22話【女神の依頼の達成?】
『よぉ、チセ! それと一緒に居るのが、テトだろ? お疲れさん』
「初めましてなのです! いつも魔女様から話は聞いているのです!」
「どうして、あなたがここで現れるのよ。神託の夢の中でしか会えないでしょ?」
地下深くの強大な魔物を倒し、その魔物が生み出していた猛毒や澱んだ魔力などを浄化し、一気に魔力を使い切ったために疲れて、その場に座り込む。
そんな私は、緑の燐光を放つラリエルを見上げ、テトは、嬉しそうに快活な笑みを浮かべる女神のラリエルを見ている。
『ここがあたしの管理領域だからなぁ。状況と条件さえ整えば、短時間は降臨できるのさ』
まぁ、地脈から漏れ出た魔力を利用しているから今回だけだけどな、とラリエルが笑う。
「色々と聞きたいことがあるわ。そもそもどうして私たちに、ここの魔物を退治させたかったのかよ」
十数年間もローバイル王国の魔物が発生するこの場所の再生を頼まれたのだが、その具体的な期限や討伐方法、その目的は一切語られていなかった。
神としての事情があるかも知れないが、やはり地脈を利用する魔物の脅威は詳しく知る必要があると思った。
『まぁ、話せば長くなるが、2000年前の魔法実験の暴走で地脈がズタボロになった話しただろ? その時に、ズタボロになった地脈を再生させるために、この山の地下にその道を通したんだ』
「それで、ドワーフの鉱夫たちが地脈に穴を開けて、溢れ出た魔力が虫の魔物を活性化させた、ってところね」
『そんなところだ。まぁ、地脈の再生中にも漏れ出す魔力が浮遊石を生み出したり、ダンジョンを形成するのを防ぐために、鉱石の多い鉱山の下を通して、その鉱石に魔力を吸わせてたんだが……まさか、その変質した魔法金属を目当てで掘り返されるとは思わなかったわ』
そうやって、本当に人の欲は凄いな、とおかしそうに笑う。
まぁ、数千、数万年の単位で世界を見守っている女神だ。
人の愚かさや失敗も色々と見ていたんだろう。
ただ、魔力で変質した金属――つまり、銀がミスリル、銅がオリハルコン、鉄は魔鋼、水晶は【魔晶石】という風に変質したんだろう。
テトの魔剣も元は魔鋼を混ぜ込んだ鉄との合金だが、膨大な魔力を浴び続けて変質した。
「けど、改めて悠長だと思うわ。十数年前から依頼をされていた私も、あんな魔物が地中にいることを知っていて、まるで危機感のないラリエルも」
『それは仕方がないって。人間たちが自分で気付いて、対処すればそれが最良だと思っている。あたしは、最悪にならないようにチセたちに頼んでいるに過ぎないんだから』
そう言って、楽しそうに笑うラリエルに、神はやはり自分たちとどこか考え方が違うと思ってしまう。
確かに、私やラリエルが全部をやってしまえば、被害は未然に防げる。
だが、それでは人という種の成長と発展を妨げてしまう。
『それにあの魔物は、この廃坑の奥深くでしか生きられない。ある意味、人が近づかなければ、当面は危険がないんだ』
廃坑になってからの30年間では、廃坑から出てきた虫の魔物を倒すだけの対症療法でもなんとかなったのだ。
「それじゃあ、ラリエルの言う最悪はなんだったの?」
『どんな魔物にも寿命とか生物の限界はある。あの虫魔物の母体だって、あと20年くらいで寿命で死んでただろうな。そうなった時、魔物の体から解放される穢れた魔力と穴底に貯まった猛毒は、地脈を経由して広がっていくだろうな』
穢れた魔力と猛毒は、地脈から吸い上げていた管から逆流して、地脈を汚染し、地脈の流れる先の南方を猛毒の大地として魔物を活性化させる。
『ローバイル王国の国土の半分が猛毒と呪詛に汚染され、それが流れる海が汚れ、この大陸の東側は、人が住むには辛い土地になる。あたしの他の管理領域にも影響が出て、海の女神である妹のルリエルにも迷惑を掛けちまう』
それがラリエルの考える最悪なのだろう。
確かに、国一つが汚染で消えるのは、最悪も最悪だ。
