6話【サザーランド一門】
王都は広いために、冒険者ギルドが東と西にもあり、東側はこの前のギルドマスターのゼリッチ様との面会の時に確認したが、西側にはどういう依頼があるのか興味がある。
「こっちが西側のギルドね。依頼は……なるほど」
東側のギルドには、交易船の護衛や港町周辺の雑務依頼、海辺に出没する魔物の討伐などが多かった。
対する内地の西側ギルドでは、王都から半日ほど進んだ場所にダンジョンがあるらしくダンジョン向けの依頼やその周囲の村々からの討伐依頼、内地での薬草採取などが多くある。
「同じ王都でもこうも依頼の種類が変わるのねぇ」
「面白いのです!」
そんな感じで昼下がりの人が少ないギルドで、テトと一緒についでに何かの納品依頼でもこなすか相談していると、この時間帯には珍しく団体での人がやってくる。
「おい、素材をカウンターに運んでおけ!」
「は、はい……」
冒険者にしては、小綺麗な姿に魔法使いらしい杖とローブを羽織った魔法使いが仲間らしき人たちに命令を下している。
命令を受けた冒険者は、魔法使いの偉ぶった態度に不服を感じているようだが、決して口には出さずに粛々と袋に詰めた戦利品をギルドのカウンターに並べている。
そんな統一された濃緑色のローブを身に纏った魔法使いたちが率いる一団が複数やってきては皆、横柄な態度でやり取りをしている。
その様子に少しだけ不快さと興味を抱いた私たちは、ギルドの隅に寄りその様子を観察する。
「俺たちの取り分は、風と水魔法の触媒になる素材をそのままだ。それと報酬の半分だ」
「そんな!? おまえらには、確かに魔法の触媒が必要なのは知っているが、それを差し引いた報酬の半分なんて横暴だぞ!」
「サザーランド一門に文句付ける気か? お前らだって今更、魔法使い抜きで戦うなんて、できないよなぁ!」
「ぐっ……」
悔しそうに言い返せない冒険者に対して、サザーランド一門を名乗る魔法使いは、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「そうそう、大人しく言うこと聞いていればいいんだよ! 俺たちは、庶民とは違って、崇高な魔法の研究に金は幾らあっても足りないからな!」
そう言って、金と触媒となる素材だけ受け取った魔法使いたちは、さっさと出ていってしまう。
私は、あまり見慣れない光景に若干驚きつつ、空いたギルドの買い取りカウンターに向かう。
「こんにちは」
「こんにちは、お嬢さんたち。どうしたのかな?」
「これの買取をお願いします」
こっそり事前にマジックバッグから取り出しておいた薬草をカウンターに置く。
ギルドカードを提出せずに、地域住民がギルドで小銭稼ぎに来たのを装いつつ、尋ねる。
「ねぇ、さっきの【サザーランド一門】って、なにかな?」
小動物を抱えた私が尋ねると、目の前のカウンターの人は、目尻を少し下げつつ丁寧に教えてくれる。
「お嬢ちゃんは、知らないかな? サザーランド一門ってのは、ローバイルで一番の風魔法使いを輩出するところの人たちだよ」
「魔法使いの一門って……凄い人たちなの?」
落ち着いた声音の私の質問にカウンターの人は、苦笑気味な表情で何も答えない。
どうやら、不満も言えない状況のようだ。
その後、買い取り中の談笑として色々な話を聞き、午後の酒場で先程の魔法使いたちと組んでいた冒険者たちも愚痴っていたので近くで話を聞いた。
「大変なのですね~」
「お兄さんたち、頑張ってるんだね」
「そうなんだよ。だけど、あいつらの後ろには貴族がいるから……クソッ……けど、こんなこと子どもに言っても仕方がないのにな」
そして、午後の一時を過ごしてローバイル王国の王都の新たな側面を知ることができた。
それがサザーランド一門のことだ。
現在のこの世界では、2000年前の魔法文明の暴走で魔力の大量消失が起きた。
それを契機に低魔力環境下に耐えられなかった人々が大量に死に、環境に耐えた人たちの魔力平均が低くなり、魔法使いの総数が減った。
そんな稀少な魔法使いの保護と自国の戦力確保のために、魔法貴族という物が各国に誕生した。
そうした魔法貴族たちは、自分たちの魔法を維持して、発展を目指し、途絶えさせないために弟子を取って継承するようになった。
そうして長い歴史の中で才能ある魔力持ちたちを育成するノウハウを持ち、稀少な魔法使いの数を増やした組織が、魔法一門である。
サザーランド一門とは、ローバイル王国の風魔法使いの名家であるサザーランド伯爵家が中心に存在する魔法一門らしい。
特に風魔法を中心とした研究が多く、ローバイル王国の宮廷魔術師を多く輩出している。
またローバイル王都の立地にも関係しており、風魔法使いがいれば、船舶を天候に左右されずに移動させることができ、王都を襲う風雨や高波を風で押し返すなどして他の属性よりも重宝されている。
