5話【虚無の荒野の変化】
ベレッタ、そして新たに魂を獲得したアイと共に案内された私たちは、ベレッタから【虚無の荒野】の報告を受けていた。
『ご主人様が設置した地脈制御用魔導具と我ら奉仕人形メイド隊の植樹により、【虚無の荒野】の空気中の魔力濃度が規定値の34%、地中の地脈再生進行度5%まで進みました』
「そう……理想としては、ベレッタたちも結界の外に出ても魔力を無補給で活動できるくらいにこの大陸を魔力で満たしたいな」
『ご主人様からのご配慮、痛み入ります。現在の空気中の魔力濃度ならば、一部の適応力の高い魔物以外の生物も生存可能なので、現在、私たちは【緑の道作戦】を実施中です。【虚無の荒野】の外縁部にも植樹して緑の道を作ることで結界を通過可能な生物がこちらで繁殖すること。また、そんな彼らが運搬する植生に期待しています』
当面の目標は、食物連鎖の上位に立つ狼や猛禽類の生息が目的です、と答えるベレッタ。
「それじゃあ、私たちはしばらくはここに滞在して魔力放出と【創造魔法】で植樹に使う苗木を生み出す方がいい?」
『そのようにお願いします。また緑の道を作る過程で、私たちの移動時間が長くなるために、所定の三箇所の地点に小規模の仮拠点と【転移門】の設置をお願いします』
「それじゃあ、早速様子見がてら行ってくるわ」
空飛ぶ箒を取り出した私は、片手で妖精猫のクロを抱えて、箒の後ろにテトを乗せて空を飛び上がる。
「本当に、植樹が進んでるわねぇ」
【虚無の荒野】の10分の1は、植樹が進んでおり、またそれに隣接する場所には、草地も生えている。
少しずつ地中深くの地脈の再生が始まったのか、所々で緩やかな地殻変動が起きているらしく、大地の起伏や陥没が生まれ、人工的に掘り下げた池や川以外にも水場ができあがり、結界外部の河川と繋がっているようだ。
「本当に変わったのです! あとであの大きな樹まで行くのです!」
「ええ、その前に、ベレッタのお願いを聞いちゃいましょう!」
昔セレネと住んでいた外縁部の家は、今も【転移門】で繋がっているので、定期的に奉仕人形たちが手入れをしているようだ。
中央の屋敷と外縁部までの中間地点三カ所に、新たな家を【創造魔法】で生み出し、その内部に【転移門】をそれぞれ設置する。
そうして、軽く荒野全体の確認を終えて、最初期に植えた世界樹の中程の太い木の枝に降り立つ。
「こうやって見ると、本当に変わったわねぇ」
「はいなのです!」
『にゃぁ~』
幻獣である妖精猫のクロは、世界樹から放出される魔力が気持ちがいいのか、太い木の枝に降り立ち、グッと伸びをして全身から魔力を吸収している。
こうやって魔力を吸収して育ち、大きくなれば、今度は放出する側に回る。
そうやって世界は、増える魔力で満ちて巡回する。
二千年前に失われた物を取り戻し始めているのだ。
「魔女様?」
「なに、テト?」
私は世界樹の枝に腰掛けて、風に長い黒髪を靡かせる。
昔は、本当に乾いた空気と痛いくらいに強い風だった。
今は、ほんのりと湿気と植物の緑を感じさせる優しい風に変わっている。
「魔女様の故郷は、できたのですか?」
「ええ、できたわ。私の帰る場所になった」
どんなに外の世界を旅しても、絶対にこの場に帰ってこようという気にさせる場所だ。
まだ、ベレッタだけでは少し寂しかったが、これから物静かだった奉仕人形たちも魂を持ち始めれば、少しずつ賑やかになるだろう。
「さぁ、屋敷に帰って、お昼ご飯を食べましょう」
「はーい、なのです! 前に渡したお魚料理が楽しみなのです!」
私とテト、そして濃密な魔力を吸って毛並みが良くなった妖精猫のクロと共に屋敷に帰り、ベレッタの料理に舌鼓を打つ。
そして、【虚無の荒野】に作った様々な薬草の群生地巡りや屋敷のテラスで本を読んで過ごすなど、一週間ほど外界から離れた生活を送って英気を養い、またローバイル王国の王都に帰っていく。
ただ、帰る際に――
『ベレッタ様、お猫様のお世話のためにどうかご主人様の旅の同行の許可を』
『却下します。外界での長時間活動が困難なために許可できません。なにより、メイド長である私がご主人様の旅路に同行をしていないのです。そこで察しなさい』
ベレッタと新メカノイドのアイが無表情で私たちの帰還の際に、バチバチに意見をぶつけ合っている。
妖精猫のクロと一緒に居たいアイと一人だけズルいから許さないベレッタは、互いに近接格闘戦で決着を付けようとしている。
泰然と構えるベレッタとそれに挑む新メカノイドのアイだが、ベレッタの方が魔力量の多さ、経験値の高さなどが相まって新参者を軽く伸している。
『それでは、ご主人様。またのお帰りをお待ちしております』
「ええ、それじゃあ、行ってくるわ」
私とテトは、妖精猫のクロを連れて【転移門】を潜り、ローバイル王国の王都に戻った。
そして、王都でも冒険者稼業は、少し休業しつつ、のんびりと過ごしていた。
「テト、朝ご飯よ~」
「はーい、なのです!」
少し町の中心地から離れた郊外の借家で私たちは、朝食を取る。
『にゃぁ~』
