7話【落ちこぼれ門下生】
「さて、夕飯は約束通りに冷製スープを作りましょうか」
「魔女様、手伝うのです!」
借家の台所では、私とテトが並び、夕飯を作る。
ジャガイモと牛乳の冷製スープに合わせて、魚のムニエルと野菜やキノコのバターソテー、海藻サラダなどを作り、中々に良い出来だろう。
「よし、こんなものかな?」
「今日も美味しそうなのです!」
『にゃぁ~』
料理を終えてそろそろ食べようかと考えていると、クロの鳴き声が聞こえて振り返るとベッドに寝かせていた女の子が起き上がっていた。
「あ、あのぅ……ここはどこですか?」
おずおずと言った感じで尋ねてくるので、なるべく緊張を与えないように答える。
「ここは私たちの家よ。帰り道の途中でクロが、倒れていたあなたを見つけて家まで運んだのよ」
「クロ?」
「そこに居る黒い子猫のクロなのです! 賢くて可愛いのです!」
女の子がぼんやりとした視線でテトが指差すクロを見つめると、ふわっと柔らかい表情を浮かべる。
「ありがとう、君が助けてくれたんだね」
『にゃぁ~』
柔らかそうな栗毛をした女の子がクロに指を差し向けると、クロはプイッと顔を背けて食事皿の前に移動する。
そして、そんなクロとのやり取りに肩を落とす女の子に私は尋ねる。
「そろそろ夕食の時間だけど、ご飯食べられる?」
「そんな、倒れていたのにベッドまで貸していただいて、その上、食事まで――『ぎゅるるるっ……』――」
断ろうとするが、お腹の方は正直なようだ。
焼けたバターの香りが食欲を刺激したのか、腹の虫が盛大に鳴き、女の子は恥ずかしそうに顔を真っ赤にする。
「気にしないで良いよ。お腹の空いた若い子は、放っておけないからね」
「そうなのです! 魔女様のご飯、美味しいのですよ!」
「う、ううん? 若い子? 魔女様? その、ありがとうございます……」
語尾が消え入りそうになるがしっかりとお礼を言った女の子は、食事に手を付ける。
「なにこのパン! 白くてフワフワ! それに甘い! こっちのスープは、トロトロなのに冷たくてピリッとしてる! ああ、魚のムニエルの香りが凄いいい! ああ、野草じゃなくてサラダ、新鮮なサラダとドレッシングが美味しい! それにこのコリッとした物は海藻? こんな食べ方があるなんて……」
テトが食べると思って余分に作ったが、女の子はよっぽど空腹なのか、本当に美味しそうに食べるので、やっぱり自分の作ったものを美味しそうに食べてくれると嬉しくなる。
「ごちそうさまでした。それと、ありがとうございます」
満腹になって気力も戻ったのか、礼儀正しく頭を下げる12歳くらいの女の子は、こちらを窺うような視線を向けている。
私とテトは、そろそろ切り出すタイミングかと思い名乗る。
「自己紹介をしましょう。私は、チセよ」
「それと、テトなのです! さっきも説明したクロなのです!」
『にゃぁ~』
私は、自分たちの名前を伝え、テトも自己紹介と共に食後満足して脱力したクロを抱えて万歳ポーズを取らせている。
そんな様子に女の子の肩の力が抜けたのか、表情が柔らかくなる。
「私は、ユイシアって言います。サザーランド一門に所属する魔法使い……見習いです。改めて、助けていただいてありがとうございます」
「それで、サザーランド一門の魔法使いのユイシアさんは、どうしてあんなところで行き倒れていたの?」
私の疑問に少し悔しそうに俯いたユイシアは、ゆっくりと顔を上げて、自身の身の上を語ってくれた。
SIDE:ユイシア
私は、この王都の下町に住む平民の子だった。
両親は居たが、漁師の父親は海に出て嵐に流されて亡くなり、その後を追うように流行り病で母親も亡くなった。
当時10歳の私には悲しむ暇も無く、偶然魔力があるために魔法使い見習いとしてサザーランド一門の寮に引き取られた。
ゆくゆくは宮廷魔術師になってお金を稼いで、亡くなった両親を安心させられるような立派な魔法使いになりたいと思って頑張った。
だけど、私には生活魔法を使えるのに、属性魔法の才能に乏しいようだ。
サザーランド一門は、風魔法の名門一派のために風魔法使いたちを優先して優遇する。
そうなると、私たちみたいな落ちこぼれは、どうしても取り残される。
優遇される子たちは、ギルドに行ってダンジョンで魔物を倒してレベルを上げて、更に魔力を増やして魔法の練習を繰り返して【風魔法】のスキルを磨く。
対する私たちは、平民にしては多い魔力でいくら練習しようとしても使える魔法の回数は決まってしまう。
そうなると、どんどんと差が開いてしまう。
それに、優遇される子たちは、貴族や商人の子どもでお金を持っているのだ。
触媒や魔法増強薬を使って更に強くなれるのに対して、私たちは、サザーランドの寮費用を稼ぐために毎日ギルドやサザーランド一門から出される雑務をやってお金を稼ぐ日々だ。
