25話【収穫祭と救助】
浮遊島の移住計画が始まって、10年が経った。
幻獣たちが少しずつ移り住み、浮遊島の住人たちも新たな住居を建てて生活の基盤を【虚無の荒野】に移した。
ただ、保守的な幻獣や住人たちが残ろうとするので、時間を掛けて一体ずつに話をして、不安を解消していった。
ある住人は、古竜の大爺様のことが心配であること――
ある住人は、住み慣れた我が家と離れるのが惜しいこと――
ある住人は、墓の代わりに植えた木を残して行けないこと――
ある住人は、年老いたり、病気を抱えて若い人たちの迷惑になるより死にたいこと――
一人一人に根気強く話を聞き、不安なことを探り、解決する。
時に妥協点を探り、ようやく殆どの住人が移り住んでくれた。
そして今日――
「いやぁ、目出度い。今年も祭りが開けるなんて――」
毎年、秋の収穫祭の時期には浮遊島でも細やかな祭りを催していたが、【虚無の荒野】に移住した結果、土地の広さと農地の余裕から住人たちのベビーラッシュが起こり、生活の向上により祭りの質も向上した。
今は、殆ど使う者がいない浮遊島の集落跡地で祭りを開き、古竜の大爺様もこの場に顔を出していた。
『目出度いのぅ。これでワシも安心することができる』
「大爺様、あなたにはまだまだ某らを見守って貰わねばならぬのだ」
『そうじゃのぅ、魔女殿もその対策をしておるようじゃから楽しみじゃのぅ』
大爺様も片手で酒樽を持ち上げて、一気飲みしている。
三年前から住人たちが作り上げたお酒で味はまだまだ雑味があるそうだが、それでも美味しそうに、楽しそうに皆が飲んでいる。
「今年も無事にお祭りが開けて良かったわね」
「そうなのです! それに今年の料理は、去年より美味しいのです!」
私は、少し離れた場所から祭りの様子を眺め、テトが運んでくれた料理に舌鼓を打つ。
また一年を過ごしたんだなぁ、という気分にさせられる。
ユイシアも10年前より少し成長して二十歳くらいの容姿になり、変わらず子どもたちに好かれているのか色々な食べ物を食べ歩きに出かけている。
そんな和やかな祭りの雰囲気の中で、とある人物が慌ててやってきた。
「魔女殿! 大変だ! シャエルを、シャエルを助けてくれ!」
「っ!? どうしたの!」
和やかなお祭りの雰囲気が急に緊張感を帯びる中、私はマジックバッグから魔杖を取り出す。
「あいつ、祭りのメインを張る魚を捕るとか言って一人で漁に出て、魔魚の群れに襲われてるんだ!」
「分かったわ、テトはみんなのことお願い!」
「はいなのです!」
私は、すぐさま杖に跨がり飛び立つ。
以前の祭りでは天使族が漁で獲れた魚を振る舞っていたが、保守派のシャエルが立派な魚を振る舞うことで昔の生活の良さを思い出してもらおうと、無理に海へと降りていったようだ。
そして、私が浮遊島の下部に回れば海面から無数に飛び交う魔魚の群れに襲われるシャエルを見つけた。
島に戻るための命綱も食い千切られており、槍を振り回して魔魚の群れと戦っているが、徐々に傷つき飛ぶ高度が下がっているように見える。
「クソッ! 吹き荒れろ――《ストーム》!」
自身の周りに風刃を生み出す魔法で飛び掛かる魔魚を弾く。
だが、海面から顔を出して、圧縮した水を放つ魔魚の攻撃に手や足が傷つけられ、血が流れる。
「――シャエル! 今助けるわ!」
「邪魔をするな! こいつらは、私の獲物だ!」
傷つきながらも爛々とした目で吠えるシャエル。
だが、一瞬私たちがいる上空に気を取られたために海中より近づく存在に気付くのが遅れる。
「なっ!? クラーケン!」
シャエルが流した血の匂いと集まる魔魚の群れを狙ってやってきたのだろう。
