14話【サザーランドの奇策】
SIDE:サザーランド次期当主・オルヴァルト
「くそぉぉっ! こんなはずでは! こんなはずではなかったのに!」
サザーランドの別邸では、オルヴァルトが自らの髪を掻き毟り、家具や調度品に激しい怒りと苛立ちをぶつけている。
冒険者の少女が持つには身の丈の合わない杖とマジックバッグ、傍らにいる使い魔の幻獣・ケットシーを手に入れるために、いつものように行動した。
だが、今回は相手が悪かった。
こちらの身分や権力に怯まず拒否し、子飼いの暗殺者を送っても全て返り討ちにされた。
その上、引き渡された衛兵により尋問されており、そこからサザーランドの名が漏れたのだ。
「落ち着いてください! オルヴァルト様!」
「これが落ち着いていられるか! 我らのサザーランドが窮地に追いやられているのだぞ!」
道具の価値も分からぬ幼い少女の魔法使いだと蔑んだが、その実、他国や教会とも懇意にしている高位の冒険者だった。
それに冒険者ギルドにとっても、守るべき優良冒険者でもあったのだ。
衛兵に引き渡された暗殺者たちは、貴重なサザーランドの裏の戦力だ。
普段なら賄賂を渡して、貧民街で調達した適当な死体で誤魔化して解放されるはずだった。
だが、ここでローバイル王国の騎士団が出張ってきたのだ。
「あの少女のことを知っていたなら、手など出さなかったのに! くそ、こんな肝心な時に、あいつは逃げ出したな!」
【炎熱操作】のユニークスキルを持つ宮廷魔術師は、暗殺が失敗し、サザーランドの旗色が悪いと感じると、騎士団が謹慎のための監視を強める前に金品を持って王都より逃げ出している。
今後は、指名手配の賞金首となり、盗賊に身を落として死ぬが割愛しよう。
「王国の悩みの種の一つを解消した人物だと! このサザーランドがどれだけローバイルに貢献しているのか、分からないのか!」
かの冒険者は、ローバイル王国の治安を守る騎士団が追っていた裏組織の壊滅の切っ掛けを作り上げた功労者であり、恩人だ。
そのような人物が暗殺者に襲われたとあれば、裏組織の生き残りが逆恨みに襲ったと判断した騎士団が直々に尋問をした結果、今回の事態に行き着いたのだ。
「それに、今回の事だって、何代にも渡ってサザーランドがやってきたことだ! 何故、私の時に限って、このような!」
まるで自らの不幸を嘆くようだが、彼ら一族の行いを反省しているわけではない。
現当主の父もその祖父も同じことをやってきた。
そのために、次期当主のオルヴァルト一人を切り捨てることができなかった。
今は、伯爵家として冒険者ギルドに『貴族への襲撃と魔物の連れ込み』を理由に抗議して、貴族裁判の審議を拒否して時間を稼ぎ、打開策を探している。
「奴の、もっと奴らの情報は、ないのか! こちらが生き残れる相手の弱みを!」
「一応、急造ですが、調べさせた情報がこちらに――」
ガルド獣人国から流れてきた【空飛ぶ絨毯】という二人組のAランク冒険者パーティーの話を集めさせた資料をもの凄い形相で睨み付ける。
冒険者ギルドが持つ情報から、吟遊詩人、ガルド獣人国から流れてきた人々の話などを総括されているが、あまりに荒唐無稽だった。
「冒険者の登録はチセ12歳、テト17歳で今年で登録から35年だと!?」
高位の冒険者や魔法使いなどは、魔力量が多いために寿命が延びる傾向があることを知っている。
だが、その加齢の速度変化は、緩やかになるが止まることはない。
筆頭宮廷魔術師である父のサザーランド伯爵は、魔力量4万を超えているが、加齢が緩やかなだけで止まることはなかった。
そして歴代の筆頭宮廷魔術師たちも魔力量が多く長寿だったが、寿命の平均は150年前後。長い者で300年ほどが限界だった。
「おかしいぞ。何故、冒険者に登録した時から一切の外見が変わらない?」
魔法後進国であるガルド獣人国では、長寿なのはエルフの血が混じっているからだの、幼いが成人しているのはドワーフの血が混じっているからだの、噂されている。
だが、両者の種族が混じり、魔力量が多いからと言ってあまりにも変化が乏しすぎる。
