28話【港町の掘り出し物】
鮮魚や食べ物のある朝市から交易品などが運び込まれる商業区画に足を運び、掘り出し物を探す私とテト。
「魔女様! 食器が売っているのです!」
「陶器のお皿ね。貴族が使っていたものが売り払われてるのかな?」
食器一式にしては数が不揃いなために、割れて捨てられたものをこうして売っているのかも知れない。
「魔女様、あの剣」
「ええ、【修復】の跡があるわね」
他にも美術品のように売られている剣を見つけ、目に魔力を集めて見れば、刀身の根元に太い魔力の筋が通っている。
それは、一度剣が折れた後、物品を修理する【修復魔法】が使われた魔力痕である。
「美術品や見栄えを整えるのに使うにはいいけど、実用品だとその修復部位の耐久力が下がるのよね」
【修復魔法】は、壊れた物を元の形に戻そうとする魔法だ。
魔剣などの【自己修復】の完全修復とは違い、壊れた部位が全て揃っていれば、罅や割れを塞ぐようにくっつき、欠損があれば、他の部位を均等に集めて、欠けた部分を埋めようとする。
その性質上、修復魔法で直した部位は、壊れやすくもあるのだ。
「こういう骨董の目利きってのは、中々に難しいわね」
むしろ、あえて一度徹底的に壊して、道具全体に魔力痕を残すことで道具自体が魔力を発する魔導具のように見せる魔法贋作師などもいるらしい。
10年ほど前にそれで失敗してベレッタに指摘されたのは、懐かしい。
「あっ、あれなんて良さそう」
「魔女様? あそこにあるのは、ガラスの食器なのですか?」
ローバイル王国の南部は良質な砂が採れるらしく、その砂から作られるガラス食器は、様々な形と表面のカット技法によって美しい芸術品であり実用品でもあるらしい。
「すみません。このガラス食器は、なんて工房のものですか?」
「これは、最近出てきたキクリ工房の最新作だよ!」
「キクリ工房。それじゃあ、一式をください」
美しいガラス食器は、壊れやすく美しい高級品らしく一式で金貨5枚となかなかのお値段だった。
だが、私はいい買い物ができたと思い、割れないようにマジックバッグに仕舞い、ホクホク顔で他の店の商品を見ていく。
「魔女様、凄い嬉しそうなのです。そんなにいい買い物だったのですか?」
「私の勘かしら。あの食器の工房は、きっと伸びるんだろうな、って」
購入した食器のガラス職人は、意識か無意識か魔力をガラスに込めて、ガラス自体の強度を増すような魔法効果が付与されていた。
これは、長くこの世に残りやすく、また芸術品としても評価が高くなるだろう。
「100年後。いえ、300年後くらいには、骨董品やキクリ工房の初期作として価値が上がっているかも知れないわね」
前世でも古いアンティークなどには、お宝としての価値があった。
宝飾品などは、【創造魔法】で作り出せる魔法の触媒のような認識であるために魅力的に感じないが、こうした実用性がありながらも将来的にアンティークになりそうな道具や美術品は、時折お酒と同様に買い集めている。
廃坑で宿屋の店主さんに提供したお酒は、骨董品、美術品のように保存した年月によって価値が変遷していく。
もしかしたら、将来的に凄いお宝になるかも、と考えると宝くじでも買ったような気分になって、ワクワクする。
「あっ、このティーセット。ベレッタにお茶を淹れて貰う時に使いたいわね。取っ手の形が持ちやすい」
「魔女様~、こっちに魔女様の好きなそうな本があるのです!」
「ローバイル王国の歴史本とかね。紙は、まだ羊皮紙のものね」
イスチェア王国を初め、ここ二十年でガルド獣人国にも植物紙が浸透し、本などは植物紙に少しずつ置き換わっているが、まだローバイル王国やそこから繋がる他国は羊皮紙を使っているようだ。
「とりあえず、買いましょう。それと……店主さん、そっちの奥にあるものは?」
店の奥に雑に扱われているのは、絵画のキャンバスだ。
この町の風景を描いた油絵のようで、活気ある市場で魚を売り買いする人々の生活の風景だ。
そんな絵の一部には、魚を盗んで逃げる猫とそれを追い掛けようと手を伸ばす店主の姿、そして逃げる猫と店主を不思議そうに見る通行人など、様々な庶民の姿が一つの絵に集約されている。
「この絵かい? うちの甥っ子の画家が置かせてくれって頼み込んできたんだよ。ただ、売るにしても題材が悪いからなぁ。最悪、売れなきゃ他の画家が使うキャンバスとして売ろうかと思っているんだ」