海中から無数の触腕を伸ばして、シャエルを海に引きずり込もうとしていた。
「――《サンダーボルト》!」
そんなクラーケンの触腕がシャエルに巻き付く前に、その胴体に向けて落雷を落とし、感電死させる。
クラーケンの体が海面に浮かび上がり、落雷の余波で魔魚の群れも同じように海面に浮かび上がっている。
「大丈夫? 戻って怪我の治療をしましょう。みんな、心配しているわ」
私がシャエルと同じ高度まで降りていくとシャエルは、力なく槍を下ろしてそっぽを向く。
「なんで私を助けた?」
「はい?」
「なんで私を助けたのかと聞いたのだ、魔女よ! 私が死ねば、貴様は私を説得する手間が省けるだろ!」
シャエルの言いたいことはわかった。
浮遊島に唯一残る保守派のシャエルは、私や古竜の大爺様の説得を受けずに逃げ回っていた。
そんなシャエルが死ねば、浮遊島の移住計画は、全てが完了となるのだ。
「私は、納得できない。古竜の大爺様を残してどこかに移り住むなど! 大爺様の魂は、浮遊島を浮かせるために浮遊石と繋がっている! 大爺様だけは移住できないのだ!」
「ええ、知っているわ」
最初の一年目に、移住計画を練るために色々と調べた結果、知ったことだ。
あれだけの質量の浮遊島を浮かべる魔力がどこから賄われているのか調べる過程で行き着いた。
「知っているだと! 私たちがいなくなった浮遊島では、神々の結界は消される! そうなれば、魔力は拡散して私や幻獣たちは寄り添えなくなる! 大爺様は浮遊島をどこかに降ろすまで空を漂い続けるつもりだったんだぞ!」
魔力に依存する幻獣や幻獣ほどではないが、多くの魔力を必要とする魔族と定義される種族たちは、低魔力環境下での長時間活動に適さない。
魔族は、特に高い身体能力や特殊能力を持つ反面、それを維持するのに多くの魔力が必要であり、本人が生み出す魔力量が少ない。
そのために、空気や食物などの外界からの魔力摂取が必要になるのだ。
「その果てに死ぬことで、結び付いた浮遊石と共に消滅して、卵返りするつもりであることも本人から聞いたわ」
古竜の不滅とは、新たな卵になって生まれ変わり、知識のみが継承されるというもの。
故に、新たに生まれる古竜は、別の自我を持って生まれるためにそれは別人になるのだ。
言うなれば、二代目緑青の古竜と言ったところだろう。
「なら、何故! 何故、保守的な住民をそのままにしてくれなかった! 種の発展が大爺様の願いなら、半数が移住した時にもう良かっただろ!」
大爺様を孤独にさせないでくれ、と絞り出すような声と共に、シャエルの体から力が抜けて抱き留める。
どうやら出血と興奮から目眩を引き起こしたようだ。
それに、魔魚の群れに襲われた際、鋭利なヒレに引っかかれて弱めの毒も受けたようだ。
「とりあえず、大爺様たちが心配しているから帰りましょう。――《テレポート》!」
海面に漂うクラーケンに触れて、浮遊島の上空に出るように転移する。
そして、ゆっくりと念動力の魔法で浮かべたクラーケンを下ろす。
「シャエルが一人で捕まえたみたいよ。今日の英雄に感謝して解体をお願いね」
「いや、私は、ちが……」
「「「うぉぉぉぉっ! すげぇ!」」」
浮遊島の住人たちの歓声が上がる中、クラーケンを討伐したのをシャエルであることにする。
「それじゃあ、シャエルの治療のために先にお暇するわ。テトは、クラーケンの解体を手伝って上げて」
「了解なのです!」
私の魔法で空中に浮かぶシャエルは、クラーケンの討伐のことや運ばれることに抵抗しようとするが、受けた傷や毒で思うように力が出ない。
そうして、【転移門】で屋敷に移動して、ベッドに寝かせて治療を行なう。
