21話【蠱毒の母】
盗賊団の人攫い騒動も終わり、廃坑探索を再開する。
とは言っても、廃坑の各所で新たな虫魔物が湧いていないかの見回りと設置した【転移門】から一時帰宅してベレッタたちの様子を見るなどしていた。
そして、前回の本格的な探索から一週間。
様々な準備を整えた私とテトは、廃坑の最深部を目指して進み、遂に辿り着いた。
「ここが、魔物の発生源ね」
「うへぇ、ドロドロしているのです……」
廃坑の最深部の大穴には、視認できるほどに濃密な負の魔力――瘴気が集まっていた。
呪いの魔剣が内包した禍々しい瘴気の比ではない。
そんな瘴気の中心には、巨大な虫の魔物が鎮座していた。
壁際に寄り掛かるように鎮座し、地中の奥深くに長い管のようなものを突き刺し、何かを吸い上げている。
そして、その魔物の膨れた腹から様々な種類の虫魔物の卵が生み出され、大穴の中で産み落としていく。
そして、その穴底で孵った無数の虫魔物同士が殺し合い、食い合いを続け、そして生き残った数匹が穴から這い出してくる。
「これが廃坑に現れた大量の虫魔物の正体ね。気持ち悪い……」
「下から上にあがってきたのです」
穴から這い出してきた同族殺しを成し遂げて進化して一段成長した虫魔物は、早速、目の前に柔らかそうな餌に見える私たちに襲い掛かってくる。
だが、私の風刃の魔法とテトの魔剣によって、襲い掛かってくる虫魔物たちは、討ち取られて倒れる。
そして魔物を産み落とした大穴や共食いで成長した魔物の体から放出される怨嗟の念が籠った澱んだ魔力を吸い取る母体の巨大魔物が、歓喜するように震えている。
「とても悪趣味ね。ラリエルは、これを倒してほしいから私たちに頼んだみたいね」
「すぐに倒して、この気持ち悪い場所をスッキリさせるのです!」
私たちは、巨大な虫魔物の母体――マザー(仮称)に武器を向ける。
「まずは、小手調べ。――《ウィンド・カッター》!」
「行くのです。そーい!」
私は、杖を横に振り、特大の風刃を五枚生み出し、マザーに向けて放つ。
テトは、無数の礫を土魔法で手の中に生み出して【身体剛化】の魔力を練り込み、全力で投げる。
風刃が虫魔物の体を切り裂き、散弾のように放たれた礫が母体の体を穿ち、蜂の巣にする。
『キシャァァァァァッ――』
「効いているのです! もう一度、なのです!」
次は、拳大の石を土魔法で生み出し、それを全力で投げる。
投げられた石弾がマザーの腹部を掠め、肉を大きく抉り背後の内壁に突き刺さり、天井からパラパラと小石が落ちてくる。
「テト、やり過ぎよ。下手したら私たちも生き埋めになるわよ」
「ごめんなさい、なのです」
「でも、一応は効いているみたいけど……」
私たちに傷つけられたマザーの体からは、毒々しい紫色の体液が噴き出し、禍々しい瘴気も周囲に広がる。
そして、大地に突き立てた管が脈打ち、何かを吸い上げると、ボコボコとマザーの傷ついた体が再生していく。
「これは、厄介ね。地脈から魔力を吸い上げて回復している」
私は、目元に魔力を集中させながら、マザーに纏わり付くドス黒い魔力の塊を見る。
マザーは、長い年月を掛けて、この廃坑の奥深くで地脈の魔力と蠱毒の魔力を浴びて生きていたのだろう。
それに適応するために、魔力依存度は高い体になっているのだ。
「幸い、外の環境じゃ生きられない体みたいだから、地上に現れることなく被害が拡散しなかったけど、倒すのには骨が折れるわね」
私が分析している間に再生したマザーが、私たちに向かって腕を振り下ろす。
ただ単純な振り下ろし攻撃を飛翔魔法で避け、テトも廃坑内を走る。
そして、私とテトに向けて、口から猛毒液を吐き出すが、結界によって阻まれ地面に落ちる。
「はぁ、厄介ね。相手の攻撃は、こっちには殆ど届かないけど、相手も死なない」
冷静に攻撃を捌きながらマザーについて、考察する。
マザーは巨大な虫の魔物だが、その身に纏う魔力は、数多の蟲魔物が蠱毒などの共食いなどで死した時に発する負の魔力が堆積して澱んだ瘴気だ。
蠱毒で生まれた不浄な魔力を吸っていたために、呪いに近い性質に変質している。
そのために、マザーの体に同居する黒い魔力自体にも独立した意思のような物を持ち、黒い魔力から魔力弾が放たれる。
一発一発が、人を死に至らしめる呪詛が込められた攻撃に魔物としての危険度は、かつて討伐したウォーター・ヒュドラよりも遙かに上回る。
それに、攻撃を加えてダメージを与えても、地脈から吸い上げたほぼ無尽蔵の魔力が傷を癒やす。
「やっぱり、私の魔力量を30万まで増やしても上には上が居るわねぇ」
マザーは、地脈から吸い上げている無尽蔵の魔力を持つのだ。
これが外界の低い魔力環境下でも生きていけないが、もしもランクが存在するとしたらAランクを突破して伝説の災厄級魔物であるSランクに分類されるだろう。
