8話【旧友たちとの再会】
ヴィルの町に迎えられた私たちは、【虚無の荒野】の調査に来た冒険者と共に、ギルドのギルドマスターに会いに行った。
「おおっ、フレッドくん。帰ったのですか? 先ほど、町に魔物が襲来したような話があったのですが、外は大丈夫ですか?」
「あ、ああ、魔物と言うか……幻獣の類いだな。彼らに乗って町まで帰ってきたんだ。それと、重要参考人も来てもらいました」
「久しぶりね。元気にしてた?」
調査隊の犬獣人の冒険者――フレッドさんが横に退き、その陰に隠れていた私とテトが前に進むと、元ギルド職員だったギルドマスターは、掛けていたメガネをズラして驚いたような表情をしている。
「チセさん……テトさん、ですか」
「ええ、帰ってきたわ。お土産に魚の干物とお酒を用意したけど、どこかに置く?」
「美味しいお魚なのですよ!」
そう言えば、昔ギルドに挨拶した時、お土産を持っていくという約束を思い出しヴィルの町に向かう途中、杖の上で【創造魔法】を用いてローバイルで食べた美味しい干物と贈呈用のお酒を創り出し、この場に取り出した。
そんなお土産には目もくれず、大分若い頃より白髪や顔の皺、艶のなくなった毛並みなどの獣人としての老化が目立つギルドマスターが私たちの前に跪くように駆けてくる。
「良かったっ……良かったっ……無事で良かった」
人の目があるのに、子どものように顔をくしゃりと歪めて涙を流し始める彼に、苦笑いを浮かべる。
「一応、Aランクの冒険者よ。そうそう危ない目になんて遭わないわよ。それに私の信条は、慎重だって知っているでしょ?」
「知っていますとも! ですが、心配してたんですよ! ローバイルでの政争に巻き込まれて行方不明になったと聞いて!」
あー、確かに【不老不死】の秘密を求めて騎士や宮廷魔術師たちに囲まれる状況は、政争とも言えなくはないかもしれないなぁ……と遠い目をする。
その後、殆ど公的に冒険者ギルドを使わず、転移魔法で色々な町でポーションや薬草を売ってお金稼ぎして、本や食器、美術品などをこっそり買いに出かける日々だった。
「それで、どうしてチセさんとテトさんが!? 【虚無の荒野】でいったい何が!?」
そして、落ち着いたギルドマスターに再び事情を説明すると、やっぱり納得いかないような表情をしている。
「うーん。チセさんたちは、魔力の薄くて不毛な【虚無の荒野】を再生させたのですか? その過程で地震や謎の発光現象があって、あの巨大な竜は友達、と? あと、保護した人や魔族と共に小さな集落を形成していると……」
「まぁ、そういうことね」
軽く纏められた言葉に、そう頷くと、ギルドマスターは頭を抱えている。
「ギルマス、大丈夫か? 俺たちも意味が分からんのだが……」
「あ、あはははっ、私は大丈夫です。ですが、あなたたちの仲間の二人が放心状態ですけど……」
未だに呆然自失の竜人と鳥系獣人に目を向けるギルドマスターに、私が補足する。
「ああ、気にしないで。私の土地の住人に一目惚れして失恋しただけだから」
「それは、別の意味で大丈夫なのでしょうか……」
なんともやや困った様子で皆で顔を付き合わせる。
「とりあえず、ハミル公爵にも会いに行く予定だから……」
「チセさんたちが動くと大変なことになりそうですから、この町で待機してほしいですね。それと久しぶりに、アレをお願いできますか?」
「あー、はいはい。あれね。了解よ」
私とギルドマスターのやり取りが分からずに困惑する調査隊の人たちだが、テトが目を輝かせている。
「早速、行ってくるのです!」
「あっ、行っちゃった……まぁ、その間に私たちの宿屋の用意をお願いね」
「……了解しました」
そうして、調査の依頼主であるハミル公爵からの連絡と迎えが来るまで冒険者ギルドに滞在した。
その間、私とテトは、冒険者たちへの指導と模擬戦を引き受けた。
私たちのことを知る冒険者たちは、20年ぶりの指導に喜び、テトに訓練所の地面に転がされ、それを私が回復魔法で治療する。
気ままな冒険者生活を続けてた時のことを思い出した。
そして、一ヶ月後――
「まさか、あなた直々に来るとは思わなかったわ。久しぶりね、ギュントン王子。ロールワッカさん」
「久しぶりなのです!」
ギルドの応接室で面会した二人は、私とテトを見て苦笑を浮かべる。
「もう王子ではないさ。今は、国王の大叔父のハミル公爵。もしくはギュントン公だな」
「私も秘書官ではなく、家宰のロールワッカです」
歳を取れば、外見だけでなく立場や役目も変化する者がいる。
青年から老人になり、若き外交官から老公爵に、補佐官もその家の家宰になった。
それでも若い頃の外交の経験から周辺国との調整役は続けているようだ。
「それにしても行方不明と聞いていたが、やはり生きていたか」
「やはりって、確信でも持ってたみたいね」
調査隊の人たちに、もし私が居たら怒らせるな、なんて余計な一言を残したのだ。
生きていると確信した理由でもあるのだろう。
「お前のような強かな者がそうそう死ぬはずはないと思っていた」
「他にも理由があるんじゃない?」
