16話【ユイシアの弟子入り】
クロが落ちてきた浮遊島が見えた私とテトは、浮遊島に乗り込むための準備と【虚無の荒野】の様子を確かめるために、【転移門】を使ってベレッタたちに会いに来た。
『ご主人様。我らメイドたちは、ご主人様の行動を邪魔するつもりはありませんが、こうも長期の不在が多いと寂しくもあります』
「ごめんね、ベレッタ。この件が一段落付いたら、【虚無の荒野】でのんびり過ごしましょうか」
「そろそろ、海のご飯も飽きてきたのです」
『我ら一同は、ご主人様とテト様のお帰りをお待ちしております。加えて、その時には是非ともクロ様以外のお客人を連れてきて欲しいです』
【転移門】でローバイルの家に帰る前に、ベレッタにそう懇願されてしまったために、苦笑を浮かべながら頷く。
ローバイルの王都でも貴族関係でゴタゴタが起きたことだし、そろそろ【虚無の荒野】でのんびり過ごすのが懐かしく感じる。
そして、私とテトが【転移門】で家に帰ってくると、まだユイシアは帰ってきていなかった。
「ただいまー。って、まだ帰ってきてないみたいね」
「いつもなら、美味しいご飯の匂いがするころなのに、おかしいのです」
『にゃぁ~』
私とテトが不思議そうにする中で、クロが不満そうに一鳴きするが、すぐに耳をピンと立てて鼻をスンスンと鳴らしている。
「クロ、どうしたの?」
『にゃっ!』
「追いかけるのです!」
掛け出したクロを追いかけるように家を飛び出すと、家の前の通りをユイシアが歩いていた。
髪は強風で煽られたのかボサボサでサザーランドの緑のローブやその下の衣服まで裂けて白い肌を晒している。
衣服が切り裂かれているが、【身体強化】で体表を覆っていたのか怪我らしい怪我はない。
足取りは覚束ないが、その表情は何かをやり遂げたように満面の笑みを浮かべていた。
「えへへっ、チセさん、テトさん。ただいま、です」
「おかえり、って、それどころじゃないでしょ! 何があったの!?」
「服がボロボロなのです!」
私が、ユイシアの肌を隠すようにマジックバッグから予備のローブを被せると、困ったような笑みを浮かべる。
「実は、オルヴァルトに魔法一門から破門を受けちゃいました」
「破門なのですか! ところで魔女様、破門ってなんなのですか?」
驚いてみせるテトだが、破門の意味を分からず私に尋ねてくるので、少しだけ焦る自分を落ち着けることができた。
「破門って言うのは、魔法一門からの追放……追い出されるって意味よ」
「それは大変……じゃないのです。ユイシアは、どこでも生きていけるのです」
「はい、だから破門されてきました!」
褒めて下さい、とばかりに胸を張るユイシアに若干、呆れながらも尋ねる。
「破門はいいとして、オルヴァルトと会ったって、どうしてそんなことになったのよ」
私は、闇魔法の《サイコキネシス》でユイシアの体を浮かべて家に運び、話を聞きながら体の様子を確かめる。
どうやら、私の【不老】スキルに気付いたオルヴァルトが国王を味方に付けて、不老不死の秘密を探ろうとしていたようだ。
その際に、ユイシアを宮廷魔術師への口利きを餌に私を捕まえるための駒に。もしダメでも言うことを聞かせるための人質にするつもりだったようだ。
「本当に、怪しい人にホイホイとついて行っちゃダメじゃない」
「むぅ、チセさん、私を子どもみたいに。それに騎士の鎧を着ていたから安心しちゃったんですよ! まさか、王様まで巻き込んでチセさんを狙うなんて思わないじゃないですか!」
「まぁ、ねぇ……」
ユイシアを注意する私の隣では、テトがクロと目を合わせて頷き合っている。
「クロ。これからテトは、ユイシアを傷つけた相手を倒しに行くのです! 一緒に行くですか?」
『にゃっ!』
「こらこら、二人して乗り込みに行こうとしないの!」
テトとクロを落ち着かせてユイシアの体を調べれば、怪我らしい怪我はなく、自力で窮地を脱したらしい。
さらに、身体を検査した結果、驚きの変化が起こっていた。
「こう、なんか感情が爆発して体の奥から魔力が沸き起こる感じがして……凄かったんですよ。何でもできるんじゃないか、って気がして」
「ユイシア、実際にあなたの魔力は増えているわよ。ざっと――5万ほどに」
「へっ?」
今はサザーランドの屋敷での戦いで魔力が減っているために自覚は薄いが、魔力量は大幅に増えている。
物語の主人公が窮地に陥ると、その潜在能力を覚醒させる場面が多々あるが、ユイシアは感情を爆発させた結果、魔力が一気に増えたようだ。
この現象は、珍しいが無いわけじゃない。
ステータスという数字が管理する世界ではあるが、そのベースは2000年以上前のステータスがない世界の物だ。