もし、廃坑の外で生きていける魔物だったら、無尽蔵に虫の魔物を生み出して、大地を無数の魔物で埋め尽くし、国を滅ぼしていただろう。
廃坑の外では生きられないのが、不幸中の幸いだ。
「とりあえず、魔力の供給源を断つしか無いわね。――はっ!」
様々な角度から襲う十連続の風刃が、地脈と繋がる管を狙うが、マザーはそこが弱点だと分かっているために、その巨体を盾に、風刃の攻撃を防ぐ。
「テト!」
「はいなのです! ――はぁぁぁっ、えい!」
だが、それは織り込み済みだ。
テトは、地面に手を突き、廃坑内の大地を操作する。
テトの魔力が大地を掴み、ずずずと廃坑内部が揺れる。
廃坑の地盤が蠢き、地脈に突き刺さったマザーの管が根っこのように地面から飛び出す。
その瞬間、地脈に通じる穴から緑色の魔力光が溢れるが、テトがすぐに地面の穴を岩盤で塞ぎ、堅く閉ざす。
「やったのです! これで大地から魔力は吸えないのです!」
「テト、ナイス。これでいくわよ。――《ウィンド・カッター》!」
杖を一度振って10の風刃が、さらに振れば倍の20の刃が斜めからマザーの体に降り注ぐ。
再生するための魔力の供給源が断たれて、蠱毒で蓄えた力を消費して傷を再生させるが、それも間に合わなくなる。
『キシャァァァァァッ――』
追い込まれたマザーの体から半身である禍々しい魔力体が飛び出し、私たちから逃亡しようとする。
「今度は、体を捨てて逃げる気ね!」
残された体の方は、肥大化した体を魔力で強化されていたためか、風刃でできた傷と肥大化した体の自重の重さにより、潰れて体液をまき散らしている。
この地下空間から抜け出そうとする禍々しいマザーの魔力体は、この広い空間を駆け回り、テトに襲い掛かる。
「いっせいの、で、はい! なのです!」
腰だめした魔剣に高密度な魔力を宿したテトは、魔力体に向かって一気に振り抜く。
黒い靄のような魔力体は、テトの剣圧ですぐに体を散らすが、再び寄り集まって再生する。
「テト! 今のソイツは、大悪魔と同じ魔力生命体よ。ただの攻撃じゃ通じないわ」
「うー、どうするのですか」
苛立ち、再生する魔力体に何度も剣の風圧を叩き込むが、その度に寄り集まって再生する。
だが、私から見れば、禍々しいが酷く脆い存在だ。
「大悪魔のように完全な実体化も果たしていないし、依代になっていたマザーの体も失った。徐々に霧散していくはずよ」
それに魔物の核である魔石をマザーの体の方に残してきたので、体の構成要素が不安定だ。
蠱毒の魔力が肥大化して生まれた魔力生命体は、本能で暴れる存在だ。
「ここまでくれば――《ピュリフィケーション》!」
『キシャァァァァァッ――!』
私は、廃坑の空間全域に広がるように、全力で浄化の波動を広げる。
白く強い光となって、禍々しい魔力体は、その魔力を浄化され、その一片までも消し去られる。
「ふぅ、これで終わりかしらね」
無尽蔵の地脈の魔力さえ無ければ、こんな物だろう、と思い一歩踏み出すが、傾く視界の中でテトに支えられた。
「魔女様、お疲れ様なのです」
「あれ、私……そうね。ちょっと疲れたみたいね」
こんな澱んだ禍々しい魔物を倒すために浄化の魔法を使ったが、それだけではなかった。
マザーの死体や生み出した魔物を共食いさせていた大穴に溜まる物質化した負の魔力の淀みまでも浄化していた。
普通の魔法使いが何十人と集まり、何十日と時間を掛けて儀式を行なって浄化するほどの穢れを貯め込んだ地層だ。
長年、生み出した魔物同士を共食いさせていた大穴の底には、様々な毒虫の体液が混ざり、染み込んだ地層を消し去るために、無意識のうちに残りの全魔力を使ったのだろう。
「まぁ、一件落着、かしらね。放置して、なんらかの原因でこの汚染が流出したら大変だったわね」
もし、穢れの猛毒が流出したら一番に被害が出るのは、この近くで暮す町の人々だろう。
そんなことを考えていると、私とテトの目の前に地脈から漏れ出る緑の魔力光が寄り集まるのを感じる。
まさか、浄化したのにマザーの魔力体が生きてた? そう思い警戒する中、緑の魔力は人の形を作り上げ、私にとって見知った相手が現れる。
「まさか――ラリエル?」
魔力チートな魔女になりました1巻は、GCノベルズ様より12月26日発売となります。
イラストレーターは、てつぶた様が担当し、とても可愛らしくも大人びたチセが表紙を飾っております。
書店購入特典には――
ゲーマーズ様より、SSペーパー
虎の穴様より、SSイラストカード
TSUTAYA様より、SSイラストカード
メロンブックス様より、SSイラストカード
――以上の書店で配布予定となっております。
また書籍のアンケートにお答え頂くと書き下ろしSSを読むことができます。
ぜひ、よろしくお願いします。