4話【故郷の夢と桜の花】
不思議な夢を見た。
自分の前世の地球の記憶は朧気であるのに、はっきりとした夢を見たのだ。
高層ビルが立ち並ぶ町並み、走る自動車と足下のコンクリートの地面。
自然は街路樹に生える木々とコンクリートやタイルの隙間から生える雑草くらいだ。
(ここは私の居場所じゃない)
自分の体を見下ろせば、異世界でのチセの体だ。
前世の自分なんて覚えていないのだから、夢の中でも再現することはできなかったのだろう。
それに地球で暮らした人生よりも、既に異世界で過ごした日々の方が長いかもしれない。
自分の居場所は、穏やかな調和の取れた自然の中にあることを感じながら、コンクリートジャングルの町並みを歩いて行く。
擦れ違う人々は、誰も魔女の三角帽子にローブを身につけ、身の丈ほどの杖を持つ私に気付かずに通り過ぎる。
そんな中で、匂いのない夢の世界に、ふと懐かしいような匂いが鼻を掠めた。
(花の匂い、春の香り……)
そちらの方に歩いて行けば、公園があった。
開けた公園には、何本もの木々が植えられており、その中にはハッキリと色づき、花を舞い散らせる桜の木を見つけたのだ。
(……ははっ、なんで忘れてたんだろう)
国花として美しくも毎年花を散らせる桜を見上げながら、私は夢の中で涙を流していた。
この世界に転生してそろそろ半世紀が経とうとしている。
それなのに、桜のことをすっかり忘れていたのだ。
(最初は、朧気な記憶の中で自分なりに頑張って思い出す暇がなかった)
(拠り所を故郷の花じゃなくて、テトにしていたから思い出す必要はなかった)
(【虚無の荒野】が私の居場所となったのだ、前世の記憶に縋る必要はなかったのだ)
それでも、今日見た故郷に対する思いの籠った日誌を読み、自分の奥底に眠る物が刺激されたのだろう。
だが、別に忌避する理由も無かった。
桜が生態系を壊すわけでもないし、むしろ自分の前世にあった美しい花をテトやベレッタ、他のみんなにも知ってもらいたい思いがあった。
そこで、私は目を覚ます。
「……魔女様。どうしたのですか? 泣いてるのです」
「ちょっと、懐かしい夢を見てね」
目覚めた私をテトが心配そうに見つめていた。
どうやら夢の中だけではなく、眠りながらも涙を流していたようだ。
涙を拭いテトに微笑めば、まだ心配そうに見つめてくる。
「テト、ちょっと夜風に当たりに行くつもりだけど、一緒に行く?」
「行くのです!」
そして、真夜中に普段の恰好に着替えた私とテトが部屋から抜け出そうとすると、今日の不寝番であったベレッタにも見つかる。
『ご主人様、どうされました? こんな夜更けに』
「夜の散歩よ。ベレッタも一緒にくる?」
『お供いたします』
ベレッタとテトを連れて、夜の屋敷を抜け出し、歩いていく。
目指す場所は、屋敷からほど近い丘の上に向かう。
屋敷からも眺めることができる丘の頂上に辿り着き、振り返れば、夜の屋敷とその裏手に広がる畑などが見える。
「随分、手入れしているわよねぇ。大変じゃない?」
『メイド隊やゴーレムたちが手伝ってくれるために、問題はありません』
「そう、いつも食料とか色々とありがとうね」
『いえ、動植物と触れ合い、他者との関係性の構築。その社会性の中で我々メカノイドの魂が誕生するのです』
そう言って、日々を楽しんでいることが分かるような微笑みを浮かべてくれる。
『それで、ご主人様は何をされようとしているのですか?』
「そうなのです。泣きながら寝ていたのです」
「ちょっと、懐かしい夢をね。この世界でも探せばあるのかもしれないけど、欲しくなったのよ。私の故郷の花を――《クリエイション》桜!」
私は、地面に杖を突き立て、丘の上に一本の桜の木を生み出す。
満開に花開く桜の木は樹齢30年ほどだろうか。
夢に見た桜と同じように、月の光の下で花びらをひらりひらりと舞い散らせている。
「これが魔女様の故郷の花なのですか! 魔女様に似て可愛らしいのです!」
『そうですね。それに散っていく姿がなんだかもの悲しさを感じます』
テトとベレッタも桜の木を見上げている。
「これが私の故郷の桜の花よ。夏に青々とした葉っぱを着け、秋には紅葉して葉を落とし、冬は春に花開かせるためにじっと耐え、春の短い期間だけ花を咲かせて儚く散っていく。人の一生にも例えられる花よ」
不老の私が人の命の儚さに例えられる桜の花を懐かしむのは、ただの前世の郷愁の念か、それとも不老になり、普通の人と同じ時間を歩めないことへの羨望か。
そんなことを思っていると、テトが背中から抱き締めてくる。
「魔女様。前の魔女様はこの桜を見て、何をしてたのですか?」
「覚えてないわ。でも、大勢の人はお花見をしていたわ」
「お花見って、なんなのですか?」
「この花の下で宴会をするのよ。散っていく花を見て、美味しい食べ物を食べたり、お酒を飲んだりして楽しむの。厳しい冬が終わり、春の訪れを祝うのよ」
『素敵な風習なのですね』
「まぁ、お花見の花は、梅や桃なんかでも行なわれるそうね。それに春を祝うのは形骸化していて、ただ騒ぎたい人のためのお祭りになってるけどね」
【虚無の荒野】に植えた木々には世界樹を始め、様々な種類を植えたが、その殆どが実用的な物である。
ドングリや松ぼっくりなどの腐葉土の元になったり、野生動物の餌になる木の実を付ける木々。
木工に適した品種の木々や、食用に適した果実を実らせる果樹やお茶の木、薬用の植物などを揃えてきた。
そのために、一年の僅かな期間しか花を咲かさない桜の木は、なんとも贅沢な感じがするのだ。
テトとベレッタに花見について語れば、みんなで花見をしたら楽しいだろうな、という気持ちになる。
「それなら、お花見をするのです。みんなで楽しく過ごせば、魔女様、寂しくないのです。泣かないでいいのです」
「そうね。楽しみね」
そうして、私たちは夜桜を見上げていく。
翌日には、メイド隊や村々の天使族や竜魔族たちを集めて花見のお祭りが開かれるのだった。
8月31日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されます。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。