23話【色褪せた大地】
私とテトがしばらく過ごしていた廃坑の町を中心にした大地が生気を失ったように色褪せている光景に呆然とする中、町の方からドワーフの住人たちが集まってくる。
「チセさん、テトさん!」
「どうしたの、みんな? こんなところで」
私とテトが廃坑から抜け出すのを待っていたように、顔見知りの廃坑の町のドワーフたちがやってきた。
「いつもより帰りが遅いからみんなで待っていたんだ! ちょっと前に廃坑から震動を感じて、こりゃただ事じゃないと思ったんだ!」
「そう、心配掛けてごめんなさい。今日でこの廃坑の探索は終わったわ。廃坑の奥に大物の魔物が居て、退治したわ」
「おお、そうか。それはよかった。流石、Aランク冒険者のチセ様とテト様だ」
そう褒め称える町の大人たちだが、私の心は優れない。
「魔女様……」
「大丈夫よ、テト……」
私たちを待っていてくれたドワーフの人たちにお礼を言いながら、宿に帰り、そのまま客室に戻り、落ち着いて考えることができた。
「ねぇ、テト。あの魔物、マザーが再生する時の魔力は、地脈から吸い上げていたわよね」
「多分、そうなのです」
「その地脈は、大地から均一に魔力を吸い上げると思う。いいえ、違うわ。一番近い場所から吸い上げた。その結果、この町の周辺の自然から魔力が失われている」
自分の考えを確認するように言葉に発する。
あのマザーは、地脈の魔力を掠め取り、ローバイル王国の内陸に不作を引き起こしていた。
ラリエルの依頼で討伐したマザーを放置すれば最悪、寿命によって死滅して蓄えた猛毒と呪詛を地脈を通して放出して汚染された大地に変えた。
そう、最悪だ。
「最悪にさえならないなら、ラリエルはその後の過程や結果を気にしてないのよ」
だから去り際に、時の流れがなんとかすると言ったのだ。
確かに、地脈に正しく魔力が流れて、大地に魔力が染み渡れば、元に戻る。
だが、それはいつだ? 十年先か、百年先か?
森や町が滅んだ後に、元通りになってもそれは果たして元通りと言えるのか?
私は、頭を抱えるようにして今の現状を見る。
「このままだと、廃坑の町は、小規模の【虚無の荒野】になる」
「魔女様、魔女様の責任じゃないのです」
「いいえ、私のせいよ。もっと慎重に倒していれば。それかマザーが魔力を吸い上げる前に倒していれば……」
廃坑の魔物退治が終わり、町全体でお祝いムードになっている。
人攫いの盗賊を退治して、町の住人たちから信頼のような感情を向けてくれるのに、私の行動がこの町を滅ぼす切っ掛けになるかもしれない。
「私は、取り返しの付かないことをしたかもしれない」
「魔女様! 考えるのです! まだ間に合うのです! まだ完全に枯れてないのです! 取られた魔力は返せばいいのです!」
「無理よ。範囲が広すぎる……」
この廃坑の町を通る間に小さな村や森林の大地に魔力を補充するのとは訳が違う。
マザーによってゴッソリと抜き取られた魔力を戻すなど、私の魔力量でも足りないかもしれない。
「テトが手伝うのです! テトの魔力も使うのです!」
「テト……そうね。諦めるのはまだ、早いわね。私だけじゃ無理でもテトと一緒ならもしかしたら……やってみましょう」
私たちに優しくしてくれた廃坑の町の住人のために、私は大地を元に戻す。
「テト、行きましょう」
「はいなのです!」
私とテトは、町の住人に気付かれないように宿屋を抜け出して、魔力消失の中心点である廃坑に向かう。
「テト。私に合わせて大地に魔力を注いでくれる?」
「はいなのです! テトの全部は魔女様の物なのです!」
「それじゃあ、いくよ。――『『――《チャージ》(なのです)!』』
私とテトが大地に向けて自身の全魔力を注ぎ込む。
私は、マザーとの戦闘で消費した魔力を完全に回復していないために、それほど多くの魔力を送り込めなかった。
むしろ、魔力補充するテトの魔力を大地に浸透するように制御を補助する役割を担った。
「くっ、やっぱり私たちの魔力じゃ足りない……」
私たちの魔力では、完全に大地の魔力を元に戻すには到底足りず、ギリギリまで魔力を放出するテトを無理させないように途中で切りやめた。
「……やっぱり、無理だったの」
宿屋のドワーフ夫婦やアリムちゃん、住人たちとのやり取りが居心地が良かった。
それを守りたかったのに、自分のせいで滅ぶことになることに愕然となる。
「お願い、誰か、町を救って」
地面に膝を突き、乾いた土を強く握り締める。
そんな手の甲に水滴がポタリ、ポタリと落ち始める。
「……雨?」
晴れていたはずの夜空は、急に曇り始め、魔力を豊富に含んだ恵みの雨が突然降り始める。
『はぁ全くラリエルは、チセの心も考えなさいよ。いくら最悪を回避できてもチセに心の傷を負わせるなんて……』
「……リリエル?」
『神の奇跡によるテコ入れよ。それに地母神としては、枯れていく大地は見過ごせないからね』
私を転生させた女神の声が頭に響き、この恵みの雨が女神の奇跡だと理解した。
大地に染み渡る魔力を含んだ雨は、満遍なく弱った大地に染み渡っていく。
「魔女様、雨なのです。帰るのです」
「ええ、そうね。リリエルが手伝ってくれた。もう、安心よね」
私とテトは、抜け出した宿に戻り、窓から雨を見上げる。
その日の夜遅くから突然、激しい雨が降り始め、宿屋の窓を風が激しく叩く。
「雨、止まないわね」
「なのです。今日もお休みなのです」
その雨は、三日三晩続く大雨となり、私たちが旅立つのを遅らせる。
その大雨の結果、ドワーフたちが土魔法で固めたはずの廃坑が崩落した。
幸い町の建物や田畑、住人には、被害が出ずに廃坑の山だけが崩落し、新たな魔物が住み着く坑道や地脈に近い最深部が潰れてしまった。
辛うじて残る廃坑の一部には、崩落から逃げ出したコウモリが改めて住み着き、僅かに覗く岩壁からごく少量の鉄や銅が見つかるので、廃坑の町の生活は、以前と変わらなかった。
これは、偶然にしてはタイミングが良すぎるために女神リリエルの奇跡であることを知っているのは、私とテトだけである。
魔力チートな魔女になりました1巻は、GCノベルズ様より12月26日発売となります。
イラストレーターは、てつぶた様が担当し、とても可愛らしくも大人びたチセが表紙を飾っております。
書店購入特典には――
ゲーマーズ様より、SSペーパー
虎の穴様より、SSイラストカード
TSUTAYA様より、SSイラストカード
メロンブックス様より、SSイラストカード
――以上の書店で配布予定となっております。
また書籍のアンケートにお答え頂くと書き下ろしSSを読むことができます。
ぜひ、よろしくお願いします。