30話【魔杖・飛翠】
シーサーペントの討伐を終えた私は、今【虚無の荒野】の屋敷の一室である物と睨み合っていた。
「ふぅ、本当にこれどうしようか」
「魔女様、まだ悩んでいるのですか?」
私の目の前には、ラリエルが残した浮遊石が置かれており、おいそれと売り払ったりするには、少し危険なものだ。
「魔女様は、杖を新しくすればいいと思うのです」
「杖? ああ、まぁ、そうね」
一応、魔女として杖を持っているが、その実、性能はあまり良くない。
正確には、30万を超える有り余るほどの魔力量を持っているので、杖による魔法の増幅の威力上昇や魔力の消費軽減などにリソースを割く必要性がない。
杖の性能は、全て魔法の制御能力に特化して創った。
「魔女様は、空を飛ぶ時に杖と箒を使い分けているけど、一緒にすればいいと思うのです!」
「ああ、なるほど飛翔用の杖ね」
それなら、飛翔魔法の増幅による移動速度の向上、浮遊石の性質を利用した浮遊維持に必要な魔力の軽減などができる。
「そうなると、なんの素材がいいかしら?」
「世界樹がいいのです!」
「あー、あれね」
魔力放出量の多い植物として創った世界樹は、この【虚無の荒野】で育ち、最初期に植えた木々は、一際大きな大木となっている。
なので、嵐の日の翌日などには、中々に太い木の枝が落ちており、それをベレッタたちが拾って素材として保存してくれたはずだ。
「杖の素材としては、最高級品よね。他に使う素材は、何がいいかしら?」
私は、これまで購入したり、読んだ本を【創造魔法】で複製した蔵書の中から魔導具職人向けの杖作りの本を何冊か取り出す。
「素材もあるし、作ってみましょうか」
私の前に揃ったのは、三十年物の世界樹の枝と浮遊石、ミスリル鉱石だ。
「いきましょう。――《エクストラクション》!」
土魔法や錬金術で使われる抽出の魔法を使い、ミスリルの鉱石から高純度のミスリルを抽出して精錬する。
そして、一旦インゴットの形に整えた後、次は、浮遊石を手に取る。
「――《チャージ》。本当に浮くのね」
浮遊石に魔力を込めると引力に反発する斥力が発生するようだ。
空を飛ぶ飛翔魔法の他に、相手の攻撃を防ぐ反射魔法などの魔法の増幅に使えるかもしれない。
「とりあえず、綺麗にしましょう」
【創造魔法】で生み出した研磨用のワックスで浮遊石を磨けば、深い緑色が非常に映える。
また、削るよりも発掘した時の元々の形を利用して、そのまま魔法使いの杖の先端に付ける。
「ミスリルの台座に嵌めて、世界樹の枝と合わせよう」
ミスリルのインゴットを粘土のように魔法で操り、細いミスリルの蔦が浮遊石に巻き付くように台座を作る。
続いて、世界樹の枝の表面を研磨魔法で磨き、ワックスを塗って乾かした後、浮遊石を乗せたミスリルの台座と繋ぎ合わせる。
そして、できた杖に、杖の機能とは別に、空を飛ぶための飛翔の魔導具としての機能を追加していく。
「できた。私の新しい杖」
空を飛ぶ時に使う箒に近い大きさで作ったので長杖になった。
「試しに使ってみよう」
それを持って屋敷の外に出た私は、旅の途中で捕まえた野生動物を植林した森に放しているテトとベレッタに会う。
「あっ、魔女様! 新しい杖ができたのですか?」
「ええ、できたわ。これよ」
世界樹の枝とミスリル、浮遊石を使った長杖をテトとベレッタに見せる。
「これから試しにこの杖を使いに行くけど、二人とも見に来る?」
「一緒に行くのです!」
『私もお供します』
私は、テトとベレッタを連れて、【転移魔法】で【虚無の荒野】でも手付かずの場所に移動した。
「よし、ここなら幾らでも魔法を使っても迷惑掛けないわね」
「魔女様、頑張るのです! 壁は用意したのです!」
『私が計測しております』
テトが土魔法で的となる壁を用意し、ベレッタが客観的な評価を受け持ってくれる。
二人の応援を受けて私は、杖を掲げて魔力を通していく。
「……凄い、これは」
今までの杖は、【創造魔法】で創り出した汎用の杖であるが、浮遊石の杖は恐ろしいほどに魔力を内部で増幅している。
そして、内部で増幅された魔力が緑色の燐光となって周囲に広がっている。
「――《ウィンド・カッター》」
放たれた風刃は、私の知る《ウィンド・カッター》と同じ大きさだ。
だが、そこに含まれる魔力の密度が恐ろしく高く、テトの作り出した土壁が易々と両断された。
「これは、人間には使えない威力ね。テト、大岩をお願い」
「はいなのです!」
地面の土を圧縮して作った大岩を的に、今度は風弾の魔法を放つ。
