29話【穏やかな休暇と海上の魔物退治依頼】
午前中を市場や露店巡りをした私とテトは、貿易港よりやや内陸の富裕層の住宅地が多い区画のレストランまで足を延ばす。
この町には、王都から離れて休暇を楽しむ貴族や富裕層のための海水浴場もあるらしくリゾート地としての側面もある。
「もぐもぐ……魔女様、このパスタ美味しいのです!」
「ええ、良かったわね」
テトは、アサリを使ったパスタ――ボンゴレビアンコを口いっぱいに頬張り、私はそんなテトを微笑ましげに見つめながら、オーブンで溶けて表面に綺麗な焦げ目が付いたカニグラタンをフォークで崩しながら食べる。
「うん、こっちも美味しい」
「魔女様のグラタンも美味しそうなのです」
「ふふっ、じゃあ、少し分けてあげるわ」
小食の私には少し多いと感じたグラタンをテトにも分けながら、昼食を楽しむ。
富裕層向けのレストランであるが、一般庶民も年に一度のお祝いなどで使うらしくそれほどマナーには煩くないお店だ。
むしろ、美味しい美味しいと笑顔で料理を食べるテトの姿に、ウェイターや奥の料理人が微笑ましそうに見つめている。
「ごちそうさま。美味しかったわ」
「次は、別の料理を食べに来るのです!」
私は、食後の会計を済ませて店を出て、午後もぶらりぶらりと当てもなく進んでいく。
「魔女様、どこに行くのですか?」
「そうね。海まで行こうかしら」
漁港の町の北側から干潟や漁港、貿易港となっており、少し離れて南側には、海水浴場もあるらしい。
「海、泳ぐのですか?」
「こうして、ただ海の景色を見るだけで十分よ」
それに少し海水浴のシーズンからは外れているために人も疎らだ。
私とテトは、波の音を聞きながら砂浜を歩き、浜辺に落ちている貝殻などを拾っていく。
「綺麗ね。ベレッタたちへのお土産にしましょう」
「はいなのです!」
私とテトは、そう穏やかな時間を過ごし、夕方には借家に設置した【転移門】で【虚無の荒野】に戻り、ベレッタたちと朝市で買った食材で調理した海の幸に舌鼓を打つ。
それからしばらくは、冒険者ギルドで雑務依頼をしながら町中でゆったりと過ごし、また必要に応じて、【虚無の荒野】で育つ薬草から作るポーションを納品。
町から外れた海の中にテトと一緒に結界魔法を纏って潜水して、手付かずの真珠貝から真珠を何粒か見つけて、ちょっとした宝探し気分を味わった。
テトは、趣味の一環であるギルドの訓練所で冒険者相手に模擬戦を繰り広げ、竜人のギルドマスターのドグル氏も出てきて、激戦を繰り広げていた。
竜人と言っても外見は、人とあまり変わらない。
体格が2メートル近くまで成長して腕に鱗の名残があり、尻尾はあるが、頭部に角が生えるくらいだ。
そんな竜人相手は、初めて戦うテトだったが、力負けはしておらず、十分に魔剣で竜人のドグル氏が操る大剣を打ち返していた。
そして結果は――
「かぁー! まさかこの俺が負けるなんてな。これでもこの国では一、二を争う怪力の持ち主なんだけどな!」
頑丈な鱗を持つために最後のテトの一撃を受けても、外傷らしい外傷はないが、模擬戦の負けを認めて、武器を下ろす。
「ありがとうなのです! とても楽しかったのです!」
「おう、またやろうな! それから、同じAランクのチセも……」
「私はやらないわよ。疲れるだけじゃない」
期待するように私に目を向ける元Aランク冒険者のドグル氏。
残念だけど、全盛期が長い竜人のギルドマスター相手に模擬戦など疲れることが目に見えている。
若干、戦闘狂の気があるようだが、年を重ねて丸くなったのか諦めてくれた。
そして時折、ギルドに貼り出される野外活動の依頼などを受ける。
人々の生活を脅かす害獣に属する魔物の早期討伐。
【虚無の荒野】の環境の多様性に寄与しそうな生物の捕獲。
この地域の薬の材料となる素材を採取し、余剰に採取した分は【虚無の荒野】に持ち帰り繁殖を試みる。
また、ごく稀であるが難易度の高い依頼もやってくる。
「ふぅ、やっぱり港町だから、海辺の魔物の討伐依頼が多いわね」
「テトは、全然活躍できてないのです。はぁ!」
「おいおい、口ではそう言いつつ、結構頑張るじゃないか!」
今回の依頼は、B+魔物のシーサーペントの討伐依頼だ。
町の領主からの依頼であり、領主の保持する軍艦に乗った私とテトは、ギルドマスターのドグル氏と共に海原に向かい、そこでシーサーペントと戦う。
「さて、私は、シーサーペントを直接狙うわ。――《フライ》」
撒き餌として血抜きのしていない魔物の死体を海に投げ捨て、血の臭いと体内に残された魔石の魔力に惹かれてシーサーペントが現れる。
