22話【移住計画の5年目までの軌跡】
『ご主人様、今月の計画の進捗状況についてです』
「ありがとう、ベレッタ。今、確認するわ」
私は、屋敷の一室でベレッタが上げてくる資料や【虚無の荒野】の状況を管理魔導具で確認していた。
「魔力は順調に生産しているし、幻獣たちが暮らすのに適した場所も作っている最中よね」
『はい。ガルド獣人国に近い南西部の水源地を拡張し、人工的な泉とし、その周辺に魔法による人工の起伏を着けてから植物の種や苗を植えているところです』
「集落の予定地はどうなってるの?」
『テト様が監修の下、土作りから始めております。……とは言いましても既にテト様の体内と魔法で成分が調整されておりますので、すぐにでもこの時期の作物を作付けすることができます』
移住計画を進めるために、最初の1年目は、相互理解のための事前調査に費やされた。
様々なことを学び、そして浮遊島の植生の中で【虚無の荒野】に持ち込んで問題ない物なのかなどを調べた。
しかし、【虚無の荒野】にそのまま持ち込んで栽培するには時間が掛るので、同種の植物を周辺地域から探しての移植などで対応した。
2年目には、浮遊島との交流を続けながら、ベレッタの提案で【虚無の荒野】全体の地表操作をした。
元々【虚無の荒野】は古代魔法文明の暴走の余波で地表が真っ平らになってしまっている。
だが、十分に地脈の魔力が通ったので管理魔導具により、地震を誘発して地表に変化を生むことが提言された。
私やテトたちが出向いて魔法で土地に変化を生み出すこともできるが、それより私の魔力を地脈管理用の要の魔石に貯めて地震を起こした方が少ない魔力で広い範囲の作業を行なうことができる。
そして、月に1回の地表変化を一年間通して行なった結果、土地に変化が生まれ、その変化が日当たりのいい丘や日陰、断層などの地形を生み出し、地震によって地中の石や岩が地表に現れ、水源周辺の一部が湿地帯のような状況になった。
また私が調査した時に把握できていなかった魔法文明の新たな遺跡や魔導具なども発見、土地の手直しなど大忙しであった。
3年目には、移住先の【虚無の荒野】を知ってもらうためにシャエルとヤハドたちを始めとする島の代表者を連れて、幻獣の住処と集落の予定地を見せる。
セレネと暮らした昔の家の側は、ある程度の広さの林が広がっており、また大地より湧き出す水と湧き水が形成する泉と小川に驚愕していた。
その後、浮遊島と集落予定地を【転移門】で繋げて、人の行き来を可能にした。
「我らの手伝いが必要ならば、いくらでも手を貸そう!」
「でもいいの? 日々の生活とかは?」
「これも豊かになるためだ!」
浮遊島の人々は、限られた土地での農業を行なっているが、身体能力の高い彼らが行なうとすぐに農作業が終わって時間が余ってしまう。
そのために今までは空いた時間は、歌を歌い、道具を作り、武芸を嗜んでいたそうだ。
そんな彼らは、メイド隊の手伝いとして【虚無の荒野】の植樹を手伝い、森林の果物や木の実、浮遊島では貴重な倒木などの木材を集めて持ち帰るのだ。
今までは【虚無の荒野】の生態系を維持するための虫や動物の餌になっていたが、浮遊島の住人に分けても問題ないくらいの量があり、提供した。
4年目には、クロの仲間であるケットシーを始めとした小型の幻獣たちの受け入れが始まった。
【転移門】を潜り抜けた幻獣たちは、初めて見た広い大地に驚き、恐る恐る歩きながらも端のない大地に走り始めた。
その後、クーシーは地面や倒木の下に穴を掘って巣穴を作る。
ラタトスクは、真っ先に世界樹の近くに住み着き、木の実をせっせと集めている。
クロの仲間のケットシーやカーバンクルたちは、森の中に放って繁殖していたネズミや虫を狙って飛んできた小鳥を捕食していた。
浮遊島では、生存するために古竜の大爺様の下で獣としての本能を押さえつけられていたようだが、この場所では、伸び伸びと暮らしている。
そうして、5年目の現在――
移住した小型の幻獣たちは、子作りが成功したのか今はせっせと子育てに励んでいる。
