1話【交易船の護衛と海母神の神託】
交易船の護衛依頼を受けて、ローバイル王国の王都に向かう私たちは、船の甲板から釣り糸を垂らしていた。
「魔女様、全然釣れないのですね」
「まぁ、釣れたら御の字って思って気長にやりましょう」
釣り竿を持って、船から釣り糸を垂らす私とその後ろに抱き締めるように座り、私の頭に顎を乗せるテトと一緒に大海原を眺めていた。
「嬢ちゃんたち、今晩のおかずは釣れたか?」
「ダメよ。全然」
交易船の商人に雇われた専属護衛の冒険者のリーダーが私たちに声を掛けてきた。
私たちが隣に置かれた空のバケツを指差せば、苦笑を浮かべている。
「そりゃ残念だ。ところで船での生活は慣れたか?」
「そうね。そこそこ慣れたかしら。ただ、食事はちょっと辛いかな。だけど、自分で用意させてくれたのはありがたかったわ」
私たちの様子を尋ねる専属護衛の冒険者の言葉に、私が自分の感想を口にする。
食事は、保存の利くものや船内であまり火を使わないものが多い。
具体的には、水と麦を煮込んで作るポリッジ――麦粥だったり、干し魚や干し肉、塩漬けや酢漬けの野菜などが中心だ。
船内では、水も薪も貴重な生活物資であり、船が揺れるために調理は手早く行われる。
そのため、食事の質はあまり美味しくなかった。
だから、二日目には、自分たちで食事を用意したのだ。
「本当に、美味そうな料理を作ってたよな。それでテトの嬢ちゃんの方は、船での暮らしは、どうだ?」
「魔女様と一緒に眠れないからちょっと不満なのです」
流石に交易船では船員一人一人にベッドを用意するスペースはないので、私たちはハンモックで寝ている。
ハンモックで寝るのは少しコツがいるがテトは私と一緒に寝れるスペースがないので不満そうにしている。
ハンモックに揺られて本を読んだり、こうして釣りをして新鮮な魚を釣り上げたり、休憩中の冒険者や船員たちとお話したりとそこそこに楽しい時間を過ごしていた。
そして――
「……十時の方向から、魔物が現れたわ」
釣りをしながら、船の周囲に魔力感知を張り巡らせていた。
海中から迫る魔物の群れの魔力を感じ、そう答える。
「マジか! 仲間を呼んで迎え討つ!」
「いえ、私が出た方が早いわ。それに、今日の夕飯にしたいからね。テトは、船の方をお願い」
「魔女様、行ってらっしゃいなのです!」
そう言って私は、マジックバッグから空飛ぶ杖の【飛翠】を取り出して跨がり飛翔魔法で海原へと飛び出す。
そして、感知した魔物の群れが真っ直ぐにこちらに向かう中、海に向けて魔法を放つ。
「今晩のおかずになりなさい! ――《サウンドボム》!」
圧縮した音響爆弾を海面に落とせば、縦に激しい水柱が上がる。
そして、音の衝撃波で気絶した魚の魔物が海面に浮かび上がり、気絶しないが混乱した魔物たちがちりぢりに逃げていく。
私が続けて二、三発と音響爆弾を海面に落としていけば、次々と気絶した魔物たちが浮かび上がる。
「よし、周囲に魔物の反応はないわね。それじゃあ、回収しましょう。――《サイコキネシス》!」
私は、地引き網用の大きな網を念動力で操り、海面に浮いた魚の魔物を掬い上げて船まで持ち運ぶ。
「ただいまー、テト。大漁よ」
網に捕まった魚魔物は、鋭い牙と鰭を持ち、噛み付きや鋭利な鰭で傷を負わせてくる。
こういった水棲魔物は、水中という地の利がある一方、色々な耐性が弱く、0度の冷風でも容易に凍え死ぬ。
なので、気絶させて捕まえたところに風魔法の冷風を浴びせれば、速やかに全て死滅する。
「魔女様、お帰りなのです! それじゃあ、みんなで処理するのです!」
甲板の上で待っていたテトが数十センチの魚の群れを見つけ、処理の準備をする。
危険な魚の頭と鰭を斬り落とし、腹を切り開いて、内臓と体内の魔石を取り除き、開いた魚は食材にする。
手の空いた船員たちも今晩は、新鮮な食材にありつけるとあって積極的に手伝ってくれる。
「魔女様、このお魚はどうやって調理するのですか?」
「そうね。港町でソースを買ったことだし、フライなんかいいかもね」
船内で大量の油で揚げるフライは、炎上の危険性があるのであまり褒められた方法ではないが、そこは知識と魔法の力だ。
下味を付けた魚に小麦を塗して、溶き卵に潜らせ、下したパン粉を付ける。
「ここからどうするのですか?」
「揚げ焼きにするわ」
少量の油をフライパンに注ぎ、魔法の火で魚のフライを焼いていく。
片面がキツネ色になったら、裏返して両面がふっくらとした魔魚のフライが完成する。
「テトが味見するのです!」
「はい。レモン汁やソースもあるから色々味見してね」
私は、とりあえず自分たちの昼食用に次々とフライを揚げ焼きにするが、魚を処理していた船員や護衛の冒険者たちが、唾を飲み込み、食べたそうな視線を向けてくる。
「料理を教えてあげるから自分たちで作ってね」
「「「うぉぉぉぉっ!」」」
船員たちが興奮したように声を上げる中、私はフライの作り方を実演して食べさせる。
