8話【浮遊島を待つ半隠居な日々】
翌朝、いつものように目を覚まし、窓を開ければ真っ正面には少しの曇と深い藍色の海が見えた。
「今日もなし、か」
いつもの日課の浮遊島は、今日も来ていないことに落胆と同時に、クロとの生活がまだ続くことに少し喜びを覚えて、朝食を作りに台所に立つ。
「トーストとベーコン、スクランブルエッグ、コンソメスープでいいかなぁ。あと、イチゴジャムとヨーグルトに、ゆで野菜と魚のオリーブ漬け和えでいいかなぁ。それとオレンジも一個ずつ」
そんな感じで料理を揃えていく。
竈の火力は、火魔法の《ファイア》――
お鍋の中に水を入れるのは、水魔法の《ウォーター》――
野菜を空中でスパッと切るのは、風魔法の《ウィンド》――
フライパンや食器を空中に動かすのは、闇魔法の《サイコキネシス》――
四属性の魔法を調理する時に使う様子は、まさに奇っ怪だろう。
流石にテトやベレッタが隣に立つ時はやらないが、一人で台所に立つ時はこうして弱い魔法を複数同時に、そして繊細に扱って調理する。
膨大な魔力を持つ私は、魔力を暴走させないようにこうして制御を訓練しているのだ。
そんな台所に人の足音が聞こえてくる。
「凄い……って言うか、なんで? えっ、どうして?」
「おはよう。昨日は、ゆっくり眠れた?」
「あっ、おはようございます。それと、ありがとうございます」
私は、紅茶をカップに注いで起きてきたユイシアに差し出しながら、朝食を並べていく。
「うわぁぁっ……本当に凄い。小さい頃に聞いたお伽話に出てくる魔法使いみたい」
舞い踊る食器や食事に幼い少女のように目を輝かせるユイシアに微笑を浮かべる。
「あっ、す、すみません……」
「気にしないで。子どもが小さい頃、こうやって魔法を使ってみせると喜んでくれたのを思い出してね」
「えっ、年上って言っていたけど、チセさん……子ども居るんですか……」
「まぁ、義理の娘ね。もう大人になってお嫁に行ったわ」
テトが起きてくるまでの間、穏やかにユイシアと話をしながら食事を並べていく。
義理の娘のセレネは、もう辺境伯の家にお嫁に出てしまったけど、時折その時のことを懐かしむのは歳を取った証拠かな、などと首を傾げてしまう。
「子どもに攻撃魔法なんて見せて、怖がらせちゃうのは本意じゃないからね。こうしてちょっとした魔法を使っていたわ」
「ホント、チセさんって何者なんですか? 宮廷魔術師でも複数の魔法を同時に扱うなんて片手で数えるくらいなのに……それに四属性も」
そう呟くユイシアだが、不老になって成長が止まった私は、12歳の体のままなので、体力や耐久力の面でかなり力が低い。
そのため常時、成人男性程度まで体力を補強するための【身体強化】と急な不意打ちを防ぐために体に密着した【結界】も使っていたりする。
場合によっては、更に強度を上げた【身体剛化】や【結界】も追加で多重発動することも可能だ。
そろそろ私がAランク冒険者であることを伝えようか、などと考えるが、ちょっとだけ悪戯心が湧いてもうしばらく黙っていることにした。
「流れの魔女よ。冒険者をしながら、独学と実戦で魔法を学んできたわ。つい最近、ローバイルの王都に来たの」
「はぁ、冒険者だったんですか」
感心するように朝食を食べ始めるユイシアに、私とテトの寝室からテトが起きてきたのか、足音が聞こえてくる。
「魔女様~、起こしてくれないなんて寂しいのですよ~! それにテトも朝食を手伝いたかったのです!」
「テト、ごめんね。気持ち良さそうに寝ていたし、たまには一人で朝食作りたかったのよ」
「なら、許すのです! 今日もご飯美味しそうなのです!」
いただきまーす、と元気よく食べるテトにユイシアが驚くが、これが私たちの日常だ。
「魔女様、今日はどうするのですか?」
「ギルドに寄って依頼を受けるつもりよ。ユイシアは、どうする?」
「私は……サザーランドの寮から退去して、こっちに引っ越したいと思います」
じゃあ、一旦別れることになるか。
「それなら、はい。これは鍵の予備ね。昨日使った部屋は、自由に使って良いから」
「あ、ありがとうございます……」
「それじゃあ、クロは、どうするのですか?」
今日は、カリカリのキャットフードを食べ終えたクロが、にゃぁ~、と鳴くとそのまま開けっぱなしの窓を越えて家を飛び出してしまう。
「ええっ、行っちゃったけど、良いんですか!?」
「大丈夫よ。一応、首輪も付けているし、お散歩ついでに野良猫たちに会いに行ったんじゃない?」