海が近いために、内陸では食べられない海の幸を中心とした料理を作りつつ、窓から海原を眺める。
「来ないのですね、浮遊島」
「待ち始めて数日よ。クロが落ちてきた浮遊島が接近するのは、一ヶ月後か、一年後か、十年後か……」
私たちには時間があるんだ、それくらい待つ日々があってもいいだろうと思う。
「魔女様、今日の予定はどうするのですか?」
「そうね。五大神教会に寄ってお祈りと寄付をしに行きましょう」
交易船の護衛の時、夢見の神託で女神ルリエルが嵐を警告してくれたのだ。
一応、報告と感謝をしなければと思う。
「分かったのです」
「それじゃあ、行きましょう。クロも一緒よ」
『にゃぁ~』
私の呼び声を聞いたクロが一鳴きして、私の足元に擦り寄ってくる。
賢い妖精猫は、今日も朝ご飯の猫缶と私の魔力を吸って毛並みがいい。
そんなクロを連れて、私とテトは町に出る。
「日差しが強いわね」
「魔女様、日焼けしないように気をつけるのですよ!」
家を出る時、オフの日ということで普段の魔女の三角帽子やローブ、杖などは腰のマジックバッグに仕舞って、ベレッタたちが用意した白を基調としたワンピースと麦わら帽子を被る。
「ローブの付与効果で環境変化を防いでたけど、こうして脱ぐと暑いわね」
こうして町中を歩いていると、べたつく潮風を感じるが、逆に【虚無の荒野】では感じられない感覚に新鮮味を覚える。
ただ、帰ったらお風呂は必須だろう。
「冷たいものが欲しくなる暑さなのです!」
「いいわね。夜は冷製スープでも作りましょうか」
冷たいスープを作るなど、氷魔法を使える魔法使いの特権である。
そんな私の提案にテトも賛成しながら、私たちが教会を目指せば、少し高い塀の上をクロが歩いてついてくる。
そして、しばらくしてこの地の教会に辿り着く。
このローバイルの王都では、海母神ルリエルと天空神レリエルが主立って奉られて石像が置かれており、他の女神たちはレリーフなどで描かれている。
「こんにちは。今、お祈りをしていいでしょうか?」
「はい、構いませんよ」
近くで掃除していたシスターに尋ねて教会の聖堂に入り、軽く祈りを捧げる。
テトは、私の隣で見よう見まねで祈るが、時折横目でチラ見してくるのを気配で感じ、妖精猫のクロに至っては、自分が教会に入るのは場違いだと気付いたのか、近くの建物の塀の上で待っている。
(無事に、嵐を越えることができました。それとケットシーの子どもを助けることができました。ありがとうございます)
そうした気持ちを込めて祈りを捧げると――
――チセちゃん、何かあったらまたお姉さんを頼ってね。
そんな神託が頭に響き、思わず苦笑してしまう。
随分と女神様が気安くなったものである。
そうして、お祈りを終えた私は帰り際にシスターに話し掛ける。
「無事に海を越えることができました。これは、僅かばかりの寄付です。どうぞ、教会や孤児院のためにお遣いください」
「まぁ、ありがとうございます!」
私は、小さな革袋に小金貨3枚ほど入れてシスターに渡した。
重さと枚数に違和感を感じたようで少し小首を傾げているが、後で開いた時、ちょっとした小金に驚かないで欲しいと思ってしまう。
そうして、教会での用事を終えた私たちは、今度はクロが私たちの先頭を歩く。
「魔女様、今度はクロが散歩したいみたいなのです!」
「ふふっ、じゃあ、クロの散歩に付き合いましょう」
『にゃぁ~』
町中を歩いていくクロは、色んなところに立ち寄る。
魚屋さんに愛嬌を振りまいて、売り物にならない小魚を貰い、私が夕食用に良さそうな魚を何匹か買う。
王都の野良猫と遭遇すれば、ただの野良猫とケットシーでは、存在感が違うのか大の成猫が子猫を大事に扱い、にゃんにゃんと猫語で話している。
「魔女様、何を言ってるのですか?」
「ごめん、テト。流石に私の言語能力でも分からないわ」
異世界転生時に付与された多言語能力や解読能力は、様々な書物を読む際には有用であるが、流石に動物語の翻訳はしてくれないようだ。
聖獣や幻獣の中には、大人になり人間の言語を扱う個体もいるというので、それに期待しよう。
そんな風に、自由気ままに脇道や裏道に入るクロを追い掛けて進む。
裏路地のちょっと怪しげな雑貨屋さん、ただの住宅地、昼間の歓楽街などを通り抜けていくと、最終的に海から離れて陸地側に来ていた。
ローバイルの王都は、交易船や漁船などが集中する東の地区と内地の高台側にある王城を中心とする貴族街、そして、西側の庶民街と分かれている。
そんな中、気付いたら王都の西側に来ていたようで潮風が混じる港町の空気感から変わる。
「おー、こっちは初めて来たのです!」
「そうね。あっ、こっちにも冒険者ギルドがある。立ち寄りましょう。クロ!」
私は、先に歩いていたクロを呼び止めると、すぐに振り返って私の胸元に跳び込んでくる。
4月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売されます。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
引き続きよろしくお願いします。