9話【魔女が教える生きるための目安】
早速、幾つかの雑務依頼の中から荷物の配達を請け負った。
ローバイル王国の王都は、坂の多い港町の東側や貴族街や住居の多い西側と配達するのは大変だ。
だが、マジックバッグを持つ私たちなら、サっとマジックバッグに収納して身軽に配達物を運搬できるので、気軽な散歩気分で配達することができる。
「商家への荷物の配達完了、っと。後は報告して帰るだけね」
「途中で、お夕飯の食材も買うのです!」
そして、王都の港に近い商家への配達依頼を終える。
『にゃぁ~』
「あっ、クロ。お散歩はもういいの?」
「お帰りなのです~」
帰る途中、私たちの気配を感じたのか、出かけていたケットシーのクロも家々の屋根から軽やかに飛び降りて、私の肩に乗っかる。
そうして、私たちがギルドに配達依頼の報告をして報酬を貰った後、夕食の買い物をして家に帰れば、既にユイシアが戻ってきていた。
「あっ、チセさん、テトさん、お帰りなさい」
笑顔でこちらに振り向き、台所で夕飯を作っていたユイシアだが、すぐに不安そうな顔を作る。
「勝手に食材を使っちゃってごめんなさい」
「別に構わないわ。私たちが食費を出すって言ったんだから。それにユイシアが作ってくれた料理美味しそうね?」
「早く食べたいのです!おいしそうなのです!」
テトが抱えるケットシーのクロも同意するように一鳴き上げるので、ユイシアがクスクスと笑う。
「もうすぐできます。待って下さいね!」
「食器出すの手伝うわ」
「テトも手伝うのです!」
ユイシアの夕食作りを手伝い、出来上った料理を三人で食べる。
そして、食後のお茶を飲みながら膝に飛び乗ったクロの背中を撫でながら、魔力を送り込んでいく。
そうして、クロが満足して膝から飛び降りたところでクロをテトが捕まえる。
「魔女様~、クロと一緒にお風呂入ってくるのです~」
『にゃにゃっ!?』
「テト、行ってらっしゃい。さてと――」
お風呂にテトと濡れることを嫌がり暴れるクロを見送った私は、ユイシアに尋ねる。
「ユイシアは、魔法使いになりたいって言ってたけど、具体的にどんな魔法使いになりたいの?」
「どんな、魔法使いですか……亡くなった両親を安心させられるようにお金が稼げる宮廷魔術師になりたいってのは聞きたいことじゃないですよね。えっと……小さいころ読んだ絵本の魔法使いじゃ、具体的じゃないですよね。考えたこともないです」
そう言って、俯き気味に答えるユイシア。
魔法一門の中では落ちこぼれの部類だろうし、寮での生活に追われるために考える余裕はなかったようだ。
「まぁ、自分の将来像については追々考えるとして、私としてはある一定の能力を目標に教えるつもりよ」
「ある一定の能力……」
ごくり、と唾を飲み込み緊張した趣のユイシアに対して、私は当面の目標を告げる。
「そ、それは、チセさんが学んだ流派に伝わる魔法を習得するとか……」
「いいえ、一日銀貨3枚稼げるようになることよ」
「…………はぃ?」
首を傾げるユイシアだが、私は大真面目だ。
「え、ええっと、本当に銀貨3枚稼ぐだけですか? 中級魔法を使えるとか、チセさん秘伝の魔法が使えるようになるとかじゃ……」
「いいえ、一日銀貨3枚。正確には、一ヶ月で銀貨30枚稼げるようになることよ」
銀貨1枚で一万円に相当するのだ。
一日銀貨3枚の仕事を10日続ければ月収銀貨30枚になる。
残りの20日を魔法の研究や鍛錬に当てたり、お金稼ぎや休みに当てることができる。
この一日銀貨3枚は魔法使いという技能職の日当であって、普通は平均銀貨1枚前後で休み無く仕事して慎ましく暮すのが殆どだ。
宮廷魔術師に支払われる給与には及ばないが、庶民にとっては、十分な稼ぎだと思う。
「お金があれば、生活に余裕が生まれるわ。だから、あなたは独り立ちしても生きていけるようにするのが私が掲げる目標よ」
