19話【呪いの魔剣】
呪いの魔剣は、盗賊の男の魔力を吸って妖しく輝く。
どうやって作ったら、あんなに禍々しい武器が生まれるのだろうか。
多くの名剣を生み出した廃坑の町が生み出した闇の一端なのかもしれない、と思っていると、盗賊の男が斬り掛かってくる。
「速いわね」
「どうした! 手も足も出ないか!」
先程よりも数段の速度を上げて、様々な角度で結界を斬り付けてくる。
その度に、結界の表面が軋みを上げる中、私は冷静に分析する。
「強さとしては、【身体剛化】を覚えたAランク冒険者に匹敵するほどね」
武器一つで多くの冒険者が超えるのを苦労するAランクとBランクとの強さの壁を超えることができたのは、凄いことである。
だが――
「呪いの魔剣ね。思ったほどではないわね。――《ウィンド・カッター》」
「ほざけ! テメェと同じAランクの強さになったんだ! これでテメェを殺せる! とっとと死ねぇぇぇっ!」
牽制として放った風刃を魔剣で弾き、高まった身体能力で躱し、更に斬り掛かってくる。
そして、何十振りと剣を振るい、罅割れた結界が遂に破られ――
「これで終わりだ、死ねぇぇぇぇっ!」
――そして、再び弾かれる。
「はっ?」
「馬鹿ね。誰が結界は、1枚だと決めつけたの?」
「なに、ガハッ!」
再び、圧縮した空気を放てば、再び先程の焼き回しのように後方に吹き飛ばされる。
「私は、常に複数の結界を重ねて発動させているのよ」
「多重、結界……だと……」
一枚一枚が並の魔法使いの全力だ。
それが複数枚張って守られた私は、一枚を壊している間に、新たに結界を張り直せる。
結論で言えば、例え呪いの魔剣を手にしたとしても、私に攻撃を届かせることは不可能である。
折角全力で打ち込み、壊した結界も目の前で修復させれば、盗賊の男は信じられないような目で見る。
「そんな……これが【組織潰しの魔女】の力……」
「さぁ、大人しく投降しなさい」
「ふざけるな! 俺は、俺はまだ戦える! うぉぉぉぉぉっ――――グギャァァァァァッ」
半ばやけくそ気味に剣を構えて魔力を注ぎ込む。
だが、魔剣は、男の魔力を根こそぎ奪い取るだけでなく、今度は生命力まで奪い取っていく。
髪は徐々に白くなり、顔も老け込んでいく。
「離れろ! 離れろ! なんで、離れないんだ! 助けてくれ、死にたくない! 死にたくない!」
呪われた装備は、外せない、という言葉が頭を過ぎった。
どうやらあの呪いの魔剣は、使用者の手から離れないようだ。
私もこの男に死なれては困る。
「――《ウィンド・カッター》」
静かに唱えた魔法は、鋭利な風の刃となって、盗賊の両腕の肘から先を斬り落とし、魔剣と共に宙に舞う。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ! 腕が! 俺の腕が!」
「うるさい。――《シャドウ・バインド》!」
【原初魔法】スキルに含まれる【闇魔法】を使い、物理的に干渉力を得た影を操作して体を拘束して口を塞ぐ。
「さて、処理をしておかないとね。――《ヒール》《ファイア》」
口を影で押さえられた盗賊は、腕を斬り落とされた痛みにくぐもった呻き声を上げるが、構わず手を翳す。
応急処置の【回復魔法】で両断された肘先の傷口が塞がり、僅かに肉が盛り上がる形で皮膚が張る。
そして、それと同時に地面に落ちた男の両腕を一瞬で燃やし尽くす。
「んーっ!? んんっ! んんんんんっ!」
治療された肘先と燃える自身の腕を見た盗賊は、更に呻き声を上げて暴れる。
だが、私の膨大な魔力で干渉力を強化された影を盗賊は打ち破れない。
