28話【古竜の咆哮と旅立ちの時】
浮遊島を収めた場所は古竜の大爺様の住処となり、その一角に洞窟があった。
「魔女様、これでいいのですか?」
「ええ、しっかりとした作りだから、照明魔導具も取り付けてしまいましょう」
「こ、この先に浮遊島を浮かせていた浮遊石があるんですか……」
私とテト、ユイシアは、古竜の大爺様と浮遊石との繋がりを引き離すために浮遊石までの洞窟を整備していた。
「なんで私なんかが手伝うことになるんですか……」
「まぁ、そこは古竜の大爺様のご指名だから、かしらね」
テトが整備した洞窟を降りながら、壁の窪みに照明魔導具を設置し進めば、巨大な緑色の結晶体が安置された球状の空間に行き着く。
島を浮かせる必要がないので、古竜の大爺様が魔力の供給を抑えているが、その中央には巨大な緑の結晶体である浮遊石があった。
「はぁ……なんだか幻想的ですね。ところでチセさん、あの結晶が浮遊石ですか? なんだかチセさんの杖先にあるものに似ている気がするんですけど……」
「うん? 言ってなかったかしら? これも浮遊石ってこと」
「聞いてないですよ! って、あれ? それじゃあ、その大きさの浮遊石が着いた杖が狙われたってことは、この大きさってもっと危ないじゃないですか!」
それでも古竜の大爺様と繋がっているために浮遊石には、常に一定量の魔力が供給されているようで緑の淡い輝きを灯している。
この巨大な浮遊石を中心に、浮遊島の底部に見えていた小さな浮遊石同士が共鳴し合い、島一つを浮かべる浮力を生み出していたのだろう。
そうこうしている間にも、テトが浮遊石までの道を作ろうと近づくが……
「魔女様~、近づけないのですよ~」
「えっ? ホント?」
私とユイシアもテトと同じように球状の空間に入ろうとするが、その空間に押し返されてしまう。
テトは、途中からその反発の力が妙に嵌まったのか、ぼよんぼよんというような柔らかな反発を楽しんでいる。
「魔女様、結構楽しいのです!」
「これは……浮遊石の斥力の力ね」
「チセさん、斥力ですか?」
「そうよ。簡単に言えば、浮遊石を中心に発する結界みたいなものね」
厳密には違うが、人を寄せ付けない点では似たようなものだろう。
「えっ、じゃあ中に入って作業できないじゃないですか!」
「ああ、なるほどね。だから、古竜の大爺様は、ユイシアを指名したのね」
「どういうことなのですか?」
古竜の大爺様と繋がりを持つ浮遊石の斥力に干渉して中和できるのは、私だけだ。
だが、私が斥力を中和しながら、古竜の大爺様と浮遊石との魔力の繋がりの分離作業は難しい。
そうなると、次に候補に挙がるのは、魔力保有量の多いテトかベレッタになる。
どっちも元がゴーレムと奉仕人形なので精密作業は得意である。
けれど、あえて古竜の大爺様は、ユイシアを指名したのだ。
「ユイシアにしか頼めないことね。お願い、ユイシア」
「無理ですよ! 私なんて無理です、無理!」
「大丈夫よ、時間はあるし、きっと古竜の大爺様の願いを達成すれば、意味が分かるわ」
私は【魔杖・飛翠】に魔力を通して斥力を発生させ、斥力結界を中和する。
「わ、わかりました。――《フライ》!」
「頑張って、ユイシア」
「頑張るのです!」
軽くだが空を飛べるユイシアがゆっくりと球状空間に浮かぶ浮遊石に向かい、私とテトが応援する。
そして、私はユイシアの作業を確かめるために、目元に魔力を集中させる。
浮遊石には、地上に伸びるように緑色の管のような魔力のパスが無数に伸びている。
それらが古竜の大爺様の魂と繋がり魔力を得ているようだ。
「どうすれば……切っちゃえば良いんですよね?」
あくまで魔力の繋がりには、実体がない。
そこでユイシアは、自身の放出した魔力を薄く、鋭く刃物状に仕上げる。
「これで、切れば……くっ、硬い……」
高密度な純魔力の刃は、それだけで高い攻撃性のある魔法である。
だが、古竜の大爺様の魂と繋がる魔力の管は、並の強度などというものではなく、一本切断するのにユイシアの魔力10万以上費やす必要があった。
「チセさん、もう限界です……」
「お疲れ様、戻って地上の話を聞きましょう」
そうして、古竜の大爺様のもとに向かえば、ただにこやかにそのまま頼むとだけ言われた。
まだ数百本はある管を一本切り離すだけでユイシアは疲労困憊になる。
私が内部に入ってやりたいが、斥力結界が邪魔をして入れない。
無理に入って浮遊石を傷つければ、それに連動して古竜の大爺様の魂も傷ついてしまう。
そこから週に1本のペースでユイシアは、浮遊石の管の切除に挑む。
最初の一年では、毎回疲労困憊となり辞めたいことを言っていたが、浮遊島の元住人たちの期待を受けて立ち向かう。
