7話【虚無の荒野調査隊】
【虚無の荒野】の環境が再生して魔力が充実したことで、リリエルが大結界を張り続ける必要性がなくなり、大結界の強度は年々弱まっている。
女神といえども力の発動には、信者の祈りと共に捧げられる僅かな魔力を集めて、奇跡を起こしている。
ならば、人々の生活に直結しない大結界の維持よりも豊穣の加護で人々に還元した方がいいのだ。
だが、そうなると弱った大結界から様々な物が流出入する。
植物、動物、魔物……そして、人だ。
いずれは、人々が調査に来るだろうことは予想できた。
「まぁ、調べに来るわよねぇ。相手は?」
『ガルド獣人国からの調査隊のようです。結界外から【虚無の荒野】内部を遠視系のユニークスキル持ちの冒険者が観察しておりました。その際、魔物の不意打ちを受け、それに駆け付けた竜魔族たちが保護しました』
それは仕方が無いかぁ、とベレッタに連れられて、保護した人たちの下に向かう。
村の広場には、若い冒険者のパーティーが集められていた。
魔物と応戦して傷ついたが、ポーションで治療したのか既に完治している。
亜人種で構成された四人パーティーには、鳥系の獣人と竜人が居り、見た目が近い魔族を見ても、大きな混乱はなさそうだ。
「ここは、なんなんだ? 聞いていた話と違うではないか」
「美しい……お嬢さん、お名前は」
「可憐だ。遠くから見ておりました」
リーダーらしき犬獣人の冒険者が、村々を見回して愕然としている。
そして、竜人の男性は、竜人に近い容姿を持つ竜魔族の女性にアプローチを掛け、同じく鳥系獣人の冒険者も翼を持つ天使族の女性に粉を掛けようとしている。
「残念だけどその二人は、既婚者の子持ちだから、横恋慕はダメよ」
「むっ、人間の少女? それにメイド? いや、魔族の村なのだから、お前も魔族なのか?」
落胆する竜人と鳥系獣人の冒険者を無視して、私に目を向けるリーダーの男性。
「すまないが、この集落の長を出してくれないか? 俺たちは、ガルド獣人国から派遣された調査隊だ。色々と聞きたいことがある」
『失礼ですよ。この方こそが、この土地を治めるご主人様です』
私が答えようとしたが、それよりも先にベレッタが相手を牽制する。
それに対して、目の前の男性が訝しげな表情を浮かべる中、私も挨拶をする。
「まぁ、治めるっていうのは言い過ぎだけど、代表のような者ね」
「こんなお嬢さんが……」
「残念だけど、これでもあなたの倍以上は生きているのよ」
そう言って自嘲気味に笑う私に、リーダーの男性が神妙な表情になる。
どうやら、もしも住人と接触した時のために冷静な話をすることができる人物が選ばれたようだ。
もしくは、私の性格を考えて真面目な人を選んだか……
「改めて自己紹介するわ。私は、魔女のチセよ」
「魔女様を守っているテトなのです! よろしくなのです!」
私がそう告げると、失恋して落ち込む竜人と鳥系獣人の二人とは別の仲間が声を上げる。
「魔女のチセ、剣士のテトってことは――【空飛ぶ絨毯】?」
「私たちを知っているの?」
「それは当然よ! ガルド獣人国では、寝物語に聞かされるわよ。空飛ぶ絨毯に乗って現れる冒険者の話! でも、噂だと死んだか、故郷に帰って引退したって聞いてたけど、まさか、こんな場所に居たとは……」
「ん? ちょっと話が見えないわね。互いに情報交換しましょう」
そして彼らの話を聞いた。
【虚無の荒野】の周辺国では、様々な現象が確認されている。
地震が頻発し、謎の発光現象が目撃され、最近では巨大な竜が【虚無の荒野】の方向から飛び立ち、民を大いに不安にさせている。
大昔に女神たちが結界で封印していた邪竜が、遂に解放されたのではないかなどと世間では語られているそうだ。
「俺たちは、その真実を探るために、ハミル公爵の依頼で調査に来たんだ」
もしも本当に、国家に仇なす存在が居た場合には、各国も討伐を視野に入れた行動を取るつもりらしい。
「【空飛ぶ絨毯】のパーティーが【虚無の荒野】の土地の所有権を持っていると聞いている。凶悪な存在を封印するために土地を手に入れたが、暴虐な前ローバイル国王の手によって二人が亡き者にされたために封印が弱まったなんて話も流れている」
「他にも女神の結界が弱まっていることで、五大神教会も大分混乱していたみたいね。禁忌の地が解放されれば災いが広がるとか」