「もしかして……いや、まさか……これは……」
「オルヴァルト様、いかがされました」
オルヴァルトは、傲慢で自身が上で無ければ気が済まない気質を持つが、魔法一門に産まれて宮廷魔術師にまでなったために、決して頭が悪いわけではない。
宮廷魔術師に至るまでに蓄えた知識や経験が、ある可能性を導き出す。
「やつは、【不老者】かもしれんぞ!」
「不老者……まさか!」
「それしか12歳の姿のまま居続けるなど、普通はありえん。だが、本来の年齢や姿を偽る不老者ならば話は別だ!」
資料には、容姿に似合わぬ落ち着いた対応をする人物と書かれているが、子どもにそんなことは無理だ。
不老の賢者や魔法使いたちは、時折現れて、時の権力者から逃げるように暮らしたり、忘れられた頃にまた俗世に現れたりする。
そんな不老の賢者や魔法使いたちが、若返りや容姿を変える未知の魔法薬を使って現れたとしても不思議ではない。
本当は、転生者であり地道な成長でチセは【不老】スキルを手に入れたのだが、大事なのは過程や前提ではなく、チセの秘密に辿り着いた事実ということだ。
「俺は、王宮に向かい王に謁見する。お前は、引き続き情報を集めろ!」
「わ、わかりました!」
オルヴァルトは、王宮に向かい王に謁見を申し入れる。
サザーランドの不祥事で権勢を落とそうとしているが、魔法一門が積み上げてきた実績から王への謁見が許された。
「して、本日は何用だ?」
明らかな侮蔑や嘲笑の視線を王や周囲の騎士、文官から向けられ、プライドがズタズタに傷つけられる中、それをグッと堪えながら言葉を口にする。
「王よ。王の耳に入れたいことがあるのです」
「ほう、どのようなことかのう?」
気だるげなローバイル国王は、全てを持ち、何かに餓えているのだ。
海運国家として富を持ち、珍しい調度品に囲まれ、権力者として女や宝石、食事に不自由しない。
王籍から抜けた王弟と比べられたら凡庸な王であるが故に、周囲が支えた。
そのために、順風満帆に見えるが、唯一の物を持たない王はその唯一を求めて餓えているのだ。
「私めが、かの冒険者たちと揉めたのは、偏に王と王家への忠誠のためです!」
「何を言うか! かの御仁たちは、国民を脅かす裏組織の壊滅の切っ掛けを与えてくださった人物だぞ! 口を慎め!」
この場にいる近衛騎士団長がオルヴァルトを叱責するが、それに被せるように言葉を重ねる。
「かの冒険者は【不老者】です! かの冒険者のマジックバッグには、不老の賢者が持つ未知の知識や道具があり、それは王国の発展に繋がるでしょう」
「馬鹿な……不老者などあり得ぬ。今更そのような世迷い言を! それにそのような理由で奪うなど仁義にもとるぞ!」
騎士道を遵守する騎士団長が憤慨する中、更に王の興味を引くために、不老について語る。
「歴史上、度々現れる不老者たちの秘密! その髪を、血を、肉を研究すれば、不老不死に至る偉業が得られるかも知れません!」
「……ほぅ」
気だるげな王が初めて興味を示した。
「我らサザーランドは、これまで蓄えた魔法の知識・調合の技術で【不老不死】の秘密を手に入れ、王に献上することを誓います!」
荒唐無稽な話である。
謁見の間では、それを多くの人が否定するが、幸か不幸かこの国の最高権力者であるローバイル国王がそれに興味を示してしまった。
「ならば、サザーランドに対する審問を一時中断し、その不老不死の秘密とやらを手に入れて見せよ。この場でのことは他言無用だ。そして、オルヴァルトよ。もしも不老不死が嘘であったのなら、余を謀ったことになる。分かっておろうな」
「はっ、この身に代えましても不老不死の秘密を暴いてみせます」
この瞬間、オルヴァルトは時間稼ぎに成功したのである。
4月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売されます。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
引き続きよろしくお願いします。