「よかった。子どもたちに見せないように結界を張っておいて」
腕が切断された場合の回復魔法の定石としては、傷口を塞がずに切断した腕をくっつけて治療する。
だが私は、繋ぎ合わせる腕を炎で消滅させ、繋ぎ合わせるはずの両腕の傷口を塞ぐ。
治癒魔法の定石から外れた行為は、盗賊の心をいち早く折るための行為だ。
(傷口が塞がった箇所に回復魔法は効かない。だから、この盗賊の腕を元通りにするには、高度な再生魔法で新しく生やし直すか、高価な欠損部位回復の魔法薬が必要になる)
「んんっ! んんんんんっ!」
腕が切り落とされた痛みと両腕が無くなった精神的なショックで男が白目を剥き、失禁して倒れる。
こんな拷問紛いな方法で無力化する私の姿を子どもたちに見られなくて良かったと思う。
「それにしても生命力を吸い取る魔剣ね。恐ろしい力だけど、正直危なっかしくて要らないわね」
浄化魔法の《ピュリフィケーション》を使えば、呪いも消える。
だが、そうすると魔剣自体が崩壊するほどに呪いが魔剣と密接に絡んでいる。
「呪いの魔剣や外法に頼って強くなったところで、ロクな結末は迎えそうに無いわね」
昔対峙した悪魔憑きによって力を得たBランク冒険者や呪いの魔剣で力を高めた盗賊の男など、代償が大きすぎる。
「やっぱり、地道に地力を付けていくのが一番ね。それに残して封印するくらいなら消しちゃった方がいいよね――《ピュリフィケーション》!」
私はそう呟き、呪いの魔剣に対して浄化魔法を発動する。
禍々しい瘴気が浄化されて正常な魔力に戻り、魔剣自体が鳴くように軋みを上げて、そして刀身が三つに砕け散る。
そして、禍々しい刀身が、美しいミスリルの銀色の姿を現わす。
これでもうこの魔剣は問題無いだろう。
「あ、勝手に浄化しちゃった。町長さんに確認取るの忘れてた……」
まぁ、怒られたら怒られたで素直に謝ろう、と思いながら、折れた魔剣を布で包んでマジックバッグに仕舞い、辺りを見回す。
「魔女様~、こっちはもう終わっているのですよ~」
「……テト、お疲れ様」
「はいなのです!」
後ろからそっと抱き締めてくるテトに首だけで振り返る。
そして、その後は、黙々と捕まえた盗賊を【創造魔法】で作り出した手錠と鎖で捕縛して、いつものように土魔法の檻に閉じ込めていく。
そして、ようやく盗賊の処理が終わったところで私は、馬車の周りの結界を解き、馬車の中を確かめる。
「チセちゃん、テトちゃん……」
薄暗くてよく見えない馬車の中には、膝を抱えて寄り集まっている子どもたちがいた。
その中にいるアリムちゃんがか細い声で私たちの名前を呼ぶために、安心させるために、言葉を掛ける。
「もう大丈夫よ。助けに来たから」
「ちゃんと町まで連れて帰るのですよ!」
『『『うわぁぁぁぁぁぁぁっ!』』』
子どもたちが一斉に泣き出す。
攫われ、自分たちがどんな目に遭うか分からない恐怖と不安。そして、泣き喚くことを許さない盗賊の存在。
そうした抑圧する存在が倒され、救い出されたことへの安堵に子どもたちが感情を爆発させる。
私とテトは、それを落ち着くまで無言で受け止めるのだった。
SIDE:宿屋のドワーフ娘・アリム
「お父さん……お母さん……」
その日は、いつもと変わらない日だった。
朝起きて、宿屋のお手伝いをしてチセちゃんとテトちゃんと一緒に食事を取って、叔父さんの畑の手伝いに行って、午後からは子どもたちと一緒に近くの川や森まで足を延ばして遊びながら、色々なものを集めた。
少し前までは、畑の実りも悪かったから川で魚を捕ったり、山菜を探したりした。
私より少し年上の子どもは、もう鳥やウサギの魔物を捕まえて、ご飯にしている。