「なんか、思っていたのと違います。魔法使いの老師や導師たちはお金のことなんて全然言いませんから」
「当たり前よ。国に属している宮廷魔術師たちは国からお給料や研究費とか出るんだから。けど、私みたいな流れの冒険者は、まずは生活を安定させなきゃ」
「な、なるほど……」
頷くユイシアは、私たちが借りた家を見回す。
自分は寮住まいでカツカツだったが、お金さえ稼げればこうした家で暮らせるんだ、と思っているようだ。
「じゃあ、まずは得意な属性の生活魔法を見せてくれる?」
「は、はい! 我はそよ風を望む――《ウィンド》!」
ユイシアが発動させたのは、風を起こす《ウィンド》の魔法だ。
まぁ、風を得意とするサザーランド一門の魔法使いだから風を選ぶのだが……
「今のでどれくらいの魔力を使ったの?」
「は、はい。大体60くらいです」
「……効率が悪いわね」
「ご、ごめんなさい」
《ファイアーボール》などの攻撃魔法は、一発10~30魔力を目安に考えているので、少し魔力から魔法への変換効率が悪い。
そんな私の呟きに、ユイシアが反射的に謝る。
少し眉間に皺が寄ったのは、ユイシアにどうやって魔法を教えようか考えていたためで怒っていない。
「もう一度、《ウィンド》の魔法を発動させて、維持を続けて」
「は、はい!」
再び、手を翳してウィンドの魔法を発動させたユイシアに対して、背後に回って手を添える。
「チ、チセさん!?」
「そのまま、維持して」
驚き、魔法が乱れるが、私はユイシアの手に自分の手を添えて、ユイシアの状態を確認する。
(――ユイシアの魔力量は、大体1000かぁ。一般人より少し多いけど魔法使いとしては少ない。それに変換効率が悪いのは【魔力制御】スキルが低いからね。それと――)
「ユイシア、もういいよ」
「は、はひぃ……」
慣れない《ウィンド》の魔法の維持がキツかったのか、顔を赤らめて俯いている。
だが、ユイシアを触診して《サーチ》の魔法で色々と調べて、分かったことがある。
「ユイシア。あなた、昔右腕を大怪我したことない?」
「ええっ!? なんで知ってるんですか!?」
「やっぱりね。魔法の効率が悪い原因は、それね」
人は、体の中心から各所に魔力を送って、循環させている。
魔法使いの場合は、そうした循環させた魔力を掌や杖に集めて魔法を発動させる。
そうした魔力の循環径路の途中が大怪我により狭まることが往々にしてあるのだ。
「【身体強化】を使う冒険者は、魔力を全身に巡らせて身体能力を向上させるけど、大怪我で魔力の循環径路が傷つくと思うように力を発揮できないことがあるのよ」
「じゃ、じゃあ、私は……」
「それが原因の一つね。まぁ元々、魔力制御能力が低いのとイメージ不足があるんじゃないかな?」
「はわっ!?」
他にも原因があることを告げると、ショックを受けている。
「まぁ、腕の治療をしましょう。――《マニピュレーション》」
「は、はい……あっ、温かい」
私は、ユイシアの古傷に手を当てて魔法を発動させる。
治療というよりは、体の不調を整えるという方面の回復魔法にユイシアが気持ち良さそうに目を細める。
僅か数十秒の回復魔法だが、これで右腕の魔力の巡りの悪さを整えることができる。
「さて、これで腕は元通りよ。ただ、やっぱり魔力制御や魔法に対する具体的なイメージが弱いからそれを教えながら、お金を稼ぐ方法も学んでいってね」
そうして、私たちの話し合いと入れ替わるようにテトとクロがお風呂から出てきた。
「ただいまなのです~」
「二人とも、まだちょっと濡れているわよ。ちょっとこっちに来て」
私がテトとクロを手招きして順番に髪の毛や体を加熱魔法の《ヒート》と風魔法の《ウィンド》を合わせた熱風の魔法で乾かしていく。
それを見たユイシアは、複数属性の混成と維持の様子に今朝と同じように驚く。
