10話【創造の魔女の教導法】
私とテトには、私たちの日常がある。
ギルドにポーションを納品したり、ギルドに残りやすい不人気依頼を消化して、仕事終わりには市場や海路で運び込まれる貿易品や美術品などを冷やかす。
時々、町の外の依頼などもあるが、【空飛ぶ絨毯】を使えば、日帰りで達成することができる。
魔法一門に在籍しているユイシアには、ユイシアの日常がある。
朝に起きて、魔法一門の他の魔法使いの指導の下で魔法を覚えたり、研究したりする。
まぁ、元々落ちこぼれだったので、基本は雑用などを押し付けられたり、他の魔法使いが嫌がる仕事を低賃金で引き受けて寮暮らししていた。
同じ家に暮すようになって、金銭的な負担が減った結果、本人としては魔法の修練に時間を使えるようになったそうだ。
私が古傷で塞がった魔力の経路を整えたために、魔力の循環が良くなるので、それだけで簡単な攻撃魔法が使える下地ができた。
「チセさん、テトさん! 見て下さい! 魔法です! ――《ブリーズ》」
私とテトに嬉しそうに報告するユイシアは、そよ風の生活魔法である《ブリーズ》の魔法を使う。
まだ微かに風がそよいでいるな、くらいの感じの魔法だし、攻撃には転用できない。
それでも自身が所属する魔法一門の魔法が使えたことを嬉しそうに報告してくる。
「おめでとう、ユイシア」
「おめでとうなのです!」
『う~、うにゃにゃっ!』
その報告に私とテトは、微笑ましそうに祝福するが、その程度の魔法で自慢するな、と言いたげなクロがテシテシと尻尾でユイシアの足を叩いている。
「痛い、痛いよ、クロさん! どうしたの?」
『にゃぁ~』
この家にやってきた順番からか、ケットシーのクロは、ユイシアのことを子分のように扱っているのかちょっと当たりが辛い。
ただ、毛並みの綺麗なクロが可愛いからか、可愛いもの好きのユイシアはニヤけそうな顔を押さえて困ったような表情をしながらクロの背中や首下を撫でてご機嫌を取る。
たまにユイシアの外出にクロがこっそり付いていって様子見していたり、夜にはユイシアの布団に潜り込んでいる姿が度々見られる。
「クロさん、可愛いですよね。それに猫なのに、賢いですね。まるで私の言葉が分かってるみたいですよね」
「本当にクロとユイシアは、仲良しねぇ」
「テトは、魔女様と仲良しなのです~」
『なぁ~』
そう何気なく呟く私に、ユイシアのもとから抜け出したクロは、私とテトにも甘えるように体を擦り付けて、撫でる私の手から魔力をたっぷり吸収している。
そういう所は、ちゃっかりしているなぁ、と思いながらもクロとユイシアの相性は悪くないようだ。
むしろ、クロがユイシア……と言うより、ユイシアの漏れ出る魔力を好んでいるところがある。
「ユイシアは、魔法の下地ができたみたいだし、そろそろ本格的に魔法を教えようかな。まぁ、そうは言っても、ギルドの魔法使いとかに教える実践的な感じだけどね」
「本当ですか!? 最近、魔力の巡りが良くなって【魔力制御】スキルが手に入ったし、そのお陰か魔力量も増えているんですよね!」
今まではそれぞれの日常があるために、同居して簡単な基礎訓練を見てやれることはあったが、本格的な魔法となると野外の広い場所でなければ、危ない。
それとユイシアの魔力量が増えたのは、こっそりと食事に【不思議な木の実】を出しているからだ。
私のような【不老】スキルの条件は、不老となる因子を持ち、それに一定の魔力量を高めるためか、それともその他にも要因があるのか。
とりあえずステータスに【遅老】スキルが生えるまでは、セレネの時のように魔力量を増やさせるつもりだ。
最終的に世界に放出される魔力の足しにもなる。
「それじゃあ、町外れの砂浜を散歩しながら行きましょう」
「行くのです!」
「は、はい!」
そうして、私とテトは、ユイシアを連れてローバイル王国の王都から出た海岸を歩く。
「魔女様~、みんなへのお土産にいい石があったのです!」
「そうね。この辺りの海岸は、玉石が転がっているから宝石の原石とか見つけられるかもね」
川の流れや海の波でぶつかり合い、砂ではなく小石の海岸を歩きながら、私も海岸に打ち捨てられた流木などを拾い上げる。
家のオブジェなどになるだろうかなどと思っていると、後ろから声が掛かってくる。
「ひぃひぃ……チセさん……テトさん……どうして、そんなに体力あるんですか……」
王都から王都外の砂浜まで歩いてきたが、普段運動量が少ない魔法使いのユイシアとしては、結構辛いらしい。
そんなユイシアを頑張れと言うように、肩に乗ったクロがユイシアの頬に肉球を押し当てる。
君が肩から下りればもう少し楽になるよ、と視線を向けるとクロは、知らなーいといった感じでツンと澄ました顔をするので苦笑してしまう。
