9話【義娘セレネの来訪】
【虚無の荒野】に帰ってきた私は、変わりなく日々を過ごしていた。
私たちを見極めるために、ガルド獣人国からの使節団の派遣を約束したギュントン公だが、そうすぐに派遣する人員が決まるわけでもなく、また魔境の中を通らなければならないので、かなりの準備と時間が掛かるだろうと予想する。
そんな中、今度は別方向からの来訪者があった。
『ご主人様、リーベル辺境伯家を名乗る者たちが南西の方よりやってきました』
「リーベル辺境伯?」
「セレネが嫁いだ家なのです」
それは、義娘のセレネが嫁いだ家であった。
【虚無の荒野】にほど近い領地であるが、まさか調査団ではなく使節団が直接とは……
私とテトは驚き、ベレッタの案内で、リーベル辺境伯家の使節団が待機する結界の境界付近までやってきた。
今回は、結界の付近をうろついていたところを幻獣たちが発見し、ベレッタが報告を受けて、結界越しに用件を聞き出したようだ。
そこには、騎士らしき姿の青年たちを中心とした集団が待機していた。
そして、その青年の顔には見覚えがあった。
『ご主人様、こちらの方が使節団を率いるリーベル辺境伯家の騎士を名乗る方です』
「初めまして、私は――『【風鷹】のライルさん?』――」
予想してなかった人の顔に思わず、声を遮るように言葉を零してしまった。
その人物は、以前助けた冒険者パーティー【風に乗る鷹】の冒険者であるライルさんに似ていたのだ。
「お嬢さん? なぜ、俺の爺さんの名前を? それに爺さんたちのパーティーの愛称を?」
「お爺さん……?」
そうだ。初めて出会ったのは、もう50年も前なのだ。
それに、よくよく見ればライルさんと一致しない特徴が幾つも見つかる。
「兄様、どうされたんですか?」
「いや、このお嬢さんが爺さんの名前をな」
「お爺ちゃんの?」
同じく使節団の一員だろう。
ただ、白を基調とした聖職者のような服装に胸当てを付けたポニーテイルの女性がライルさん似の男性を兄と呼んでいる。
その女性も髪や目の色合いは違うが、同じパーティーのアンナさんの顔立ちによく似ていた。
「そうね。今なら孫くらい居てもおかしくないか」
「んんっ、改めて自己紹介をいいだろうか? 私は、リーベル辺境伯の騎士のレイル・ハリソンと言う者です」
「私は、従軍治癒師のシエンナ・ハリソンです」
「我々はガルド獣人国からの情報を聞き、辺境伯家の命令でこちらに先住する者がいると聞いて挨拶に参りました」
騎士のレイルと治癒師のシエンナの兄妹は、訪問の目的を伝えてくれる。
なるほど、ガルド獣人国からということはギュントン公が回してくれたのだろう。
その情報の中には、最近の異常現象の理由なども伝えてくれたのだろう。
独自裁量の強い辺境伯だからこそ、ガルド獣人国よりも早くに使節を送り出したのだろう。
「それで、いつ代表者の方とお会いできるのでしょうか?」
『こちらにいらっしゃるお方が、我々のご主人様である魔女のチセ様でございます』
「ええっ! こんな女の子に!?」
思わず声を上げる妹のシエンナさんがハッと口に手を塞ぐが、もう慣れた反応に苦笑いを浮かべる。
だが、使節団の一団の奥が急に騒がしくなる。
『奥様、お待ちください!』『あなた様が出るのはまだ後でございます!』『相手がどのような方か分かりません!』
そんな中、護衛の人々の頭上を【身体強化】でジャンプして飛び越えるのは、一人の女性だった。
黒にも見える深い緑の髪をした女性は、乗馬服を身につけて身軽に着地し、こちらに駆けてくる。
「お母さぁぁぁぁぁん、テトお姉ちゃぁぁぁぁぁん!」
年齢的には50代に近いが、魔力の多さが影響して老化のペースが遅く20代でも通じるほど若々しい女性が、少女のように軽やかに駆けてくる。
首には、ミスリルとユニコーンの指輪と私が贈った守護の指輪が銀の鎖で通されたネックレスをしていた。
そして、勢いのまま私とテトに抱きついてくるのを、ベレッタたちが驚いた表情で見つめていた。
「会いたかったです。チセお母さん、テトお姉ちゃん」
「全く、もう……みんなが驚いてるわよ」
「ほわわっ……セレネ、大きくなったのです! 立派なのです」
母と娘ほど見た目の年齢が離れた少女に抱きつき、私をお母さんなどと呼ぶセレネに周囲は混乱を続けている。
「それより、セレネ。あなたリーベル辺境伯夫人なのに、こんなところに来ていいの?」
「いいんですよ! もうじき、息子に爵位を継がせますから! それにお父様とお兄様たちと話し合って、お母さんとの交渉役として来訪しました!」
