17話【浮遊島に住まう幻獣たち】
浮遊島に降り立った私は、すぅーと深呼吸をする。
「ふぅ、ここに来るまでで結構魔力を使ったわ」
遠くに見えた浮遊島まで三人を運ぶのに、かなりの魔力を使う。
箒による飛翔なら効率的に運ぶことができるが、空飛ぶ絨毯だと浮遊島の高度まで三人を運ぶのに10万魔力ほど使ってしまった。
「ここがクロの故郷なのですか。良い場所なのです!」
『にゃぁ~』
私たちが周囲を見回しているとユイシアのローブに隠れていたクロが抜け出し、ぴょんと地面に降り立ち、歩き始める。
そして、尻尾をフリフリ振って、振り返ってくる。
「クロさん、いつものように誘っているみたいですよ」
「行ってみましょうか。テトは一応、警戒を続けてね」
「はいなのです!」
私たちは、クロの案内で浮遊島を歩いて行くと、すぐに私たちの周りに様々な幻獣が集まってくる。
「この子は、馬の体に翼……ペガサスね」
「魔女様、魔女様。クロの仲間たちも来たのです!」
「チセさん。こっちには、角の生えたリスと妖精の羽が生えた犬がいますよ!」
幻獣のペガサス、妖精猫のケットシー、世界樹に住む角の生えたリスのラタトスク、妖精犬のクーシー。
他にも狼のフェンリル、大鷲のアクイラ、兎のアルミラージ、蛇亀のアスピドケロン、鷲と獅子の混合生物のグリフォン、宝石を額に宿した鼠のカーバンクルなど――様々な幻獣たちが私の前に現れ、私に体を擦り付けてくる。
「ちょ、沢山は、重い……苦しい……」
「魔女様、人気者なのです~」
「でも、チセさんに凄い集まって来るけど、なんで……」
多分、直前まで空飛ぶ絨毯で大量の魔力を使った残り香のようなものを感じたのだろう。
私の体から漏れ出る魔力を吸収しようとしているのだ。
モフモフとした感触は嫌いではないが、流石にこの物量では息苦しい。
「動けなくなるから、落ち着きなさい!」
キレた私が魔力を一気に放出すると、放出した魔力を吸収して満足した幻獣たちは、少しずつ落ち着きを取り戻すが、それでも私たちを気に入った子たちは森に帰らずに一緒に付いてくる。
「むぅ、幻獣たちは魔女様の魔力を貰ってたのです。羨ましいのです」
「はいはい、テトも後で補充してあげるから」
「補充?」
ユイシアが私とテトの会話に小首を傾げているが、その様子に、テトがゴーレムの魔族であることも伝えないと、などと考えてしまう。
「それにしてもクロたちは、どこに向かおうとしているんだろう?」
まっすぐに、浮遊島がかつて半島だった時にあった山の方向を目指して進んでいる。
途中、獣道を抜けて進み、様々な幻獣が何度も私の魔力を欲して、近づいてくる。
その度に、最初に残ってくれた幻獣たちが威嚇して落ち着けさせ、何故か幻獣たちの列ができあがる。
私は、その子たちの額を撫でながら魔力補充の《チャージ》を唱えると満足して去って行くのだ。
「魔女様、人気なのです。テトも撫でて欲しいのです」
「はいはい、テトは良い子、テトは良い子。幻獣たちに好かれるのは嬉しいけど、これじゃあ先に進めないわね」
害意を持って襲ってくる魔物よりも、好意を持って構って貰いたくて潤んだ瞳を向ける幻獣たちの方が、よっぽど足止めされてしまう。
そうして、途中でテトに投げやりな感じで頭を撫でるのだが、それでもテトは満足げに笑っている。
「私はサザーランドの屋敷で戦って、そのまま浮遊島に乗り込んで……ちょっと疲れました。チセさんのマジックバッグに物を詰めましたけど、色々な物も置いて来ちゃいましたし……」
「物は、後で私が揃えるわ。けど、緊張しっぱなしの状況だし、少し休みましょうか」
近くの倒木や岩に腰を掛けた私たちは、マジックバッグに入れた果物を取り出せば、隣を歩いていた幻獣たちも欲しがるので、分けてあげれば齧り付く。
しばらくぼんやりと過ごしていると、上空に魔力の反応を感じて幻獣かと思って見上げれば、太陽を背にして姿がよく見えないが翼を持つ人がこちらを見下ろしていた。
「っ! ハーピー!?」
女面鳥身の魔物かと思い杖を構えると、こちらの魔力感知をすり抜けて、周囲の草むらからも人影が現れる。
「チセさん。リザードマンの亜種もです!」
草むらから現れたのは、緑や青の鱗を持つ角のある爬虫類の頭部を持つ人だ。
その姿は、リザードマンと呼ばれる人型の魔物よりも、竜人種族が習得できる固有スキル【竜化】によって変身した姿に近い。
幻獣だけの浮遊島かと思えば、このような生物も住んでいたのかと警戒するが、テトがローブを摘まんで引っ張り――
「魔女様……あの人たち、魔物じゃないのです。テトと同じなのです……」
「テトと同じってことは、魔族?」
「ええっ、テトさん! 魔族だったんですか!?」
謎の魔族の一団に囲まれた状況でも、私たちの秘密に驚くユイシアは、案外余裕があるのね、などと頭の隅で思っていると、翼を持つ魔族が降りてきた。
「人間! 訂正を求める! 高貴なる我らの姿をハーピーなどの低俗な魔物と呼んだこと、万死に値するぞ!」
空より舞い降りた少女の背中には、一対の白い羽を生やしていた。
「天使……?」
「うむ! いかにも、我らは、女神の眷属にして神の一族――私は、神族の天使・シャエルなるぞ!」
