12話【サザーランド家の凋落の始まり】
市場での馬車の暴走事故の後、ユイシアはどこか様子がおかしかった。
少し俯き気味だったユイシアは、食後に膝へクロを乗せて撫でていると心が決まったのか、こちらに顔を向けてくる。
「あの……チセさん、テトさん。話があります」
「どうしたの? 昼間のこと?」
「は、はい。チセさんたちが揉めた相手は、オルヴァルト様……オルヴァルト・サザーランド様です」
オルヴァルトは、ユイシアの所属するサザーランド一門の盟主であり、魔法貴族であるサザーランド伯爵家の次期当主らしい。
当人は宮廷魔術師の中でも若年であるが、魔法の腕が立ち、魔力量も若いながらに多いそうだ。
また実家の権力、一族が作り上げた独自の魔法薬の販売や交易船の護衛などで得た財力を持ち、子飼いの兵士や魔法使いを多数抱えているそうだ。
「だから、目を付けられたら危ないです。次期当主のオルヴァルト様は、黒い噂が絶えない人でもあるんです」
「黒い噂ねぇ……」
例えば、奴隷を購入しての違法な魔法実験、子飼いの兵力を使った恐喝や暗殺、権力による事件の揉み消し、財力による経済的な圧力など――
「へぇ、怖いわねぇ」
「危ないのですねぇ。魔女様は近づかない方が良いのです」
「そんな呑気に言っている場合ですか!」
心にもない返事をする私とテトにユイシアが真剣な表情で声を荒げる。
「でも、もう遅いみたいよ」
「魔女様、敷地に入ってきたのです」
「えっ? はい?」
私の魔力感知範囲の家の敷地内に何者かが侵入したのを感じる。
テトも感じ取ったらしい。
「数はざっと10人かしらね? 暗殺者ってところかな?」
「全員地面に転がっているのです。いつもみたいに捕まえたのです」
「ええ? ど、どういうことですか?」
『なぁ~』
混乱するユイシアと撫でる手が止まって不満そうに鳴くクロに答える。
「うちに暗殺者が来ただけよ」
「そ、それ、大変なことじゃないですか!?」
「事前に仕込んでおいた防犯用の魔法が発動したから今は庭で寝ているわ」
この家には、入居した時から侵入者防止用の結界を張っていた。
害意や悪意に反応する結界により雷魔法の《スタン》を打ち込まれた侵入者たちは、動きを鈍らせ、テトが遠距離から土魔法で地面を操作して拘束している。
「さて、様子を見に行きましょうか」
「え、大丈夫なんですか!?」
「大丈夫よ。私の捕縛魔法とテトの拘束があるんだから」
昔から冒険者たちとの模擬戦、盗賊退治や賞金首の捕縛などで、それなりに相手の無力化には慣れている。
それに捕縛のための雷魔法である《スタン》を使っているので、肉体的に痺れて動けない状態だろう。
さらに、操作した土石はテトの魔力によって強化されているので、ただの土石でも【身体強化】で崩すのは困難である。
そして、家から出て見れば、10人の男たちが土の手に抑えられ、地面で藻掻いている。
「とりあえず理由と目的、雇い主を教えてもらえる?」
地面に押さえつけられた暗殺者の一人を見下ろして尋ねるが、無表情で答えようとしない。
むしろ、自身の奥歯に仕込んだ毒で自決しようとするが――
「――《アナライズ》。毒の種類は、なるほどね。――《アンチドーテ》」
暗殺者たちの使った毒を鑑定魔法より高度な解析魔法を使い、回復魔法で解毒した。
即効性の毒による苦しみが一瞬にして消えたことに男たちが狼狽えるが、私は淡々とした表情で告げる。
「これでも治癒師や調合師の真似事もしているから、私の前では簡単に死ねると思わないでね」
私がそう告げると、今度は逃げられず、死ねないと理解した男たちは項垂れ、沈黙を決め込む。
例え舌を噛んで自決しようとも、噛み切った舌を再生させ、自決防止でテトが口の中に土を詰めるだろう。
「さぁ、改めて聞くわ。理由と目的、雇い主を教えてもらえる?」
「……言えぬ」
ただ一言、それだけ聞ければ私は満足だ。
「……そう、ならいいわ。あなたたちは朝までそのままね。今日はもう遅いから私たちも寝ましょう」
「はいなのです。魔女様!」
「ええ、チセさん、良いんですか!? 放っておいて! 殺しに来た相手ですよ!」
暗殺者たちを放置する私とテトにユイシアが慌てるが、私は答える。
「まだ武器を抜いてないからただの不法侵入者よ。それに私は、尋問とか拷問とか好きじゃないから情報を引き出すのは衛兵や騎士の専門家に任せるわ」
「魔女様は、優しいからあまり人を傷つけるのが好きじゃないのです」
テトにそう言われて、そんなことないわ、と顔を背けるが、さっきまで緊張で強張っていたユイシアの表情が少し和らぐ。
「チセさん、優しいですよ。それも凄い甘いくらいです」
「私は甘いんじゃなくて、人を傷つけるのに臆病なだけよ。だから防犯魔法で家の周りは、ガチガチなのよ」
ユイシアの言葉に、私は自嘲気味に笑う。
私は、臆病で慎重なだけだ。
だから、誰かを傷つけるよりも癒やし、守り、育てることを選ぶのかもしれないと思う。
無論、敵意や害意を持って迫るなら相応の対応はするが、基本は矢面に立たずにその専門家に任せるつもりだ。