けど最近では、チセちゃんたちが私たちに虫や小さな生き物を捕まえてほしいと頼んできた。
なんでも、魔物を誘き寄せる餌にするらしい。
私は、そういうものなのか、と思いながら、子どもたちと一緒に集める。
そうすると集めた生き物をチセちゃんが買い取ってくれる。
一匹銅貨1枚。オスとメスが番いのペアだと銅貨3枚。
見かけない種類だったり、大きめだったりすると、これも銅貨3枚。
そして、お金と一緒に、甘くて美味しい飴玉を私たちにくれた。
飴は、砂糖って高級品から作るから私たちじゃ滅多に食べられない。
だから、子どもたちは、チセちゃんから貰った飴玉を持ち帰って砕いて弟や妹、お父さんやお母さんたちと一緒に舐める。
子どもたちは、秋に来る行商人から物を買うためにお小遣いを貯め、飴玉が実りの悪い辛い年の中で私たちの生活を明るくしてくれた。
そして、今日もいつものようにチセちゃんから貰った虫取り網と虫籠を持って生き物を探しに行けば、森の中で大人の人たちと出会う。
手に持った剣を私たちに向けてくる。
「逃げろ! 大人に知らせるんだ!」
幼馴染の男の子が私たちの前に立って、虫取り網を構える。
子どもの何人かは、町に向かって走り出すが、私は怖くて足が竦んでしまう。
その間に、幼馴染の男の子が盗賊に殴られて地面に倒れ、私たちは捕まって袋に詰められて、運ばれる。
そして、どこかに用意していた檻付きの馬車に乗せられて、どこかに運ばれていく。
子どもたちが泣き出せば、馬車の床を大きく打ち鳴らされて泣くこともできない。
『こいつらは、商品』『奴隷として売れば幾らになるか』『女7人、男が6人』『海にさえ出ちまえば、騎士団も追ってこられないだろ』
そんな言葉が盗賊たちから聞こえ、人攫いにあって奴隷にされるのか、と暗い気持ちになる。
心細くなる、自分の明日がどうなるか分からない不安に泣きそうになる。
お父さんとお母さんに会いたい、そして、詰め込まれた馬車の帆の隙間から見れば、外はもう暗い。
一緒に捕まって殴られた幼馴染の子の顔が腫れている。
「だれか……助けて……」
小さく呟いた直後、地面が揺れ、馬車を引いていた馬たちが嘶き声を上げて止まる。
なに? と更に不安が募る中、盗賊たちが騒ぎ始めた。
それからしばらくの間、盗賊たちの悲鳴と怒鳴り声が響く。
私は、怖くて拐われた子たちと一緒に馬車の隅で身を寄せ合って震えていたが、不思議と馬車に盗賊たちが近づくことは無かった。
そして、辺りが静まり返った直後、荷馬車の扉が開かれ、誰かが乗り込んでくる。
その乗り込んでくる人は、見覚えのある冒険者の姿をしていた。
「チセちゃん、テトちゃん……」
「もう大丈夫よ。助けに来たから」
「ちゃんと町まで連れて帰るのです!」
そういつもと変わらない穏やかな笑みのチセちゃんと底抜けに明るいテトちゃんを見て、捕まっていた私たちは全員、安心から声を上げて泣いた。
4章17話の部分の一部でご指摘があり、読みやすさ、わかりやすさを重視して4章19話に移動させました。
魔力チートな魔女になりました1巻は、GCノベルズ様より12月26日発売となります。
イラストレーターは、てつぶた様が担当し、とても可愛らしくも大人びたチセが表紙を飾っております。
書店購入特典には――
ゲーマーズ様より、SSペーパー
虎の穴様より、SSイラストカード
TSUTAYA様より、SSイラストカード
メロンブックス様より、SSイラストカード
――以上の書店で配布予定となっております。
また書籍のアンケートにお答え頂くと書き下ろしSSを読むことができます。
ぜひ、よろしくお願いします。