2話【嵐の脅威】
「ねぇ、今日の天気は、どう?」
快晴の空を見上げながら、この交易船の航海士に尋ねれば、不思議そうな顔をして破顔する。
「とりあえず、今のところは天気もいいし、北から吹き下ろす風もあるから順調だよ」
「そう……午後から天気が崩れて、大荒れになる可能性はあると思う?」
私の質問に、航海士は困ったように笑う。
「海では天気が崩れやすいから突然の大荒れになることがあるけど、そういう時は、帆を畳んでジッと耐えるしかないさ」
「教えてくれて、ありがとう」
私は、そう言ってテトのもとに戻る。
「魔女様、どうするのですか?」
「どうするもこうするも、私たちができることをするしかないわね」
私たちは、天候を操るような神でもない。
無理に魔法で嵐を消しても、その影響がまた別のところで発生するかもしれない。
ならば、嵐を耐えて乗り越えるしかない。
「それに、神はやっぱり万能じゃないのよね」
ルリエルの神託から察するに神が直接、天候を操作しているわけではない。
自身の司る対象や属性に宿る魔力を通して、その世界の行く末を見守っており、局所的な奇跡による天候操作や神罰などはあるだろう。
大規模な神の御技としては――【虚無の荒野】に張った低魔力地域への魔力流入を防ぐ結界が挙げられるが、それは例外中の例外だろう。
それ以外の自然現象は、神や魔力ではなく物理学によって引き起こされているのだろう。
「でも、そう考えると、改めて世界は面白いわね」
「むぅ、魔女様が一人納得しないでほしいのです」
一人この世界について考察を深めているが、声に出していないために不機嫌そうにするテトが私の頬を突っついてくる。
そうして私たちが、突き抜けるような蒼が広がる空を見上げながら、嵐を警戒していると、午後が近づくほどに徐々に空に雲が現れ、それが厚く、重く上空を覆い始めた。
「――嵐だ! 帆を下ろせ!」
「こんな大荒れじゃあ、港に入ることもできねぇ! 沖で耐えるしかねぇぞ!」
波が大きくうねり船に押し寄せ、空から強い風が吹き下ろし大粒の雨が横殴りに降ってくる。
「思ったより、強い嵐ね」
「魔女様、大丈夫なのですか?」
【飛翠】を片手に、魔女の三角帽子が飛ばされないように片手で押さえていると、大きく揺れる船の上で蹈鞴を踏む私をテトが支えてくれる。
「テト、ありがとう! とりあえず、この風と雨は軽減しないと――《アヴォイダンス》!」
私は、船の周りを覆うように球状の結界を張る。
「これは……」
「矢避けに使われる魔法よ! これで嵐を凌ぎましょう!」
大きく荒れる海で物理的な干渉力を持つ《バリア》などの結界魔法では、押し寄せる波の力を上手く受け流せず結界ごと船をひっくり返されてしまう。
だから、風と雨が逸れるように受け流す矢避けの結界――《アヴォイダンス》を使い、船員たちの作業の負担を減らし、耐えることにした。
「よし、これなら揺れに気をつければ行けるぞ! 船首を波に垂直に合わせろ!」
船長が声を張り上げて、船員たちが船を操る中、護衛の冒険者たちも甲板で武器を構えている。
「嵐に紛れて魔物たちがお出ましのようだぞ! 風除けを張っている嬢ちゃんを守れ!」
だが、矢避けの魔法で雨風を防げてもある程度の質量のあるものは逸らせない。
嵐の中、大波に紛れた魚の魔物たちが、海面から飛び出し甲板の上に次々と飛び乗ってくる。
甲板に乗り込んだ魔物たちは、船員たちを噛み付きや体当たりで海に落として食べるつもりなのだろう。
こんな大荒れの海に落ちたら助けることも叶わない。
そんな中、護衛の冒険者たちが武器を振るい、魔物たちを倒したら揺れる船の勢いで海に蹴落として次の魔物を倒していく。
「ああ、勿体ない! テトも倒してくるのです!」
「テト、船から落ちないように気をつけてね」
私は、杖を構えて、風除けを維持する。
浮遊石の魔力増幅により強力な矢避けの魔法を維持しつつ私は、船に襲い掛かる魔物に風刃を放ち、甲板に乗り込む前に返り討ちにする。
そしてテトも黒い魔剣を振るって倒した魔物に手を当てて、腰に付けたマジックバッグに収納して、素材の回収をする。
