19話【虚無の荒野への招待】
古竜の大爺様の願いを受け入れた訳であるが一日、二日でできるようなことではない。
とりあえず、巣穴に帰って行く古竜の大爺様を見送った後、気絶したユイシアを起こした。
「はっ!? 大きな竜が……チセさん、私生きてますか!?」
「大丈夫よ。とても理知的な竜で、いい話し合いができたわ」
「優しいお爺ちゃん竜だったのですよ」
「良かった~、死んじゃうかと思いましたよ~」
まだ17歳の少女には衝撃が強すぎたかな、と若干反省しながら、浮遊島の集落に向かい、シャエルとヤハドたちから村の一角に小屋を建てさせてもらい、その中に【転移門】を設置する。
「チセさん、お家が随分狭いみたいなんですけど、ここで暮らすにはちょっと厳しいんじゃ……」
テトが土魔法で作り上げた石組みの小屋にユイシアは、困惑している。
「心配しないで、私たちが暮らすのは別の場所だから――テト、取り出すわよ」
「了解なのです!」
そんなユイシアへ安心するように語り掛けた私は、マジックバッグから【転移門】を取り出す。
逃げ出す前に貴重品だけは回収しており、その回収物の四角い門の魔導具をユイシアが見上げて尋ねてくる。
「チセさん、テトさん、このオブジェって確か家の大事な部屋に置いてありましたよね。何なんですか、これ?」
「【転移門】よ。対になっている門に転移することができる魔導具よ」
「ここを潜ると、バッと景色が変わるのです」
「【転移魔法】って高度な魔法ですよね。転移魔法の使い手は、各国で一人か二人いるか、いないかって。それが使える魔導具なんて……あっ、クロさん!」
『にゃぁ~』
そうこう言っている間に、ユイシアの足下を通り抜けたクロが【転移門】に飛び込み、消えていくのを見て驚いている。
思わずといった様子で、ユイシアは小屋に設置した転移門の裏側を見て、クロがいないことを確かめる。
「クロさんが消えた!」
「さぁ、ユイシアの魔力を登録して行きましょう」
「早く帰ってご飯を食べるのです!」
私とテトは、ユイシアの手を引いて転移門に触れさせ、魔力を登録する。
これでこの転移門をユイシアは、いつでも使うことができる。
「それじゃあ、行きましょう」
「ふぅ~、はぁ~……行きます!」
目を強く瞑り、転移門を潜り抜けるユイシア。
私とテトがその手を引いて【虚無の荒野】の屋敷に戻ってくる。
『『『――お帰りなさいませ、ご主人様、テト様。そして、ようこそお客様』』』
瞑っていた目を恐る恐る開けると、そこにはズラリと並んだメイドたちが頭を下げている場面に出くわし、予想外の事態に驚きっぱなしである。
「ただいま、ベレッタ。こっちの子は、今日から私の弟子になったユイシアよ」
「……あっ、はい! よろしくお願いします!」
正気に戻ったユイシアが大きく頭を下げれば、ベレッタも恭しく綺麗なお辞儀をする。
『ご主人様のお弟子になられたユイシア様ですね。この屋敷でメイド長を務めさせて頂いているベレッタと申します。どうぞ、お見知り置きを』
チセに対して、まるで貴族の主人のような対応に驚き、屋敷という単語に周囲を見回す。
ここが知らない部屋であることに気付き、窓の外から見える風景に違う場所だと理解する。
「凄い、転移しています! チセさん、凄いですよ! 雲が上にあります!」
浮遊島は、雲より高い位置にあったために確かに転移した、という実感を一番に得られるのだろう。
「何というか、ちょっとこういう反応は新鮮ね」
「うーん? 魔女様だから、当然なのです!」
私としては、能力を隠しているために公開したことで驚く様子には、珍しさを覚えるが、テトにとっては私は何でもできる存在らしい。
セレネの時は、お母さんはこういうもんだから~、みたいな雰囲気があったけど、一般常識的に言えば、十分に驚愕すべきことだと理解させられた。
浮遊島からの引っ越しで【転移門】を使うなら、こういう反応を多く見ることになるのだろう。
そして、ベレッタたちからの恭しい対応にあたふたするユイシアは、私に話しかけてくる。
「チセさんは、ご主人様って呼ばれていますけど、貴族様なんですか? まさか、身分を隠して冒険者をやっている、とか……」
「違うわよ。私は、今も昔も普通の平民よ」
そう言って私たちは、部屋を出てベレッタたちの案内で食堂に向かう。
『今日の夕食のメインは、畑で取れたトマトとオークの挽肉を使った煮込みハンバーグになります』
「美味しそうね。こっちでは、何か問題はあった?」
『ご主人様たちが本日ご帰宅した際にお伝えしましたので、現在はありません』
ユイシアがサザーランドの屋敷に連れて行かれた時も、私とテトは一度【虚無の荒野】に戻り、浮遊島に乗り込む準備や万が一に長期で戻れない場合の指示をしたばかりだった。
まさか、一日も経たない内に帰ってくるとは思わなかった。
『今回は随分お早いお帰りですが、浮遊島には辿り着けたのですか?』
「浮遊島に行ってきたのです! それより早くご飯が食べたいのです」