「ユイシア、魔力操作の応用よ。目に魔力を集中して」
「【身体強化】なのです!」
「えっ、はい!」
魔力量が増えたと言ってもまだ1500程度だ。
そのために、長時間の【身体強化】はできないが、一部分に対しての強化くらいは日常生活の中で教えている。
「あっ、チセさんとテトさん、魔力で体を覆ってる」
「正解よ。私とテトは、体力が底上げされているからユイシアより疲れづらいわ」
「でも、ちゃんと体を鍛えることは、損はしないのです!」
これから成長するユイシアは、【身体強化】による強化倍率だけでなく、基礎体力も鍛えて【身体強化】を効率的に高めることができるのだ。
まぁ私の場合は、12歳の体で不老化して成長が停滞しているので、どんなに負荷トレーニングしても身体の基礎機能の成長も低下もないので、逆に常時【身体強化】でもしていないとすぐに疲れてしまう。
「ふぅ……【身体強化】……」
足を止めたユイシアは、私たちの言葉を噛み締めながら、自身の魔力を体に纏って、体力の回復に意識を集中させる。
しばらくして呼吸は落ち着いたが、その反面、ユイシアの魔力が半分になっていることに苦笑しつつ、マジックバッグからマナポーションを取り出す。
「体力の回復で魔力が減っているからそれを飲みながら、魔法について話しましょう」
「は、はい……色々とすみません……」
住居に食費、私が読み終わった魔法に関する書物、生活雑貨に、こうしたポーションなどは全て私たちが用意している。
金額に換算すれば結構なお金に恐縮しているユイシアに対して、私は微笑みを浮かべる。
テトは、ユイシアに魔法を教えることはできないので、一人浜辺にある物を拾い集めたりしている。
「ありがとう、ございます」
「それじゃあ、魔法の復習についてだけど、魔法ってなに?」
私がマナポーションを飲んでいるユイシアにそう尋ねると、飲む手を止めて真剣に答えてくれる。
「魔法とは、魔力によって引き起こされた現象です。その内容は自然現象や個人が抱く空想の再現だったりします」
「正解よ。それじゃあ、魔法の属性とその構成する要素は?」
「は、はい。魔法は、火、水、風、土、光、闇の六属性とそれらに分類されない無属性です! それらの基本的な属性が複数合わさり、氷や雷などの属性とされます。魔法が構築される要素には、強化、変化、放出、操作、具現化、その他に分けることができます!」
一息に魔法について語ってくれるユイシア。
世間一般の魔法論であり、魔法を構築する上で大事な物だ。
だが――
「そうね。良く覚えているわね。でも、その魔法論に関しては一旦忘れてね」
「えええっ……忘れるんですか」
魔法を学ぶ上で重要な基礎的な内容だし、私もそれを深く学んでいるから昔よりも格段に魔法発動の魔力消費や制御能力などが向上した。
ただ――
「この世界で一番最初に魔法を使った人は、どんな魔法を使ったか分かる?」
「は、はい? なんですか、急に……」
魔法理論に関して忘れろといい、急に禅問答のような問い掛けに驚くが、私の真剣な表情に息を呑み、真剣に考えてくれる。
「聖書に出てくる偉人たちは、神様たちから魔法を授かったので、その魔法ではないんですか? 雨を降らす魔法とか、食べ物を育てる魔法とか、悪い人たちを罰する魔法とか……」
「うーん。ちょっと違うかなぁ」
五大神教会の聖書や教会の魔法書に書かれている逸話は、女神たちが行使した奇跡の模倣だ。
言わば、自分たちが女神リリエルたちと同一化するための空想の補強だ。
他にも神々が授けた魔法も言わば、リリエルたち神々が人々を導くために見せた魔法を人々が模倣した結果だ。
だが、そうではない。
魔法文明が崩壊するよりも更に以前、創造神によって人々が創られ、人と神の距離が近かった原初の時代。
神々から魔法の概念を教わる前に、人々が自力で見つけた最初の魔法だ。
「この世界で最初に使われた魔法はね。一杯の水を生み出す魔法よ。ちょうど、こんな感じにね」
ユイシアの目の前で、空気中の水分を集める生活魔法の《ウォーター》を使ってみせる。
「チセさん、難しい思考実験ですよ。確かに、一番最初の魔法使いが偉大な魔法使いじゃないって言いたいんですよね! 落ちこぼれな私を励ますために!」
そう言って、私の話を笑い飛ばすユイシアだが、私は微笑みを浮かべたまま首を横に振る。
「そんなつもりはないけど、それじゃあ次の質問ね。その最初の魔法は、どういう願いで生まれたのか、分かる?」
「えっ……どういう……願い?」
私の質問に考え込むユイシアは、答えを探るように辺りを見回し、目を瞑り自分の記憶や知識から答えを探そうとする。