三十発の圧縮された風の弾丸が大岩を抉り、中程まで達する。
「貫通力と攻撃力が高いわね。他の魔法は――」
杖の性能をベレッタが計測したところによると、風魔法は、威力が約10倍。闇魔法と無属性が3倍。その他の属性の魔法が2倍の増幅力があるということになる。
「恐ろしい威力ね。なるべく、威力はセーブしないと」
かなり攻撃力の高い落雷の魔法である《サンダーボルト》も風魔法の要素を含んでいる。
そのために、今までの感覚で使えば、威力が10倍にまで跳ね上がるので余計な被害を与えて仕舞いかねない。
「仕方がない。ストッパーを作るしか無いわね」
浮遊石の反対側の杖の端に、ミスリル製のキャップを作り、そこに杖の飛翔能力以外を制限する付与魔法を込める。
これで魔力が増幅されても魔法の威力は、元々使っていた杖と同じ1倍までに制限された。
また、増幅されて過剰に生み出された魔力は、緑色の燐光という形で魔力を放出し、杖全体の強度上昇に回した。
杖術での打撃戦にも使えるように打撃武器としても調整する。
「それじゃあ、これで空を飛んでみるわ」
「魔女様、後で乗せてほしいのです!」
『ご主人様、お気をつけて』
私は、能力に制限を付けた杖に跨がり地面を蹴る。
浮遊石が力を放出する際に発する緑の燐光を残しながら上空に上がっていく。
「これはいいわね。前のやつに比べて、反応がいいわ」
今までの空飛ぶ箒は、加速と減速、旋回の反応が微妙に遅く感じた。
だがこの杖は、まるで私の思いそのままに動いてくれる。
それに、杖の周りは斥力が風除けの結界のように働いてくれるのか、空気抵抗を感じず、急速旋回で発生する遠心力に対して杖が反対の力を生み出してバランスを取ってくれる。
「それに、まるで底無しみたいな杖よ」
今は、以前の空飛ぶ箒と同じ魔力量を流し込んでも、飛翔能力はそれ以上の性能を発揮している。
魔法の杖としては、風魔法を10倍に増幅するように、触媒の浮遊石が次々と魔力を飲み込み、それを増幅して速度に変える。
これに限界まで魔力を込めたらどれほどの速度が出るのか、私は怖くなる。
「飛行速度に関しても制限が欲しいわ。高速飛翔している時の事故防止の魔導具も身に着けておかないと」
私は、杖を操りテトたちのもとに降り立ち、その場で空飛ぶ杖の調整を行う。
「ふぅ、こんな感じでいいわね」
杖の柄にもミスリルのリングを嵌めて、そこに杖の能力制限として追加で、飛翔時の速度制限と落下時の落下速度減少と保護の結界などの複合魔法を発動するように付与魔法で仕込んでおく。
「よし、できた」
「魔女様、テトも魔女様の後ろに乗りたいのです!」
「いいよ。ベレッタは、どうする? 乗る?」
杖の大きさから言えば、私とテトの二人が限界で、順番になるがベレッタにも尋ねるが、静かに首を横に振られる。
『ご主人様、お構いなく。私は、こちらでお茶の用意をしながら待っております』
「そう? じゃあ、行ってくるわ」
ベレッタは、私が【創造魔法】で作ったマジックバッグからテーブルや魔導具のコンロを取り出して、お茶の準備をする。
そして私は、後ろにテトを乗せて、新しい杖の乗り心地を確かめ、三十分ほど飛行を楽しむ。
調子に乗って勢いよくベレッタのもとに戻った時は、風圧で砂埃が舞い上がるのでは、と不安が過ぎったが、浮遊石の斥力がスムーズに着地を決めてくれた。
「ベレッタ、ただいま」
「ただいまなのです!」
『お帰りなさいませ。お茶の用意ができております』
私とテトは、荒地の真ん中でお茶を飲み、遠くに生え始める草地や更に荒野の中心地の植林した木々を眺めて落ち着く。
上空からも確認したが、本当にこの30年ほどでよく広げたと思う。
『ご主人様、お疲れ様でした。ところでこの杖は、性能的に非常に素晴らしい物だと思いますが、なんという名前を付けるのですか?』
「名前……」
ベレッタの質問に黙り込んで考え、名前を決めた。
「そうね。――【魔杖・飛翠】なんてどうかな?」
空を飛ぶ時、鮮やかな翡翠色の燐光を放つために、この名前にした。
「良い名前だと思うのです!」
『素晴らしい名前だと思います』
「そうね。ただ、やっぱり性能が良すぎて、最大スペックで使ってあげられないのは申し訳ないわね」
私はできたばかりの杖を一撫でして、【虚無の荒野】での休日を楽しむのだった。
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ぜひ、よろしくお願いします。