「ローバイルの借家を手放したから、しばらくはユイシアと一緒に屋敷に移り住む予定よ。まぁ詳しい話は後でね」
『了解しました。これでご主人様のお世話ができますね』
食堂の長いテーブルには、私、テトとユイシアが席に着き、他にもベレッタを始め、魂を獲得したメカノイドたち数人がテーブルに着き、食事を共にする。
まだ魂を獲得していない奉仕人形たちは、食事を取る必要性がないので給仕の仕事や休憩に回ってもらっている。
「さぁ、食べましょう。頂きます」
「いただきます、なのです!」
そうして、みんなで食事を始めるのだが、ベレッタたちメカノイドの食事の会話は、非常に事務的だった。
けれど事務的に見えるが、個人毎に微妙に癖が違うし、私はそういう物だと慣れている。
テトは食事に夢中だが、居心地が悪そうにするユイシアの様子に苦笑を浮かべてしまう。
そして、食後のお茶を飲んだところでこの場には、ベレッタを残して話をする。
「今日、浮遊島に乗り込んだ話をするわ――」
浮遊島に乗り込み、数多の幻獣たちと天使族、竜魔族の二種類の魔族と出会ったこと。
そして彼らを束ねる浮遊島の主である古竜の大爺様と面会して、浮遊島の誕生の歴史――二種族の魔族の誕生の過程、最後に古竜の大爺様の願いを語った。
古竜の大爺様の前で気絶してしまったユイシアも私の話を聞いて、自分の常識が崩されたのか表情がコロコロ変わって面白かった。
『なるほど。ご主人様は、その願いを聞き入れるのですね』
「ええ、幸いにも、この【虚無の荒野】は土地の割にまだまだ人が住まう場所が少ないからね」
小国に匹敵する面積を持っているが、そこに暮らすのは、気ままに冒険者として旅をする私とテト。主に【虚無の荒野】の全域を管理しているベレッタとその配下のメイド隊20人だ。
他にも農作業用のゴーレムなどがいるが……幻獣数百匹に、二種族の魔族350人ほど受け入れてもまだ余裕がある。
『ご主人様。古竜の大爺様の願いは理解しました。ですが、一つ問題があります』
「ベレッタ、その問題はなに?」
『現在の【虚無の荒野】は、結界魔導具で区画を限定すれば、幻獣たちに適した魔力濃度を作り出すことは可能です。
ですが、幻獣たちの生存に適した環境となると、まだまだ十分とは言えません』
確かに、今は緑の道作戦と言って、【虚無の荒野】の南部の外縁部の森林に繋がるように植樹を行なっているが、それでは色々と不十分だ。
『さらに、幻獣ごとに好む環境、周囲の植生、好む立地条件などが異なるでしょう。それを人工的に作り出すために一度、幻獣たちの生態調査などが必要だと思われます』
「ベレッタの言うとおりね。でも今日明日に全てを引っ越すんじゃなくて、10年以上時間を掛けて、少しずつ迎え入れることを考えているのよ」
そもそも古竜の大爺様は、海母神ルリエルから私が【不老】であることを聞き及んでいるなら、寿命による計画の中断を考慮して急ぐ必要もないはずだ。
『差し出がましいことを言って申し訳ありません』
「いえ、そんなことないわ。ベレッタの言うとおり、幻獣たちの生態調査や二種族の生活様式の確認は必要よね。だから今度、浮遊島に行く時はベレッタも同行して色々と調べましょう。古竜の大爺様との顔合わせも必要だからね」
『かしこまりました』
その他、ベレッタと共に事務的な様々なことをしゃべった。
その一方、テトとユイシアは――
「チ、チセさんとベレッタさんが凄い話しているけど、難しい……テトさん、分かります?」
「テトに難しいことは分からないのです! でも、魔女様に任せておけば、大丈夫なのです!」
「あ、あははっ、そう、ですか」
膝に飛び乗ったクロを撫でるユイシアは、乾いた笑いを浮かべる。
「ほんとに、なんで私がここにいるんだろう。それに10年単位の活動って、私は行き遅れになっちゃいますよ」
「ユイシアは【遅老】スキルを得たから外見の老化は遅いはずよ。魔力量にも拠るけど、終わる頃には二十代のお姉さんって感じかしら?」
今日一日で色々なことがありすぎて、すっかり【遅老】スキルを手に入れたことを失念していたユイシア。
17歳のユイシアは【遅老】スキルの影響で、これから成長と老化がゆっくりとなるのは確実だ。
そして、弟子になり、【遅老】スキルを得たユイシアに色々なことを話すのはこのタイミングだろう、と思う。
「ユイシアには、まだ話してなかったことが色々あるわ。私たちが出会った日、なんで私たちがユイシアに同居を申し出たのか」
「私を拾った理由……ですか? 住み込みのお手伝いが欲しいんじゃなくて」
私は静かに首を横に振り、ユイシアが持つ【不老】の資質について話すのだった。
GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売されました。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
引き続きよろしくお願いします。