「爺さんは昔、冒険者をしていて、婆さんと結婚して父を育てるために辺境伯家に騎士として勧誘を受けたそうです」
その縁でライルさんとアンナさんの息子と孫であるレイルさんたちも同じくリーベル辺境伯家に仕えているそうだ。
「妹のシエンナは、回復魔法の才能があったので奥様に直々に魔法を教えてもらっているんです」
「辺境伯家では、魔境や他国と接していますから怪我人を助けるために回復魔法を磨いています!」
そう元気に答えるシエンナさんだが、さっきまで頬張っていたスコーンの食べ滓が口元に付いており、微笑ましくなる。
「そう、セレネに回復魔法を教わったのね。それじゃあ、私の孫弟子になるかしら」
「そ、そんな!? 恐れ多いです!」
見た目は年下の私に対して、親戚のお婆ちゃんから孫のように扱われるのがなんともむず痒いのか、嬉し恥ずかしそうな表情を浮かべている。
そして――
「二人とも楽しそうにして。私も混ぜてほしいわ」
「「お、奥様!」」
微笑みを浮かべながらドレスに着替えたセレネがやってくる。
そのまま優雅に席に着けば、控えていたメイドがお茶を入れてくれる。
その所作は、見事の一言に尽き、幼かった少女の成長を感じさせる。
「次は、セレネのことを聞かせてほしいかな?」
「お母さん、もちろんですよ。私の自慢の旦那様と子どもたちについて」
セレネが結婚した後、夫であるリーベル辺境伯に愛され、四人の子どもが生まれたそうだ。
「みんな可愛くて、でもどう育てれば良いのか。旦那様と一緒に考えましたよ。貴族としての振る舞いが身を守ることも知っていますが、自由な生き方もしてほしい。お母さんたちもこんな思いをしてたのかな、と思いました」
「そうね。子育ての悩みは尽きがないものね」
私たちがうんうんと頷き、セレネの話に耳を傾ける。
そして、セレネはまだ話し足りないだろうが、内容に一区切り付き――
「いつか、連れてきたら私の旦那様と子どもたちに会ってくれますか?」
「もちろんよ。セレネの子どもたちに会うのを楽しみにしているわ」
「みんなで持て成すのです! 美味しい食べ物用意するのです!」
かつて立場や状況でセレネと別れることを選んだが、互いの取り巻く状況が変わったことで、こうしてもう一度会ってお茶会ができたことを今は、喜ばしく思う。
互いに和やかな気持ちで再会と互いの近況を話し合った後、僅かな沈黙と共にセレネが問い掛けてくる。
「お母さんとテトお姉ちゃんは、外部と交流する気はありますか?」
その問い掛けには、私は穏やかに頷く。
「ええ、引き籠もってもいられないからね。でも、付き合う相手は選ばせてもらうわ」
無秩序に【虚無の荒野】に来る者を相手にしているほど、暇ではないのだ。
誰かに割り振れる仕事は任せて、私はたまにテトと旅に出る余裕が欲しいのだ。
「その付き合う相手として、私たちリーベル辺境伯家を入れてもらえますか?」
幼い頃にこの地で暮らしていたセレネは、知っているはずだ。
この土地に多く植えられている世界樹のことを。
私の膨大な魔力で行なわれる道具への魔法の付与を。
私が調合を行なうために、自身で育てた多数の薬草のことを。
他にもセレネが確認していないだけでも、私の【創造魔法】で産み出す物品を欲してこの土地にやってくる人は、世の中に大勢いるはずだ。
その欲する人を見極め、私たちに紹介する窓口となる。
そうすることで私たちは、煩雑な人とのやり取りを可能な限り減らしつつも外界との関わりを適度に保つことができる。
リーベル辺境伯家も【虚無の荒野】の窓口を持つことで、この土地で手に入る物品を優先して扱え、他家、他国に対しての交渉材料を得ることができる。
互いに利益のある関係である。
「ええ、いいわ。国王たちも下手な貴族を介するより、私のことを知っているセレネを仲介役にした方がいいと判断したのでしょう。だけど、窓口の立場は永遠じゃないわ」
「ええ、分かっています。私や旦那様の代は良くても息子、孫の代でお母さんたちに失礼を働くかもしれません。その時は、遠慮無く関係を切ってください」
そこまでハッキリと言えるセレネには、成長のようなものを感じる。
それと同時に、いつまでも生き続けるだろう私と世代交代を重ねる自分たちでは、不変の関係が続かないことを理解している。
そのことに、少しだけ寂しさも感じてしまう。
8月31日に、GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されました。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。