4話【交易王都での半隠居】
女神ルリエルからの神託で受けた嵐が過ぎ去り、天候も持ち直して順調に航海が続く。
嵐の中で拾った幻獣・ケットシーは、首輪の力で普通の子猫に偽装されて船内を好奇心の赴くままに歩いている。
『みゃー!』
「おー、こいつが欲しいのか。ちょっと待てよ! ほら」
首の鈴をチリンと鳴らし、尻尾をふりふりと振って釣りをしている船員に近づくと、甘えるように鳴く。
その声にデレッとした船員が釣ったばかりの食べるのに不向きな小魚を放り投げると、ケットシーはそれを空中でキャッチして、前足で押さえて美味しそうに食べ始める。
「あー、ずりーぞ。俺の方が大きな魚をやれるのに」
別の船員が他の魚を摘まんでみせるが、ケットシーは、ぷいっと顔を背けて興味ないような素振りを見せる。
そして、甲板で周囲を警戒していた私とテトの足下に軽快に駆けてくる。
「うん? クロ、お魚を貰った? 良かったね」
私は、ケットシーにクロという名前を付けて呼んでいる。
そんなクロを私が抱きかかえようとすると、私の腕から抜け出して私の肩に登ってくる。
『みゃ~』
「すっかりクロは、船内の人気者になったよな」
「そうね。これもクロの人徳? いえ、猫徳ね」
そう言って、護衛の冒険者のリーダーが私とテト、肩に乗るケットシーのクロを見つめる。
子猫らしい好奇心のままに予測できない動きをして、船員たちの目を惹き付ける。
また、時折船員や冒険者たちに甘えて、愛嬌を振りまく可愛らしさ。
船内に入り込み、食べ物を駄目にしてしまうネズミなどの害獣を捕まえてくれる勇ましさ。
食事やトイレなどを決まった場所でして、船員が仕込んだちょっとした芸を実行できる賢さ。
突然、加わった子猫の存在は、瞬く間に船内を彩ることになるが、それももうじき終わる。
『おーい、王都が見えたぞー!』
マストの上の物見台から眺めていた船員が目的地の王都が近づいているのを知らせてくれる。
もうじき、交易船の護衛依頼が終わることに、少し安堵の溜息が漏れる。
「やっと陸地ね。お風呂に入りたいわ」
「魔女様と一緒にお風呂入って、一緒に寝るのです!」
いくら《クリーン》の魔法で清潔にしていても、気分的にお風呂でサッパリしたい。
そう考えている間に、船はドンドンと港に近づいていく。
そして私たちは、弧を描くような形をした港を見回す。
「ここがローバイル王国の王都ね」
船での空き時間で、浮遊島に関して持ち込んだ本から調べていた。
女神ラリエルが以前に言っていた通り、地中に流れる地脈の魔力の偏りで浮遊石が生成され、陸地が打ち上がったらしい事例は、ローバイル王国の近海を漂う巨大な浮遊島の他にも、大陸の東部と南部に小規模の浮遊島が打ち上がり、その跡地で湖ができあがった事例などを見つけたりもした。
そんなローバイルの舗装された港を眺めているうちに船が接岸され、到着する。
「お疲れ様です。これが依頼の達成証明です。それと嵐の時に張ってくださった矢避けの魔法と落石から守ってくださったことを加味して、報酬を増額してあります」
「ありがとうございます。それじゃあ、私たちはこれで」
「楽しかったのです! バイバイなのです!」
『にゃっ!』
私が頭を下げ、テトが元気に手を振り、私の肩に乗るケットシーのクロが短く鳴けば、交易商人は名残惜しそうに私たちを見送る。
交易商人と契約を結んでいる冒険者たちは、船の積み荷の移動や船の警備を続けており、私たちのような一時雇いの護衛は、一足先に解散となり王都のギルドに向かう。
「ここがローバイルの王都ね」
三日月型の港から見上げる高台に王城が見え、そこから扇状に道が広がっている。
海風で材木が傷みやすいためか石作りの建物が多い中、冒険者ギルドを探していく。
「あった。ここね」
ローバイルの王都の冒険者ギルドは、港町側の東と内地側の西に二つあるらしく、私たちは、最も近い東側の冒険者ギルドに入る。
「ここね。カウンターは――」
私は、依頼達成のカウンターに向かい受付嬢に依頼達成の報告をする。
「すみません」
「はい? どうしたの、お嬢ちゃん。ここはお仕事の報告をする場所だよ」
外見は12歳だが、目の前の女性より年上なんだけど……と内心苦笑を浮かべながらテトと共にギルドカードと依頼の達成証を差し出す。
「なにかな? お父さんたちのお遣い……えっ? し、失礼しました! 【空飛ぶ絨毯】のお二方でしたか!」
「いえ、大丈夫です。慣れてますから」
私の肩では、クロが暇なのか私に構ってくれ、と肉球を押し付けてくる。
そんなクロをテトは、邪魔しちゃ駄目なのです、と後ろから抱えて引き剥がす。
「依頼の確認と達成報酬。それと、しばらくこの町で暮したいので、借家などがあったらお願いします」
「は、はい!」
なんだか、私の外見から上位冒険者を子ども扱いしてしまうギルド職員が多くて申し訳なくなる。
