11話【ユイシアとの共同生活】
ユイシアへの魔法の指導が週に二回ほど行われた。
ユイシアの魔法適性は、水が一番高く、ついで火と土。一番低いのが風と光と闇だ。
適性が低い魔法も知識として座学で教えて、他の魔法は海に向かって放って反復練習を繰り返させる。
特に家では――
「ユイシア、新しい魔法書を持ってきたけど読む?」
「それとおやつも貰ってきたのです! みんなで食べるのです」
「は、はい! あああっ! 読みたかった本が沢山読める! それに甘いお菓子もある……ここは天国ですか!?」
「大げさね。でも、後で感想聞かせてね」
「はい! 色々話しましょう!」
私は、趣味の書店巡りで購入した魔法書や【虚無の荒野】に一時的な帰宅の際に持ち帰った本などをユイシアと共有して読んでいる。
今まではテトが本を読む性格じゃないので、中々本の内容で語り合えなかったから、いい本仲間に出会えたと思う。
共同生活でも食事の準備や家事の手伝いなど、互いに協力して行なった。
【虚無の荒野】では、全部ベレッタたちがやってしまうし、義娘のセレネと暮していた時とはまた違った距離感に楽しくもあった。
最初は、魔法も満足に扱えなかったユイシアだが、徐々に生活に密着した魔法の使い方を覚えたために、衣類を洗濯する魔法と台所の火加減に関する魔法は少しずつ慣れている。
私を真似して異なる生活魔法を出そうとして失敗していたが、今では二つ同時に出せるようになっていた。
私とテトの冒険者としての仕事の方は、なるべく長期依頼以外で不人気な依頼をこなしているために度々、泊まり掛けで出かけることがあった。
その間も、ローバイルには浮遊島が接近した様子はなく、ただただ日々が過ぎていく。
そして、ユイシアとの共同生活が五年を過ぎ――
「はぁぁっ――《アイス・ランス》! 掃射!」
ローバイル王都近郊のダンジョン――ユイシアは、杖を掲げて複数の氷の槍を生み出して魔物を倒していた。
串刺しになった魔物は、Cランクのコカトリスであり、最後の抵抗として鋭い麻痺の眼光を向けてくるが、ユイシアの【身体強化】による魔法的な抵抗力の前に防がれて倒れる。
「チセさん! テトさん! レベルが上がって、魔力量が2万に上がりました!」
「そう、よかったわね。魔力量だけなら宮廷魔術師に匹敵するんじゃない?」
「おめでとうなのです!」
私たちほどではないが、そこそこの頻度で【不思議な木の実】を食べているお陰か、魔力量も増えて、魔法の練習回数にも磨きが掛かる。
それに比例して、魔法も上達するために、魔法スキルも手に入れて今は水魔法がレベル5になっている。
本人も魔法の扱いに関して自信が付いたのか、以前に比べて明るくなっている。
魔力量の増加で老化の遅延が見られるが、【不老】スキルの一歩手前である【遅老】スキルの発現までには至っておらず、スキル取得には個人差があると思われる。
「最初は下っ端の見習いだったんですけど、今では一級魔術師になりましたし! このまま頑張れば、宮廷魔術師も夢じゃないかもしれませんよ!」
そう夢を語るユイシアに微笑ましげに相槌を打つ私とテトだが、クロだけは若干呆れ気味な様子だ。
魔法一門は、独自の階級制度を持っており、見習いから始まり、三級から二級、一級に上がり、一級魔術師になると一人前と認められる。
また一級魔術師からは、毎年国が用意する宮廷魔術師の採用試験がある。
その採用試験に合格すれば、晴れて宮廷魔術師に就任することができるのだ。
『うにゃにゃ!』
「ふわっ!? ク、クロさん! どうしたんですか!?」
そんなユイシアの説明にケットシーのクロがポフポフと肉球でユイシアの頬を叩いたりする。
あまり調子に乗るなよ、という様にお兄さん風を吹かせるクロの様子は、最近ではよく見ることが多い。
この五年間で私たちの魔力を吸って成長したケットシーのクロは、成猫ほどの大きさになり、ユイシアの肩に乗るのが定位置となっている。
「それにしても本当にユイシアは成長したよねぇ」
「そんな、チセさんやテトさんに比べたらまだまだですよ」
変わらず謙遜を口にするユイシアは、本当に立派になったものだ。
魔法の腕を磨き、身長も伸びて可愛らしさにも磨きが掛かった。
そして何より、胸が大きくなった。
童顔巨乳なテトほどじゃないが、それでも形のいい胸がローブの下の服を押し上げているのを見て、何度羨ましくなったことか……
(もっと早い段階で、魔力量増やして、同じ貧乳仲間に引き入れるべきだったかしら)
成長しきる前に同じ【不老】スキルを手に入れて、こちらの道に引き入れるべきだったか――などと悪魔の囁きが脳裏に過ぎる中、そんな不穏な気配を感じさせる私にテトとユイシアが首を傾げている。