他にもCランク以下の有象無象の水棲魔物たちも寄ってくる中、私は飛翔魔法で空を飛び空中からシーサーペントを狙い、テトとドグル氏が領主の兵士と共に船を守ってくれる。
「大丈夫なんでしょうか。あのような少女に任せて」
一人船から飛び立ち、シーサーペントの真上に辿り着く私を船に乗る兵士たちが心配そうに見つめる。
「心配ないのです! 魔女様は、強いのです!」
「伊達にAランク冒険者じゃねぇよ。それに少女っていうけど、アイツは多分あんたらより年上だぞ!」
テトの言葉にまだ不安そうにする兵士たちだが、強さと実績、ギルドマスターの肩書きなどで信頼の厚いドグル氏の言葉に驚く兵士たち。
「さて、兵士たちの不安を払拭するためにやりますか。落ちなさい。――《サウンド・ボム》《サンダーボルト》!」
私は、海面に向けて二つの魔法を放つ。
一つは、風魔法による増幅した音を結界で包み、圧縮した音響爆弾。
そして、もう一つが私が使い慣れた落雷の魔法だ。
たった二つの魔法は、海中に潜むシーサーペントを含む魔物たちに衝撃波を与えて気絶させたり、浮き袋を破裂される。
そして、それでも生き残った魔物には、落雷による高圧電流が広範囲に広がり殲滅する。
「す、すごい……これが【空飛ぶ絨毯】の魔法使いの力」
落雷によって沸騰した海水で蒸気が生まれるが、私は風魔法でそれを払い、海面に浮かんだ魔物たちを見下ろす。
「大漁ね。これなら素材もあまり傷んでないわよね」
水中という地の利から討伐難易度は高めに設定される魔物たちではあるが、水中という特殊な環境で生きているために各種の耐性に対しては弱かったりする。
私は、そうした耐性の弱点を狙いつつ、素材が綺麗に残るように魔法を選択した。
「中々にスマートに倒せたんじゃないかしら。――《サイコキネシス》」
闇魔法の念動力で海面に浮かんだシーサーペントを含む魔物たちを引き上げる。
小物の魔物はマジックバッグに詰めて、中サイズの魔物は軍船に乗せてもらう、一番の大物であるシーサーペントは、船で牽いてもらって町への凱旋となる。
『あれは、領主様のところの船じゃねぇか!』『きゃぁぁっ! なにあれ! 魔物を牽いてるわ!』『シーサーペントだ! 沖に出たってやつが倒されたのか!』『おい、甲板にはドグルさんが乗っているぞ!』『ドグルさんがやってくれたのか!』
沸き立つ港町の住人の声が甲板まで届く中、私は討伐したシーサーペントのどの部位を売却しようか考えていた。
「魔石はテトが欲しいでしょうし、眼球は魔法の触媒や魔導具に使える。牙や革、骨は武器や防具の素材としては人気だし、心臓や肝は、魔法薬の素材になる。肉は、鶏肉に似た淡泊だけど美味しいって評判よね」
ほぼ捨てるところがないシーサーペントの素材を全て主張することはできるが、大物の魔物が討伐されたのに、素材を一切流通させないのは問題だ。
「まぁ、魔石と眼球片方、薬の素材になる心臓と肝、あと肉三分の一ってところね」
「魔女さまが武器や防具を揃えてくれるから武器の素材は要らないのです!」
そう言ってテトは、シーサーペントの素材売却の内訳を紙にメモし、他にも討伐した魔物の数と割り当てを決める。
シーサーペント以外にも大小様々な水棲魔物を討伐し、魔物図鑑で一つずつ有用部位を調べる。
私の魔法で殲滅したが、同行したドグル氏や軍船を出した領主やその兵士たちにも利益を配分しないといけない。
「まぁ、私たちの分は少し減らして、ドグルと領主側にも利益を分けないとね」
特に領主は、今回のシーサーペントの討伐にAランク冒険者の私たちとドグル氏の三人を雇っているのだ。
その出費は大きい中で、私が利益の大部分を主張すれば、心証は悪くなる。
「本当に冒険者ってのは、色々考えなきゃいけないわね」
何かがあった際、心証が悪いより良い方がスムーズに物事が運ぶ。
普通なら高い出費の装備やポーションなどの消耗品も【創造魔法】や自前の調合で揃えたりできている。
そのために、休暇ついでに港町で買い物をするのに、お金が貯まっていく一方だ。
そうこう考えながら船の中で過ごしていると、船が港に到着し、私たちはこちらの魔物の配分希望のメモをドグル氏に渡す。
「少し疲れたから二、三日は休むわ。その後、依頼の報酬や素材を受け取りに行くわ」
「シーサーペントのお肉、楽しみにしているのです!」
依頼の後処理を任せた私とテトは、借家から【虚無の荒野】に帰り、ゆっくりと休むのだった。
GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました』1巻が発売しました。
またガンガン・オンラインにて春原シン様の作画でコミカライズが決定しました。
ぜひ、よろしくお願いします。