そして――
「喉が渇いたから?」
「正解よ。最初の魔法は、喉が渇いて飲み水が欲しいって願いから生まれたわ。魔法で重要なのは、最初に言った個人が抱える空想の再現。でもね、そこに付随する思いの方が私は重要だと思うの」
「思い……」
原初の世界――創造神が創り上げたばかりの世界と言っても、今と大差無い。
乾く地域もあれば、異常気象も飢饉もある、神話に謳われる地上の楽園などは存在しなかった。
そんな中で、飢餓が起きて餓えと乾きで死にそうになった男が飲み水を求めて彷徨った末に生まれた願いの形が最初の魔法なのだ。
たった一杯の水が男を生かした。
自分が願えば飲み水が生まれることを理解した男は、集落で飲み水を生み出し、乾いている仲間に分け与えた。
この話は、その様子を見ていたリリエルたち女神から夢見の神託で直接聞いた話だ。
「魔法はね。どんな思いで作るかが大事だと思うの。ただの現象の再現じゃない。何のために、誰のために振るうか、それを考えてほしいの」
「ううっ、難しい哲学的な話ですよ。そんなの答えはないじゃないですか……」
「そうね。でも、私が本当に魔法を教える時は、まずはこの話をするわ」
義娘のセレネやギルドの訓練所の魔法使いたちに魔法を教える時は、まずはこの話をするのだ。
何のために、そして、誰のために魔法を振るうのか、一人一人が考えてほしいから語る。
「それともう一つは――魔法は本当にただの現象よ。使い方によっては、この水球だけで人を殺すこともできるわ」
「えっ……そんなの冗談ですよね」
話の中で生み出した水球に視線を向けたユイシアは、その水を凝視して表情が強張る。
ありふれた生活魔法でも人を殺せる、と語る私は、言葉に僅かな魔力の威圧を乗せるために、強い実感が伴ったようだ。
事実、コップ一杯の水で口や鼻を塞げば、人を容易に窒息死させることができ、高速で噴出すれば岩をも切り裂ける。
「魔法は、よく切れる刃物と同じなのよ。どんな風に使うか、何のために使うか、ちゃんと考えないといけないわ」
魔法は、容易に他人や自分を殺せる道具であると。
使い手の思い一つで容易に姿を変えるのだ。
「は、はい……」
「さぁ、魔法が怖いもの、って感じてくれて嬉しいわ。それじゃあ、練習しましょう」
「は、はい……!」
その後、私は少しぎこちないユイシアと共に海に向かって魔法を放つ。
実践派の魔法使いである私としては、基本的な魔法を幾つか見せて、ユイシアにも何回も繰り返しやらせるようにしている。
魔法が上手くいかない時は、私が見せた魔法を要素的に分解して、どういう要素を意識して使えばいいか、イメージを補強しつつ、最速で最大の威力を出せるようにアドバイスする。
「なんか、魔法一門の魔法の教え方と全然違いますね」
「まぁ、実践派の私は、殆ど感覚でやっているからね。理論では理解してもいざ実践だとその理論も抜け落ちるから、とにかく起こしたい現象を明確に意識することかな」
魔法一門は、どちらかと言うと研究者的な側面がある。
同じ現象・結果に辿り着くにも様々な方法や径路があり、それを模索するやり方だ。
一方、冒険者のような実践派の魔法使いは、最速で最大威力で敵を撃滅することが求められる。
そもそもの性質が異なるのだ。
「ううっ、私の魔力量だと強力な攻撃魔法が使えないですよね」
「そこはこれからの成長かなぁ。あと、魔法を構成する要素をしっかり分析して記憶に残しておけば、無意識下で魔法のイメージを補完してくれるから、その分魔力消費が減るわ。あと、実戦で本当に使う魔法の数を絞った方がいいわね」
「じ、実戦ですか……」
「今すぐに戦う必要はないわ。でも、魔物を討伐してレベルアップすれば魔力量が増えて、使える魔法の幅も広がるから少しずつでいいのよ」
魔法を使って何をするか、という志を持つにもそれに伴う実力が無ければ、実現もできないが、無理に急ぐ必要はない。
少しずつ慣れて、強くなれば良いのだ。
「は、はい、頑張ります!」
「ある程度の強さがあれば、冒険者として一日銀貨3枚稼ぐのも夢じゃないからね。まぁ、他にも手に職でポーションとかの調合も教えてあげる。どうしても魔物討伐が無理でも生活はできるように仕込んであげるわ」
「そ、そう言えば、それが目標でしたね。が、頑張ります」
そんな感じで今日は、海に向かって火魔法の練習を繰り返したのだった。
4月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売されます。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
引き続きよろしくお願いします。