その当時にあった感情の爆発や生命の危機に瀕する状況による潜在能力の覚醒が起こったのだろう、と予想される。
「えっ、嘘っ――あっ、本当だ。って、えええっ!? 【遅老】スキル!?」
おめでとうと言うべきか、少し悩む状況ではある。
最初にユイシアを拾い上げた状況は、私と同じ不老の因子を感じ取ったからだ。
そして、【不老】スキルの手前の【遅老】スキルが発生したことで独り立ちさせるべきなんだろうが――
「そうだ! チセさん! お願いがあります!」
「どうしたの、改まって?」
「チセさん、私を魔法使いの! いえ、魔女の弟子にして下さい! お願いします!」
既に、破門されたサザーランドのローブを捨てたユイシアの懇願は、初めて会った時のことを思い起こされる。
「いいわよ。私の弟子、第一号ってことになるわね。よろしくね、ユイシア」
「改めて、よろしくなのです。ユイシア」
「チセさん、相変わらず軽いですよ~」
『にゃぁ~』
テトが弟子入りを祝福し、嬉し泣きするユイシアの涙をクロが舐め取る。
「元々、ユイシアにこの家を任せて、浮遊島に乗り込むつもりだったけど、ユイシアがサザーランドの屋敷で暴れちゃったから居づらいわよね」
「は、はい……すみません」
申し訳なさに俯くユイシアを宥める。
「いいのよ。国王に目を付けられたら、どんなに白でも黒にされちゃうから」
「魔女様、白は黒にはならないのですよ。どこまで行っても白なのです」
「テト、物の例えよ……」
そんな宥める私とテトの遣り取りがおかしかったのか、ユイシアが少しだけ笑みを見せたので、今後の変更した予定を話す。
「私たちやユイシアも狙われてることだし、三人と一匹でローバイル王国を出て浮遊島に乗り込みましょう」
「クロの故郷にお邪魔するのです!」
「え、ええっ!? 私もクロさんの故郷の浮遊島に行くんですか!?」
「もちろんよ。さぁ、家の中の物を全部マジックバッグに詰めて、今すぐに浮遊島に飛びましょう」
「ちょっと、チセさん! なんか、凄いこと言ってるんですけど! って言うか、なんだか、性格変わってませんか!?」
この状態で慌てふためくユイシアだが、私は言う。
「今までは、同居人のユイシアに配慮して秘密を隠していたのよ。今のユイシアは弟子だから、隠す物は何もないわ」
「魔女様、生き生きとして楽しそうなのです!」
テトがそう言ってニコニコしているが、ユイシアとしては若干遠い目をして早まったかも、と呟いている。
そして、家の外を見れば――
「あ、あの、チセさん……家の表の方に騎士団と言うか、宮廷魔術師たちがいるんですけど……」
「私たちを捕まえに来たのね。けどダメね。市街地ってことを考慮して、私の結界を壊すつもりで魔法を使っていないから、家まで侵入できないわね」
そうこうしている内に、事態の全容を把握したゼリッチ氏を含む冒険者ギルドの面々も駆けつけて事態が混迷していく。
周囲の家々も物々しい事態に怯えているのを感じ取れるので、さっさとこの場から去るに限る。
「ユイシア、準備はいい?」
「は、はい! いつでもいいです!」
私の予備のローブを身につけたユイシアは、緊張した面持ちで二階に登る。
二階の窓から屋根に登った私たちは、浮遊島を見上げる。
天気は快晴、浮遊島との距離は、今朝より陸地に接近している。
この距離なら、私が三人を運ぶことができるだろう。
「三人とも空飛ぶ絨毯に乗ってね。ユイシアは、クロをちゃんと抱えてて」
「はいなのです!」
「そ、空を飛ぶって初めてなんですけど! どうなっちゃうんですか!?」
本当は私とテトだけなら魔杖・飛翠でクロを抱えて向かう予定だった。
だが、急遽ユイシアも加わることになり、広げた絨毯の上に乗った私の横にテトが座り、その後ろにユイシアも片手でテトにしがみつき、ローブの内側にクロを抱えるようにして持っている。
「それじゃあ、行くわよ!」
「浮遊島に行くのです!」
「わ、わひゃぁぁ――!」
テトとユイシアを乗せた空飛ぶ絨毯が浮かび上がり、私たちを捕縛しようと構えていた人々が私たちに気付き、見上げる。
「おっと、バランスを取るのが、難しい」
「チセさん! 落とさないで、落とさないで下さい!」
久しぶりに乗った空飛ぶ絨毯は、最初はバランスを取るのに苦労した。
だが、すぐに安定して、浮遊島に向けて高度を上げつつ飛んでいく。
「チセさん、下から攻撃を受けていますよ!」
「大丈夫よ。結界を張っているから攻撃も来ないわよ」
「みんなー、さよなら、なのです~!」
下の人たちを見下ろしながら、テトはご近所さんたちに挨拶をしていく。
それが捕まえに来た人たちへの煽りと思われたのか、攻撃は激しくなるが、すぐに攻撃の射程外に逃れ、そのまま浮遊島へと高度を上げていく。
