1話【移住者たちの生活】
弟子のユイシアたちが古竜の大爺様の背に乗って旅立って、数ヶ月が経つ。
その日私は、テトとベレッタを連れて【虚無の荒野】の各所を見て回っていた。
「魔力は魔力を産み、更に自然の変化を加速させる、か」
「おー、凄いのです! ここは滝ができているのです!」
『以前、メイド隊に調査させたところ、良質な水源であることが判明しました』
大量の水が流れ落ちる滝を見上げ、吹き上がる水飛沫とその中に掛かる虹に、私は目を細める。
【虚無の荒野】の地脈再生が進み、荒野の各所で地殻変動が起こった。
ほぼ平地だった土地には起伏が生まれ、岩山が突き出し、細かな河川や湿地が生まれ、幻獣たちの住処の洞窟や巣穴に適した地形が生まれる。
更に、移住した草食系の幻獣たちは、冬籠もりのために植樹した果樹や木の実を食べたり、地面に埋めて貯蔵した物が春に芽を吹き、魔力の恩恵で加速度的に成長していく。
荒野だった大地を侵食していき、あと30年もすれば大結界内のほぼ全域の土地が植物に覆われそうだ。
「あんまり成長しすぎて私たちの屋敷や天使族と竜魔族の集落まで侵食されそうね」
「それは困るのです」
『ご主人様、テト様。その心配はないかと思います。現在は、管理魔導具による土地の成長促進で環境を整えている段階ですが、次の段階に移行しましたら、以前お願いした希少な魔法植物の種などを適した環境に撒き、魔力の収支バランスを調整する予定です』
ベレッタにお願いされた稀少な魔法植物とは、私の【創造魔法】で創り出した非常に希少な薬草の類いである。
50年に一度しか花を咲かせない幻の薬草花――アンブロシア。
良質な湿地帯で花を咲かせ死病を治療するが、それ以外の地だと猛毒を持つ紫の蓮華――タロス・ロータス。
魔物にも分類されることがある汎用的な魔法薬の素材――マンドラゴラ。
神酒の原料とも万能治療薬エリクサーの材料とも言われている果実――ハマオーンなど。
どれも冒険者ギルドで採取依頼を頼んだなら、Bランク以上の難易度になる素材ばかりである。
他にも様々な魔法薬の素材となる希少な植物の群生地を作り、過剰な魔力による森林の成長を調整できるベレッタの報告に、それなら問題ないか、と思う。
そんなことを考えながら、テトとベレッタと共に森を歩いていると、私たちの上空に影が通り過ぎる。
そして、見上げた影の主も私たちに気付き、大きく弧を描きながら、私たちの前に降り立つ。
「魔女! それに従者たち! 今日はどうしたんだ?」
「お三方、ここで何かあったのでござろうか?」
私の前に降り立ったのは、白い翼を持つ天使族のシャエルと幻獣のグリフォンの背に跨がる竜魔族のヤハドであった。
空を飛ぶことができるシャエルたち天使族たちと行動するために、ヤハドたち竜魔族は、【虚無の荒野】に移住した飛翔できる幻獣たちに協力してもらっているようだ。
「ただの散歩よ。この目で【虚無の荒野】を確認したかったからね」
「魔女は相変わらず真面目だなぁ。あんたは、この地の主なのに」
「こら、シャエル! 魔女殿、申し訳ない!」
以前より態度を軟化させたシャエルの気安い言葉に、ヤハドが注意するが私は苦笑しながら問題ないことを伝える。
テトも気にせず、ベレッタはメイドとして一歩引いた立場から私たちを窺うようだ。
「気にしないわ。それに私自身、畏まられるほど偉いわけじゃないわ」
「いえ、魔女殿は、某ら一族と大爺様の恩人! シャエルのようなふざけた態度を取ることなどできませぬ!」
「それより、二人の方は、なんでここにいるのですか?」
ヤハドの態度に私が困っていることに気付いたテトが話を変えるために二人に尋ねれば、シャエルは、自慢げに中身の詰まった鞄の中を見せてくる。
「これ! 宝石や鉱石を拾ってきたんだ!」
「以前に隆起した西の山の斜面で見つけた鉱石だ! 村からの徒歩だと時間が掛かるので、天使族やグリフォンたちの力を借りて、拾ってきたのだ」
二人の鞄の中には、ゴロゴロとした鉱石や綺麗な石が集められていた。
大海を漂う浮遊島には金属資源が乏しかったために、シャエルとヤハドは金属や宝石というだけで非常に嬉しそうにしている。
「そう、よかったわね」
「おおっ、どの石も美味しそうなのです~!」
「っ!? ゴーレムの魔族だからと言ってこの石は渡さないぞ! これを綺麗に磨いたら、大爺様に渡すんだ! 大爺様は、光り物が好きだから!」
浮遊島から【虚無の荒野】の東側に移住してきた緑青の古竜こと――古竜の大爺様は、今は浮遊石との繋がりから解放され、自由に世界を飛び回っている。
