6話【塔の活用法】
花見が終わって桜が散れば、私たちの日常が戻っていく。
そうした日常の中で、私たちの周りにも新しい変化や発見を見つけた。
第一に【創造魔法】で創った桜の木についてだ。
私の記憶の中の桜を【創造魔法】で創り出したのだが、その性能は高い魔力生産能力を持っていた。
世界樹には劣るものの、通常の木々に比べれば高い魔力生産能力を誇っており、若干の魔物の凶暴化を沈静する効果も持っていたのだ。
前世の日本では、桜の木々には、『魔除け』や『邪気払い』などの力があるとされていたので、そうした意味合いを持つ木々が異世界に持ち込まれた結果、そうした力が発現したのだろう。
『ご主人様。とりあえず、この桜の木々を研究いたしましょう』
世界樹は、薬用としても使われ、木の枝なんかは杖などの魔法の発動体にも使われるので容易に拡散することはできない。
だが、桜の木は、世界樹ほどに効果が強いわけではなく、用途も魔力生産能力と魔物の沈静化のみであるために、挿し木によって今は少しずつ数を増やしている。
「まだ挿し木は小さいけど、10年後、20年後には沢山の桜がまた見られるのかしらね」
10年後、20年後に出来上がる光景が今から楽しみである。
そして、ベレッタたちによって修復された【時空漂流物】であった塔は、私やメイド隊の一部の者たちが活用することとなる。
「前々から、色々と試したかったのよね」
ここ数十年は【虚無の荒野】の環境の再生と魔力の生産を重視して活動していた。
だが、最近は非常に順調で、私が手を加える必要もなくなっていることから、この塔で個人的な魔法実験を始めることにした。
「高い魔力と生命力を持つ世界樹に接ぎ木をしたら、果物にどんな影響を与えるのか……」
一本の世界樹の苗木を塔の傍に植えて、その木にリンゴやオレンジ、梨などの異なる果樹を接ぎ木して【回復魔法】を使う。
異なる木の融合はある意味、合成生物のキメラの創造にも通じるところがあったが、流石にキメラ作りをする気はない。
そして、世界樹への接ぎ木の実験は、驚くべき結果が生まれた。
「なるほど……世界樹自身の魔力生産能力が落ちる代わりに、生産された魔力が果実の方に向かうのね」
「魔女様~、これ魔女様が食べてる不思議な木の実と同じなのです~!」
テトが言う通り、世界樹の接ぎ木でできた果物は、【不思議な木の実】と同質の効果を持つ果物に変化したのだ。
食べると魔力量の上限が増える【不思議な木の実】を【創造魔法】を使わずに生み出すことができた。
私が創造魔法で産み出した物は、梨の一種類だけだったが、これで違う味の物が食べられる、と喜んだ。
世界樹自体の魔力生産能力は、桜の成木ほどまでに落ち込んだが、生み出す魔力が果実に凝縮されたんだろう。
「高位の冒険者や貴族の一部が魔力の豊富な魔物の肉を食べるのと同じなのかしらねぇ」
昔から確証はないが魔力の豊富な物を食べると魔力量が増える、と言われている。
そのことから冒険者は討伐した魔物の傷みやすい部位を、貴族は冒険者に依頼して手に入れた肉を食べているそうだ。
ただ、そうして外部からの魔力を取り込むだけなら、マナポーションを飲んでも魔力量が上がることになるために、魔力とは別の不思議な物質を取り込んでいるのではないか、と仮定し一本の論文に成果を纏める。
そんな個人で興味のある研究をする私は、時折、この塔に出入りするメイドたちと話し合いをする。
ある時は、メイド隊の一人が小さな木箱を持って私の前にやってきた。
『ご主人様。新しい衣服を仕立て上げるために、魔蚕の飼育の許可をお願いします』
『ご主人様。このレッドアイ・スパイダーの伸縮性のある繊維を使うために飼育の許可を!』
『ご主人様。住人たちからもらい受けた幻獣の獣毛の処理を行なうために、薬品の使用の許可を』
服飾を専門とするメカノイドたちが、そのようなお願いをしてきたのだ。
魔蚕とは、世間一般的に高級繊維を作り出し、家畜化されている魔物の一種であるために、許可はできる。
また、住人たちが幻獣たちの抜け毛などを集めた獣毛の洗浄や処理、加工には、薬品を使うことが必要なので調合施設も入っている塔で行なうのがベストだろう。
ただ――
「レッドアイ・スパイダーって確かDランク魔物よね。危険はないの?」
木々から木々にその伸縮性のある糸で飛び移り、獲物を上空からのしかかるように仕留めるために、森の狩人などの異名で呼ばれる魔物だ。
身体能力の高い魔族といえど、子どもなどすぐにやられるような生き物だ。
『幻獣たちが保護しているところを発見し、私たちが調教しました。問題はないと思います』
『シュルルルッ――』
『ちなみに、この子は、桜の苗木の傍に巣を作っていたので、その影響で凶暴性を消失したのだと思います』
