23話【移住派と保守派】
浮遊島の幻獣たちの多くは、【虚無の荒野】に移り住む予定だが、一部の老齢な幻獣たちは古竜の大爺様から離れるのを嫌がり、浮遊島に残る姿勢を見せる。
それに対して、古竜の大爺様は――
『若い者が新たな地で種を発展させ、老い先短い者たちが我のことを心配して残るならば、共に緩やかな死を迎えるしかないのぅ』
古竜の大爺様は、嬉しそうに、そして寂しそうにも呟く。
この浮遊島の浮力と内部の魔力は、古竜の大爺様の魔力によって賄われている。
そして、浮遊島の中心にある浮遊石と古竜の大爺様は1200年の間に深く結び付いているために、古竜の大爺様は浮遊島から離れることができない。
全ての幻獣と住人が退去した後、浮遊島には古竜の大爺様が残されてしまうことになるのだ。
それを心配するのは、幻獣たちだけではなく、住人たちにしてもそうだ。
「貴様らには誇りという物が無いのか! 古竜の大爺様に守られながら過ごした日々の恩を忘れたのか! 裏切り者め!」
「裏切ってなどおらぬし、大爺様のことを忘れてなどおらぬ。だが、大爺様が魔女殿に願ったのだ。某らの種族の発展を。それは、某の子らに豊かさをもたらしてくれる」
「昔の暮らしの何が不満なのだ!」
「不満などない。しかし、知ってしまったのだ。島では手に入らない物の数々を。それを自ら作り出す術を。ならば、それを使わずにはいられないのだ」
「そんな物! あの魔女の毒だ! 誇り高い我らを堕落させるための猛毒だ!」
浮遊島の移住派の代表としては竜魔族のヤハドが中心となる若年層が多い。
若年層は、チセが派遣する奉仕人形たちによる青空教室による勉強やユイシアとの交流で話される王都の町の様子などを聞き、外の世界という物を意識し始める。
また、大きいのは、食事における変化だろう。
切っ掛けは些細なことだ。
ユイシアが持っていた砂糖を使ったクッキーを交流していた子どもたちに分け与えたこと。
浮遊島では、採掘できない金属製の道具が手に入りやすいこと。
雨水や魔法で溜めていた水が【虚無の荒野】では大地から滾々と湧き出る様子を見たこと。
新たな甘味などの食料、鉄、水、これだけで彼らの意識は大きく変わった。
その他にも様々な物が彼らの生活を侵食していった。
「私は、私は絶対に認めないからな!」
そうした移住計画という名の文化侵略を危惧する保守派のシャエルが大きな声を上げるが、それでも顔色の変わらないヤハドを見て悔しそうに背を向けて飛び去る。
「……魔女殿、出てきて下さらぬか? 某たちのやりとりを見ていたのであろう」
「気付いていたのね。それと、私たちが浮遊島に介入したせいで……ごめんなさい」
影からこっそりと見ていた私たちが、シャエルが去った後に、ヤハドの前に姿を現す。
そして、この五年間で大分見分けが付くようになった竜魔族たちの表情から苦笑を読み取る。
「いやいや、魔女殿たちの所為ではないぞ。それに魔女殿たちでなく、他の誰かが浮遊島に来た場合には、今程穏やかに過ごせていたか分からぬ」
確かに、世界に魔力が満ちた将来――浮遊島がどこかの大地に降り立つか、それとも魔法技術が発達して飛行を会得した人たちが浮遊島に乗り込むかも知れない。
その時、幻獣や住人の天使族と竜魔族たちを奴隷や貴重な生物サンプルとして連れ去るかも知れない。
そうなった場合には、彼らは争いの道を選ぶだろう。
「魔女殿は、某たちに知識を与えて下さるが、決して聞き心地の良い内容だけでなく、悪い話も聞かせて下さる」
「それがどうしたの? 知識は一つの側面からだと本質が見えないから複数の視点からの話を聞かせただけよ」
「だが、その知識が無知だった某らが自らを守る力となる。感謝しているのです」
そう言ったヤハドは、頭を下げた後、どかっと地面に腰を下ろして深い溜息を吐き出す。
「だが、シャエルの言うことも分かるのだ。楽ではないが楽しい日々は、確かに懐かしむ気持ちがある。人とは、ままならぬ者です」
無知だったから幸せを感じていたのか、外の世界の知識を知ったから更に幸福になれるのでは無いか、と欲が出たのだと自嘲気味に笑う。
ヤハドの呟きに私たちは静かにそれを聞き、しばしの沈黙が続くのだった。
SIDE:天使族・シャエル
「くそっ、何故ヤハドは分からぬ。私たちの誇り高い伝統と文化が壊されようとしているのだぞ!」
1200年の間、穏やかで変わらない浮遊島の生活は、ここ数年で激変した。
魔女という存在が作り出す道具や食べ物の数々は、容易に私たちの文化を破壊する。
私たちの伝統的な食事がいかに粗末で質素であるかを見せつけるような砂糖や香辛料などの使われた食事。
また、海面まで降りて網を投げる天使たちの伝統的な漁は続けているが、それは島の者たちが求めるのではなく、あくまで魔女との物々交換の一つなのだ。
その他にも幻獣たちの抜けた牙や爪、体毛などを交換しようとしたが、魔女は取引を断った。
いずれ魔女の土地に全ての幻獣たちが移住するために、わざわざ交換して手に入れる必要はない、ということだろうか。
魔女と交流することで竜の戦士たちは、家畜のニワトリを手に入れ、定期的に卵が手に入るために天使たちの漁の価値が相対的に低くなる。
危険で実入りが少ない海の漁よりも、川魚の漁に切り替える天使たちもいる。
「このままでは、島から人が全ていなくなってしまう。そうなったら、大爺様は一人になってしまうではないか!」
今は、保守的な者たちや大爺様を心配して島に残ることを考える者も大爺様の説得と魔女の甘言により、少しずつ移住に前向きになっている。
「どうすればいいのだ。私がこの島を守るにはどうすればいいのだ。教えて下さい、レリエル様……」
私の先祖である使徒が奉っていた古い女神像に祈りを捧げる。
長い時間で【状態保存の魔法】も消えて劣化した偶像は、既に手足や翼が取れた姿である。
私に縋れる物は、この古ぼけた偶像だけしかなかった。
GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売されました。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
引き続きよろしくお願いします。