24話【ユイシアの成長】
ユイシアは、日々魔力を限界まで使って魔法の反復練習と威力向上に努めていた。
私としては【不老】になどならなくてもいいと思うために【不思議な木の実】はユイシアに出していない。
それでも当人の鍛錬と魔力の消費によって、この5年間で魔力量が5万から15万まで伸び、驚異的な成長を見せる。
そして今日は――
「行きます、チセさん」
「ええ、いつでもいいわ」
この五年間で新たに装備を新調し、水魔法増幅率5倍の杖を手にしたユイシア。
対する私は、昔使っていた樫の木の杖を手にして向き合う。
私の魔力量は50万だが、午前中に魔力を消費する作業があり半分の25万で戦う。
対するユイシアの魔力量が15万だが、杖の増幅率のお陰で水魔法に限定すれば、私以上の力を持っていることになる。
「はぁぁぁっ――《アイス・ランス》!」
100を超える氷槍の出現を切っ掛けに、模擬戦が始まる。
【創造魔法】で創り出したダメージを自身の魔力で肩代わりする魔導具を互いに身につけている。
安全には気をつけた模擬戦だが、見る人が見れば、殺し合いに匹敵する規模の魔法の応酬である。
空気が凍り、大地が抉れ、周囲に死の気配を振りまく。
「成長力と水魔法の適性は、私より上よねぇ――《バリア》!」
地上に降り立ったまま、ユイシアの魔法を相殺し、結界魔法を厚く展開して防ぐ。
さらに、こちらも反撃として魔法を放てば、ユイシアもそれを魔法で相殺しに掛る。
だが、私の魔法がその隙を縫ってユイシアに当てていく。
ユイシアは、結界魔法を展開してダメージを軽減しようとするが、それを貫いてダメージを与えたために、ユイシアの魔力残量が大きく削られていく。
「はぁはぁ……これが私の全力です! ――《アイス・エイジ》!」
私の魔力を一気に削るために、ユイシアが氷魔法の範囲魔法を発動させた。
山のような氷塊に、無数の氷柱、氷結した地面と吹雪の名残である白く積もった雪が一人の手によって引き起こされた範囲魔法の光景と考えると恐ろしくなる。
「おおっ、これはテトもカッチンコッチンになっちゃうのです」
この模擬戦を観戦していたテトの呑気な声が聞こえる。
結果として、【虚無の荒野】の荒れ地には、ユイシアが作り上げた氷の世界が広がっており、辺りに冷気と静寂が広がっている。
「はぁはぁ……これで私の…………負けですね」
全力を振り絞ったユイシアの肩に私の杖が乗せられ、息を乱したままその場に座り込む。
ユイシアの方が条件的に有利なのだが、私はまだまだ余力を残している。
「お疲れ様。攻撃魔法の威力は申し分ないけど、結界魔法の練度が低いから防御が抜かれてたのが課題ね。それと最後は焦りすぎね。防御用の魔力まで攻撃に回すのは悪手だから、注意ね」
ユイシアとの模擬戦での問題点を挙げていくと、ユイシアは眉尻を下げながら尋ねてくる。
「どうやって最後の攻撃を避けたんですか? 広範囲魔法ですよ」
「それは【転移魔法】の短距離転移でユイシアの後ろに回ったのよ。ほら、こんな感じでね」
軽く踏み出すと共に、目視できる場所に転移する《ショートジャンプ》を使ってみせれば、ユイシアは乾いた笑みを見せる。
大規模な攻撃を受け止めるより、要所要所で回避した方が、効率がいいのだ。
「やっぱりチセさんには適いませんね」
「この五年間で凄い成長したわよね。だけど、範囲魔法ってのはね。範囲と威力が大きいから途端に、汎用性が低くなるのよ」
「汎用性……ですか?」
例えば、暑い日に涼しくなりたい時には、氷の塊を生み出したり、そよ風を起こす魔法くらいで十分だ。
他にも、山火事や火災が起きた時、消火するための放水や雨を降らす魔法で十分なのだ。
「ユイシアの範囲魔法を扱えるようになった努力は凄いわ。でも、過剰なのよ。使い道としては、魔物のスタンピードの鎮圧か、戦争くらいしかないの」
「もし、森で使ったら、森がめちゃくちゃになるのです」
私たちとの生活の中で森林などの自然を大事にして、ゼロから森林を作り上げる苦労と時間を聞き及んでいる。
そんな長い時間を掛けて作り上げられる自然を容易に破壊できる魔法を持つことに改めて、身を震わせている。
「チセさん、テトさん。やっぱり、魔法って怖いですね」
「ええ、だからね。範囲魔法を極めたところで使い道が限られるのよ。だから、ユイシアは、範囲魔法に使った魔力をもっと狭い範囲で高密度な魔法に形作るのも一つの手段ね。私がユイシアの結界を貫いたみたいに相手の防御を貫ける魔法も必要よ」
