26話【浮遊島の大規模転移】
シャエルの移住の約束を取り付けた私は、浮遊島の転移の準備を始める。
『メイド隊、配置は済んでいますか?』
『『『――はい、メイド長!』』』
ベレッタを筆頭とする奉仕人形たち20人は、この10年で全てがメカノイドに進化している。
進化が一気に進んだ理由として考えられるのは、浮遊島の移住者との交流だろうか。
人の心は、他者との関係性の構築によって形成されるのかも知れない。
それが奉仕人形たちが魔族・メカノイドへの進化を推し進めたのだと考える。
そんなメイド隊は、浮遊島の転移予定地の周辺に配置される。
万が一に、浮遊島の転移ポイントがズレたり転移の衝撃による落下物が発生した場合、メイド隊が協力して《サイコキネシス》の魔法で対処してもらう予定だ。
そして、ユイシアとシャエル、ヤハドは――
「皆さん、これから祭りの最後の総仕上げをします! 安全のために村の広場に集合をお願いします」
「魔女が最高の贈り物をするんだ! 見逃すと絶対に後悔するぞ! あっ、お前、勝手に抜け出そうとするな!」
「住人は全員いるが、幻獣たちも集まっている。魔女殿は何を始めようと言うのだ」
【虚無の荒野】では異様な気配に包まれる一方、私とテト、古竜の大爺様だけしかいない浮遊島の方では、静かだ。
「一応、最後の確認で【魔力感知】をしたけど人はいないわね。それに使わない【転移門】も閉じたから誰も入ってくることは無いわ」
「最後は、竜のお爺ちゃんもお引っ越しなのです!」
『このような我など捨て置けば良いのに、魔女殿はお人好しだのぅ』
シャエルには伝えた通り、古竜の大爺様を浮遊島ごと転移する計画を手伝ってもらったが、未だに半信半疑の様子だ。
『わざわざ、このような大掛かりなことをしなくて良いのにのぅ』
「仕方が無いわよ。だって、望んでいる人がいるんだもの、その願いを叶えて上げたい性分なのよ」
そう言って、古竜の大爺様と隣に並び、杖を構える。
「魔女様は、テトが支えるのです!」
「ええ、お願いね。行くわよ――」
私は杖に魔力を通し、更に地面に突き立てる。
古竜の大爺様を中心に、島の各所に配置した【魔晶石】が繋がり、巨大な転移魔法陣を形成し始める。
それは島の地表部分だけで無く、下部の岩盤の表面にも伝い、空中にも魔法陣が描かれ、球状の立体積層型魔法陣となる。
青白く輝く立体積層型魔法陣は、互いが機械の歯車のように回転を始め、激しい魔力の奔流が島全体を包み込む。
「この日のために、魔力制御能力を鍛えてきたつもりだけど、キツいわね!」
「魔女様、頑張るのです!」
この10年、魔法技術を鍛えてきたのはユイシアだけではない。
私だって、ベレッタと共にこの浮遊島を転移させるために魔力の制御能力を磨き続けた。
眩しい程の輝きと魔力の圧力に杖を手放しそうになる中、テトが背中を支えてくれるが、それでも転移魔法陣がバラバラになりそうだ。
万が一の時は、発動しないように安全面に考慮している設計だが、今回の機会を逃すと準備にまた三年以上と掛りそうだ。
そんな私の杖に――
『ワシのことなのだから、ワシが手を貸すのも道理じゃろうて』
そう言って、古竜の大爺様が爪先で杖に触れると、立体積層型魔法陣で難しい部分の制御を担当してくれる。
「大爺様……ありがとう!」
「すごいのです! どうやったのですか?」
『はははっ、伊達に長く生きておらぬ。人が使う儀式魔法の要領で、ちょいとな』
軽く言ってのけるが儀式魔法は、複数人が同時に一つの魔法を使う技法だ。
その性質上、途中から他者が加入するのは難しいはずなのだが……
「まぁいいわ。このまま一気に行くわ!」
加速し始めた転移魔法陣が輝きを増す。
そして遂に、大海の上空に浮かぶ浮遊島は、その場から消失し、後には魔力光の残滓が広がって消えるのだった。
SIDE:ユイシア
移住者たちを一カ所に集めて、万が一に問題があれば、私の魔法やチセさんが用意した結界魔導具を発動させる準備をしている。
『なぁ~』
「あっ、クロさん。クロさんも見に来たんですね」
私の足下に近づいてきたケットシーのクロさんが背中から駆け上がり肩に登る。
そうして、クロさんと共に空を見上げていると、北の上空に青白い輝きが生まれる。
青白い輝きがドンドンと膨れ上がり、その内側に浮遊島の影を見ることができる。
それと共に、光が弾け飛び、見慣れた浮遊島の転移が成功する。
さらに、しばし遅れて、魔法の余波の風圧が私たちの元に届き、ローブをはためかせる。
「綺麗……光の花が咲いた」
「あれは、俺たちの島じゃないのか!?」
「ってことは、大爺様も一緒にいるってことか!」
青白い魔力の光がゆっくりと広がって消える中、浮遊島が徐々に降下してくる。
転移の衝撃で下部の岩盤の一部がパラパラと剥がれ落ちるのが見えるが、それも下方で待機しているベレッタさんたちが対処しているだろう。
「っ! 大爺様!」
「あっ、シャエルさん、まだ危ないですよ! ――《フライ》!」
夜の空に飛び立ったシャエルさんを追うために、私も駆け出し、杖に飛び乗る。
水魔法の適性が一番高い私だが、適性の低い風魔法もコツさえ掴めば、チセさんの真似ではあるものの杖に跨がっての飛翔魔法も練習してできるようになった。
とは言っても、チセさんのように立体的な軌道で動くのは難しく、真っ直ぐに飛ぶだけと、落下の勢いを軽減するだけであるが……
それでも、そんな杖に乗ってシャエルさんを追い掛けて、浮遊島に乗り込むとチセさんたちがいた。
「テト、疲れたわ。もうこんなことコリゴリね」
「しばらくはのんびり過ごすのです」
『魔女殿、守護者殿、改めて感謝を。これでワシの負担を軽くしてくれてありがとう』
地面に座り込んでテトさんの体に寄りかかるチセさんは、古竜の大爺様の言葉にちょっと悪そうな笑みを浮かべる。
「まだ古竜の大爺様と浮遊石の分離作業もあるわ。それが終わったら、【虚無の荒野】の再生の方を手伝ってもらうからね」
『クワッハハハッ、よかろう! 魔女殿に協力し、この地を守ることを誓おうぞ』
こうして海洋に浮かぶ浮遊島は消滅し、彼らは完全に【虚無の荒野】の住人となった。
その後、古竜の大爺様に会いに行く住人や幻獣たちが列をなしてお祭りが継続する中、私とクロさんが一緒にチセさんに会いに行けば、テトさんに抱き締められて眠っていた。
「しー、なのです。魔女様、疲れて寝ているのです」
「わかりました。寝顔だけ見て、退散しますね」
『にゃぁ~』
大規模転移魔法など、危機に瀕した信徒たちを安全な場所まで逃がすために使われるなどの神話の中の魔法に、後からその凄さを実感する。
だが、眠っているチセさんは、いつもの大人びた雰囲気は鳴りを潜め、外見相応に可愛らしい寝顔をしているのだった。
GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売されました。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
引き続きよろしくお願いします。