「チセさん、どうしたんですか?」
「……いえ、なんでもないわ。それより、今日は帰りましょうか」
「帰ったら、美味しい物を食べるのです~」
ユイシアの鍛錬のために魔物討伐に来たダンジョンから抜け出し、一度ギルドに立ち寄る。
五年間の共同生活をしているが、未だにユイシアには私たちがAランク冒険者であることを伝えておらず、逆にいつまで隠し通せるかとちょっと楽しんでいるところがある。
「こんにちは、ユイシアちゃん。今日は、どうだった?」
「チセさんとテトさんと一緒にダンジョンに潜って、素材を集めてきましたよ!」
ダンジョンに近い内地側のギルドでは、ユイシアが顔馴染みの受付嬢に対して、今日のダンジョン探索で手に入れた素材などを並べていく。
受付での遣り取りは、全部ユイシアに任せているために、ここでも私たちは実力のある冒険者として知られているが、正確なランクは知られていない。
ローバイルの王都で知っているのは、港側のギルドのギルドマスターであるゼリッチ氏とサブマスターのシャリルさんだけだったりするのは、余談だ。
「はい、素材の納品確認されました。いつも、ありがとうございます。これで依頼主さんたちにせっつかれなくて済みます」
「すみません、同じ一門の人たちが……」
今回の依頼は、サザーランド一門で使う魔法の威力増強薬などの魔法薬の素材収集であった。
ユイシアは、こうした依頼を時折私やテト、それに他の冒険者たちと臨時でパーティーを組んだりして集めている。
この五年間、ユイシアが使える魔法で達成できそうな雑務依頼があれば、魔法の練習をさせるためにギルドと依頼に同行させ、私とテトが見本を見せて、ユイシアに実際にやらせたりして魔法でお金を稼ぐ方法を教えたりした。
他にもユイシアにはポーションなどの【調合】を教え、魔法一門から斡旋される依頼なども受けたりしている。
その結果ユイシアは、当初の目的であるお金を稼いで生きていく手段を十分に覚えている。
だが、ユイシアとの生活が思いの外楽しくて、この関係を止める機会を失って惰性で続いているのが実情だったりする。
そして、この五年間、クロの住処である浮遊島がローバイルに接近することがなく、時が過ぎていた。
「ユイシアさんは、冒険者の間でも評判が良くて助かりますよ!」
「そ、そんな! むしろ、私がパーティーにお邪魔させていただいているだけですよ!」
そう言って謙遜するユイシアと受付嬢のやりとりを私は微笑ましく見つめる。
「チセさん、お待たせしました」
「お疲れ様。そして、おめでとう。今日一日で銀貨3枚稼げたわね」
私がそう言うと、一瞬きょとんとしたユイシアは、小さく笑う。
「そう言えば、最初はそれが目標でしたね。魔法が楽しくて、すっかり忘れてました」
「今日は、お祝いしないとね」
「美味しい物を買って帰るです!」
ユイシアとしては今更感があるようだが、私としては祝うべきことだと思う。
「いいんですか? それじゃあ確か昨日南方の商船が来ていたはずなので、今日は南方の食材が並んでいるかもしれませんよ!」
「それじゃあ、市場に行きましょう」
そう言うと私たちは、三人で馴染みの市場に向かう。
私たちは、市場を見回りながら、ユイシアの好物の食材を買い集めていく。
そんな中、とある馬車が港に向かって走っているのを見る。
その馬車を見た瞬間、かなり速度が出ており、直感的に危ないと思う。
そして、その予感はすぐに現実のものとなる。
「うえぇぇん! ママ、ママッ!」
人混みが多い市場だ。
買い物に来た母親とはぐれた迷子がふらふらと歩いており、馬車の前に飛び出してしまう。
坂道で勢いの乗った馬車は、止まるのが間に合わず……むしろ、御者が慌てて避けようとして、馬車が横倒しになって倒れようとしていた。
「テト、行くわよ」
「はいなのです!」
私とテトは、すぐさま駆け出す。
母親を探して道に出てしまった子どもは、走ってくる馬車に気付き立ち竦んでしまっている。
「――《サイコキネシス》!」
「――《アース・バインド》! なのです!」
私が念動力の魔法を、テトが市場の地面を操作して、横滑りする馬車を押し止める。
優しく受け止めるには、周囲に人が多く距離が近かったために強引な強制停車となった。
「ユイシア。衛兵と冒険者ギルドの職員を呼んできて、私は怪我人の介抱をしているわ」
「はい、わかりました!」
ユイシアは、衛兵の詰め所に向かって駆け出す中、私は怪我人の介抱を行なう。
馬車の前に飛び出した迷子の子どもは、騒ぎを聞きつけた母親と無事に再会できたようだ。
「ありがとうございます! なんとお礼を言ったら良いか」
「無事で良かったわ。次からは気をつけるのよ」
