18話【組織潰しの魔女】
商人を装う盗賊たちに追い付いた私たちは、盗賊たちの馬車の前方を土壁で塞ぎ、停止した馬車の後方に降り立つ。
土壁と私達の出現という異常事態に慌てた盗賊たちは、こちらに武器を向けて警戒してくる。
「これは、貴様らの仕業か! 何が目的だ!」
そう声を張り上げる小綺麗にした商人風の盗賊がこちらを睨み付けてくるので、冷ややかな目で見下ろす。
「攫われた子どもたちを返してもらいに来たわ。大人しく投降しなさい」
「子どもだぁ? へへっ、誰かと勘違いしてるみたいだな。この馬車に詰め込まれたやつらは、寒村から買い取った奴隷たちだ。最近この辺りの作物の実りが悪くて、どの村も食い扶持を減らすために子どもを売ってくれる。攫われた子どもなんて居やしないさ」
「奴隷商ねぇ……」
イスチェア王国やガルド獣人国とは違い、ローバイル王国では奴隷は認められている。
だがそれは、正規の奴隷商だけで、彼らは奴隷商という名の労働者斡旋という側面がある。
正規の奴隷商の多くは、自らの仕事が忌み嫌われることを理解し、国に必要な悪であると分かっていて、行なっている。
故に、必要悪を行うための覚悟と矜持、そしてそれぞれの美学を持つ。
白々しい嘘で軽々しく奴隷商を名乗る盗賊は、徐々に目が慣れ、この土壁を作る私たちが若い少女だと見て、欲の籠った目を向けてくる。
「勘違いで商売を邪魔されたんだ。それなりの誠意は見せてもらわないとなぁ」
そう言った商人風盗賊が部下に指示を出し、部下の盗賊たちがじりじりと私たちを囲もうとする。
そして、感知できる範囲の盗賊が全て馬車から離れたところで杖を掲げて、結界を張る。
「非常に不愉快だわ。――《バリア》」
「なっ!?」
「子どもたちを人質に取られたら面倒だから、先に確保させてもらったわ」
私の言葉の意味を知り盗賊が何人か馬車に向かうが、ドーム状の結界に阻まれて子どもたちのいる馬車に近づけない。
「魔女様もテトも怒っているのですよ! 子どもたちを狙うなんて……」
そう言ってテトは、足を踏み鳴らし地面を操作して、土壁を作り盗賊を一人も逃さぬ態勢を作り上げる。
「なんなんだ。なんなんだよ、テメェらは――」
戦慄きながら声を絞り出す商人風の盗賊に対して、私は目に魔力を集中させて、鑑定魔法を発動させる。
私の膨大な魔力を利用すれば、いくら隠蔽しようとも並の相手の全てを丸裸にできる。
ただ、一人の人間の全てを調べるのは脳内に負担が掛るために、【罪業判定の宝玉】と同じ人の罪悪と過去に犯した犯罪だけを調べ上げる。
――【詐欺】【誘拐】【窃盗】【強盗】【殺人】など諸々の罪が私の前に暴かれる。
「ああ、名乗り忘れていたわね。私たちは冒険者パーティー【空飛ぶ絨毯】――魔女のチセよ」
「同じく、テトなのです!」
その名乗りに多くの盗賊が逃げ腰になった。
だが、それを見逃すテトではなく一番近い盗賊に【身体剛化】で高まった速さで近づき、鞘に収まった魔剣で殴り倒して行く。
『うわぁぁぁぁぁっ!』『いやだぁぁぁぁっ、死にたくない!』『逃げろ! 捕まったら終わりだぞ!』『ガルド獣人国の魔女がなんでこんなところにいるんだよ!』『クソ、壁が邪魔で逃げられない! おい、壁を壊せ!』
逃げ惑う盗賊たちをテトは一人ずつ無力化して、地面を操作して拘束していき、そんな盗賊たちの反応を見て、溜息を吐く。
「ホント、あの町じゃ知る人は居なかったけど、盗賊たちに知られているのは、何か複雑ね。まぁ、抵抗される手間が省けて良いけど」
それにしても、死にたくない、とは失礼な盗賊だ。
私たちが受ける盗賊の討伐の殆どは、生きたまま捕縛して各都市の騎士団に引き渡している。
結果的に、死刑や鉱山送りとなって死んだ人間はいるだろうが、積極的に人を殺した記憶はない。
「やられて、堪るか! 死ねぇぇぇっ!」
そう一人不満に思っていると、狂乱した盗賊の一人が私に突撃してくる。
私は、盗賊に手を掲げ、無詠唱の《サイコキネシス》で武器を押さえる。
空中で停止した武器に驚く盗賊に対して、手の関節が曲がらない方向に武器を振り回し、奪い取った武器を操って襲ってきた盗賊を殴り倒す。
「逃げるな、戦え! 戦え! 畜生! なんでお前らみたいな上級冒険者がここにいるんだよ! 【組織潰しの魔女】が!」
「へぇ、盗賊たちの間では、そんな風に言われているのね」