その話を聞いて、古竜の大爺様は嬉しそうにする一方、浮遊島では育てられなかったことに寂しそうな様子も見せる。
そして、住人たちは、移住先の集落予定地に畑作りや家作りの準備をしつつ、【虚無の荒野】のメイド隊が作る畑の作物と浮遊島の魚の物々交換などが行なわれている。
全てが順調と言う訳ではない。
小型の幻獣たちが吸収する魔力量により【虚無の荒野】の魔力生産量が一時的に横ばいになるなど、ヤキモキとした気持ちになる。
「一度に幻獣たちを受け入れるのは無理だから、魔力濃度が安定した段階で中型・大型と受け入れましょう」
『わかりました。そのためにもご主人様には、それらの大きさの幻獣たちが通り抜けられる【転移門】の創造をお願いします』
「ええ、分かっているわ……って言っても結構、魔力を食うのよねぇ」
深い溜息を吐き出しながら、頭の中で必要魔力を計算する。
【転移門】の創造は対になる魔導具を一つずつ創造していた。
この五年で【不思議な木の実】を食べ続けて増えた私の魔力量は、約50万。
通常の転移門では、それが一対なので100万魔力必要になる。
更に大きな転移門の創造となると以前挑戦して失敗した時、感覚的に中型500万、大型1500万程の魔力量が必要になる。
「はぁ……コツコツと魔力を溜めていきましょう。他にも各地の視察とか色々で魔力を使うから、転移門の創造だけに魔力は取られたくないのよね」
『それに例の計画のために膨大な魔力の仕込みが必要ですからね』
順調だが、悩みが尽きない中、私とベレッタのいる部屋にテトとユイシアがやってきた。
「魔女様~、美味しそうなお魚とお塩をいっぱい貰ってきたのです」
「お帰りなさい、テト、ユイシア。浮遊島はどうだった?」
「私たちが持っていった食材とか、皆さん喜んでいましたよ」
今日テトとユイシアは、食材の物々交換の交流を行なっていた。
こちらから提供するのは、メイド隊が作る農作物とそれらを加工した食品だ。
特に砂糖や砂糖と果物を煮詰めて作ったジャムなどは、浮遊島では手に入りにくい甘味であるために、人気が高い。
また、ガラス製のジャムの空き瓶は、浮遊島の人々が作り出すことが困難な物なので食べ終わった後も食器や花瓶代わりとして重宝されているそうだ。
まぁ、物々交換とは言うが、殆どはこれからの生活で自分自身が作り出せる物のサンプルとして渡しているだけだ。
差し出す物が少ない浮遊島の住人たちは、幻獣たちの牙や爪なども交換に使おうとしたが、あまりに高価すぎるために扱いを拒否した。
もし、私たちとの物々交換の感覚で外部と接すれば、彼らは食い物にされてしまう。
そういった意味で、外界との接触の練習としての物々交換を行なっていき、少しずつ物の価値を覚えていってもらっている。
「魔女様、魔女様。竜の人たちがお酒が欲しいって言ってたのです」
「お酒かぁ……確かそろそろお祭りの時期ね」
「今年は、農業の出来が悪くてお酒を作るだけの穀物が残らなかったみたいです」
浮遊島でも年に一度のお祝いの祭りがある。
【創造魔法】で創り出した物や買い集めて熟成させているお酒などがあったはずだが……
「一度、古竜の大爺様にお伺いを立てた方が良さそうね。それに古竜の大爺様も飲みそうだから……大樽3つ分のお酒を用意しましょう」
『それでしたら、大衆向けのお酒をご用意しましょう。移住後は彼らが作れる物を選定しておきます』
そうして迂遠であるが、少しずつ【虚無の荒野】で提供できる物に慣していき、移住計画を進めていく。
性急な移住計画を推し進めれば、どこかに歪みが生まれるかも知れない。
だから、慎重に、丁寧に、緩やかに彼らの今の生活と融合するように見極めながら行なっていく。
だが、そんな移住計画の中でも移住派と保守派という二つの派閥が誕生するのは避けられない事態だった。
GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売されました。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
引き続きよろしくお願いします。