長い時は一ヶ月以上この土地を空けるが、必ず帰りには綺麗な光り物を拾って帰ってくるので、やっぱり竜とは宝物や光り物が好きなんだな、と思ってしまう。
そんな二人から浮遊島から今の生活に変わったことを色々と尋ねる。
「二人はどう? 今の生活は慣れた?」
「私たちは、毎日飛び回っているよ! 手紙……だっけ? それの配達をさ」
「某も日々、充実している」
元々は、小さな浮遊島に暮らしていた数百人の魔族の集団だったシャエルとヤハドたちだが、【虚無の荒野】に移住した後、ベビーラッシュも落ち着き、今は二つの集落に分かれた。
一つは、古竜の大爺様のお膝元である旧浮遊島のある場所に築かれた、近くの川や泉で漁業や農業を行なう集落。
もう一つは、以前セレネと暮らしていた家の近くである【虚無の荒野】の外縁部に築かれた、結界外に出て魔物や動物の狩猟や結界外の森林を伐採する狩人と樵の集落だ。
またそれぞれの仕事をする者たちは、今のヤハドのように幻獣たちと協力して暮らしている。
狩猟を中心とする者たちは、狩猟の追い込みを手伝ってくれる妖精犬のクーシーや狼の幻獣のフェンリルを――
樵などの林業や農業に携わる者たちは、伐採した木材を牽いたり、畑を耕す牛の幻獣のガウレンや山羊のタングリスニ。
広い【虚無の荒野】を高速で移動するために飛翔が可能な幻獣のペガサスやグリフォン、グリフォンたちの子のヒッポグリフたち。
他にも、生え替わる角が滋養に優れた素材である鹿の幻獣のエイクス、浄化の力を持つ一角獣のユニコーン、畑を耕すガウレンのメスも牛乳を提供してくれる。
金色の羊毛を村の女性陣たちに刈り取られてスッキリとする羊の幻獣のバロメッツなど、彼らの生活と幻獣たちを殺すこと無く、共存している。
無論、他にも移住してきた幻獣たちの中には、人と共に暮らす者たちもいれば、自然の中でゆったりと暮らす個体もいる。
極少数ではあるが、低魔力環境にも耐性があるために、そのまま【虚無の荒野】を出て放浪の旅に出る幻獣も居た。
そんな彼らの話をうんうん、と相槌を打ちながら耳を傾ける。
「今度魔女のところに野菜や肉、幻獣たちの素材を届けてやるからな!」
「ならば、結界の外に出て、大物の魔物を狩らねばならぬな!」
シャエルの言葉にヤハドも、それはいい、とばかりに笑みを見せる。
「ありがとう、楽しみにしているわ」
私は二人にお礼を言うが、それらの素材は外の世に出せば、恐ろしい値段が付く希少素材のために、お隣のご近所さんのお裾分けみたいな感覚に、内心どうやって価値を教えようか、と悩んでいる。
むしろ、今まで金属資源が制限された生活をしていたので、銅貨や銀貨を見せられてホイホイと交換してしまう未来が見えてしまう。
現段階で【虚無の荒野】には、外から人がやってきていないが、リリエルの張った大結界の効果は年々落とされている。
昔はあらゆる物を遮る効果だったが、今は魔力の流入の阻害と害意のある人や魔物の侵入を阻害するのみに留まり、野生の動物が行き交い、時に人畜無害な魔物も入り込んでいる。
将来的には、結界外から人が商売をしにやってくる可能性もあるのだ。
「そこは、いずれ対策を練らないとね」
『ご主人様。私たちが対策案を上げておきます』
「うん。ベレッタ、お願いね」
私とベレッタがそっと相談する。
それにしても、本当に月日が経つのは早いものだ。
シャエルたちが完全に浮遊島から【虚無の荒野】に移住して、5年以上が経とうとしているのだ。
魔族である彼らの老化ペースは遅く、寿命も200~300歳なので、ついこの間のような感覚さえ残る。
そんな懐かしさを覚える私に、シャエルがふと何かを思い出したようだ。
「そうだ。さっき、西の山際に大きな塔を見つけたが、アレは魔女が建てたのか?」
「塔?」
「あのような物を瞬く間に建てるなど魔女殿以外に心当たりがないが、それにしては傾いた塔に魔女殿の仕事らしく無く雑であるから不思議に思っていたのだ」
「いいえ、心当たりはないわ」
「そうなのか? まぁ言いたいことはそれだけだ。それじゃあ、私たちはこれで帰るな!」
「分かったわ、気をつけて帰るのよ」
再び空に飛び上がったシャエルとグリフォンに乗るヤハドを見送る私たちは、傾いた塔とはなんだろう、と首を傾げつつ、一度【虚無の荒野】の中央にある私たちの屋敷に帰るのだった。
8月31日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されます。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
それでは、引き続きよろしくお願いします。