それに、お母さんとテトお姉ちゃんに会うために来ました! と力強く言うセレネに私は、困ったように笑う。
お父様とお兄様と言うと、イスチェア王国の元国王と現国王じゃないかと苦笑いしてしまう。
「お、奥様! そ、そちらの方とのご、ご関係は……?」
恐る恐る聞いてくるレイルさんに対して、セレネはふわりと貴婦人らしい微笑みを浮かべて答える。
「この方たちは、私の育ての母であり、魔法と格闘術の師でもあります。またイスチェア王国とガルド獣人国が認めた、この土地の正当な所有者でもあります。この方々への非礼は我が家への非礼と心得なさい」
そう高らかに宣言する姿は、立派な貴族が板に付いている。
「まぁ、立ち話もなんだから、屋敷に案内するわ」
『皆様、こちらにどうぞ――』
私が招き入れることでリーベル辺境伯の使節団が結界を通過する。
そして、森の奥に進み、狩猟や採取の時の休憩用の山小屋に歩いていく。
「お母さん、テトお姉ちゃん。昔よりも森が広がっていますね。それに昔にはなかった塔が建っていますけど、いつ建てたんですか?」
「あれは、流れてきた物らしいのよ。だから、それを修理して今は調合とかの工房になっているわ」
「そうなんですね」
もう大人なので言葉遣いもそれに合わせたものに変わったが、声色だけは少女のように弾ませるセレネを微笑ましく見る。
ただ、周囲としては、噂の荒野が森になっていることに驚愕し、塔など流れてこないだろ! とツッコミを入れたい雰囲気がひしひしと感じる。
「それじゃあ、ここを通ってね」
元々は、メカノイドたちによる植林作業――緑の道作戦の時に設置した転移門を案内する。
「あー、【転移門】。懐かしいですね、それじゃあ行きましょう」
「お、奥様、危ないですよ!」
ためらいなくセレネが通り抜ける中、私たちも潜り、他の者たちも馬や荷車などを置いて追い掛けてくる。
「ようこそ、セレネ。ここが今の私の家よ」
私専用の転移門ではなく、メカノイドたちの移動用に使っていたために屋敷の外に設置された転移門である。
そのために、転移門を潜った正面には、屋敷が見え、否応なしに私たちの文化的な物を目にする。
下手な貧乏貴族よりも立派な屋敷と、そこで働く統一感のあるメイド服を身に着ける洗練されたメイドたち。
更に、【虚無の荒野】の端から中央まで一瞬で転移する魔導具の存在。
結界で閉ざされた未開の土地の魔女の住処と聞けば、怪しい薬や呪物が並んだ小屋などを思い浮かべていたのだろうか。
それとも先住民ならば、文化水準の低い暮らしを考えていたのかもしれない。
だが、いざ蓋を開けてみれば、そこらの貴族と変わらない邸宅を持ち、使用人たちに傅かれているのだ。
認識が一変したのだろう。
たかが先住民から、他国の貴族レベルにまで認識が引き上げられた。
加えて、自身の仕える辺境伯夫人の恩人であり、セレネの異母兄である国王や既に王位を譲った父にも、その存在を認められているのだ。
下手に私へ失礼な態度を取ったら、ヤバい。
それだけは、全員が改めて認識したのを表情と雰囲気から感じ取る。
「それじゃあ、騎士の人たちは、あっちの宿泊施設ね。具体的な話し合いをするからセレネと護衛としてレイルさんとシエンナさんは本館の方ね」
「ベレッタに美味しいお菓子を出してもらうのです~!」
『ご主人様、セレネリール夫人には着替えが必要なようです。しばしお時間を』
「一応、ドレスを持ってきたのだけれど、お願いするわ」
あれよあれよ、という間にメイドたちにセレネが連れられて乗馬服から着替えるために別室に向かう。
メイドたちに着替えさせられるのに慣れている様子を見ると、やっぱり貴族になったのねぇ、と感じてしまう。
私なんかは、よくメイドたちにお世話したい、という視線を受けるが、自分の着替えなどは自分で行なっている。
お世話のし甲斐のない主で申し訳ないと思うが、そこが私の譲れない点である。
「さぁ、レイルさん、シエンナさん。セレネが戻ってくるまで、少しお話をしましょうか」
私がそう振り向いて言うと、付いてきた二人は、何故か怯えたような表情をしている。
別に取って食ったりしないのに。
ただ【風鷹】のライルさんやアンナさん、ジョンさんのその後が知りたいだけなのだが……
8月31日に、GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されました。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。