11話【町までの同行者が増えました】
朝、目が覚めた私は、テントの中で背伸びする。
《クリーン》の魔法で身嗜みを整え、いつものフード付きローブを被り、杖を手に取りテントから出る。
テントの前では、警戒を続けてくれたテトと昨日助けた冒険者が三人いた。
「おう、嬢ちゃん。起きたのか。おはよう」
「おはよう」
短くそう告げた私は、腰のマジックバッグから朝食を取り出し、岩石のテーブルの上に置く。
「はい。どうせ助けるのが一度や二度増えるだけだし、どうぞ」
「本当に助かる。ところで、このお礼なんだが……」
そう言われて、そういえば、彼の弟の冒険者を治療する時に、報酬を要求するという考えに至らず、それに二食分の食事も提供した。
(この世界での治療の価値は幾らなのかしら? それとこんな森の中で得られる食事は?)
富士山山頂の自動販売機の値段は、通常の自販機よりも3~5倍すると言うし、こんな状況だ。全部の価格5倍でいいだろう。
「そうね。治療って、普通だと幾ら?」
「そうだな。最低、銀貨1枚から上は天井知らずだ。弟の傷は銀貨10枚以上はしただろうな」
あの程度の魔法で銀貨10枚、ぼったくり過ぎじゃないだろうか。
なら、最低価格の銀貨1枚を基準に、登山価格で4倍にしておこうか。
「なら、治療と食事合わせて、銀貨4枚を貰うわ」
「なっ!?」
驚きの声を上げる男性に対して、軽く軽く返す。
「別に今じゃなくていいよ。町に戻ったらとかで」
「いや、今すぐ払う!」
そう言って、ライルという冒険者は、靴の中をひっくり返して、ブーツ底に隠した銀貨や防具裏に貼り付けていたお金、アンナという仲間の冒険者とも合わせて銀貨4枚を私に差し出してくる。
「これでいいか?」
「……受け取るわ」
正直、ブーツに隠した銀貨を受け取るのはあんまり気分的に良くない。
汚い気がするので、清潔化魔法の《クリーン》で汚れを落とし、滅菌消毒する。
だが、ブーツの中にお金を仕込むのは、万が一の資金という側面もあるが、ブーツの中に銀貨を入れると銀イオンの殺菌効果で水虫防止になる、お婆ちゃんの知恵袋では? と気付き、意外と侮れない気がしてきた。
「一つ聞いてもいい?」
「なんだ? 命の恩人だから、答えられることならなんでも答えるぞ!」
「この川を下れば、人の住む町に繋がっている?」
「ああ、俺たちの住む辺境の町・ダリルだ。よければ一緒に帰らないか」
そう提案してくるのは私も寝る前に想定していた。
怪我は治したが、まだ本調子でない冒険者を抱えて町に帰るリスクよりも、足が遅いがオークの集団を倒せる私たちと一緒に向かう方が安全なはずだ。
そして、私は彼らから異世界の情報を吸収したいと考えている。
「ええ、構わないわ。テトもいいわよね」
「テトは、魔女様の言うことに従うのです」
私とテトがそう言うと、ライルさんが安堵する。
「それじゃあ、私たちが朝食を取った後に出発するわ」
私は、そう言って、テトと共に朝食を取る。
まぁ内容は、ライルさんたち三人組の冒険者から不審がられないように同じ内容である。
ただ私だけは、魔力量上限を上げるために【不思議な木の実】を一つ食べる。
運がいいことに今日は、魔力量上限が5増えた。
「さて、食べ終えたけど……そこの冒険者は、貧血よね」
「すまない。少し待ってくれ」
怪我を負っていたジョンという冒険者は、助けた私に対して申し訳なさそうにしているが、怪我人に鞭打つ気はない。
「ちょっと待ってもらえる?」
私は、マジックバッグに貯め込んだある食べ物を取り出す。
一つは、鉄分豊富なプルーンジャム。もう一つは、普通のヨーグルトだ。
それを別の容器に移して混ぜて、彼に渡す。
「これを食べてみて。薬みたいにすぐには効かないけど、やらないよりはマシよ」
「ああ、すまない。ああ、甘酸っぱくて旨い」
ゆっくりと食べるジョンさんを見るライルさんが私に尋ねてくる。
「色々してもらって悪いな。それとあれはどんな薬なんだ?」
「薬じゃなくて、プルーンって果物で作ったジャムと牛乳を発酵させたヨーグルトを混ぜた食べ物よ。プルーンは、貧血に効く効果があるから……女性の月のものにも効くはずよ」
「ホント!? ちょっと、私にも寄越しなさい!」
「嫌だよ! これは俺が貰った物だ!」
こっちの異世界でもヨーグルトはあるのか、ライルさんが納得する一方、女性のアンナさんは、怪我をして貧血なジョンさんからプルーンヨーグルトを奪おうとする。
冒険者のフィールドワークで不摂生やストレスで生理周期が乱れて、悩まされているのだろう。
そして、私の後ろでは――
「魔女様~、あれ美味しそうなのです……」
「はぁ、分かったわ。テトの分も作って上げるから。それにアンナさんにも作るから落ち着いて」
結局、創造魔法で貯めたプルーンジャムとヨーグルトが消えていく。
ジャムにたっぷりと砂糖が使われているために、甘いものを嬉しそうに食べるテトとアンナさん。
そして、頻りに恐縮しているライルさん。
「食べ終わったなら片付けて町に行きましょう。ライルさん、案内よろしく」
「ああ、わかった」
大の大人なのに、子どもの私にペースを飲まれているのは大丈夫なのだろうか、と若干心配しながらも私たちは出発する。
「町は、ここから昼過ぎには見えてくると思うが……」
「まぁ移動は遅いし、もう少し遅い到着かしらね」