「……ううっ、なんでもないように魔法の維持を」
「まぁ、それで食べているところがあるからね」
私がそう笑い、テトもニコニコしながら髪の毛を乾かすのを受けている。
その後、お風呂のお湯を入れ替えて私とユイシアが順番に入った私たちは、寝る準備を整えて、寝室のベッドに座る。
「魔女様、なにか分かったのですか?」
「ええ、ユイシアは、私と同じね」
私を後ろから抱えながら尋ねてくるテトにそう答える。
「魔女様と同じなのですか?」
「ええ、ユイシアは、不老の素質を持っているわ」
私がユイシアに触れて《サーチ》を使ったことで初めて出会った時の共感のような物の正体――不老の素質があることに気付いた。
「ユイシアは、魔女様と同じで長く生きるのですか?」
「今の段階じゃまだね。幾つかの条件が重ならないと」
リリエルたちからも聞いたが、この世界には、四つの世代の人間がいる。
第一世代は、神々が直接作り出した原初の人々だ。
世界を発展させるために、長く生きられるように不老の素質を持たせた人々だ。
これに該当するのは、同じく女神であるリリエルに転生させられた私や伝承などに登場する不老長寿の賢者や魔女などがそうした不老の人間だ。
第二世代は、第一世代の原初の人々が子どもを作って生まれた高い魔力を持つ人間たちだ。
多くの人には、不老の素質は受け継がれなかったが、高い魔力を持ち、長寿長命となった。
また幻獣、精霊やドラゴンなどと子どもを作ったことで獣人やエルフ、ドワーフ、竜人などという種族にも分化した。
だが、第二世代の人々は、高い魔力環境に対する依存度が高かったために、魔法文明の暴走による魔力消失で大部分が死滅した。
第三世代は、魔法文明の暴走の中で魔力環境に対しての依存度が低い人間たちが中心に生き残った世代だ。
魔力への依存度が低い体質を持つ一方、本人たちが持つ魔力にバラ付きがあるために、寿命も魔力量に左右される。
現在の世界の大半は、この世代の人間だ。
第四世代は、魔力消失後に人々を支えるために導入されたステータスのシステムの影響から誕生した魔族と呼ばれる存在。
これは、テトやベレッタなどの存在で、共通するのは魔石の核を持つということだ。
「ユイシアは、第三世代の人間の中でも先祖返りで不老の素質を持った人じゃないかな?」
セレネは、私と一緒に暮した時、かなり魔力を伸ばしていた。
だが、寿命は延びていたが、不老にまで至る気配は無かったのを思い出す。
対してユイシアには、私と同じ不老になれる気配を感じ、それが共感といった形で感じ取ったのだ。
「それじゃあ魔女様は、ユイシアを不老にするのですか? 魔女様と同じ仲間が増えるのです!」
「うーん。それは、考えていないのよね」
不老を獲得するには、不老の素質と膨大な魔力量の保持が必要になると思う。
私の場合、魔力量3万を超えて【不老】スキルが発現した。
ユイシアの場合、どれだけの魔力量で不老に至るか分からないが【不思議な木の実】を食べ続ければ、スキルを発現する可能性が高いだろう。
「同じ不老に辿り着くのが、ユイシアの幸せに繋がるとは限らないよ」
「うーん? テトは、魔女様とずっと一緒に居て幸せなのですけど、ユイシアは違うのですか?」
「幸せは、人の数だけあるからね」
私は、ユイシアを魔法使いとして育てようと思う。
だけど、不老に至り私と同じ悠久の時を過ごす道に引きずり込みたいわけじゃない。
その境目を見極めながら、明日からユイシアをどう指導していこうか、考えながら眠りに就く。
4月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売されます。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
引き続きよろしくお願いします。