キャンバスの布地は高いために、絵具で重ね塗りしてキャンバスを使い回すことがある。
それにこの時代の人気の題材としては、貴族の肖像画や貴婦人の絵画、庭園風景、宗教絵画、武功を上げた戦場での空想画などの絵画の方が好まれる。
こうした庶民の暮らしを描く物は、時代が早すぎて売れないそうだ。
「私はとても気に入ったわ。特に猫が良いわね」
「猫ちゃん、可愛いのです。テトもお魚好きだから猫ちゃんの食べたい気持ち分かるのです」
「あはははっ、猫が好きか!」
小さな子どもの戯れ言のように思ったのか大口を開けて笑うが、私は穏やかに微笑みながら絵を眺める。
「猫は、豊かさの象徴だもの。縁起が良いわ」
「猫が豊かさの象徴?」
「ええ、食べるものが少ない貧しい地域は、住民が野良猫すら捕まえて食べてしまう。だから、この絵画の野良猫が毛並みがいいくらいには食べ物が豊かで人々の表情が明るい。普通の人のありふれた、だけど掛け替えのない幸福が詰まっているわ」
最近不作のローバイル王国を横断してきたために、実際に不作で食べ物が少ない地域では野良猫一匹見ないような場所も通ってきた。
だからこそ、私にはこの絵画が響いてくる。
心が温かくなるような絵画を眺める私に、店主は真剣な表情を向けてくる。
「嬢ちゃん、もしそれに値段を付けるなら幾ら出す?」
「そうね――大金貨1枚よ」
マジックバッグのポーチから大金貨1枚――日本円にしたら100万円相当のお金を取り出す。
先程のガラス食器の倍の値段だ。
「そんなにか……」
「ええ、パトロンにはなれないけど、巨匠の卵に対する支援かしらね」
店主から絵画を1枚購入した後、その後も港町の商店で掘り出し物を探して、午前を過ごしていく。
そしてその絵画が気に入った私は、時折【転移魔法】を使ってその町に訪れ、絵画を買い求め、【付与魔法】で保存した絵画をベレッタに屋敷に飾ってもらったりした。
SIDE:売れない画家ラゴンド・ゾイル
このローバイルの港町で生まれた僕は、商家の三男として生まれ、親の脛を齧りながら生活していた。
小さい頃から貿易船を眺め、他国と自国の文化が入り乱れるこの町が好きだった。
気ままな商家の三男として、芸術でそれを表現して暮そうと思ったが、うちは三男だけを養うほど裕福なわけじゃない。
だから、いつも親父の小言を聞きながら、商家に寄生し芸術だけに打ち込んでいた。
叔父の協力で絵をお店に置かせてもらっているが、最初の頃は見える位置に飾っていたのが、売れずに邪魔になる絵は次第に画家志望の人たちの新たなキャンバスとなって、別の絵具で塗りつぶされていく。
まるで自身の芸術を否定されるような光景に画家を辞めようかとすら考える僕は、今日も叔父の店に新作を置き帰る。
その数日後、叔父が慌てて僕の家にやってきた。
「おい、ラゴンド! お前の絵が売れたぞ!」
「ええっ!? 僕の絵が! なんで!?」
自分の作品だというのに随分な言い草だが、それほどに僕の作品は売れなかったのだ。
そして、その絵画の購入者の言葉を叔父の口から聞き、手に握らされた大金貨1枚を見て、思わず泣いてしまった。
自分の絵画からそこまでのことを考える人がいたなんて、画家を続けていて良かった。
大金貨1枚は、商家が一度の取引で上げられる利益としては少ないかもしれない。
だが、画家の僕としては、なによりも大きな成果だ。
「ありがとう、おじさん。僕、もう少し続けてみるよ」
「ああ、俺もお前の絵にそんな意味があったなんて考えたこと無かった。もう少し協力する」
「ごめん。僕もそこまで深く考えてなかった。ただ、ああいう光景が好きなだけだから……」
そうして、僕は絵を描き続けた。
僕の絵画を買った少女を皮切りに、他にも僕の作風――取り分け最初に購入した少女が好んでくれた猫だけで試しに描いたら、愛玩動物を好む貴族から自身のペットの肖像画を頼まれたりして、変わり種だが画家としての生計を立てることができた。
その間もやはり売れない庶民の日常風景の絵画を描いては、件の少女がふらりとやってきて、買ってくれる。
こっそりと僕の絵画を好んでくれた少女の姿を覗き見て思ったのは、美しい黒髪の釣り目がちだが、穏やかな柳眉の美少女と小麦色の健康的な美少女だ。
僕の絵を買ってから10年目――きっと二十歳を超えているだろうに変わらぬ姿の少女たちの姿を目蓋に焼き付け、家に帰り一心不乱に筆を取り、キャンバスに描く。
僕にとっての幸運の女神の肖像は、死ぬまで手元に残した。