そして、家の中に入った私が、ふわぁ~と欠伸を上げるとユイシアは――
「本当に、チセさんたち何者なんですか?」
「ふふっ、それはまだ秘密かな?」
「まだ内緒、なのです~」
私とテトは、二人して悪戯っぽい笑みを浮かべれば、暗殺者たちが襲撃してきたのに毒気を抜かれたユイシアが提案してくる。
「なんか、襲ってきて怖いですから、今日はチセさんとテトさんの部屋で眠らせてもらいますよ」
「いいわよ。三人で川の字ね」
「一緒に寝ると楽しいのです!」
拘束した暗殺者たちを放置して、私たちは同じ部屋で並んで眠りに就くのだった。
SIDE:サザーランド次期当主・オルヴァルト
「クソっ、忌々しい子どもの冒険者風情が……。大人しく杖とマジックバッグ。それに猫を渡していれば良い物を」
「オルヴァルト様、落ち着いてください。きっと今頃、子飼いの暗殺者たちが手に入れている頃ですよ」
「かわいそうにな。まだ子どもって年齢のやつから物を殺して奪おうとするんだからな。クククッ……」
オルヴァルトの研究のための屋敷には、オルヴァルトの他に二人の男がいた。
二人はその才をサザーランド伯爵に認められてオルヴァルトの側付きになり、同時期に宮廷魔術師になった。
「それにしても私も驚きましたよ。風属性の魔力増幅率が10倍の杖など。まさにサザーランドのためにあるような杖じゃないですか」
側付きの一人がそう言って感慨深げに話す。
彼は【解析の魔眼】という魔眼のユニークスキルを持ち、貴族であるオルヴァルトの身の周りの物を調べ、当人に伝える役割を持っている。
その彼らは、その魔眼の力により隠蔽されたチセの持つ【魔杖・飛翠】とマジックバッグ。そして、子猫に偽装したケットシーの正体を見破ったのだ。
「10倍ねぇ……サザーランドの家宝の杖だって5倍だろう? 普通になんであんな子どもが持っているのか疑問だよな。それに、転倒した馬車を魔法で止めたみたいだし、あー痛ててっ、ぶつけた尻がまだ痛む」
そしてもう一人の男は、戦闘狂いで有名な男だ。
彼は【炎熱操作】という発火系のユニークスキルを持ち、サザーランドの風魔法と合わせることで激しい炎を生み出すために、ローバイルの宮廷魔術師の中でも高い戦闘力を持つ。
そんな彼の趣味は、まさに金だ。
金があれば、酒や女、あらゆる願いが叶うと考える俗物だ。
金のためにオルヴァルトに付き従い、甘い汁を啜り、今回も偶然見つけた冒険者が金になりそうな物を持っており、それを奪う方法を画策していたのだ。
「ポーションで打撲は治しただろ。下らん冗談はやめろ。ふん、所詮は、杖の性能頼りで魔法を使っているだけに過ぎんのだろう。あれは、風の魔法一門である俺が持つに相応しい杖。ただそれだけだ!」
「俺としては、滅多に見つかることのない幻獣・ケットシーの方が気になるな。珍しい幻獣の体毛や血は魔法薬の素材に使えるかもしれんし、見世物にしても悪くない。最悪、殺して体内の魔石を引きずり出しても価値がある」
町中で見た毛並みのいい黒猫は、仲間の魔眼持ちからケットシーだと伝えられて、その扱いに舌舐めずりをする。
「ケットシーを粗雑に扱うな。幻獣は、長寿長命な生物だ。上手く生かせば、長い期間に亘り魔力が籠もった素材が取れるだろう」
「それじゃあ、俺へのおこぼれ少ねぇだろ」
「それなら奪い取ったマジックバッグの中身は我らで分配するのはどうですか? 多少は金や換金できる物でも持っているだろ」
彼らは、信じたいこと、都合のいい事だけを考え、まだ手に入れてもいないお宝の配分を話し合う。
【解析の魔眼】は、ある程度の実力差を超えて相手の情報を入手できる。
だが、圧倒的な実力差がある相手のステータスは、見ることができない。
そもそもチセたちのステータスを確認していないことに気付いていない。
彼らは、宮廷魔術師として十分な資質の魔力量を持つ。
だが、冒険者の後方から魔法を放つだけの促成魔法使いであり、ユニークスキルや魔力量の高さに胡座を掻き、魔力感知や魔力制御の鍛錬を疎かにしていた。
そうでなくても、完璧に近い魔力制御を行なうチセとテトの実力を正確に感じ取ることができたかと言えば、難しかったかもしれない。
そして夜も更けていく中、彼らは未だ帰らぬ暗殺者たちに不安を募らせる。
「ええい! いつ戻るんだ、奴らめ!」
「ふぅ、流石に遅いですね。今日はお開きとしますか」
「ったく、待ち損だぜ。いい加減寝るとするかなぁ」
三人は、やきもきしながらその日は眠りに就く。
そして翌朝、彼らに届いた情報は、放った暗殺者全員が冒険者に捕らえられて、衛兵に引き渡されたというものである。
4月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売されます。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
引き続きよろしくお願いします。
追記:サブタイトルを変更しました