一応、ケットシーとバレないように鑑定の偽装や幻影、緊急時の結界と位置情報を伝えてくれるので、放置しても平気だろう。
この王都にいる限りは、どこに居てもすぐに駆け付けられる。
「はぁ、そうなんですか。それじゃあ、私も出かけてきます」
そう言って、昨日の服装に着替えたユイシアは、サザーランドの寮に向かっていくのを見送り、私たちも普段の装備に身を包みギルドに向かう。
港町側のギルドに辿り着けば、私たちを見つけたギルドの受付嬢がスッと立ち上がり、出迎えてくれた。
「お待ちしておりました。チセ様、テト様」
「気にしないで。他の冒険者と同じ扱いでいいわ」
「テトも普通で良いのです」
「かしこまりました。ギルドマスターのゼリッチ様は不在ですが、お二方にお任せしたい依頼の一覧を預かっております」
そうして、私たち専用の依頼のファイルを取り出せば、幾つかの依頼内容のメモが写されている。
中には、斜線が引かれた依頼書の写しもある。
「ねぇ、この依頼は?」
「そちらは、依頼を纏めた後で、依頼主が取り下げ。もしくは、他の冒険者が依頼を受注・達成したことを示すものです」
つまり、依頼の二重受注を防ぐために消しているのかと納得する。
そうして、依頼を一通り見て、幾つかの依頼を指し示す。
「手持ちに納品系の素材があるから、納品してもいいかな?」
「構いません。量はどれくらいでしょうか?」
「とりあえず、個室での買い取り査定をお願いします」
マジックバッグを叩いてみせれば、量が結構多いことに気付いたのだろう。
ポーションを作る際に必要な薬草は、【虚無の荒野】の薬草の群生地から定期的に採取できるように環境作りをしているので、質と量は共に依頼の必要数は十分達成できるだろう。
そうして、ギルドの買い取り職員の立ち会いの下、薬草の査定をして依頼の達成が認められた。
「ありがとうございます。こちらのギルドは、港町側なのでどうしても同じ王都の内地側のギルドとでは薬草の採取で差が出てしまうのです」
受付嬢の女性が、ギルドとしての内情の一端を説明してくれる。
ただ、一受付嬢にしては、色々と知ってそうな雰囲気だと思い視線を向けると、こちらの意図を気付いたのか、自己紹介してくれる。
「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。私は、このローバイル王都東地区の冒険者ギルドのサブマスターのシェリルと申します。ギルドマスターが公爵としての仕事などで不在の際は、私が代理として勤めさせていただいております」
「そう、サブマスターだったのね」
「女性の人は、珍しいのです!」
良い意味でも、悪い意味でも冒険者は男性社会な所があるので、その組織の上の方に女性がいるのは珍しい。
よっぽど仕事ができる人なのだろう、と感心する。
「それでは、納品依頼の達成とさせていただきます。まだお時間があるようでしたら他の依頼を引き受けていただけたらと思いますが……」
「それについては、幾つかのご相談を――」
最初は、妖精猫のクロがいるために長期依頼は難しかった。
だが、【空飛ぶ絨毯】を使えば、移動に掛かる時間を半分以下まで減らせる。
住み込み予定のユイシアを見つけたので一週間程度なら、遠出も大丈夫であることを告げる。
また、あまり権力者との繋がりを求めるつもりはないので、貴族関係の依頼。または、魔法一門からの依頼などは受けない点を伝えた。
「畏まりました。貴族と魔法一門からの依頼は除外ですね」
「ええ、お願い。それと今日は、この辺りの雑務依頼を順番に受けていくわ」
「雑務依頼……本当にAランク冒険者がこんなことを」
国家戦力にも匹敵する冒険者二人が、そこら辺の冒険者でも受けられる雑務依頼をすると言われるのは、立場上顔を顰めざるを得ないようだ。
「魔女様の趣味なのです。それに町中歩くの楽しいのです」
「本当は、自分で採ってきた薬草でポーション作ってギルドを通して売れば、暮していく分にはお金に困ってないから」
それじゃあ、早速とガルド獣人国でやっていたように人々のお悩み解決のための雑務依頼を受けに出かける。
4月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売されます。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
引き続きよろしくお願いします。