18話【浮遊島の歴史と古竜の願い】
『女神リリエル様の使徒よ。どうか、この浮遊島の我が子らを救っては下さらぬか?』
「お待ち下さい、大爺様! 大爺様の願いは我らが叶えます! なにゆえ、余所者に頼むのですか!?」
「そうです。実力も分からぬ者に任せるべきことなのですか?」
その言葉に私が困惑するが、それと同様に天使のシャエルや竜の戦士のヤハドたちが声を上げる。
『これより大事な話を行なう。シャエル、ヤハド、引け』
「「……はい」」
そんな二人に大爺様と呼ばれた竜は、有無を言わさず、私たちだけにすることを命じる。
それを受けたシャエルとヤハドは、渋々といった表情で他の仲間たちを引き連れて、途中で通ってきた村に戻っていく。
『さぁ、客人たち。楽になされよ』
「ええ、わかったわ」
「座るのです!」
地面に座ると、ここまで共に付いて来た幻獣たちが温かく柔らかなお腹で私たちの背中を支えてくれる。
他にも、隠れて付いて来てた幻獣たちが私やテト、気絶してしまったユイシアの膝や腕に纏わり付いてくる姿を見て、巨大な竜が愛おしそうに見つめている。
『人よりも本能と直感に優れた幻獣たちに好かれておる。やはり、願いを託すのに相応しき相手のようだ。そういえば、自己紹介がまだだったのぅ。我は緑青の古竜――1万年を生きる老いぼれの竜だ。皆からは大爺様と呼ばれておる』
「初めまして――私は、魔女のチセよ。そして、女神リリエルの使徒でもあるわ」
「テトは、テトなのです! 魔女様を守る、剣士? なのです!」
目の前の『緑青の古竜』と名乗る竜は、私たちの名を聞いて頷く。
『では、魔女殿と守護者殿と呼ぼう。我が願いを託すに当たり、この浮遊島の歴史を知ってもらいたいが、どれほど知っているかの?』
「確か1200年前に、逃げてきた幻獣たちを連れて島が空に上がったって伝説は聞いたけど、それ以上は……」
私が答えると、古竜は頷く。
『その通りだ。まずは、全ての始まりである2000年前の魔力大量消失について語ろう』
私やテトにとっては、リリエルたちの夢見の神託で度々語られることのために馴染みが深い話を古竜である大爺様の視点から語られ始める。
『魔法文明の暴走による魔力の大量消失という未曾有の危機が世界を襲い、魔力に依存した生物の多くは死に絶えた。原初の世界より生きる究極生物である我ら古竜たちは、魔力に依存せず、また強靱な肉体を持つ。世界を保つために神々と協力し、山や谷、森に住まい、己の魂より生まれる魔力を世界に還元し続けたのだ』
女神リリエルたちが低魔力地域を結界で隔離する他には、古竜たちも神々に協力して、己の身を犠牲にして世界に魔力を供給し続けていたようだ。
『最初の500年までは順調であった。だが、文明がある程度回復した人々は、愚かにも限界まで世界に魔力を還元して弱り切った古竜たちを見つけ出し、討ち倒していったのだ』
「それって……」
『魔力の供給の一角が崩壊したのだ。また、同胞たちが住む場所には幻獣や隠れ住む人々もおり、少しずつ住処を追われた者たちがワシの元に集まったのだ』
当時を思い出すように目を細める古竜の大爺様たちに私とテトは、同情の念を抱く。
「様々な地域に竜殺しの伝説があるけど、その裏にはそんな事情があったのね……」
「頑張っていたのに倒されるなんて、かわいそうなのです」
私たちの感想に、古竜の大爺様が自嘲気味に笑う。
『我ら古竜たちは、人間を恨んではおらんよ。それに古竜は、原初にて誕生した究極生物。その身が朽ち果てようとも世界のどこかに新たな卵となって知識を継承して転生する――【不滅】の存在だ』
新たに生まれ直すには相応の魔力を外部から集めなければならぬから、しばしは世に出てくることはないだろう、とも言う。
私は不老の存在になってしまったが、それ以上に不滅の古竜が現れるとは、ファンタジー世界は本当に驚きの連続である。
『話を戻そう。人間の欲望は、我の地にも手を伸ばそうとした。我の地は、他の古竜の領域から逃げ延びた多くの幻獣や人々が集まっていた。我が討たれれば、逃げてきた幻獣や人々は、行き場を無くして人によって狩られるか、魔力を得られずに絶命する運命にあった』
「それが浮遊島の誕生に繋がるのね」
『その通りだ。逃げてきた人々の中には海母神ルリエル様と天空神レリエル様の使徒がいた。二柱の力を借りて浮遊石を生み出し、我の魔力で浮遊島を浮かべて、幻獣と逃げてきた人々と共に空へと逃げ果せたのだ』
それが、浮遊島誕生までの流れと言うことか……
「それじゃあ、シャエルたち天使を名乗る人やヤハドみたいな竜の戦士たちが逃げてきた人だったの?」
『うむ。シャエルたちは、天使だ、神族だなどと名乗りおるが本質は魔族と変わらぬ』
そうして語るのは二つの種族の成り立ちだ。
シャエルたち天使族のご先祖様は、その身に天使たちを憑依・同化させる【御使い降臨】の状態で子作りした結果らしい。