ユイシアの呟きに、シャエルと名乗った天使の少女は、尊大に胸を張って答える。
魔族ではなく、神族とはなんだろうか。
神話上に現れる天使たちは、悪魔同様に精神生命体だ。
殆どが、自我がなくリリエルたち神々の命令に従う存在である。
中には自我を持ち、世界に顕現できる存在もいるらしいが――
「シャエルが名乗ったのなら、某も名乗ろう。某は、ヤハド! 古竜の眷属にして竜の戦士である!」
武人のような風体のヤハドと名乗る竜の戦士は、大きく演舞するように槍を振るい、地面を踏みならす。
その他にも彼らの背後には天使や竜の戦士たちが集まり、こちらを囲んでいる。
「幻獣たちよ! なぜ我らの島への侵入者を庇い立てる!」
そんな状況の中、低く唸り声を出す幻獣たちが私たちと天使や竜の戦士たちとの間に入って壁になり、私と浮遊島の人々が争わないようにしてくれている。
だから私は、幻獣たちの意を汲んで、杖を下ろす。
「私は、魔女のチセ。この浮遊島に訪れた目的は、この島から落ちてきたケットシーを元の群れに帰すことで、敵対する意志はないわ。それと魔物と勘違いしてしまって、ごめんなさい。謝罪するわ」
「ごめんなさいなのです」
私が深々と頭を下げるとテトも頭を下げる。
そして、一拍遅れてユイシアも勘違いの謝罪のために頭を下げる中、天使のシャエルと竜の戦士のヤハドの前に飛び出した黒猫のケットシーのクロを見て、目を見開く。
「お前! 生きていたのか!? 嵐の日に飛ばされて死んだかと思ったのに!」
「これは目出度い! 行方の分からなかった友が帰ってきた! 村に知らせを走らせろ!」
すぐに五年前に島から落ちたケットシーであると気付きシャエルが手を伸ばそうとするが、クロは、ツンとした表情でその手から逃れ、ユイシアの足下に甘えてみせる。
その様子に、シャエルが悔しそうな表情を見せ、ユイシアをキッと睨み付ける。
睨まれたユイシアがたじろぐ中、表情の分かり辛い竜頭のヤハドは、口を歪ませて笑い、仲間を伝令に走らせる。
「貴様らの目的も分かった! すぐに大爺様に判断を仰ぎ、決める。外部から人間が入り込むなど1200年の間、一度も聞いたことがないわ」
そう言うシャエルとヤハドたちは、伝令が戻るまで私たちの周囲で警戒する。
だが、幻獣たちが身を挺して壁を作ってくれるので、争うこともなく、『大爺様』と呼ばれる人物から客人扱いでの出迎えが決まった。
天使と竜の戦士たちに囲まれて歩く私たちは、移動する。
しかも、移動する度に私に挨拶するように現れて、魔力を吸収して去る幻獣たちの姿に、天使と竜の戦士たちが、驚きの表情を浮かべる。
「貴様、何者だ……幻獣たちが貴様を迎え入れている」
「魔女様は、魔女様なのです!」
「ただ、私の魔力が欲しいだけよ」
普段の環境と違う魔力の質があったから味見したいとかなんだろう、と思いながら進んでいくと、山の麓には小さな集落があり、天使や竜の戦士たちがいた。
生活様式などはかなり質素だが、生活の中に幻獣たちの体毛や寿命や事故で亡くなった死体から手に入れたと思しき毛皮、骨などの素材を随所に使っている。
幻獣の素材を考えるなら、地上で宮殿が建つほどの価値がこの浮遊島にはあるだろう。
そのようなことを考えていると、村を抜けて、山の麓の一角に辿り着く。
「大爺様がお越しになる! くれぐれも無礼な行いはするなよ!」
そう釘を刺すシャエルの言葉の直後、地面が揺れるのを感じる。
巨大生物が歩くような振動、そして私以上の膨大な魔力を持つ存在が近づいてくる。
ユイシアの表情が引き攣る中、クロは嬉しそうに鳴き声を上げているのを見て、恐れる相手ではないと気付く。
遂に、その姿が目の前にやってきた。
『初めまして、地上で迷子になった子を助けてくれた恩人よ。ワシは皆から【大爺様】と呼ばれているただの竜じゃ』
穏やかな老人のような念話が巨大な竜から放たれる。
「りゅ、竜……はわぁ……」
『おお、そちらのお嬢さんにはワシの存在は刺激が強すぎたようだのう……』
巨大な竜の存在にユイシアが気絶し、その倒れる背中を幻獣たちが支えて、大柄な幻獣の横腹に寄りかかるように眠らせる。
『そなたらがこの島に来るのは、女神ルリエル様より神託が下されておった。来訪を歓迎しよう、女神リリエル様の使徒とその仲間たちよ』
既に女神ルリエル経由で私のことを知っていたようだ。
そして、女神リリエルの使徒であることにシャエルたち天使が驚く。
『なぁ~』
そんな中、巨大な竜の前に飛び出したクロ、甘えるような鳴き声を上げると、柔らかな目元の竜がクロを見下ろす。
『はははっ、ケットシーのやんちゃ坊主が無事でよかったわ。その上、我らの希望を連れてよく帰ってきてくれた』
希望とは何か、と疑問に小首を傾げる私たちを前に、巨大な竜はゆっくりと頭を下げていく。
『女神リリエル様の使徒よ。どうか、この浮遊島の我が子らを救っては下さらぬか?』
その言葉に私は、更に困惑しながらも耳を傾けるのだった。
4月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売されます。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
引き続きよろしくお願いします。