13話【正体を告げる時】
翌朝、拘束した暗殺者たちを衛兵に引き渡した私たちは、家で過ごしていた。
「あ、あの……チセさん。大事な時にこんなにのんびりしていて良いんでしょうか?」
魔法貴族に目を付けられ、暗殺者まで送られて不安そうにするユイシアがそう尋ねてくる。
「今は、こちらから何か行動を起こすこともできないからね」
「まったりと過ごせばいいのです~」
「それは、そうかも知れませんけど……」
それでも現状に落ち着かないユイシアを宥めるようにクロがその背中を擦り付けてくる。
「……不安なんですよ。衛兵を呼びに行っている間のチセさんたちのやり取りも知らないですし、そもそもチセさんやテトさん、クロのことも、私は全然知らずに過ごしてきた」
今回狙われたのは私の杖とマジックバッグ、そして、ケットシーのクロだ。
確かに、そろそろ私たちのことを明かしても良い頃だろう。
そう思って口を開き掛けた時、家の扉がノックされる。
「魔女様、誰か来たみたいなのです」
「ちょうどいい頃合いね。行きましょう」
私が家の扉を開けると冒険者ギルドのサブマスターであるシェリルさんが立っていた。
「チセ様、テト様、ユイシア様。ギルドマスターのゼリッチ様が冒険者ギルドでお待ちしております」
「分かったわ。そこでユイシアには、色々話すわ」
「はい……」
それだけ言って私たちは、シェリルさんの用意した馬車に乗って港側の冒険者ギルドに向かった。
そして、ギルドの応接室に案内されれば、沈痛そうな表情をした王弟にしてギルドマスターのゼリッチ氏が待ち構えていた。
「チセ殿、テト殿、待っていた。そして、ユイシア君は初めましてだな」
「は、はい。初めまして!」
冒険者ギルドで様々な依頼を受けるユイシアは、ランクとしてはDランク冒険者だ。
そのためにユイシアにとっては、王都の二つの冒険者ギルドを統括するギルドマスターは雲の上の人、と言えるだろう。
「用件は、昨日のこと? それとも今朝のことかしら?」
前置きはそこそこに私がそう切り出せば、ゼリッチ氏は緊張した面持ちで口を開く。
「……両方だ。サザーランド伯爵家から冒険者ギルドに町中で冒険者による襲撃を受けた、と抗議と賠償請求が入った。また、魔物を町中に連れ込んでいたために、その魔物の引き渡しの要求もだ」
「そう……」
「えっ、おかしいですよ! だって、昨日は、衛兵さんたちが馬車の暴走事故だって!」
私が小さく呟くが、ユイシアの方が抗議の声を上げる。
だが、ゼリッチ氏の言葉はまだ続く。
「そして今朝、チセ殿が衛兵に引き渡した暗殺者たちから依頼主がサザーランド家であることとその目的を聞き出して、余罪を追及している」
「それで相手は、どうなるの?」
私は、今後の展開についてゼリッチ氏に尋ねると、少し悩ましげな表情で答えてくれる。
「どちらの事件でも明確な被害者が出なかったが、他国でも信頼の厚い冒険者への冤罪と財産の略取、暗殺未遂を理由にオルヴァルトらは、現在謹慎にさせた。刑が確定すれば、宮廷魔術師から追い落とし、余罪追及と共にサザーランドの権勢を削ぐ」
下手をすれば、私が活動していたガルド獣人国からの強い反発が起き、直接国土が接していないイスチェア王室からも反発があるだろう。
他にも、かつて孤児院救済のために活動し、定期的に寄付などを行なう五大神教会は、大陸全土に根を張る巨大組織であるために、それらが私たちの味方になってくれるだろう。
それらとの関係悪化を防ぐために、サザーランド派閥の宮廷魔術師3人を切り捨てて済むならば安いものだ。
「ユイシア君には悪いが、これからサザーランドの魔法一門としての勢力は削らせてもらう。加えて、他の魔法一門の勢力をほぼ均等にして魔法技術の発展を目指してもらう」
そう宣言するゼリッチ氏の顔は、国を動かす為政者の顔だろう。
「えっと、私は、その……あまりサザーランド一門の力を借りてないので、権勢とか言われても……よく分からないです。ただ、冒険者の人と組む時に失礼な人が減れば嬉しいと思います」
「わかった。君の願いを叶えるために、少しは風通しが良くなるように努力しよう」
対するユイシアは、どう答えて良いかよく分からずにあたふたするが、最後の方の本音を聞いたゼリッチ氏が優しい顔つきになる。
「海運国家として風のサザーランド伯爵を優遇しすぎた弊害だ。改めて、申し訳なく思う」
非公式ながら、王弟でありギルドマスターが頭を下げるという事実にユイシアが目を見開き、改めてあの疑問を口にする。
「あの……チセさんとテトさんは、本当に何者なんですか? ギルドマスターも頭を下げる相手って……」
「むぅ? まさか、チセ殿とテト殿は、ユイシア君に教えていないのか? 確か五年ほど同居しているのだろう?」
そう言われると、私はそっと視線を逸らす。
「だって……正体を知られたら、ユイシアが緊張すると思ったのよ」
「緊張するより、普段の方が楽なのです~」
少しばつが悪く視線を逸らしたまま呟く私と気の抜けた声のテトに、ゼリッチ氏が溜息を吐きながら、ユイシアに私たちの正体を明かす。
「彼女たちは、どちらも数少ないAランク冒険者で、【空飛ぶ絨毯】というパーティーを組んでいるんだ」