そこまで話が大きくなっているのか、と二人の話に遠い目になってしまう。
外交的には……まぁ互いの国の努力でなんとかしてもらうとして、宗教的にはリリエルたちが神託を下ろしてなんとか落ち着けて欲しいと願う。
(――無理ね。神託を受け取れる人いないし、居たとしても自己利益のために恣意的に曲げられるわ)
そんな声を脳内に聞いたような気がした。
「そ、そう……それでハミル公爵って、当主はギュントン・ハミル公爵かしら?」
ガルド獣人国のギュントン王子も私たちがローバイル王国に旅立つ頃には、ハミル公爵家に婿入りして、公爵を名乗っていた。
「そうだ。公爵からは万が一に、チセ殿に会った場合には、絶対に怒らせるなと言われた」
「全く、人をなんだと思っているのよ」
そう溜息を吐くが、久しぶりにガルド獣人国の友人たちの話を聞いたら、会いに行きたくもなった。
その後、私たちのことも多少嘘を混ぜながら説明した。
ローバイル国王に狙われた際に逃走したこと。
そこから10年間は、各地を転々としつつ、人間の子どもや幻獣たちを保護し、天使族と竜魔族を【虚無の荒野】に移住して生活してもらっていること。
【虚無の荒野】は、確かに昔は荒れ地だったが、数十年掛けて皆で植樹し自然を再生させて、魔力が充実した環境に生まれ変わったこと。
その過程で地殻変動が起きたが、周囲には何の影響もないこと。
謎の発光現象も、私たちの魔法による土地の再生の一環で発生したものであること。
目撃されている竜も、竜魔族の人たちが信仰する上位の竜で私の友人であること。
ただ、話の内容の半分は、荒唐無稽過ぎて嘘のように思われてしまっている。
「全ての異常現象に理由があるのだな。だが、にわかに信じられん」
「いくらAランク冒険者だったからって……信じられないわ」
調査に来た冒険者たちは、そのまま鵜呑みにすることができずに困惑している。
「まぁ、別に信じなくていいわ。それより町まで帰れるの? ヴィルの町まで送り届けましょうか?」
「できれば、俺たちの依頼主のハミル公爵に会ってほしいんだけどな……」
自分たちの口から説明しても到底信じられないし、信じたくもない、といった様子だ。
「まぁ、いずれ外界との接点は必要だったし、会いに行くわ」
魔力濃度の低い環境では十分に力を発揮できないためにメイド隊を調整役に派遣することはできないから、ここは私たちが直接出向くしかないだろう。
「ベレッタ。私たちは、少し出かけるから不在の間の管理は任せるわ」
『お任せください、ご主人様。ご主人様が帰ってくるまでこの土地は我々がお守りします』
「それじゃあ、行きましょう」
「行きましょうって今からか!?」
その直後、森の方からこちらを窺っていただろう、幻獣のペガサスとグリフォンが私たちの傍に降り立つ。
「あなたたちが手伝ってくれるのね。ありがとう」
「それじゃあテトは、魔女様と一緒に杖に乗るのです」
唖然とする調査隊の冒険者たちをそれぞれ乗せたペガサスとグリフォンが空に飛び上がり、私も【魔杖・飛翠】に跨がり、後ろにテトを乗せて、ガルド獣人国のヴィルの町に向かう。
20年ぶりだろうか、などと思いながら、森の上空をペガサスとグリフォンたちを率いて飛び、町の前に降り立った時、彼らを下ろした幻獣たちは、再び空に舞い上がり【虚無の荒野】に戻っていく。
一方、昨今は【虚無の荒野】の巨大な竜に警戒していた辺境の町から魔物の襲来と思ったのか、冒険者や戦士たちが次々と現れる。
そして――
「なっ!? その恰好! チセさん!? それに、テトさんも!?」
「なんだか、懐かしい顔ぶれが揃っていて嬉しいわね。久しぶりね」
「こんにちは、なのです!」
魔女の三角帽子の鍔を押し上げて見る冒険者たちの顔ぶれは、20年以上前にヴィルの町で指導した新人冒険者だった子どもたちの面影があった。
名前はすぐには思い出せないが、みんなベテラン、と言って差し支えないほどになっているようだ。
そうして、大きな混乱と歓喜と共に、私たちは久しぶりに踏み入るヴィルの町で歓迎を受けた。
8月31日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されます。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。