そしてこちらにお願いするように手足を擦り合わせて、鳴いてくるレッドアイ・スパイダーに、芸達者だなぁ、などと思ってしまう。
ただ、雰囲気からして昔に倒したレッドアイ・スパイダーよりも丸い、というか敵意や害意、殺気のようなものが感じない。
「もしかして、変異種とかかしら? 一応、許可するけど、万が一の時は責任を持って処分するように」
『わかりました!』
『ご主人様。それでは、ハニービーをご検討を』『こちらは、トレントを』『では、マタンゴを』『モンスタープラントを!』
魔物の飼育を許可したら、次はミツバチ魔物、樹木魔物、菌糸魔物、雑食性捕食植物魔物などを提案されたが、流石に一度に【虚無の荒野】に受け入れる余裕はない。
というか、その辺りの魔物は、次第に移住してきそうなので保留とした。
特に最後のモンスタープラントは、下位の魔物を食べさせて植物魔物の核に魔石を凝縮する人工魔石牧場にするつもりかもしれないが、色々と危険すぎるので却下した。
そんなことがあって、私一人では広い塔もメカノイドたちも使うようになった。
そして私は現在、この塔の工房で主に三つのことを研究している。
「うーん。この組み合わせは失敗ね。魔力抜きをした後、廃棄ね。次は――」
一つは、【虚無の荒野】の村々に置いておく常備薬のポーションなどを調合する傍ら、様々な本に書かれていた魔法薬を手当たり次第に研究する調合の研究。
「ああ、空飛ぶ幻獣たちの背に乗ることが多いから安全のために落下防止の魔導具を作らないと――《フォーミング》《エンチャント》《チャージ》!」
大爺様と魂が繋がっていた砕けた巨大浮遊石の欠片と鉄を土魔法の《フォーミング》で成形し、《エンチャント》による落下防止の効果を付与する。
最後に鉄自体に膨大な魔力を注ぎ込み、鉄を黒い魔法金属である魔鋼に変質させたアクセサリーを作る。
こうした日常で使う魔導具作りを研究する魔導具工作。
そして最後に――
「うーん。大人になる魔法――《イミテーション》!」
魔法のイメージを固めて、実際に新たな魔法を作り出す魔法研究だ。
今使った魔法は、光と闇の混成魔法による大人になった自分の幻影を纏うというアプローチだ。
質量の持った闇魔法を身に纏い、その表面に光の幻影魔法を貼り付けるのだ。
その結果、テトと同じくらいの身長の私になるのだが……
「うーん。変なのです。すごい変なのです!」
「やっぱり、ダメね」
その場で一回転してみせるが、動きや表情がぎこちない。
ハッキリ言えば、闇魔法の質量の伴った魔力の着ぐるみを着たような状態なのだ。
手足の動きが鈍く、足下も魔力の下駄を履いているような状態で身長を底上げしているので、不安定だ。
それに触れば、本物の肉体としての感覚と違うことが分かる。
更に、光魔法の幻影も私の表情などと連動しないために、貼り付けたような表情をしている。
「こんなものは、大人になる魔法とは言えないわね」
「そうなのですか。残念なのですね」
そう言って、魔法からのアプローチの方法が失敗してしょんぼりするテトだが、まだまだ魔法による大人――成人化を諦めたわけじゃない。
それに、この魔法も一瞬では判別が難しいから、緊急時の分身やデコイの魔法の方がまだ使い道がある。
または、魔力を纏うという観点から《バリア》などの結界魔法とは異なるアプローチの防御魔法になるかもしれない。
そんな調合、魔導具、魔法の研究と称した遊びで日々を過ごしており、それにテトも付き合ってくれる。
「魔女様~、まだ研究するのですか? テトと一緒に遊ぶのです」
「そうね。今日はもうこれくらいにしましょう」
一人でいると延々と塔に籠もりそうだが、テトがこうして外に連れ出そうとしてくれるために、適度な息抜きやメリハリのある生活をすることができる。
テトと模擬戦して魔法や身体強化の勘や腕を錆び付かないようにしたり、普通に森の中を散歩したり、テトの魔石を確保するために【虚無の荒野】の大結界外まで出かけて魔物退治したり、たまに転移魔法でお金稼ぎや買い物に出かけたりする。
そんな穏やかな日常だ。
『ご主人様、少しお時間よろしいでしょうか?』
「どうしたの、ベレッタ? こんなところに来て」
メイドたちを統括する立場にいるベレッタが直接、この塔に来ることに珍しく感じた私とテトが首を傾げる中、ベレッタからとある報告を受ける。
『ご主人様、以前より予期していたお客様が来ております』
その言葉に私が遂に来たのね、と感じる中、テトは私たちのやり取りが分からずに今度は逆に首を傾けている。
8月31日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されます。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。