「もちろんだ。【虚無の荒野】の土地の承認で交わした魔法契約がある。あれに異変がないということは、今も契約主は生きている証拠だ。ほとぼりが冷めるまで隠れてまたひょっこりと姿を現わすと思っていた」
ただ言わないが、他の不老の賢者や魔女たちのように自身が忘れ去られるまで隠れ続けようとすることを見抜かれたために、少し居心地が悪くなる。
「だが、不用心でもあるぞ。ローバイル南部のガラス工房や食器工房、港町の画商の店、イスチェア王国の茶葉の名産地。他にもそれなりに大きな町で本を買い漁る少女がいる。バラバラの場所でお前たちに似た特徴の少女たちが目撃されている」
「魔女様。全部魔女様と行く場所なのです」
相手は、王族で有り国内外に伝手を持つ公爵なのだ。
彼の情報網に私たちの情報が引っかかったのかも知れない。
得意げに告げてくるギュントン公に、全部自分であることを認めるのは癪なので、ふて腐れたように視線を逸らす。
そして、ロールワッカの淹れてくれたお茶を飲み落ち着いたところで改めて本題に入る。
「話は聞いたが、どこまで本当だ?」
「殆どが本当よ」
私がそう答えると、虎獣人であるギュントン公の鼻がヒクヒクと動き、不愉快そうに顔を歪める。
「全く、貴様は平然と嘘を吐き、悪びれもしない。私の前で嘘は不要だ」
既に60か70代にもなろうギュントン公だが、嗅覚による嘘の真偽は相変わらず冴え渡っているようだ。
なので、調査隊の人には話していない本当の【虚無の荒野】について語れば、ギュントン公もロールワッカも面倒事を、みたいな表情を浮かべている。
ついでにユニークスキルの【創造魔法】と【女神リリエルの使徒】であることも告げる。
「話の内容は、荒唐無稽なのに。ワシの嗅覚では嘘は吐いていないと出ている。頭が混乱しそうだ」
「ギュントン様。私もでございます。ですが、事実であるならチセ様との友誼を結んでいるのは僥倖でございます」
「そうだなぁ。その前に一つ尋ねたい。チセよ――お前は、国王にでもなるつもりか?」
「魔女様が、王様、魔女様、王様……魔女王様……うーん。イマイチなのです」
話の聞き手に徹していたテトがそう呟いているが、私はその質問に対して、胡乱な目で答える。
「なる気はないわよ」
「だがなぁ、チセ。民がいて、領土があるのなら、あとは他国が認めればそれはもう立派な国だ。そして、その国を纏め上げる者を必然的に王と呼ぶのだ」
聞き分けのない子どもに言うように話すギュントン公に言われても、私が王になった実感がないのだ。
私は、どこまで行っても気ままな魔女なのだ。
「それに女神の使徒になったということは女神の代理人であり、人を率いることも認められたに等しいぞ。王朝を建てる正当性も十分だ」
「王権神授説ってやつ? 確かに誰も私のことを王とは呼ばないけど、実質的には王なのかもね」
自嘲気味に笑う私に、ギュントン公は、不安そうにこちらを見る。
「ガルド獣人国の貴族になると言うのであれば、推薦する。それともリーベル辺境伯夫人の縁でイスチェア王国の方に下るか?」
「残念だけど、どちらもないわ。貴族になるとその分、責任や義務が生まれるからね」
私たちは非常に人数が少ないが、私やテト、ベレッタ、古竜の大爺様、それに魔族のみんなは、一人一人が高い戦力を持っている。
それがどこかの国や勢力に肩入れしたとなれば、国家間のバランスが崩れる。
そうなることを私は望まないために、【虚無の荒野】全体としては中立を貫くと思う。
「Aランク冒険者の魔女のチセが率いる新たな部族と接触したことを国王には伝えよう。一介の冒険者が立ち上げた集落よりは、まだ周囲への牽制ができるだろう」
ガルド獣人国は、獣人の部族や集落などから発展した国で、そうした繋がりや名残が強いために無下な扱いはされないだろう、と溜息を吐きながらギュントン公が言う。
「ありがとう、感謝するわ」
「それと最後に一つ――お前は本当に【不老不死】なのか?」
ローバイル王国で狙われた理由を聞いたんだろう。
私たちのところに調査に来た冒険者の人たちはそのことを口にしなかったから箝口令が敷かれていたのかもしれないが、国の中枢に近いギュントン公は聞いているんだろう。
「不老であって不死ではないわ。多分、私の首を刎ねれば普通に死ぬと思うわ」
私の言葉に、苦虫を噛み潰したような表情のギュントン公は、深い溜息を吐き出す。
30年以上前から付き合いがあり、一切歳を取らない私たちになんとなく気付いていたのだろう。
「今度、調査隊とは別に使節団として人を派遣する」
「ええ、分かったわ。楽しみにしているわ」
互いの交流を約束した私たちは、ギュントン公との面会を終えた。
こうして、私たちに訓練を付けられた冒険者たちに惜しまれつつ、辺境のヴィルの町から一ヶ月ぶりに【虚無の荒野】に帰ることができたのだった。
本日8月31日に、GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されました。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。