ガルド獣人国で発生した盗賊団の壊滅依頼。または、人攫いと違法奴隷組織の摘発。
他にも発見した違法薬物の売人などを見つけ次第、各都市の騎士団と協力して徹底的に潰し回ったために、裏の人間からはそう呼ばれているのを初めて知った。
二十年ほど冒険者稼業をやっているが、相当恨まれていそうだ。
私とテトに暗殺者を仕向けられたことも一度や二度じゃないが、【虚無の荒野】という神々の大結界によって守られた場所に逃げ込める私たちは、精神的に追い詰められることはない。
「まぁ、どうでもいいことね。子どもたちは無事に町に帰して、盗賊は捕まえて騎士団に引き渡す。今回は、たまたま私たちが居合わせた不運を呪いなさい」
「ふざけるな! 今回も、いつものように女やガキを攫って、他国に運んで金を貰うはずだった! それに、今回成功させれば、俺は支部長を任されるはずなんだ! こんなところで終われるか!」
そう言って隠し持っていた長剣を引き抜き、私に襲い掛かってくる。
商人風の服を着ているが、体は鍛えられており、魔力もそこそこあり【身体強化】も扱っている。
強さとしては、Bランク冒険者と同等程度だろう。
「ここで終われるか! むしろ、裏組織の間では、お前らには賞金が懸かってるんだ! ここで倒して捕まえれば、一気に幹部も夢じゃない!」
絶望的な状況で希望的な願望を見て、自身を鼓舞する盗賊を冷ややかに見つめる私は、再び手を掲げて張った結界で攻撃を受け止める。
「なにっ!?」
「魔法使いがノコノコと相手の目の前に出てくるんだから、対策くらいしているに決まっているわよ」
そう呟く間にも、結界を壊そうと長剣で斬り掛かるが、その程度ではビクともしない。
並の魔法使いが全魔力を使って作り出す結界よりも魔力を籠めているのだ。
たかだか、Bランク程度の実力で壊せる強度ではない。
「ふぅ――《エア・バレット》」
「がはっ……」
結界を壊すのに夢中になっていた盗賊の腹部に圧縮した空気砲を放つ。
小さな弾丸サイズに圧縮された空気がぶつかった瞬間に膨張して、盗賊が激しく後方に吹き飛ばされる。
その拍子に盗賊が持っていた長剣を取り落とす。
「あ、ぐががっ……」
「本当に、中途半端に強いと、途端に手加減が難しいわね」
冷ややかな目で吐血する盗賊を見下ろす。
【黄牙団】を名乗る盗賊やテトが相手している程度の相手なら、捕縛用の魔法を使えば、容易に拘束できる。
だが、Bランク以上になると下手な拘束魔法では、避けられたり、力業で突破される。
「裏の組織に詳しそうだから、生きたまま騎士団に引き渡したいわね」
ただ殺すだけなら、急所を確実に破壊すればいいので一定の技量を持つ者にとって簡単だ。
逆に生かしたまま捕らえるというのは、圧倒的な強さと生かすための工夫と技術がいる。
「俺を、中途半端に強い、だと……生かしたまま、引き渡す、だと! ふざけんな! この【暗剣】のギルバード様を! 馬鹿にしやがって、クソが!」
殺す気で魔法を放ったわけじゃないために、起き上がるのは想定内だが、まさか私の言葉に激昂するとは――。
それにしても【暗剣】なんて二つ名に思わず、鼻で笑ってしまい、更に激昂されてしまう。
「折角、手に入れた戦利品をここで使うとは思わなかった!」
盗賊の男が引き抜くのは、腰に下げたもう一本の剣だ。
男が先程まで使っていた剣は、それなりの業物だろうが、この剣は、更に格の高い魔法武器だろう。
だが、それと同時に禍々しくもある。
「それは、町長の家から盗んだ魔剣ね」
「その通りだ! あんまりに危険だからって言ってあの町長がずっと隠し持ってた魔法武器さ! 噂じゃ、代償さえあれば、とんでもない力が手に入るって話だ!」
「なら来なさい。格の違いって物を見せてあげるわ」
私は、悠然と杖を構えて禍々しき呪われた魔剣を持つ盗賊の男を迎え撃つ。
魔力チートな魔女になりました1巻は、GCノベルズ様より12月26日発売となります。
イラストレーターは、てつぶた様が担当し、とても可愛らしくも大人びたチセが表紙を飾っております。
書店購入特典には――
ゲーマーズ様より、SSペーパー
虎の穴様より、SSイラストカード
TSUTAYA様より、SSイラストカード
メロンブックス様より、SSイラストカード
――以上の書店で配布予定となっております。
また書籍のアンケートにお答え頂くと書き下ろしSSを読むことができます。
ぜひ、よろしくお願いします。