魔物が居る海上での船員や冒険者たちの和やかな交流の時間が過ぎていく。
他にも船内で水を使って体を洗えないために、清潔化の魔法の《クリーン》を使用したり、飲み水確保に使える生活魔法である《ウォーター》が使えない船員に魔法の使い方を教えて過ごした。
食事に関しては、美味しくないポリッジが残りやすいので少し味を整えて、持ち込んだドライフルーツや押し麦を混ぜ込んだ生地をフライパンで焼き固めたポリッジクッキーを作って、船員たちから好評をもらった。
船旅は順調に進み、予定の航路の半分を過ぎた頃――船内のハンモックに揺られながら眠っていると、気付けば、あの黒い空間にいた。
「ここは、神託の空間ね。またリリエルかラリエルに呼び出されたのかしら?」
「魔女様、また神様に会えるのは嬉しいのです!」
女神の使徒となった私が辺りを見回し、テトがワクワクしていると、ラリエルでもリリエルでもない一人の女性が居た。
青みがかったウェーブの掛かった髪を持つ女性だ。
リリエルより少し若い外見とおっとりとした雰囲気からお嬢様っぽい。
そして、活発的なラリエルや生真面目苦労人的なリリエルにはない、大きな胸が……
『初めまして、姉様の新しい使徒。私は、海母神ルリエルよ』
「初めまして、私はチセです」
「テトなのです! よろしくです!」
新しく現れた女神に対して、軽く自己紹介する私たちにルリエルが苦笑を浮かべる。
豪放なラリエルや生真面目なリリエルとは違い、どこか穏やかそうな雰囲気を感じる。
『ずっと会いたかったわ。ラー姉様やリリ姉様たちが自慢するんですもの! 今回の転生者は、あの【虚無の荒野】の再生に尽力してくれて有能だって!』
「私たちは、ただ自分たちの居場所を作っただけよ」
「今は、ベレッタたちもいて、楽しいのです!」
『そう、よかったわね』
穏やかに微笑むルリエルは、優しげな目元を下げて私たちを見つめる。
そして――
『小さい体で、偉いわねぇ』
「えっと……なぜ、頭を撫でるのですか?」
『可愛らしいから、かしら?』
そう小首を傾げて頬に指を当てる姿は、可愛らしいが、そんなルリエルの言動にテトが私に抱き付く。
「魔女様を取っちゃダメなのです!」
『ふふっ、取らないわ。けど、妬いているテトちゃんも可愛らしいわね』
「ほわわわわっ……」
私を抱き締めるテトも纏めて抱き締めてくるルリエルの包容力は、地母神のリリエルよりも高いように感じる。
『ふふっ、ごめんなさいね。つい、私の領域に近づいてくれたから、久しぶりにはしゃいでしまったわ』
「はぁ、そうですか」
海母神――水を司る女神だが、昔の【虚無の荒野】には水源もなく、今ある水源もルリエルの力がまだ通っていない場所のために、こうして会えて興奮していたようだ。
『天空神のレリちゃんも【虚無の荒野】に魔力が流入するのを防ぐ結界があるから風を伝って――正確には大気を流動する魔力の流れで干渉しにくかったし、末っ子のローちゃんは、死と安寧をもたらす冥府神だけど、半分寝たような状態なのよね。あっ、でも2000年前の魔法文明の暴走の被害者たちの魂を解放してくれたことには感謝していると思うわ。それから……』
一方的に話し掛けてくるルリエルの言葉に目を回しそうになりながらも、遠い目をしながら相槌を打つ。
そして、話し終えたのか満足そうにしたルリエルが私たちから離れる。
「それでルリエルは、私たちに何か用があったの? ラリエルみたいに依頼?」
そろそろ前置きも良いだろうと思い本題を尋ねると、ルリエルはキョトンとした表情をしている。
『ふふっ、ただお話ししたかっただけよ。でも、そうね。姉様たちがお世話になっているから一つだけ神様らしく神託をあげるわ』
そう言って、ビシッと指を立てるルリエルの言葉を聞くためにテトと共に姿勢を正す。
『明日の午後から船が嵐に巻き込まれるわ。だから、気をつけてね』
「嵐……」
『そうよ。まぁ、チセちゃんとテトちゃんだけなら生き残れそうだけど、一応ね』
そう言って、軽い口調でさよなら、と告げてくるルリエルから急速に遠くなるのを感じる。
そして、私とテトは、船室から抜け出して水平線の向こうから昇り始める朝日と快晴の空を眺めながら、ルリエルから下された『嵐の神託』に気を引き締める。
4月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました2巻が発売されます。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました5章を投稿したいと思います。
期間は、ゴールデンウィークを横断する5月10日前後まで毎日投稿したいと思います。
新型コロナウィルスなどで様々なことが自粛され、閉塞感が漂う世の中ですが、一時でも楽しんで頂けたら幸いです。
また『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
それでは、引き続きよろしくお願いします。