そのために、『風魔法こそ至高』という考えを持っているらしい。
そのトレードマークとして濃緑色のローブを身に纏い、自身がどの派閥の人間か示しているようだ。
余談であるが、魔法学校を作っても魔法を覚えられるほどの生徒がいないためにコスパ的に悪く、また魔法使いの秘密主義と相まって、徒弟制度が利用されている。
そんな徒弟制度を利用して、魔法使いを育成しているのが現在の魔法使いたちなのだ。
「サザーランド一門の魔法使いたちは、魔法貴族という地位を背景に、冒険者を利用してダンジョンでの効率的な魔物退治でレベルを上げていると――」
「それでもあの態度は悪いのです」
夕方になり、クロを抱えたテトが不満そうに口にする。
確かに、サザーランド一門の魔法使いの態度は、あまり良くない。
だが、それとは別に私は素直に感心する話がある。
長年蓄えてきた効率的な魔法使いの育成ノウハウ。
風属性というものに限定しているが、魔法の触媒や魔法薬の研究により、自身の魔法を増強させる手段の開発、魔法を効率良く伝達するために入れ墨や紋様開発、道具の付与など。
また、地域の特性に即した魔法の発展など。
興味深い事例が多くある。
「魔法の触媒は、理論としては知っているけど、私は使っていないのよね」
魔法の触媒とは、素材とした物質の魔力と魔法を反応させて威力を高めるもの。
魔法の威力を上げる魔法薬は、服用することで体内の魔力を一時的に底上げするものだ。
「【不思議な木の実】で魔力量を増やせる私にとっては、触媒や魔法薬は過剰な火力になるからいらないけど、人の創意工夫を感じられるわね」
魔力量30万を超えた私にとっては、全ての補助道具など、誤差程度でしかない。
だが、そうした小さな積み重ねが新たな発明を生むのかもしれないと思うと、ワクワクもする。
そうした情報などは大抵秘匿されており、私にとって不要である。
だが、触媒や魔法薬を解析し、改良し、研究してみたいと思うのは、既に不老を生きる人としての暇潰しのようなものかもしれない。
余談であるが、魔法一門が魔法貴族を中心に属性について研究する一派とするなら、五大神教会などは、かつて女神たちが行使した奇跡を魔法で再現することを目指した国に属さない魔法一派とも考えることができる。
またガルド獣人国のような種族特性上、魔法使いが少ない獣人たちには、魔法一門のような組織が誕生せず、国家が費用を掛けて魔法使いを育成しているのもまた面白い事例だと思う。
「そう考えると……本当に面白いわね」
「魔女様が楽しそうでなによりなのです……あっ!?」
『にゃぁ~』
そうして夕暮れの道を歩いていると、テトの腕の中のクロがぴょんと地面に降り立ち、裏路地に入っていく。
「クロ、待つのです!」
「何かしら?」
クロは、賢い幻獣だから突拍子のない行動は取らない。
そのために、きっと意味のある行動なのだろうと思い、クロの後を追い掛けると、黒い布の塊のような物の前で匂いを嗅いでいた。
「クロ、どうしたの?」
『にゃぁ~』
スンスンと鼻を鳴らして、前足でポスポスと叩くクロを見て、黒い布の塊がモゾモゾと動く。
そっと黒い布の端をつまみ上げると、栗毛色の髪が一房零れ落ちる。
「行き倒れ?」
「女の子なのです」
12歳の少女といった様子の女の子だ。
生きているのか調べるために、直接触れると指先に電流のようなものが走るような衝撃を覚える。
理論的なものではなく、かなり感覚的な部分での共感を彼女から覚えた。
「魔女様、どうしたのですか?」
「う、ううん。大丈夫よ」
感覚的なものが何か分からずに困惑する私は、辺りを見回す。
ここは、王都の裏路地寄りな立地のために、夜になれば治安も悪い。
行き倒れの女の子を放置するのも寝覚めが悪いのだ。
「仕方がない、連れて帰りましょう」
テトに女の子を抱えるのを任せて家に戻る。
ただ、その際に少女の着ているローブには、どこか見覚えがあった。
「あっ、そうか。ギルドで見たサザーランド一門の魔法使いね」
ただ、ローバイル王国でも強い勢力を持つサザーランドの魔法使いが何故、行き倒れていたのだろう。
それに目立った外傷はなく、顔色には若干の疲労の色が見られるので、過労なんだろう。
どういう経緯があって倒れていたのか分からないが、家に連れ帰った私たちは、ベッドに寝かせて目が覚めるのを待つのだった。
4月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売されます。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
引き続きよろしくお願いします。