2話【傾いた塔と時空漂流物】
シャエルたちから傾いた塔について聞いた私たちは、早速その場所に赴くことにした。
場所は【虚無の荒野】の西側ということで、土地の地殻変動の際に古い遺跡が隆起した物かと思いながら空飛ぶ箒で私とテトが向かうと、確かに傾いた塔が存在した。
「シャエルたちが言う通り、本当に塔が生えたことになるわよね」
斜めに傾いているが、丈夫そうな塔がすぐに見つかる。
森の木々よりも高い塔の外壁には所々に欠けが見られるが、それでも地中に埋没していたような汚れはなく綺麗である。
更に中を覗き込めば、大分物が朽ちかけているが、人が使っていたらしき痕跡が見られる。
「魔女様、この塔はなんなのですか?」
「分からないわ。とりあえず――《サーチ》。ダメね」
鑑定魔法を使うが、この塔が何であるのかは分からなかった。
石材には、錬金術や合成などによって魔物素材などが混ぜられ、魔力も付与されていることが分かった。
だが、破損はしていても塔自体の劣化が少ないために、風化具合からの年代を逆算して調べることができなかった。
ただ、トラップなどの危険な物は仕掛けられていないようなので、安心して中を調べることができる。
「テト、塔の周囲の土地ってどうなってる?」
「全く違う地面なのです! 運んできたみたいなのです!」
地面に手を突くテトが、塔の基盤の地面と塔自体の地面を調べてもらったら、別の地面であることが分かった。
運んできたみたいと言うなら、私が浮遊島を【虚無の荒野】に転移したみたいな方法でこの場所にやってきたのかもしれない。
「転移魔法の実験か事故か、それとも別の何かか、とりあえず中を調べましょう」
実験をするなら、わざわざ傾いた塔を使う必要はないだろうし、事故ならば巻き込まれた人や直前までの生活感があると思う。
大分朽ちた様子の内部を調べれば、何らかの手掛かりがあると思い、私とテトは塔の内部を探る。
塔の内部は、所々崩れていたが思いの外綺麗で、地盤と傾きを直して破損を修復すれば、再利用できそうである。
「この塔を直して何かの施設にしてもいいかも……」
例えば、屋敷では匂いや騒音が出てしまうために、調合や魔導具作りの実験施設にするのも良さそうだ。
塔の石材は魔物素材を混ぜた物で頑丈そうなので、ちょっとやそっとじゃ壊れそうにない。
それに魔女や賢者が住むのは、背の高い塔ってお約束があるのだ。
そんなことを考えながら、テトと共に傾いた塔の内部を探す。
とりあえず、落ちている物は拾って、マジックバッグに収納し、後々仕分けようと思う中、テトがある一冊の本を見つけた。
「魔女様~、この本、魔力を感じるのです!」
「ありがとう、テト。多分、状態保存が掛かった物ね。開いてみましょう」
他人に見られないための鍵が掛かっていないので、すぐに開くことができた本は、転生時に与えられた言語能力で読むことができた。
「内容は、ごくごく普通の日記みたいね。所々分からない固有名詞があるけど、前後の文脈を考えてもおかしな点はないわね」
「うーん。テトは読めないのです。分からないのです!」
テトが読める文字は、私たちの暮らす第九大陸で広く使われている文字であるために、読めないようだ。
そう考えると、他大陸の文字か、現行文字よりも古い物になるだろう。
「とりあえず、後で読みましょう」
日記には、何か手掛かりがあるかも知れないので、落ち着いたら内容を精査しよう。
それにしても本当に謎な塔である。
「魔女様。こういう時は、神様頼みなのです!」
「神様頼みって、リリエルたちに? 教えてくれるかしら?」
そもそも、夢見の神託にこちらから繋げることができるのだろうか。
とりあえず、人や幻獣たちが間違って入らないように塔の周りを結界で隔離した後、テトと共に【虚無の荒野】の薬草などを採取しながら屋敷に帰るのだった。
…………
……
…
その日、早々と眠りに就いた私は、リリエルの夢見の神託の空間に居た。
眠る前に、リリエルにあの塔のことを知りたいと願い、神託の魔法を使ったが、上手くいったようだ。
ただ、この場には私とリリエルだけで、テトはいないようだ。
『チセ、どうしたの? 何か聞きたいことがあるみたいだけど……』
「【虚無の荒野】で見覚えのない変な塔を見つけたのよ」
『変な塔? 詳しく話してくれる?』
私が説明すると、リリエルの表情が僅かに険しくなり、深い溜息を吐き出す。
『はぁ……そういうことね』
「えっと……私たち、何かまずいことでもした?」
『いえ、チセの行動には、何も問題ないわ。この世界で自由に生きてもらいたいからね。問題は突然現れた塔についてよ』
私たちがあの塔を調べたことはまずかったのか、と少し不安になるが、リリエルは困ったような笑みを浮かべる。
「全然、分からないのよね。シャエルたちが塔を見つけた数日前には無かったはずだから、まるで生えてきたような感じだもの」
『チセの表現はあながち間違いじゃないわ。あれは【時空漂流物】なのよ』
「時空漂流物?」
聞き慣れない単語に、小首を傾げるとリリエルが、それがどういったものか説明してくれる。
『【時空漂流物】っていうのは、この世界の外から流れ着く生物や物だったりするわ。分かりやすく言えば、流れ星みたいな物ね』
星の引力に引かれて落ちてくる流れ星のように、世界の狭間を漂う【時空漂流物】は、世界の引力に引かれて時空間の穴から現れるらしい。
『第九大陸では、天空神のレリエルが担当して人々に被害が出ないように山奥や魔境、地中に出現位置を誘導しているんだけど。……確かに人里離れているけど、チセのいる傍にそれを誘導したみたいね』
だから、見覚えのない建築物が現れたのか、と納得する。
「なるほどね。それじゃあ、人々が魔境を切り開いて見つける遺跡とかは……」
『だいたい、そういう時空漂流物が多いわ。時空間では時間の流れが異なるから数千年前の物がほぼ劣化せずに現れることが偶にあるのよ。逆に、こっちの世界から時空間の穴に落ちそうな人は、天空神のレリエルが別の空間で保護して元の場所に帰すの』
多くは、霧に満ちた森の中を進むと屋敷があり、持て成されて帰ると数日が経っていた、などの浦島太郎や迷い家の系統の童話や昔話は、そうした時空間の話に関するものが根源らしい。
「世の中には、不思議なことがあるのねぇ」
『そうね。今回の建造物は、特に危険はないみたい。チセの話から考えると、2000年前に魔法文明の暴走で異空間に呑み込まれた建物が戻ってきたみたいね』
「そうだったの。それじゃあ、再利用しても問題ないわね」
『ええ。でも最近は、時空間の様子がおかしいみたいだから注意してね。他にも時空漂流物が流れてくるかも知れないから』
「ありがとう。助かるわ。って言っても時空間の専門家じゃないんだけどね」
そうして、一通りの話をした後、意識が遠退くのを感じる。
そろそろ夢見の神託が終わるようだ。
『それじゃあね、チセ。また会いましょう』
「ええ、今度は、テトと一緒に話がしたいわ」
こうして塔の正体を知ることができたが、時空漂流物とは、なんとも不思議なことがあるものである。
8月31日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されます。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
それでは、引き続きよろしくお願いします。