一時期、私には風属性の才能がないなら、別の属性魔法の派閥に入ればいいと思った。
だけど、派閥同士では仲が悪く、一度でも余所の魔法一門に在籍していた人たちは、魔法の研究を盗みに来る者と疑われて、そもそも移ることができない。
そうしてジリ貧の中、宮廷魔術師になるのを諦めきれずに、食費を削って雑務仕事で貯めた金で勉強や魔法の触媒を手に入れようとした。
だが、お金が貯まる前に私の体の方が限界で倒れた。
そして、倒れた私を心優しい二人の女の子たちに柔らかなベッドで寝かせてもらい、お夕飯までご馳走になった。
「と、こんな感じで……すみません。勝手な身の上話で」
私は、目の前の助けてくれた二人の女の子に一通りの事情を話して、少しだけスッキリした。
SIDE:魔女
「ご飯、ありがとうございました。これから寮に帰ろうと思います」
「もう遅いから今日は泊まっていきなさい。若い子が無茶するものじゃないわよ」
「そうなのです。好意には甘えるといいのです! あっ、デザートもあるのですよ!」
もうとっぷりと日も暮れているのに帰ろうとするユイシアを引き留める私だが、少し変な顔をしている。
「若い子って、私より年下なのに。それに親御さんとか保護者の許可は良いんですか?」
「見た目はこんな感じだけど、私もテトもあなたより年上よ」
そう言うと、ユイシアが少し驚いている。
若くて無茶する子が放っておけないのは、私も少しお節介なおばちゃん化しているのだろうかと思ってしまう。
「それとユイシアに一つ提案なんだけど、いい?」
「て、提案? なんですか?」
ユイシアに触れた時、感覚的に共感する何かを覚えた。
その正体を知りたくなったために、私はある提案をする。
「この家に同居しない?」
「ど、同居……ですか?」
「まだ部屋も余っているから家賃はタダでいいわ。食費や必要雑貨も私たちが出す。その代わり、私たちが長期間出かける時は、クロのお世話をお願い。それと、毎日海を確認して浮遊島が来ないか確かめてほしいの」
まぁ、クロは賢いから食事時になったら勝手に戻ってくるでしょうね、と呟く。
「住み込みのお手伝いを雇う感じですか? でも、どうして見ず知らずの私を」
「まぁ、似たようなものかな? 今の寮住まいよりも食費や家賃とかの負担は減ると思うけど、どう?」
私の提案に、ユイシアは、突然のことで迷っているようだ。
そんな美味しい話はないだろう、と思う反面、打算的に考えているし、なにより私たちのことを何も知らないだろう。
「少し……考えさせてください」
「ええ、いつでもいいわ。それじゃあ、お風呂にでも入って寝ましょうか」
「はーい、なのです!」
「ええ、お風呂ですか!?」
悩むユイシアの放つ重い空気感を振り払うようにわざと明るい声を上げる。
そして、裏庭に急造で作った囲いと浴槽に向けて、いつものように魔法を使う。
「――《ウォーター》《ファイアー・ボール》」
「ええええっ――!」
浴槽一杯まで空中から水が流れ落ち、火球を浴槽に落として湯を沸かす。
そんな非常識な風呂に声を上げる少女に対して私は振り返る。
「疲れたでしょうから先に入って良いわ。石鹸で綺麗に体を洗ってね。着替えも用意しておくから」
そう言って私は、ユイシアを風呂に送り出し、パジャマや着替えなどを【創造魔法】で用意しておく。
「魔女様。ユイシアは、この家に来るのですか?」
「うーん、どうだろうね。今の一連の魔法で力量が分かれば、来るんじゃないかな」
テトは、私に尋ねながら視線の先では寝床で眠そうに丸まっているクロの様子を眺める。
幻獣の妖精猫とはいえ、まだまだ子猫なので今日一日散歩して疲れたのかもしれない。
しばらく二人でお茶をしながらユイシアがお風呂から上がってくるのを待つ。
そして、お風呂でじっくりと考えることができたユイシアは、先程とは打って変わって表情を引き締める。
「チセさんは、私以上の魔法使いだと見込んでお願いします! 私に魔法を教えてください! 住み込みの仕事でもなんでもしますから!」
「いいわよ。それじゃあ、お風呂に入ってくるわ。さっき使ったベッドで先に寝てて良いわよ」
「じゃあ、テトも魔女様と一緒にお風呂に入ってくるのです」
「ええええっ――!」
たっぷりと長い時間お風呂の中で考え込んだのだろう。
そんな長風呂の後、寝間着姿で勢い付いて頼み込んだが、軽く了承を貰って、私とテトがお風呂に入っていく様子に唖然としている。
そんな感じで後に、【創造の魔女】の弟子となる魔女・ユイシアとの出会いだった。
4月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売されます。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
引き続きよろしくお願いします。