そんな嵐の中での戦闘が二時間ほど続く中、上空に一際黒い影が落ちる。
「なに、あの黒い塊は……」
分厚い雲の中に浮かぶ黒い塊のシルエット。そして、その大きな黒い影の下部には、緑色の光が雲の中から薄ぼんやりと見える。
そして、その塊から風で飛ばされたのか、何故か次々と岩石が降ってくる。
「なんで岩が降ってくるんだよ!」
「くそっ! 海運の女神ルリエル様! どうか我らをお守りください!」
冒険者たちは悪態を吐き、船員たちが作業しながら、神に祈りを捧げる。
そして私は、杖を構える。
「風魔法の威力も強化されているなら、闇――重力魔法も行けるよね。――《コラプス・バレット》!」
杖先から拳大の小さな黒い球が10個生み出され、船のマストに当たらないように上空に向けて放つ。
下向きに重さを掛ける加重の魔法――《グラビティ》の力の向きを内向きの球状に変えて、その力を浮遊石によって増幅した黒い破壊の弾丸だ。
一発で魔力1万とシーサーペントを倒した《サンダー・ボルト》よりも大食らいの魔法は、降ってくる岩石に触れると小さく圧縮されていた黒い球が解放され、直径5メートルの球状の空間内を呑み込み、高圧縮によって内部に存在する物体をごっそりと原子レベルで分解する破壊魔法だ。
「すげぇ……」
次々と空に生まれる漆黒の球状空間を見上げる船員たちだが、落ちてくる岩石は全て破壊され、長い息を吐き出す。
「ふぅ、これでとりあえずの危機は去ったわね。でもどうして岩が降ってきたの?」
空には黒い影。だが、こんな海原に岩石を降らす高い場所も岩石が落ちてくる山もない。
そんな疑問を口にする私に、この護衛のリーダーが教えてくれた。
「ありゃ、浮遊島から落ちてきたんだ」
「浮遊島? まさか、アレが……」
あまりにも大きな黒い影とその下部に映る緑色の光に見覚えがあり、手元の杖を見れば【浮遊石】と同じ輝きだ。
「このローバイル王国の近海には、浮遊島が漂ってるんだ。今回は、嵐でうっかりと接近しちまったのかもな。普段は気付いたら浮遊島の下を通らないように移動するんだが、嵐で気付かなかった」
そう言って、見上げる浮遊島の姿は、雲に隠れてよく見えないが、いつか晴れた日に浮遊島を見たいと思う。
そんな中、浮遊島から新たな物が落ちてくるのを感じた。
「今度は、魔力のあるもの? それに小さい……」
岩石に比べて濃密な魔力と小さな存在がまるで嵐の風に翻弄されるように空を舞っていた。
強風吹き荒れる上空で藻掻くそれが気になった私は、杖に跨がる。
「ちょっと気になるものを見つけたから行ってくるわ! ――《フライ》!」
「魔女様、行ってらっしゃいなのです!」
「おい、嬢ちゃん、矢避けの外は嵐だぞ! ってまぁ自分にも矢避けの魔法を掛けられるか」
魔法の杖に跨がり、一気に空を飛ぶ。
浮遊石の斥力が矢避けになり速度が出るが、空から降ってきた小さな存在が海面に落ちていくのも速い。
そして、海中では空から落ちてくる小さな存在の濃密な魔力を感じたのか魔物が待ち構えており、呑み込もうと海面から飛び出したが――
「ふぅ、ギリギリセーフね」
一気に加速した私は、食らい付かれる直前に柔らかく受け止めて、そのまま空を駆け抜ける。
そして、受け止めた小さな存在を胸に抱くと、モゾモゾと身を捩るようにして私に顔を向けてくる。
『みぃ~』
「……子猫。浮遊島から落ちてきたのね」
雨に濡れて震えているが、黒々とした綺麗な毛並みをした子猫だ。
岩石と同じように浮遊島から飛ばされたのだろう。
今から浮遊島を追い掛けるのは、厳しいし、何より護衛に船に戻らなければいけない。
「とりあえず、船に帰りましょう」
私は、子猫をローブの内側で抱えたまま交易船に連れて帰る。
4月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売されます。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
引き続きよろしくお願いします。