「――《ヒール》《アンチドーテ》、これで傷と毒はいいけど無理はしないでね」
「……柔らかい寝床だ。まさに魔女が作りし堕落のための道具だ」
寝かされたベッドの柔らかさ加減に大げさなことを言うシャエルに私は、苦笑を浮かべる。
「後でお祭りの料理を運んでもらえるように頼むから、今はゆっくり休みましょう」
私とシャエルは、屋敷の部屋で二人っきりになる。
しばらく互いに言葉が見つからずに、沈黙が続く中、シャエルが口を開く。
「くっ、怪我を負い、治療のために貴様の拠点に移される。祭りが終わり人のいなくなった浮遊島との門を閉じてしまえば、貴様の移住計画は完了すると言うことか!」
全く思い込みが激しい子だなぁ、と若干呆れつつもむしろ、そういう所が神族だのと名乗る原因なのかなぁ、などと思ってしまう。
そして、少しだけ落ち着いた後、シャエルが力なく先ほどと同じ疑問を口にする。
「先ほどの疑問だ。何故、保守的な住民をそのままにしてくれなかった」
「そうね。私にも欲しいものがあったのよね」
「くっ、やはり浮遊島の住人と幻獣たち全てを欲するか! それとも古竜の大爺様の亡骸か! 浮遊石の消滅と共に死を選べば、肉体は残るからな! この強欲な魔女め!」
この場にテトやベレッタがいたら、問答無用でお仕置きされそうな言葉だが、思い込みの激しい子だと思い聞き流す。
「私が欲しい物は、古竜の大爺様の発する魔力よ」
「魔力……」
「浮遊島を維持し、幻獣たちが成長するのに必要なだけの魔力放出量はとても魅力的ね」
試算した結果――古竜の大爺様の魔力量は、約300万魔力だろう。
いわば、生きた世界樹の大木に等しいのだ。
今までのように限界まで魔力を世界に還元しなくても、存在してくれるだけで世界の助けになるのだ。
浮遊石と共に消滅するなど、見過ごせる話ではない。
「待て待て! 貴様は! 魔女は、何を考えているんだ!」
「……浮遊島の転移よ。ここに」
そう言って、【虚無の荒野】の管理用魔導具を取り出し全域の地図を表示する。
手つかずの北側は除外して、南東方向の地図を拡大すれば、天使族と竜魔族の集落ができている。
そして、その北方に巨大な窪地ができている。
「そのまま浮遊島を地面に降ろしたら、傾いちゃうから島の下部に合わせて大穴を開けておいたわ。この上に浮遊島を降ろした後、大爺様の魂と浮遊石の繋がりをゆっくりと剥がしていくわ」
大爺様自身では無理だが、第三者による分離は理論上可能であることはベレッタの計算と大爺様の経験によって裏打ちされている。
「転移するためには、一度島の住人や幻獣たちに退去してもらわないと危ないからね」
浮遊島の転移に必要な魔力を【魔晶石】に補充して島の各所に配置することよりも、浮遊島の転移に必要な魔力量の計算の方が面倒だったのだが……
「何年掛るか分からないけど、大爺様をきっと自由にするつもりよ」
「魔女……貴様は、それ程までに私たちに気持ちを砕いてくれていたのに、私は……」
自身の行いを思い出して項垂れるシャエルを頭を抱えるように抱き締める。
「ごめんね。本当ならすぐに言えれば良かったんだけど、不確かなことを言ってぬか喜びはさせたくなかったのよ」
「……わかった。その浮遊島の転移が成功したなら、私も移住しよう。それで、その浮遊島の転移は何時なんだ?」
「いつでも行けるわ。でも、お祭りの最後にはピッタリよね」
そう戯けてみれば、今まで険しい表情をしていたシャエルが、私と共に悪戯っぽい笑みを浮かべるのだった。
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引き続きよろしくお願いします。