そして、テトに抱えられたクロを撫でながら待っていると、受付嬢が話し掛けてくる。
「すみません。グランドマスターが応接室にお呼びです」
「……分かったわ」
王都の冒険者ギルド。及び、国内の冒険者ギルドの取り纏めであるグランドマスター。
イスチェア王国でのAランク昇格試験では、王都のギルドマスターが、グランドマスターも兼任しており、チラ見はした。
ガルド獣人国では、【虚無の荒野】に引き籠もり、辺境の町が活動拠点であったが、王都のAランク冒険者昇格試験やギルドの対策議会の警護でグランドマスターと顔合わせした。
そして、このローバイル王国のグランドマスターは――
「失礼します! Aランクパーティーの【空飛ぶ絨毯】のお二方をお連れしました!」
「ご苦労、お茶を用意してくれ」
応接室に入室すれば――仕立てのいい服を着た男性が待っていた。
「【空飛ぶ絨毯】のお二人だね。ドグルから二人が王都に向かうのを勧めたって連絡を受けてこうして待っていたよ」
「初めまして、【空飛ぶ絨毯】の魔女のチセです」
「初めまして、剣士のテトなのです! それとこの子は、クロなのです!」
『にゃ~』
テトが抱えた普通の子猫に偽装したケットシーのクロの両前足を持って、手招きさせる様子にグランドマスターが苦笑いを浮かべている。
「初めまして。私は、ローバイル王国の冒険者ギルドのグランドマスターを務めるゼリッチ・ローバイルだ」
「ローバイルって、王族?」
「王弟で公爵の地位を賜ったが、前は外交官もやっていたよ」
そう言って笑う中年男性に対して、私は少し考え込む。
冒険者ギルドは中立を掲げているが、それでもそれぞれの国に建物を構えているために完全な中立ではあり得ない。
一応は、武装集団が出入りしているために、各国や領主から定期的な監査が入る。
また、依頼主に金払いのいい貴族がいるために、ギルドとしても無下に扱えない。
王侯貴族が集中する王都の冒険者ギルドは、貴族の四男以下の人たちの就職先にもなる。
それでは、国とズブズブの関係になるのではないか、という不安に対しては、各地のギルドマスターによる罷免制度も存在したり、貴族出身と冒険者出身のグランドマスターを交互に選出したりと、なんだかんだで程よい距離を保っているそうだ。
そんなグランドマスターの公爵様は、私たちと世間話をする。
「私は、一度君たちを見かけたことがあるのだよ。まぁ、直接会話はしなかったけどね」
いつ、どこで、と首を傾げる私たちにグランドマスターの公爵様は、微笑みながら答えてくれる。
「前回のグランドマスター同士の会議にローバイル王国のギルド代表として参加したのだよ。その時、若いというより幼い君たちの姿を見て印象に残ったよ」
それが今では、30年近いキャリアを持つベテラン冒険者なんて、と一人で思い出し笑いをした後、真剣な表情でこちらを見つめる。
「ローバイル王国の北部で起きた裏組織による人攫いの件の解決に尽力してくれて、ありがとう」
「…………ああっ」
廃坑の町を襲った裏組織の構成員と食い詰めた盗賊による人攫いを思い出して、小さく呟く。
「君らが捕まえた構成員を尋問して、南部の国々から伸びる裏組織の支部を幾つか潰すことができたよ。国家としても頭の痛い問題だからね」
まさか、こんな形でその時のことを感謝されるとは思わなかった。
「まぁ、成り行きで捕まえただけだから気にしないで。ちゃんと盗賊を捕縛した報酬とかも貰ったから」
他にも外交官として隣国のガルド獣人国でギュントン王子――いや、今はギュントン大公やその補佐官のロールワッカとも親交があったなどという話が聞けた。
そう思えば、時の流れは早いものだ。
「それで、君たちは、王都でどのような依頼を受けるつもりだい?」
そう尋ねられて私とテトは、北部の港町で受けたように不人気依頼を中心にしばらく王都で暮すことを伝える。
「とりあえず、王都でのんびりと暮らしながら、時々依頼を受けるつもりです。ただ、あまり長期依頼は受けずに過ごしたいかなぁ」
「浮遊島を待っているのです! それにクロのお世話をしなきゃいけないから、長くお家を離れられないのです!」
「長期依頼は不可で、浮遊島を待つ? よく分からんが、分かった」
王都の依頼を受けながら、次の浮遊島の接近を待つつもりだ。
そして、時期が来たら、テトと共に浮遊島に乗り込んでクロをケットシーの群れに帰すつもりだ。
それまでの間は、内陸の【虚無の荒野】では楽しめない海の景色や様々な国から集まる交易品などを見て回るつもりだ。
そんな私の返事に、残りがちな不人気依頼を中心に受けてくれる冒険者が滞在することに驚き、肩の荷が一つ降りたように安堵の表情を浮かべる。
「それと、子猫を拾っちゃったからペット連れで宿に泊まると迷惑になるだろうし、家を借りられたらいいな」
「使い魔のペットも可能な宿屋も紹介できるが、ギルドで保有する不動産から長期に借り入れられる借家を探しておこう。それと君らに率先して受けてもらいたい塩漬け依頼を選んでおこう」