そんな親子に微笑みを浮かべながら、市場を見渡せば他に怪我人はいなかった。
逆に、馬車から投げ出された御者の男性と転倒した馬たちは、骨折などの大怪我を負っており、その治療をしている間に、テトが倒れた馬車の中からローブ姿の男たちを引っ張り出す。
「魔女様~、中の人は無事なのです~」
「貴様ら! 宮廷魔術師の我らに、このような狼藉を働いて良いと思っているのか!」
「あー、はいはい。話は後で聞くからちょっと待ってね」
御者の男性の腕や転倒した馬たちの足を回復魔法で治している間も、宮廷魔術師を名乗る男はぎゃあぎゃあと喚き出す。
「貴様らのせいで、南方から取り寄せた研究資料や素材が破損したではないか! 貴様のような平民が買える代物ではないのだぞ!」
「それは私が原因じゃなくて、馬車の速度を落とさずに走っていたあなたたちが原因よ。私は馬車事故の被害を増やさないように停車させただけ」
「その様な詭弁が通ると思うのか! 貴様らの行動は、貴族への傷害行為に当たるのだぞ!」
高らかに宣言する相手に、面倒くさいなぁ、と思う。
その言葉に、馬車の前に飛び出した女の子とその子を抱き締めて怯える母親を見て、私たちを守るために一歩前に踏み出したテトが尋ねてくる。
「魔女様、斬るのですか?」
「斬らないわ。テトも落ち着いて」
現場保存とこの親子を守るためにこの場に立つが、早く衛兵が来ないかなぁ、などと思いながら待つ。
市場の人々も私たちを心配そうに見つめているが、貴族相手に関わり合いたくないのか遠巻きに眺めていると、宮廷魔術師の取り巻きの一人がこちらをジッと見つめてくる。
その目には、魔力の揺らぎのようなものを感じるが、目に魔力を集める【身体強化】の応用とはまた違ったスキルのような感じがした。
(鑑定系の魔法……いえ、魔法とは違うから魔眼系のユニークスキルかしら?)
私の、私たちの何を見ているのか分からないが、すぐに宮廷魔術師の男に耳打ちをすると、怒りの表情を浮かべていた男は、ニヤリとした悪そうな笑みを浮かべる。
「ふむ。そうか……そこの平民。貴様の杖と鞄。そして、そこの猫を置いて去るなら、今回のことは全て不問とする」
「はぁ?」
思わぬ言葉に、一瞬何を言っているのか理解できずに、間の抜けた声を上げてしまう。
目の前の男は、私の様子にも気付かずに一方的に話し続ける。
「貴様らの杖と鞄は、我らのような高貴な者が持つのに相応しい。そして、その猫も正体を隠蔽しているが魔物の幼体だろう。町中にそのような穢らわしい物を連れ込むなど言語道断だ。我らがきっちりと処分し、その死骸を有効活用してやろう!」
私の【魔杖・飛翠】やマジックバッグなどを欲するのは、まだ許せる。
性能が良かったり、長く使っている魔導具で愛着はあるが、所詮は道具だ。
だが、ケットシーのクロは、決して替えの効かない私たちの家族だ。
「さぁ、どうする? 貴族への襲撃と隠蔽しての無許可な魔物の飼育の罪を不問にするぞ」
「お断りよ。私は、家族を売ったりしないわ」
「そうなのです! クロはテトと魔女様の大事な家族なのです!」
『にゃぁ~』
きっぱりと断ると、テトもクロも便乗するように声を上げる。
「チセさーん! 衛兵さんとギルドの職員さんを呼んできました」
そして、ちょうどいいタイミングでユイシアが衛兵とギルドの職員を呼んできたことで、私と貴族の宮廷魔術師の間に入ってくる。
そこで現場の検証が行なわれ、双方の言い分が纏められる中、貴族の宮廷魔術師が私たちのことを――貴族の馬車の襲撃と不正な魔物の持ち込みなどで訴えたのだ。
私たちの人柄を知るギルド職員は、難色を示し、勇気ある一般人が私たちを弁護してくれた。
またギルド職員にも好かれている愛嬌を振りまくアイドル猫のクロが魔物と言われても、衛兵もギルド職員も信じない。
逆に、評判の悪いサザーランド一門出身の宮廷魔術師ということもあり、苦し紛れの言い訳と思われて、そのまま詰め所まで案内された。
騒動の原因の親子は、馬車の前に飛び出したことに対する厳重注意は受けた。
最後に私たちは、日頃の行いからそのまま解放という形になる。
「ふぅ、なんか変な目に遭ったけど、帰りましょうか」
「なんか、疲れたのです。魔女様、後で癒やしてほしいのです」
「……チセさん、テトさん。お疲れ様です」
労いの言葉を掛けてくれるユイシアと共に、買い込んだ食材を使って、ユイシアの好物を作るのだった。
4月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売されます。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
引き続きよろしくお願いします。