「えっええっ!? チセさんとテトさん! Aランク冒険者だったんですか!?」
流石に、ここ数年ほど【空飛ぶ絨毯】として目立った活躍はしていないために、酒場などの吟遊詩人が謳う詩には上がってこないためか、知名度は下がっているようだ。
それでもAランク冒険者の衝撃は大きいようだ。
自分を借家に住まわせてくれる人たちがAランク冒険者であることに驚き過ぎてユイシアは放心状態になっている。
「わ、私、Aランク冒険者の凄い人たちに魔法を教わってたの……」
「まぁ、海の幸を食べるために半分楽隠居な感じでローバイルに来て、ランクを隠して細々と活動していたからね」
「ユイシアとの生活は楽しいのです!」
「楽隠居ってチセさんとテトさんって、何歳なんですか!?」
そう言われて、時折自身の外見年齢が変わらないため年齢を忘れそうになるので、ギルドカードで確かめれば私は47歳。テトは52歳となっていた。
まぁ、異世界に転生して早35年と考えると中々に生きていると思う。
「4、47歳と52歳……五年前からまるで変わらないけど、う、嘘……若すぎる、っていうか、幼すぎる……」
「まぁ、魔力量が増えれば、寿命も延びて老いも遅くなるから」
「それにしても変わらなすぎですよ~! まだ秘密を隠しているんじゃないですか!?」
「それは、秘密よ」
「チセさ~ん!」
半ば泣きそうになっているユイシアだが、ゼリッチ氏にはまだ話があるらしく、咳払いをして意識をそちらに戻す。
「既に、チセ殿とテト殿を守るために、サザーランドを追い落とすための準備を進めているが、一つだけ確認しなければならない事実がある」
「どうしたの?」
「その黒猫のクロのことだ。相手は何故、クロを要求している。確かに、魔物だった場合には王都内の安全のために引き渡しを要求することはある。そして、ギルドでは魔物を従える冒険者には、魔物の登録義務がある。もしも、登録をしていない魔物であった場合には、貴族裁判などでその事実を執拗に責められる可能性がある」
ゼリッチ氏は、私たちを守るために全力を出してくれるのだ。
こちらもゼリッチ氏を助けるために協力しなければいけないだろう。
「クロ、おいで」
『にゃぁ~』
小難しい話にテトとじゃれ合っていたクロが、私に呼ばれたので、太ももに飛び乗ってくる。
「いい子ね。ちょっと首輪を外すわ」
太ももの上に座ったクロを撫でながら、首輪を外せば、隠蔽効果が消えてクロの背中から妖精の羽が現れる。
昔は弱々しかった小さな羽ではあるが、今では成長したのかかなり大きくなっており、力強い魔力の燐光を振りまいている。
「綺麗……これが、クロさんの本当の姿……」
「これは……幻獣・ケットシーか。なるほど、だからサザーランドの倅は要求していたのか……だが、これは……」
魔物ではないことを証明するためにクロの正体を見せたが、ゼリッチ氏やサブマスターのシェリルさんは、眉間に皺を寄せている。
「確かに魔物ではないが、なぜ幻獣であることを報告しなかった、となる。それに、エルフの里からの密猟を疑われるぞ」
そう言って、更なる懸念をゼリッチ氏が口にする。
ケットシーを含む幻獣種たちが生きるには、それぞれが適した生活環境に加えて、十分な魔力が必要不可欠だ。
そのためにローバイル王国の南西には、世界樹を含む大森林が幻獣の生息地とされている。
そこからの密猟ならば、今度は大森林に住むエルフの里との関係が悪化するが――
「この子は、浮遊島から落ちてきた子なのよ。だから、浮遊島が接近したら、そこに乗り込んで、群れに帰すつもりよ」
「浮遊島……まさか、竜と幻獣が住まう半島伝説の浮遊島か!?」
ローバイルという国が生まれる1000年以上前の伝説にゼリッチ氏は、更に頭が痛そうにする。
「だが、それを証明する物がない」
「証明する必要はないんじゃない? 元々は魔法使いの使い魔の子猫だったのが、気付かない内に魔力の影響で変質して魔物になった。子猫との信頼関係は構築できているから問題ないって」
問題とされるのは、野生の魔物を持ち込むことだ。
魔力によって生物が魔物に変質した場合や刷り込みにより卵から魔物を育てた場合などは、許された前例が多数ある。
『なぁ~』
「クロ、ダメなのです。魔女様は、クロを守るために言ったのです」
自分を魔物扱いされるのが嫌で、低い鳴き声を上げるクロをテトが宥める。
「なるほど……むしろ、ケットシーを欲するサザーランドの倅からすると、幻獣の事実を隠したまま手に入れたい。それに、もしその事実が明るみになれば、何故それを知りながら魔物だと虚偽の報告をしたのか、逆に追求することができるな」
大枠の話し合いが済み、後はゼリッチ氏たちに全て任せることにする。
貴族に絡まれたことも、暗殺者を捕まえて衛兵に突き出したことも、私にとって雑事を振り払うような出来事である。
だが、その事の影響は予想よりも大きく、周囲の動きは更に激しかった。
4月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売されます。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
引き続きよろしくお願いします。