そうして話をした後、交易船の護衛依頼の報酬を受け取り、今日は子猫のクロを連れても泊まれるオススメの宿に泊まった。
王都の海が近い宿なので、美味しい魚のソテーや魚介類のスープを食べることができた。
宿屋の店主夫婦は、動物好きが高じて使い魔と宿泊できる宿を開いているために、愛嬌を振りまくクロにサービスをしてくれた。
そして夜には、久しぶりの陸地のベッドで眠りに就き、翌日にはギルドが持つ不動産を見て回り、一軒の家を決めた。
「この物件は、一月銀貨10枚になります」
「わかりました。それでは、これが今月分の代金です」
町のやや郊外にあり、石作りの二階建ての家が売られており、即決で賃貸契約を結んだ。
冒険者向けの建物のために、間取りもかなり広くて、庭付きである。
お風呂はないが、契約中は増改築できるので、魔法でリフォームして追加しようと思う。
「とりあえず一度、家具や【転移門】を設置して【虚無の荒野】に帰りましょうか」
「はいなのです!」
手早くマジックバッグから【転移門】を取り出して、部屋の一角に置く。
そして、【転移門】を潜り、二週間ぶりに【虚無の荒野】に帰れば、屋敷に設置した【転移門】の前に奉仕人形の一人が待機していたようで、私たちを出迎えてくれた。
『ご主人様、テト様、お帰りなさいませ』
「ただいま」
「ただいまなのです!」
『みゃぁ~』
私たちを出迎えてくれた奉仕人形の言葉に、私の肩に乗っていたクロが奉仕人形の目の前に飛び降りた。
『お猫のお客様もいらっしゃったのですか』
奉仕人形がしゃがみ込み、クロを撫で始める。
表情はあまり変わらないが、雰囲気的に幸せそうな様子で背景に小さな花が散っている様子を幻視する。
『ご主人様、テト様、お帰りなさいませ。あら、そちらの子猫は、ケットシーでございますか?』
「ベレッタ、ただいま。分かるの? 一応、偽装と幻影の魔導具を付けているけど」
私が、首に付けた赤い鈴付きの首輪を軽く触れると魔導具の機能が一時停止して、妖精の羽が現れる。
『はい。2000年前は、普通に人々のペットとして、また良き隣人として暮していました』
今と昔では、大分世界の環境が違うために昔はごくありふれた生き物でも今の世では個体数の少ない幻獣である。
そして、ベレッタは、幸せそうにクロを撫で続ける奉仕人形を見て、口元に弧を描き、綺麗な微笑みを浮かべる。
『メカノイドへの進化、おめでとうございます。あなたは先程、魂を得たようですね』
『……本当でしょうか?』
同族のベレッタは、何かを感じ入ったのだろう。
そして、私も慌てて鑑定の魔法を使い、目の前の奉仕人形を見れば、確かに魔族のメカノイドに進化していた。
『メカノイドへの進化は、あなたが同期の中で一番です。ですが、これからもご主人様たちのために励みなさい』
『はい、ベレッタ様』
『それから――あなたは、この世に誕生しました。生まれた者には、近しい者から祝福として名が送られるのが慣わしです。あなたの名前は――アイです』
淡々と名付けをするベレッタに対して、名付けを受けた新たな同族・アイも淡々と名を受け取り、通常業務に戻っていく。
「ふふっ、ベレッタ。嬉しいなら嬉しそうにすれば良いのに」
「そうなのです。新しい仲間ができたのです! もっと喜ぶのです!」
私とテトがそう言うとベレッタは、業務中です、と言葉とは裏腹にほんのりと嬉しそうにしている。
「でも、なんであの子が進化できたのかな?」
『私としての意見ですが、先程の進化が確認されたアイの個性としては、生物に興味を持っておりました。最近では、【虚無の荒野】の生態系構築のために放す生物の繁殖を任せており、そこで生き物の生死と繁殖というものを学習。その後、ケットシーのクロ様を見て、慈しみの心から魂が生まれたのではないかと推測します』
「うーん。テトはよく分からないのです」
『簡単に申しますと、彼女はモフリストでございます』
ベレッタが真剣な表情でモフリスト――毛皮を持つ動物をモフモフと愛でるのを好む人たち――と言うのが妙にツボに嵌り、小さく吹き出してしまう。
『ご主人様、可笑しかったでしょうか? 2000年前の古代魔法文明の文化言語事典・最新の第七版にも収録されている歴とした古代魔法文明の言語です』
真面目に言うベレッタだが、私としては、たとえ異世界でも例え2000年前でも人間の業というか、モフモフ好きは変わらないんだなぁ、と少し遠い目になる。
『にゃっ?』
そして、テトの腕の中で可愛らしく首を傾げるクロの頭を優しく撫でるのだった。
4月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売されます。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
引き続きよろしくお願いします。