5話【花見の一幕】
突如、告知された花見の開催は、【虚無の荒野】を一夜にして沸かせた。
『魔女様が皆のために春の祭りを開くそうだ――』
その話は、屋敷のメイドたちに、天使族、竜魔族、古竜の大爺様に幻獣たちの間にも広がった。
そして、当日には――
「こうなるとは、予想しなかったわ」
「おー、いっぱい集まったのです!」
お祭りだからと【虚無の荒野】の住人が料理を持ち寄り早速食べており、人と共に生きる幻獣たちも集まり、子どもたちと追いかけっこしていた。
古竜の大爺様もその巨大な体を小さく丸めて、少し離れたところからたった一本しかない桜の花を眺めていた。
『ほぉ、これが魔女殿の故郷の花か。なんとも風情があるのぅ』
「大爺様、来てくれたんですね」
『もちろんじゃ。長く生きる者にとって、最大の敵は倦怠じゃ。精神の死は存在の死じゃからな。楽しそうなことには、率先して参加するのじゃよ』
浮遊石に縛られていた頃とは違い、精力的に各地を飛び回っていた大爺様は、以前よりも精神的に若返ったように感じる。
「大爺様、一緒にお酒を飲むのです!」
『おおっ、これは魔女殿が秘蔵する古酒か。では一杯』
そして、そんな大爺様の前に酒樽を二つ肩に担いだテトが下ろして、酒樽の蓋を割る。
「ああ、20年物のお酒を水のように……」
12歳の体の私ではお酒は飲めないが、どうせ不老なのだからと熟成していたお酒だ。
町で買い集めたり、【創造魔法】で作った若いお酒を屋敷の地下で寝かせ続けたものだ。
今日の花見のために用意していたお酒だが、予想以上に人数が多く……また大酒飲みの二人により予想以上に消費量が激しい。
「仕方が無い。ベレッタ、配る準備をして。――《クリエイション》お酒!」
【創造魔法】でテトたちが飲むお酒と別のお酒を酒樽ごと創造する。
今回創造したのは、お米を原料とした日本酒、もしくは清酒と呼ばれる物だ。
年数もほどほどの熟成期間である3年物を生み出したために20樽ほど用意することができた。
『ご主人様、これはご主人様の仰っていたお米のお酒でしょうか』
「ええ、そうよ。まぁ、調味料で使うみりんとは別物ね」
ベレッタたちメイド隊は、日夜屋敷の管理や農作物の栽培の他にもそれらの活用に心血を注いでいる。
――『全ては、ご主人様の求める故郷の味のために』
その思いで醤油や味噌、料理酒などを試作しているが、流石に私の知識には調味料作りの記憶はない。
あるのは、【創造魔法】で創り出した完成品の調味料ばかりなので、それを元に研究し、再現し、完成度を高めて、私好みの食卓を揃えるのが皆の夢らしい。
『ご主人様に、この【虚無の荒野】産100%の食事を提供してみせます!』
「ありがとうね。期待しているけど、今の食事も十分に美味しいわよ」
『勿体ないお言葉です』
そして、メイドたちがお酒を配る中、少し離れた場所に敷物を広げて、そこに座って桜の花を眺める。
夜桜とは違い、賑やかな喧噪の中の花見もまた楽しげである。
時折、【虚無の荒野】の住人たちが挨拶にやってきて、幻獣たちも私の魔力欲しさにじゃれてくる。
そうして花見が進んでいくが、最初はみんな珍しい魔女の故郷の花を見ていたが、次第に飲み食いに主軸が移っていくのを見て、どの世界でも花より団子か、と苦笑いしてしまう。
そんな中――
『うんん? メイドの私たちのお酌が飲めないのですか?』
「い、いや……流石にあまりお酒は強くないですから」
『折角、ご主人様が用意してくださったお酒なのです。飲まないと罰が当たりますよ』
「う、ううっ……」
ただ、どうしてもお酒が入ると酔って身勝手な振る舞いをする子がいるようだ。
「ベレッタ……」
『あれは、第二世代の子でございます。少々失礼を』
そう言ったベレッタは、音もなくそのメカノイドに近づき、背後から絞め技をする。
『メイドたる者、お客人への持てなしと強要の区別を付けないでどうするのですか……!』
『メ、メイド長!? あ、ああ、折れる! 折れます! そして、吐きます、出ます!』
『一度、オーバーホールした方がよろしいかと。それか解体処分を推奨します』
『ひぃぃぃっ、殺さないで!』
最初のメカノイドであるベレッタ。
そして【創造魔法】で創り出した初期の奉仕人形の20体は、メカノイドとなってそれぞれの個性はあるが冷静な性格をしていた。
対して、ユイシアが旅立った後に加わった第二世代のメカノイドたちは、他者との接触回数が多いために初期のメカノイドよりも魔族化が早い分、人間味のある性格になっている。
ただ、そうした多様な性格は認めるが、行き過ぎても困るのだ。
『酒は飲んでも呑まれるな! ここは私が教育的指導をしてあげましょう!』
『って、ベレッタ様も酔っていませんか!?』
とりあえず、目に付くメイドたちを手当たり次第に放り投げていくベレッタの様子に、宴会の催し物かと思われて、わいわい騒いでいる。
他にも動物好きのメカノイドは、集まった幻獣たちをモフモフして幸せそうにしており、お酒を呑んだ勢いのまま毛並みに顔から突っ込んで匂いを嗅いでいる子もいる。
それとメカノイドの一人は、移住の初期に生まれた天使族の少年のお世話をしているが、それはやや行き過ぎているようにも感じる。
綺麗なクールビューティーなお姉さんのメイドさんが、天使族の幼気な少年を構い倒している。
「……とりあえず、見なかったことにしましょう」
長命種族の魔族に年齢差などはあまり考えても仕方が無い。
今は、お姉さんメイドと少年天使なのかも知れないが、あと数年経てば少年の方が成長して外見的な釣り合いが取れるかもしれない。
それまでは、節度ある自由恋愛をしてもらいたい、などと姉ショタの光景を見なかったことにする。
まぁ、次第に食べ物がなくなり、酔った勢いで気が大きくなった者たちが何故か服を脱ぎ出して、薄着で野良試合の殴り合いを始めたりするが、たまには息抜きも必要だろうと見逃す。
「ふへへへっ、魔女様が五人に見えるのです~」
「ああ、テト。また酔っているのね」
「酔ってないのですよ~」
既に20年物の蒸留酒の他にも、日本酒を飲み干しているために、かなりの量を飲んだようだ。
「私は、そろそろテトを連れて休むわ。みんなもあまり羽目を外しすぎないようにね」
『はははっ、それは我が見ていよう』
古竜の大爺様に任せた私は、《サイコキネシス》の魔法でテトを運び、寝室のベッドに寝かせる。
そんな気持ち良さそうに眠り始めるテトに膝枕をして、その髪を手で梳きながら、寝室の窓の外から見える桜を眺めながら、楽しい一時を過ごす。
長い、長い不老の人生。
こんな、ありふれた日常の非日常が、私たちの長い旅の拠り所となる。
その思い出を大事に刻みながら、今日という日を過ごすのだった。
8月31日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されます。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。