僕は、彼女たちのお陰で、画家としての一生を全うすることができたのだ。
SIDE:いつかの未来のメイドたち
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後世――巨匠ラゴンド・ゾイル
彼は、ローバイル王国の港町の商家の三男として生を受け、画家として生涯を生きた。
初期の彼は、作品が売れずに実家からの支援で生活していた。
だが、二十代後半になると、彼は動物画家としての名声を手に入れ、多くの動物や魔物などの肖像画の依頼で生計を立てる傍ら、故郷や自国の様々な地域を旅して人々の生活の風景を描き続けた。
後期になると、彼は人生の締めくくりとして自身が最初に売った絵画を新たに描き上げ、無題だった作品に【朝市の人々】という題名を付けた。
この名作【朝市の人々】は、現代でも有名な絵画であり、近代オークションでは50億ゴールドの値段が付いた。
さらに、現代の解析魔法と分離魔法により、当時キャンバスとして売られた初期の作品が続々と発見されていく。
また彼が死ぬまで絶対に手放さなかった絵画として、【幸運の女神】と題名が付けられた二人の少女が描かれた絵画が存在する。
当時の資料を探ると該当した容姿の人物としては、その後、度々歴史などに登場する【空飛ぶ絨毯】と呼ばれる冒険者パーティーの二人組。もしくは、【創造の魔女】と呼ばれる超越者たちの一派の姿ではないかと推察される。
なぜ彼がその絵画を描いたのかは不明である。
一説には、初恋説や新たな題材探しなどが存在するが、不明である。
そして、ラゴンド・ゾイルの名作【朝市の人々】は、世界中で多くの複製や贋作が出回っている中、彼が最初に売れたという一作――幻の【朝市の人々】や中期に描かれた数多くの消息不明の絵画の発見が望まれる。
【世界の偉人ヒストリーより】
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私たちは、お屋敷の図書館で新しく入った本を読んでいた。
魂を得て、自我を持ち、ご主人様とテト様に仕えて、侍女長のベレッタ様と共に、屋敷の管理をする日々。
「今月の世界の偉人ヒストリーは、面白かったね! 巨匠ラゴンド氏の生涯! 私たち十七世代目メイド隊だから、その頃は生きてないもんね」
「ご主人様やテト様、ベレッタ様なら、ちょうどラゴンド氏が生きてた時代から生きているから、もしかして何か話が聞けたかも!」
「でも当時は、この【創造の魔女の森】と違って外界の魔力濃度が低くて、先輩メイドたちは外界で活動できなかったって話だよ」
三人の奉仕人形――改め魔族・メカノイドたちは、一冊の本を囲んで楽しんでいる。
そして、本のページを捲ると、そこに現れるのは、印刷された名画のイラストだ。
その絵画を見たメイドたちは、既視感を覚えて振り返る。
「この絵って、アレだよね」
「うん、そっくり? いや、ちょっと違うっぽいけど……」
図書館の壁に掛けられた絵は、私たちが生まれるより前から存在した絵画だ。
本当にいつからある絵画か分からないが、額縁に状態保存の魔法が掛かっているので、かなり古いが完璧に劣化することなく綺麗に残っている。
その絵画の端には、巨匠ラゴンド氏のサインが入っているのを三人が確認する。
「あはははっ、まさかね。これが幻の最初の【朝市の人々】なわけないよね」
「本物だったら、50億ゴールドだってよ! まぁ、ご主人様たちの総資産とか幾らか分からないけど……本物だったら凄いよね」
「本物なわけないよね。ご主人様たちは、長く生きてるから贋作を買っちゃうこともあるよね」
そう言って、でも本物かどうか調べようと絵画を色んな角度から見る三人のメイドだが、残念ながら彼女たちには、審美眼やそれを判断する知識はない。
「三人とも、そろそろ休憩は終わりですよ」
「「「はーい!」」」
侍女長のベレッタの声で三人の新人メイドたちは、書籍を本棚に戻して仕事に戻る。
そんな彼女たちが先程見ていた一枚の絵画が本物か、偽物かの判断が下されないまま、図書館の壁に飾られている。
GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました』1巻が発売しました。
またガンガン・オンラインにて春原シン様の作画でコミカライズが決定しました。
ぜひ、よろしくお願いします。