2年目には、効率よく切断する要領を覚えたのか、それほど負担なく1本切れて、3年目には一度に2本まで切れるようになり、ペースは倍増する。
更に、4年目には――
「チセさん、テトさん。古竜の大爺様が何を教えたかったのか、なんとなく分かった気がします」
「そう、それは良かった」
そして遂に、5年目の春。
私が62歳。ユイシア32歳になった時、遂に最後の一本を切除することができた。
「やった、切れた。あっ!」
古竜の大爺様から完全に切り離された浮遊石は、そのまま浮力を生み出せずに地面に落ちて粉々に砕けてしまう。
「ああ、凄い貴重な物なのに勿体ない」
「巨大な浮遊石一つは、非常に危険なものよ。むしろ、粉々になってしまった方がよかったのよ」
『GYAOOOOOOOOOOOOO――』
そして、洞窟の入り口から響く咆哮に私たちは顔を上げる。
「魔女様、竜のお爺ちゃんが喜んでいるのです!」
「ユイシア、行きましょう!」
「はい!」
私たちは、通い慣れた洞窟の階段を上り、地上に出れば、古竜の大爺様が空を舞っていた。
浮遊石に縛られて、一度も飛んでいる姿を見たことがない大爺様の自由な姿に私たちはただただ見上げる。
そのまま、一頻り上空を旋回した大爺様は、私たちの前に降りてくる。
『魔女殿、守護者殿、弟子殿、感謝する。ワシと浮遊石との繋がりを断ってくれたことを』
「私は何もしてないわ。頑張ったのはユイシアよ」
私は、そう言ってユイシアの背中を押して一歩前に出す。
『改めて、魔女の弟子。いや、魔女ユイシアよ。感謝する』
「い、いえ、それにあの管を切っている時、なんとなくですけど、魂ってものを感じ取れたのかな、と思いました」
ユイシアがそう言うと、大爺様は嬉しそうに口元を緩める。
『それを知ってもらいたくて、ユイシア殿に頼んだのだ』
「えっ?」
『誰かや何かと魂を共有する、と言う術――【魂の共有】と呼ばれる秘技の一端だ。いずれ【不老】に至った時、あるいは長寿のまま生き続けるならば、隣に立つ者を先に亡くさぬように覚えていれば、使う時がくるやもしれぬ』
ただの老いぼれの老婆心、既に魔女殿と守護者殿には不要だからな、と古竜の大爺様に言われて私とテトが顔を見合わせれば、確かにと小さく笑う。
私とテトは【魂の共有】など無くても離れるつもりもなく、死ぬつもりもないのだ。
「テトは、絶対に魔女様と離れないのです!」
『仲良きことは、美しきかな! ワシはもう少し、久しぶりの大空を堪能しようぞ!』
そう言って、古竜の大爺様は再び風を巻き上げて大空を飛び、幻獣や浮遊島の住人たちに浮遊石から解放されたことを知らせに行くのだろう。
続いて、古竜の大爺様が過ぎ去った後、ユイシアが振り返ってくる。
最初に出会った頃は12歳の少女だったが、今では二十歳前後の美しい女性に成長していた。
「チセさん、テトさん。私、人々の役に立つ立派な魔法使いになるために、旅に出たいと思います!」
ユイシアの真剣な眼差しに、私は頷く。
「まぁ、前々からそう言うんじゃないかと思ってたよ」
「ずっと、うずうずしていたのです!」
ユイシアの決意は、実は傍から見ればバレバレだったりする。
なので、知られていたのは私たちだけではなく……
『なぁ~』
「うわっ!? クロさん!? それにお嫁さんのトラさんも! どうして!」
『差し出がましいようですが、私たちが連れて参りました』
「ベレッタさんが連れてきたんですか!? って、痛い、痛い、クロさん、トラさん。痛いですって」
こうして古竜の大爺様が飛び立ち、ユイシアが旅立とうと言い出すのを予知していたベレッタ等メイドたちも集まってくる。
『クロ様とトラ様もユイシア様に同行したいと申しております』
「そうなんですか。一人で旅立とうとしてたのに、付いてくるんですか?」
『『なぁ~』』
それほどまでにケットシーのクロとトラの夫婦はユイシアを気に入っているようだ。
「それとね、もう一人……」
私がそう言うと、背中に山のように膨れた鞄を背負った人物が一歩前に踏み出す。
「えっと……アイさん、その背中の荷物はなんですか?」
ベレッタに次いで魔族・メカノイドになったアイが限界まで詰め込んだ背負い鞄を持って、綺麗にお辞儀をする。
『はい、私もユイシア様に同行して、他の姉妹たちのために先行して世界の情報更新を行おうかと思います。既にご主人様、ベレッタ様から許可は頂いております』
「え、えぇぇぇぇっ! 聞いてないですよ~!」
一人で旅立とうと決意していたユイシアだが、その旅には、ケットシーのクロとそのお嫁さんのトラ、そしてメカノイドのアイが同行することを申し出た。