「ほわぁぁっ、地面があんなに遠く、それに浮遊島がこんなに近く」
『にゃぁぁっ!』
間近で見る浮遊島に感嘆の声を漏らすユイシアと久しぶりの故郷に興奮するクロ。
そして、魔力を目元に集中させれば、浮遊島の周囲には【虚無の荒野】と同じく魔力の流出を阻害する結界で覆われているのが見えた。
「一気に上がって、浮遊島に乗り込むわよ!」
「了解なのです!」
そのまま私は、雲を突き抜け、浮遊島を包む結界を超えて島の上部に飛び出す。
「ここが……クロさんの故郷」
浮遊島の上部には、木々が生い茂り、小川や山の峰の名残のような物が見える。
大きなビオトープのような浮遊島に接近し、ゆっくりと空飛ぶ絨毯から降り立つのだった。
SIDE:冒険者ギルド・ゼリッチ
私の立場は、王弟であり、臣籍降下して公爵の地位を得た。
その立場と持ち前の社交的な性格で交易の多いこの国の外交官を務めて、成果を上げたが、それがとある問題を招いた。
――凡庸な兄王、優秀な弟公爵。
貴族たちの評価が、そのように決まってしまった。
また近年では改善しつつあったが、内地の不作を改善できずに兄王の評価が下がり、落ちた税収を補うために、交易に傾倒していった。
その結果、円滑な交易の助けとなる風魔法を使うサザーランド伯爵家を優遇してきた。
「全く困った物だが、これで少しは改善するか」
王都で幅を効かせるサザーランド一門を牽制するためには、成り上がりの冒険者がギルドマスターを務めるのでは、権威が足りなかった。
本来、冒険者ギルドと各国の貴族が密になることを良しとはされないが、毒をもって毒を制すために前任者のギルドマスターの打診で私が新たなギルドマスターとなった。
その時には、王との距離を取りたかったために、渡りに船と思い元Bランク冒険者のシェリルをサブマスターにつけて王都に二つある冒険者ギルドを束ねるギルドマスターになった。
それからは裏で各魔法一門との主導権争いを行なっていたが、半隠居のAランク冒険者であるチセ殿、テト殿に対してサザーランド次期当主による恐喝と略取、暗殺未遂が起きた。
そこで、サザーランドの勢力を追い落とし、本来の健全な冒険者ギルドの形に戻そうかという矢先に、驚きの報告が飛び込んでくる。
サザーランドの次期当主は、【不老不死の秘密】などという荒唐無稽な話で兄王を味方に付けて、罪もなき冒険者であるチセ殿たちの捕縛に乗り出したのだ。
王命を受けたが自身の正義との葛藤に迷う騎士たちと私の指示を受けた冒険者たちが彼女の家の前で入り乱れる。
そして、チセ殿たちが空を飛び、居なくなり騒動が沈静化して気付く。
「――兄王は、狂われてしまった」
理由はどうであれ、外交的に非常に不味いことになったのだ。
兄を王のままにすると国内外が荒れる。
私は、すぐさま行動を起こすことにした。
それから一年後――諸侯と力を合わせて、不老不死の妄想に取り憑かれた兄を王位から追い落とし、幽閉した。
諸悪の根源であるサザーランド伯爵家は、様々な不法行為の他に国王を唆し国を乱した罪で処刑され、魔法一門としてその名を残すだけになる。
私は、既に王籍から抜けたために王を名乗るつもりはなく、王が一つの勢力に偏ったためにこのような事態になったのだと感じた。
そのためにローバイル王国の政治は、諸侯の議会政治に委ねられ、その初代議長として私が就任した。
後世の歴史家は、こう語る――
サザーランド伯爵家が不法行為と国王への教唆により処刑された後、王族の権力が弱まった。
そして、ローバイル議会の初代議長であり王弟であったゼリッチ・ローバイル公爵の死後から50年後、幽閉されたローバイル国王の直系が途絶えた。
王弟であったゼリッチ公爵に子どもたちは居たが誰も王位に就くことはなく、国の象徴と成り下がった王族が途絶えたことで、ローバイル王朝は完全に消滅した。
議会政治に移行し、王を必要としない国であるローバイル共和国へと名前を変えて存続が続いていった。
奇しくもローバイル王族は、魔法一門として名前だけを残すサザーランド伯爵家と同じ道を歩むことになる。
この王朝の崩壊の真相は、【創造の魔女】チセに手を出したことによる破滅であったと言われている。
歴史の中で幾度と出てくる【創造の魔女】に不当な行動をした結果の破滅。――『善意には善意。悪意には悪意を返す、まるで鏡のような存在である』と記した。
4月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売されます。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
引き続きよろしくお願いします。