範囲魔法は、広範囲で派手であり、弱い相手を無数に相手取る場合には有効である。
だが、単体の強力な相手に対しては、攻撃を通すのにそれ用の魔法を使う方が効率的なのだ。
「例えば、こうね。――《アイスソーン》」
私がユイシアの範囲魔法の半分程度の魔力で氷の礫を作り出す。
そして、それを地面に放てば、茨のように広がり、圧倒的な冷気を振りまく。
「綺麗……」
「触ったら、指が取れるわよ」
「ひぃ!?」
慌てて手を引くユイシアが見つめる氷の茨の性質には、呪いに等しい効果が含まれている。
相手の防御を削るのではなく、それを貫通して身体に潜り込み、内部から氷の茨により肉体を傷つけ、冷気で主要な血液や臓器などを凍らせる。
また攻撃を外しても魔法によって維持される超低温の冷気は、僅かに触れただけでも伝播し、敵の体を徐々に凍らせる。
見た目は美しい氷の茨だが、殺傷力が非常に高い魔法だ。
いつまでも残すと危ないために、軽く手を振って消して、ユイシアに向き合う。
「やっぱりチセさんの魔法は、凄いです。それに比べて、私はまだまだです。しかも今だ、【不老】スキルには変化してませんし……」
自信なさげなユイシアは【不老】スキルの習得に拘る。
私が【不老】スキルを手に入れたのは、魔力量5万を超えた時だったが、【不老】スキルの習得条件の魔力量は個人差があるのか、それともまだ他に条件があるのだろうか。
だが、そんな焦りを感じているようなユイシアに対して、私は尋ねる。
「ユイシアは、前は宮廷魔術師になりたかったけど、その理由ってなんだっけ?」
「それは……お金を一杯稼げて、亡くなったお父さんとお母さんを安心させられるような立派な魔法使いになることです」
「じゃあ、立派な魔法使いの定義はなに? 強い攻撃魔法を使えること?」
私の質問にユイシアは、頭を軽く横に振る。
「違う、と思います。チセさん、私は間違えてたってことですか?」
ユイシアの質問に私は少し、意地悪な問い掛けをしたのかな、と思う。
「間違えてはいないわ。でも、私が思うのは、立派な魔法使いってのは人のためになる人のことだと思うわ」
「魔女様が、いつもやっていることなのです! 困っている人を助けるのです!」
「人のため……ずっとやってることは変わらないじゃないですか」
自嘲気味に笑うユイシア。
浮遊島の人々と付き合う中で、頼まれ事を引き受けることがある。
子どもが熱を出したから薬を作って欲しい。
自分たちの力がどこまで外の世界で通じるか力試しをしたい。
外の世界の便利な道具を教えて欲しい。
新しい集落作りの手伝いをして欲しい。
森の中で怪我を負った幻獣たちの求めに応じて、回復魔法で治療したりした。
それらは、魔法や魔力を少ししか使わなくてもできる立派なことだ。
「それじゃあ、今後のユイシアの課題としては、人の役立つ魔法の工夫についてね」
「役立つ魔法の工夫ですか?」
私は力強く頷く。
現時点のユイシアは、魔物との実戦経験はCランク魔物だけであるが、超一流の実力があるだろう。
だが、ただ破壊と殺傷に向いた攻撃魔法だけを扱うのでは周囲から恐れられ、孤独になってしまう。
だからこそ、便利な魔法や生活を豊かにする魔法、そうした道具を作り出す魔法技術を覚えることは、人から恐れられることを減らして人生の質を上げることに繋がるのだと思うのだ。
「魔女様も困った時は、いつも魔法で道具を創り出しているのです」
「まぁ、便利だからね。【創造魔法】は……」
ユイシアには工夫が必要と言っているが、私はそれを【創造魔法】で創り出しているから工夫の過程が存在しない。そこがズルいのかな、と思ってしまう。
そして、真面目なユイシアは、その場でぶつぶつと呟き始める。
その後、魔法の修練は継続するユイシアだが、魔法の工夫という方向性は性に合っていたようだ。
本人の性格が真面目であるために、コツコツとした魔法の基礎研究を繰り返し、また【遅老】スキルによる長期間の研究と膨大な魔力量で実験を繰り返すことができる。
更に、個人でも魔法使いとしての腕が立つために研究資金を稼ぐ術に事欠かない。
これは、冒険者にして魔法研究家のユイシアの進路が決定した瞬間でもあった。
GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売されました。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
引き続きよろしくお願いします。