3話【塔の移設と再建】
【時空漂流物】である塔を見つけて、しばらく経った頃、私たちは塔の再建を始めた。
『この塔を魔女様の研究所とするのです! 皆、頑張るのですよ!』
『『『――了解しました、メイド長!』』』
「いや……そこまで張り切らなくていいから……あとなんでベレッタたちが頑張るの……」
「魔女様、諦めるのです!」
謎の塔を見つけた私たちは、少しずつ塔を活用して、いずれ調合や魔導具作りの実験施設にでもしようかと考えていた。
だが、それをベレッタに話したら――
『ご主人様は、お休みください。ここは我々メイド隊がご主人様の新たな趣味の場を作り上げます!』
そう言って、メカノイドと新規に加入した奉仕人形たちのローテーションで塔の再建が行なわれる。
メイド隊による《サイコキネシス》の魔法による塔の傾きの修正、土魔法による地盤の調整、他にも抜けた石材の補充、建物内の掃除とリフォームなど、様々なことが行なわれているが――私が手を出す暇がない。
「……暇ね」
「たまには、こんな時があってもいいのです~」
なんとも動いていないと落ち着かない貧乏性な私は、ベレッタたちに任せるとソワソワしてしまう。
だが、それをベレッタたちが許してくれないために、モヤモヤとした気持ちで見ているだけとなる。
「魔女様、好きなことすればいいのです~」
「……そうね。ちょっと、釣りしてくるわ」
「それじゃあ、テトはちょっと泳いでくるのです!」
テトの方は、防具を脱いでシャツとハーフパンツ姿になり、近くの川に飛び込んでいく。
「本当に、テトは楽しそうね」
そんなテトの様子を微笑ましく眺めながら、マジックバッグから取り出した釣り竿を川に垂らしながら、空を見上げる。
「穏やかねぇ……」
鍔の広い魔女の三角帽子を少し押し上げて空を見上げながら、ぼんやりと釣りをする。
「おっ、掛かったわね」
早速、魚が掛かったのか、手応えを感じて釣り竿を引き上げれば、小さな魚が一匹食いついていた。
「うーん。食べるには適した大きさじゃないわね。リリース」
釣針を外して川に帰して、再び、餌を付けて釣りをする。
ぼんやりと何も考えずに、贅沢な時間の使い方が楽しい。
よく物語の仙人たちが釣りをしている姿が描かれることがあるが、実は魔力制御の鍛錬では、かなり効果的なものだったりする。
「釣りって難しいのよね」
膨大な魔力量を持つ私は、自然に魔力を垂れ流すだけで周囲に様々な影響を及ぼす。
魔力を取り込み成長する薬草や幻獣などならば、それを糧にする。
一方で、普通の小動物や小魚などの野生の生き物は、強い魔力には警戒を抱き、近づかないのだ。
特に、膨大な魔力量を持つ私が釣り竿を持てば、その魔力が釣り竿全体に伝達するために、魚に警戒されてしまい、釣れないのだ。
だからこそ、魔力を制御して魚に警戒心を抱かせず、そして、食いついた瞬間に、逃げられないように釣り竿全体に魔力を通し強化して釣り上げる。
釣り竿への瞬間的な強化は、【身体強化】から一歩踏み込み、自分以外の道具に対して行なう強化の訓練でもあるのだ。
特に、魔力伝導率や増幅率の高い世界樹の枝で作った釣り竿を使っているので、少しでも魔力を通してしまうと魚が一切寄りつかなくなるので、制御の鍛錬にはもってこいだ。
「とは言っても、普通にこの雰囲気が好きなんだけどね」
食うのに困っているわけでもないし、【不老】スキルのお陰で時間はほぼ無限にある。
釣りをしながら、本を読む傍ら魔力を制御しているのだ。
「そう言えば、この前の日記――まだ読んでいなかったわね」
時空漂流物の塔から見つけた日記は、途中までしか見ていなかったので、釣りをしながらでも読もうかと思い、日記を開く。
そして、そこに書かれた内容は――2000年前の魔法文明の暴走により時空間に取り込まれた人の生存記録でもあった。
『ある日、いきなり全てが呑み込まれて、気付いたら自分の塔だけがある真っ暗な空間にいた』
『ここは不思議な場所だ。一人だと気が狂いそうだ。家に帰りたい、家族に会いたい、故郷の花を見たい』
『時空間の牢獄に囚われて、気が狂いそうだ。この塔の外の暗い空間に身を投げ出せば、もうここには戻れないだろう。だけど、私は一縷の望みを賭けてここから旅立つ』
『私は、故郷に帰るのだ――』
魔法文明の暴走に巻き込まれた人の日誌を閉じ、故郷への念に目を閉じる。
随分と日誌を読み耽ったようで、夕暮れまでの釣りをしてしまった。
その間に、慣れた動作で手を使わず、《サイコキネシス》の魔法で釣針に掛かった魚を外したので、10匹ほど魚が釣れていた。
テトの方は、随分前に泳ぎ飽きて私の横顔を見つめていた。
「魔女様、そろそろ夕方だから、帰るのです!」
「そうね。帰りましょうか。ベレッタたちは、どうしているの?」
「塔を直し終えたみたいなのです」
やっぱり仕事が早いな、などと苦笑を浮かべながら、ベレッタたちが作業していた塔に向かえば、ベレッタが私たちの帰りを待っていた。
『ご主人様、明日からこの塔を利用することができます』
「ありがとう。それじゃあ、帰りましょうか」
私とテトは、用意していた【転移門】を塔の中に設置して、【虚無の荒野】の屋敷に戻る。
そして、一日の終わりにテトやベレッタたちメカノイドたちからその日あったことの報告を聞いて、今日も眠りに就く。
ただ眠る直前に、今日読んだ日誌の内容を思い浮かべて呟く。
「誰かに出会えますように……」
時空の漂流者となった人があの塔に居なかったのは、塔から離れて誰かに会うためだろうか。
その人物の願い通りに故郷に辿り着ける可能性はかなり低いだろうし、無事でない可能性がある。
時空間は不確かな場所のために、既にどこかに降り立っているかもしれないし、まだ彷徨っているかもしれない。
それか時空間の狭間で朽ちているかもしれない。
そんな人が無事に誰かと出会えることを私は願いながら眠れば、その日は地球の夢を見るのだった。
8月31日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されます。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。