この天使の【御使い降臨】は、【悪魔憑き】に非常に似た強化手段である。
術者に精神生命体を憑依・同化させて精神生命体の魔力が術者に加算される、と言う物だ。
ただ【悪魔憑き】の場合には、悪魔の影響から精神汚染が引き起こされ、場合によっては主従関係が逆転されて肉体を乗っ取られるために禁術指定されている。
天使の【御使い降臨】は、人間の方が主で天使は従の立場である。
また、天使との憑依解除が可能な点が、今なお五大神教会の魔法書にも残されている所以だが、私としては使う必要のない魔法である。
だが、その状態で子作りした結果、同化した天使の因子が胎児と融合して天使の特徴である白い翼を持って生まれたそうだ。
「だから、神々に仕える天使が起源として、神族とか名乗っていたのね。でも、そんなことが何で起きるの?」
『2000年前の世界では、起こりえなかった現象だ。ステータスが世界に導入されたために誕生した新種族の天使族、と言ったところだ。まぁ、ただの【御使い降臨】の状態での子作りでは誕生しないために何らかの条件が必要なのだろう』
そして条件さえ揃えば、【悪魔憑き】の人間が変異した魔族以外にも、実体化した悪魔や変異で生まれた悪魔族が人間と子作りすれば、悪魔の因子が宿った子どもとしての悪魔族が生まれる可能性が――いや世界のどこかで既に一つの種族として確立しているかもしれない。
『天使族たちの親である使徒たちは、その容姿から宗教的な道具にされかねないと判断して天空神レリエル様の導きで我の元に逃げてきたのだ』
「それじゃあ、ヤハドさんたち竜の戦士も同じように逃げてきた新種の魔族なの?」
私が続いてそう質問を投げかけるが、若干古竜の大爺様は言い辛そうに視線を逸らす。
『あー、彼らは……元はただの人間だったのだがな。浮遊島での長い生活の中でどうしても男が少ない時期があって、血が濃くなりすぎるのを防ぐために希望者に我の種を使ったのだ。原初の時代では、古竜と人が子作りしたために竜人が生まれたから行けると思ったが、我寄りの竜の魔族――ドラゴノイドとなったのだ』
古竜の大爺様は、自分の下の話をしたために恥ずかしそうにしている。
なんと言うか神話の再現を行なった結果――竜魔族が生まれたようだ。
どちらかと言うと、【竜化】した姿に近いので限りなく原初の竜人の姿に近いように思う。
「それじゃあ、この島には種族は天使族と竜魔族だけ?」
『如何にも。この浮遊島の特殊な環境故か、一代限りでの新種族の絶滅を避けるための個体数の増加なのか……徐々に普通の人間の子は生まれず、天使族と竜魔族だけが生まれるようになったのだ』
この浮遊島には、全部で350人の魔族の集落があるようだ。
「にゃんにゃん、なのです」
『にゃぁ~』
途中からテトは話に飽きており、クロたちや他にもじゃれつく幻獣たちと遊び始める。
そんなテトの様子に私と古竜の大爺様は、少し和んだところで話が本題に入る。
『さて、二種族の説明は終わりで本題に入ろうか』
あまりにスケールの大きな話にかなりの満足度を得てしまったが、まだ本題に入っていない。
「この浮遊島の子らを救ってくれって、幻獣たちや天使族、竜魔族たちを助けるってことよね。私に何をして欲しいの?」
『地上の煩わしさから逃れるために、空に逃げて1200年。だが、この島は長い時の中ですり減り、徐々に小さくなっておる。こんな狭く不安定な島ではこれ以上の種の発展は望めぬ。そこで、我の子らを地上に帰して欲しいのだ』
しかし、ただ地上に送るのでは、迫害や狩猟の対象となってしまう。
浮遊島の代わりに守り、発展の余地のある場所を提供してほしい、ということだろう。
そして私には、【虚無の荒野】と言う小国に匹敵する土地がある。
それに私たちにもメリットはある。
幼体の幻獣たちが育つには、魔力が必要であるが成体まで成長すれば、今度は魔力を生み出す側に回れるのだ。
魔力の生産の大部分を世界樹に依存している【虚無の荒野】に、新たな魔力を生み出す存在である幻獣たちが加わるのだ。
「わかったわ。【転移門】を設置して【虚無の荒野】に少しずつ移住って形で幻獣や住人たちを受け入れましょう」
「魔女様? これからクロだけじゃなくて、クロの仲間も一緒に暮らすのですか?」
「ええ、そうなるかな?」
その私の承諾の言葉を受けて古竜の大爺様は、頭を下げる。
『感謝する。ルリエル神の神託の通りだ。これで我が子らをこの方舟から降ろすことができる』
こうして穏やかに、肩の荷が下りたかのような安堵を浮かべる古竜の大爺様との初めての接触が終わったのだった。
本日、4月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売となりました。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
引き続きよろしくお願いします。