特にメカノイドのアイは、ユイシアが【虚無の荒野】の屋敷で生活し出した当初から様々な世話をしてきて最早、専属使用人のような意識を持っているようで、どこまでも付いて行くつもりだろう。
『ユイシア様。私がいれば、掃除、洗濯、食事などは完璧にこなします』
「掃除、洗濯、食事……」
『また世のため、人のためになる魔法研究の助手としてもお使いください』
「う……ううっ!」
一人で過酷な旅に出ることを悩むユイシア。
『私を同行させていただけましたら、このメカノイド謹製の衣類を常に供給することをお約束いたします』
「……よろしくお願いします」
ベレッタたちが作る衣類の着心地の良さを知るユイシアは、もう昔の衣類に戻ることができず、頷く。
『それでは雇用契約としまして、ユイシア様は、一日に3万魔力の支払いをお願いします。そうすれば、私はあなたの使用人となりましょう』
「は、はい……外の魔力環境だと長時間活動できないから私が補給する必要があるんだよね。それに――」
『『なぁ~』』
「クロさんとトラさんにも魔力ですか……一日に使える魔力は、半分程でしょうか……とほほ」
思っていた旅立ちと違うことに肩を落とすユイシアは、早速アイに魔力補給を行い契約を結ぶ。
「それじゃあ、必要な物はアイに殆ど持たせてあるけど、私からの餞別はこれね」
私は【創造魔法】でユイシアに合わせて創造したマジックバッグを渡す。
付与魔法で使用者制限を付け、中身は時間遅延効果が着いている。
同様の物は、貴重品入れとしてアイにも持たせている。
「それと、これは世界樹の種よ。どこかに長期間住むことがあるなら植えておくといいわ」
「アイやクロたちの魔力回復に役立つのです!」
「それからベレッタたちが作ったローブと三角帽子よ。私が付与魔法を掛けてあるから、便利なはずよ」
「魔女様と色違いなのです!」
「こっちは、魔力タンクとして使える【魔晶石】のネックレスよ。10万魔力ほど蓄えられるからコツコツ貯めておくといいわ」
「魔力を沢山補充できると幸せな気分になれるのです!」
「それから……」
『ご主人様、テト様、ユイシア様が困っています』
弟子の旅立ちに色々と世話を焼く私とそれの説明を補足するテトは、ベレッタに止められてしまう。
義娘のセレネの時は早い段階で本当の両親に託して、ユイシアは十分に育っての独り立ちだ。
ユイシアとの付き合いは、もうかれこれ20年になるだろう。
毎回、別れとは寂しい物がある。
そして最後に――
『魔女殿の転移も良いが、ワシの背に乗って好きな所に下ろしてやろう』
「古竜の大爺様! わかりました、よろしくお願いします!」
感謝を述べ、古竜の大爺様の背に乗ったユイシアとアイ、そしてそれぞれの腕の中に、ケットシーのクロトラ夫婦が入り込む。
『では行くぞ!』
「チセ先生、テトさん! 絶対に立派になりますから!」
「ええ、無理はしないでね。いつでも帰ってきていいから! 困ったことがあったら私に頼りなさい!」
「また会う日を楽しみにしているのです!」
見送りに手を振りあう中、古竜の大爺様は一気に南に飛び去り、すぐに見えなくなってしまう。
「……行っちゃったわね」
「寂しくなるのです」
なんだかんだでユイシアとの共同生活は楽しかったし、弟子入りをお願いされた後も変わらずチセさん呼びだったのに、最後の最後で先生だなんて。
「【不老】になることを勧めないで適当にしか教えていないのに、先生だなんてね」
「魔女様は、十分に色々なことを教えていたのです!」
空を見上げて、袖で強く目元を拭って振り返ると、ベレッタが提案してくる。
『ご主人様、ご提案がございます』
「なに? ベレッタ?」
『メイドのアイが抜けた事で我らメイド隊の戦力は低下しました。また【虚無の荒野】の住人増加に伴う業務も増加しており、戦力拡大のために奉仕人形の増員計画を進言します。まずは20体。将来的には100体の増員をお願いします』
「わかったわ。少し寂しかったけど、また賑やかになりそうね」
「やっぱり、魔女様は笑っている方が似合っているのです!」
ここに一つの出会いと別れが終わった。
だけど、真面目で向上心のあるユイシアなら、きっと【不老】スキルを獲得してまた会いに来る。
そんな気がしている。
これにてWeb版『魔力チートな魔女になりました』5章が終わりとなります。
楽しんで頂けたでしょうか、もしよろしければ、下部の作品の評価のところにポイントを入れて頂けたら幸いです。
またGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売されました。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
引き続きよろしくお願いします。