プルーンヨーグルトを食べて鉄分補給したが、それでもすぐにはジョンさんは回復しない。
だが、それよりも子どもの私の移動速度の方が遅いので、全体的にゆっくりだ。
きっと町に辿り着くのは、夕方頃まで掛かるかも知れない。
まぁ先頭を楽しそうに歩く無邪気なテトを見ていると、なんだかどうでも良くなる。
ただ――
「あうっ――魔女様~」
岩場から足を滑らせて、川に落ちるテトは、私に泣きついてくる。
土塊でできた体が溶けないか心配したが大丈夫そうである。
だが、それでも濡れた体のまま抱き付いてくるのは止めてほしい。
乾燥の風魔法である《ブリーズ》を唱えると、キョトンとした顔をして、えへへっと笑うテトに仕方がないなぁ、と表情が緩む。
「そういえば、嬢ちゃんとは、ちゃんとした自己紹介がまだだったな。俺たちは、【風に乗る鷹】って名前のパーティーを組んでる。俺は、ライル。Cランク冒険者で前衛剣士をやってる」
「弟のジョンだ。同じくCランク冒険者で偵察や罠解除の斥候をやってる」
「私は、アンナ。Cランクで弓使いよ」
そう言って、自己紹介する【風に乗る鷹】――町では、【風鷹】の面々って呼ばれているらしい。
「テトは、テトなのです! それと魔女様です!」
「こら、テト!」
勝手に自己紹介するテトだが、魔女様と紹介された私に視線が集まる。
魔女などは名前ではなく、現在、名無しの状態だ。
こうなったら、この場で自分の名前を決めるしかない。
「私の名前は――チセよ。魔女のチセ」
フィーリングで決めたが、ストンと自分の中に収まるような感じがする。
「そうか、チセにテトか。改めてよろしくな」
「ええ、よろしく」
袖振り合うも多生の縁、だろうか。
自己紹介して一段と砕けた感じになり、風鷹の面々から彼らの状況が話された。
「実は、俺たちは、依頼でこの森の調査に来てたんだ」
「森の調査?」
「ああ、オークの目撃情報が多くてな。森の異変の調査にきたんだ」
そこで森の奥――私たちと出会った場所からもう少し奥に進んだところに、オークの集落ができていたらしい。
それに、その集落では、私たちが見た黒っぽい肌のオーク・ウォーリアーや魔法を使うオーク・ウィザードみたいな上位種が誕生しており、更に彼らを率いるオーク・キングもいたらしい。
「なら、早く騎士か大勢の冒険者を集めて討伐した方がいいんじゃない?」
「ああ、そのためには、町に戻って報告しないとな。あの時、チセたちが居なかったら報告できずに死んでたかもしれない。ありがとう」
そう言われるとなんだかむず痒く感じ、フードの端を掴んで顔を隠すようにする。
川沿いには魔物が現れにくいのか、特に問題なく進んでいく。
何度かの休憩を挟みつつ、町を目指す。
そして、川沿いを下り、森を抜けて平原から道を見つけて、なんとか城門が閉まる夕暮れ前には町に辿り着く。
「城門は東と西にあるんだ。俺たちが出た森は、北側だな」
「私たちは、その森の向こう側の平原から来たんだけど」
「そうなると山を迂回した形のルートだな。あそこは、帝国との国境線地帯で戦場になりやすい場所なんだ」
大体の地理は知っているのか、ライルさんがそう教えてくれた。
もしも転生してくる時期が違ったら、戦場ど真ん中で異世界スタートさせられてたかも知れない。
更に私の転移した平原を東に進めばガルド獣人国。北西に進めばムバド帝国に入るらしい。
そして現在いるのは、私がスタートした平原から見て東方向にあるイスチェア王国らしい。
「さぁ、俺たちは冒険者のところに並ぶか」
「私とテトは、旅人の列に並ぶべきじゃないかしら?」
「おいおい、チセは俺たちの恩人だぞ。一緒に入れるように門番に交渉してやるよ」
城門には、商人用の列と旅人用の列、そして、冒険者などの列に分かれており、私たちは、そちらの方に並ぶ。
そして、依頼を終えて町に帰っていく冒険者たちを迎える門番たちが、ライルさんたちを見つける。
「ライル…ってどうしたんだ! 一昨日背負ってた荷物もないし、ジョンの方は装備もボロボロで服も切れてるじゃねぇか!」
「依頼でちょっとヘマしてな。この旅の嬢ちゃんたちに助けられたんだ」
「はぁ~、まぁよく分かんねぇけど、無事でよかった。嬢ちゃんたちの方も分かった」
町に入る時には、軽い質問を受けて、通行税を要求された。
私とテトの通行税は、ライルさんから貰った治療報酬の銀貨で払う。
「これは返還されないけど、ギルドで身分証明のギルドカードを作れば、次からは払わなくて済むから。はい、大銅貨8枚な」
そう言って、私におつりの大銅貨8枚を渡してくる。
「大銅貨?」
「初めて見るのか? 銅貨10枚で大銅貨1枚、それが10枚で銀貨1枚だ」
更に銀貨10枚で小金貨1枚、更に上に大金貨。国家決済では、魔法金属で作られた硬貨もあるらしい。
それと屋台や食事処の1食が銅貨5枚前後、パン屋のパンは、銅貨2枚と簡単な物価指標を教えてくれる。
「そう、教えてくれてありがとう」
私は、ポーチにお釣りを仕舞い、城門を通り抜ける。
そして町中の大通りの屋台で大まかな物価を把握しながら進むと、気付けば剣を交差させた紋章を掲げた建物に辿り着いていた。
「ここが俺たちのホームの冒険者ギルドだ」
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