15話【ユイシアの選択と浮遊島の接近】
SIDE:ユイシア
チセさんたちがサザーランドの次期当主のオルヴァルト様と揉めて暗殺者が送られた後も、不安を抱いて過ごしていたが、拍子抜けするほど変わらない日々が過ぎていくのだった。
「今は、騎士団の人たちがサザーランド派閥の宮廷魔術師たちを監視しているみたいだから、任せましょう」
「そうですけど……」
「それより重大なのは、今日のご飯を何にするかが大事なのです!」
『にゃぁ~』
不安に駆られる私だが、チセさんたちは相変わらずの自然体だ。
二人がAランク冒険者であることや、クロさんがケットシーであることなどに緊張して対応がギクシャクしたが、チセさんたちは変わらず私に接してくれるので、なんだか緊張するのが馬鹿らしくなった。
そして、一ヶ月が過ぎ――
「チセさん! テトさん! ついに来ましたよ! 浮遊島です!」
「ほんとね。これでクロを群れに帰せるわ」
「でも、その前に準備が必要なのです!」
『なぁ~』
家の窓辺から見える小さな豆粒のような巨岩の浮遊島を見つめて、チセさんたちが話している。
「もうじき、クロさんとお別れなんですね」
『なぁ~』
寂しさにクロさんの背中を撫でると、甘えるように体を擦り付けてくれる。
たまに厳しいクロさんだが、こうして甘えてくれるのは嬉しく感じる。
そして私を送り出した後は、チセさんとテトさんは、浮遊島に向かうための準備をするために、どこかに出かけていくようだ。
なので、送り出された私は、サザーランド一門の施設に近寄らないように冒険者ギルドへポーションを納品しに出かけ、ついでに受けられそうな雑務依頼を探しに来たのだが――
「ユイシアちゃん、今度うちのパーティーと組まない?」
「あっ、ずるいぞ! 私たちの所と組んで依頼をこなそうぜ!」
「あははっ、すみません。また今度で――」
サザーランド一門が不祥事を起こした後、その制裁措置として冒険者ギルドのゼリッチ様は、サザーランド一門の門下生に対して冒険者パーティーの斡旋を停止した。
そのために、今まで横柄だった門下生たちは、単独ではダンジョンに潜ることもできず、レベル上げや魔法の研究のための素材集めなどが難しくなっている。
唯一、今まで丁寧な対応をしていた私は、サザーランド一門にいながら個人的にパーティーを組んでくれる人たちがいた。
今もこうして気さくに声を掛けてくれる知り合いの冒険者たちに断りを入れながら、依頼の掲示板を見上げていると、背後から声を掛けられた。
「サザーランド一門のユイシアだな」
「っ!? あっ、騎士団の人ですか」
気配を感じず振り返れば、騎士団の鎧を着た男性が立っていた。
テトさんに【身体強化】と近接での護身術を教えてもらっているのに、気付かなかったことに内心落胆する。
「Aランク冒険者への襲撃と暗殺未遂の件で、詳しい話を聞きたい」
「はい、分かりました」
冒険者ギルドの近くには馬車が用意されていたので、それに乗り込み、騎士団の詰所まで向かうのだと思ったが、流れていく窓辺の景色が詰所とは違い、貴族街に向かっているのに気付く。
「あの……騎士団の詰所とは別の方向みたいですけど……」
「…………」
私の疑問に、騎士鎧を着た男性は腕を組んだまま黙っている。
その時点で何かがおかしいと気付くが、そうして辿り着いたのは、サザーランド伯爵家の本邸であった。
「こ、ここは……」
「さぁ、進め」
こちらにチラリと見えるようにナイフを背中に突きつけてくる騎士鎧を着た男性に促されて、私は屋敷の中に入っていく。
しかも、案内された応接室にいたのは、本来騎士団によって監視され謹慎を言い渡されたはずのオルヴァルトだった。
「オルヴァルト様……」
「待っていたぞ、ユイシア。さぁ、座りたまえ」
騎士鎧を着た男性は、足音を立てずにオルヴァルトの後ろに立ち、私は渋々ソファーに座る。
そして、オルヴァルトは私に信じられないことを語りかけてくる。
「随分と、件の冒険者たちと親しくしているようだな」
「は、はい。よくして頂いています」
震えそうになる声を抑えてそう答えれば、オルヴァルトの表情が嫌らしい笑みに歪む。
「それは重畳。では、この薬と手枷と首輪を使って奴らを無力化しろ!」
「なっ!?」
オルヴァルトが取り出したのは、何らかの薬物と罪人用の手枷と首輪だ。
「これは、強力な睡眠薬だ。食事にでも混ぜれば、丸一日は目覚めない。そして、こっちは魔封じの手枷と奴隷の首輪だ。Aランク冒険者に暴れられては困るからな。しっかりと着けるのだぞ」
「な、なんで私がチセさんたちにそんなことしなきゃいけないんですか!?」
何がどうなっているんだか、分からない。
だが、オルヴァルトは続けて私に要求をしてくる。
「あのチセとか言う冒険者は、【不老】スキルを持っている。奴の体に隠された【不老不死の秘密】を調べ上げるように王命が下ったんだ。その体を調べるには、捕まえなければならないよな」
王命……今まで不気味なほど平穏だった裏では、サザーランドの権勢を追い落とす準備が進んでいるのではなく、国王を味方に付けてチセさんたちを捕まえる準備を進めていたことに気付く。
「なに。タダでやれとは言わないさ。宮廷魔術師になるのが夢なんだろう? 成功した暁には、宮廷魔術師への口利きをしてやろう」
粘着質な声でそのような誘惑を私に掛けてくる。
「だが、もし断るようならば、お前をサザーランド一門から破門する。魔法一門から破門されれば、この国では宮廷魔術師にはなれないよなぁ……」
チセさんを裏切れば、宮廷魔術師になれる。
けれど、オルヴァルトの提案を断れば、魔法一門から破門されて、宮廷魔術師への道が閉ざされる。
私は俯き、自身の拳を強く握りしめて声を絞り出す。
「お断りです……」
「ああっ? 冒険者のチセとテトの捕縛は王命でもあるんだぞ」
「それでもチセさんとテトさん、それにクロさんを裏切るのは、お断りです!」
私が強く拒絶の声を発したら、オルヴァルトの顔が真っ赤に染まっていく。
「親の死んだ小汚い孤児を拾ったサザーランドへの恩を忘れたのか!?」
「サザーランドは、ただ私を拾っただけです! 毎日ひもじい思いをして! 魔法の指導なんてせずに! 雑用を押しつけられるだけ! 私を魔法使いとして育てて導いてくれたのは、チセさんたちです!」
泣きながら爆発した感情に呼応するように、体の底から魔力があふれ出す。
「チッ、計画変更だ! こいつを捕らえて、あの冒険者たちへの人質にするぞ!」
屋敷からぞろぞろと騎士鎧を来た男性たち――チセさんたちが捕まえた暗殺者たちやオルヴァルトに従うサザーランドの魔法使いたちが現れる。
「私は、絶対に負けません!」
体の底から沸き起こる魔力の全能感を抱きながら、屋敷での戦いが始まる。
チセさんとテトさんから教えられたことが自然にできる。
多数相手の室内戦闘は、私が相手を一方的に打ちのめしていく結果となる。
そして、その日――サザーランドの本邸が全壊したのである。
4月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売されます。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
引き続きよろしくお願いします。