ある意味、猶予のある部類の問題事項で助かったと思う。
こうして私が間に合い、誰にも気付かれずに人々をパニックにさせることなく終えられたのだから。
『さて、そんな感じでのあたしの依頼は終わりだ。それじゃあ、報酬なんだけど、ちょいとそこの壁の穴を掘ってみな』
「わかったわ。テト、お願い」
「はいなのです!」
そう言って私たちは、ラリエルの指差した場所を探す。
テトが土魔法で押し広げられた土石の奥には、白銀色と緋色の鉱石の塊。そして、その中心には、緑色の結晶が存在した。
「ラリエル、これは?」
『その鉱石は、昔ここに地脈を引き込む時に漏れ出る魔力によってできた浮遊石とミスリル、オリハルコンだ』
「それに浮遊石って、確か島が浮き上がるんじゃないの?」
『その大きさじゃ、島は浮かび上がらないさ! せいぜい、船がいいところさ!』
空飛ぶ船と考えて、また凄い鉱石だと思う。
このファンタジーな異世界では、ドラゴンを始め、ワイバーンや巨大怪鳥などの空の脅威の魔物が存在する。
それに対応するために、地表からの対空攻撃用のバリスタが配置されていたり、個として強力な魔法使いが空を飛んで迎撃し、竜騎士がワイバーンなどの魔物を使役して戦う。
そうした制空権の確保が、この浮遊石を利用することで、個人に左右される資質から一般的なものまで落ちる。
その先に待っているのは、いい方向に進めば、輸送の高速化。
悪い方向に進めば、空の戦いが激化するだろう。
「はぁ、ラリエル。報酬って言うけど、本音は厄介事を押し付けたんじゃないの?」
『へへっ、バレたか。確かに人間には、まだ早い代物だよ。古代魔法文明の時は、空を飛ぶってよりも先に【転移魔法】による移動手段を確立して、空の移動方法ってのが、極小規模に収まっちまったからそれほど気は揉まなかったけどな』
いずれは、人に発見されて研究されるが、まだその時ではないのだろう。
「さて、私もそろそろ回復したし、帰るとするわ。ラリエルの依頼も終わったことだし、のんびりとローバイルの海の幸を楽しんでくるわ」
「楽しみなのですよ! 海に、王都に、他国の商品! そのまま、他の土地まで行くのです!」
海に面した漁村から、沿岸部に位置する王都、更に南方の交易港とじっくりと楽しもうと思う。
もし、私たちがこの廃坑の魔物を退治しなければ、消えていたかも知れない光景を見に行くのだ。
『しっかり、この世界を楽しんでこいよ。後は、時の流れがなんとかする』
「うん? 時の流れ?」
じゃあな、と軽く一言言ってからラリエルが私たちの前から消える。
後には、浄化された廃坑の静寂が残り、私とテトは、意味深なことを残されてモヤモヤした気持ちを抱えたまま、倒したマザーの死体を回収し、廃坑に設置した安全地帯の空間と結界魔導具や転移門を回収して抜け出す。
そして、そこで見た光景は――
「なに、これ……」
「町の畑も近くの森も、色褪せて見えるのです」
廃坑の入口がある高台から見渡せば、この廃坑を中心に、周囲にある大地が色褪せて見える。
畑の作物や近くの森もいつもと変わらぬ様子だ。
だが、【虚無の荒野】で植物魔法を使って樹木の成長を操作した経験から分かる。
この周囲の植物からどんどんと魔力が抜け始めており、どれも枯れる寸前であることを感じ取った。
魔力チートな魔女になりました1巻は、GCノベルズ様より12月26日発売となります。
イラストレーターは、てつぶた様が担当し、とても可愛らしくも大人びたチセが表紙を飾っております。
書店購入特典には――
ゲーマーズ様より、SSペーパー
虎の穴様より、SSイラストカード
TSUTAYA様より、SSイラストカード
メロンブックス様より、SSイラストカード
――以上の書店で配布予定となっております。
また書籍のアンケートにお答え頂くと書き下ろしSSを読むことができます。
ぜひ、よろしくお願いします。