第四話 子どもしんぶん
早朝一番、編集長・斎藤喜一は白髪交じりの頭を掻きながら溜め息をついた。
「あのなぁ菊池」
視線の先の原稿を見て眉間にしわを寄せた。
「俺はたしかに、子ども向けの新聞だからわかりやすくとは言ったし、そのために絵本作家であるアンタを担当者にしたけれど……なんというか、コレジャナイだろう?」
斎藤が机に原稿を並べて菊池にも見せる。低い声でゆっくりと話す斎藤を前に、菊池萱子は押し黙ったまま並べられた原稿に視線を落とした。
「例えばこのニュース、”狂犬が脱走。近くの民家に潜んでいる恐れ”……これのタイトルがどうしたらこうなるんだ」
斎藤の指さす原稿にはこう書かれていた。
”シャカリキドッグでておいで”
「なんなんだよシャカリキドッグって……狂犬なのにちょっと愉快なわんちゃんみたいになってるじゃないか」
コトの重大さが伝わってこない。斎藤は菊池にそう説明した。
斎藤から見て娘ほどの年齢に見える菊池は分かったようなわからないような返事を返す。
「ほかにもだな……”世界規模でマグロの乱獲。個体数減少に拍車”が、どうして”おいしい水ぎん”になるんだ。ちっとも分かりやすくないし、水ぎんが美味しいと勘違いした子どもが水ぎん食べたらどうするんだ」
水銀なんか売ってないし、という菊池の呟きをかき消すように斎藤は続けた。
「極めつけはこれだ」
斎藤がさらに原稿を取り出す。
”58歳男性会社員、痴漢で逮捕。「俺はやってない」冤罪か”
その横に書かれた子ども新聞向けタイトルがこれだ。
”やりたかったなあ”。
「やりたかったじゃねぇよ! もう容疑者の主張まで変わっちまってるじゃねえか!」
首をすくめ今にも泣きだしそうな菊池を前に斎藤は続けた。
「そもそも、痴漢冤罪とか子供向けのニュースにふさわしくないだろう。もっとこう、動物園に象の赤ちゃんが生まれたとか、そういう話題をえらんでだな……」
斎藤の説教は二時間ばかり続き、眉間にしわを寄せたままの斎藤と憔悴した表情の菊池が部屋を出たのはお昼のチャイムが鳴ったころだった。
「まったく、最近の若者は」
お昼休憩が終わって食堂から戻った斎藤は、机の上に新しい原稿が置かれているのに気が付く。菊池からのものだ。
「なになに、”自立歩行可能な高性能AIロボット、量産化に目途”か。いいニュース選んだじゃないか。ようやくあいつもわかってくれたか」
その横に書かれた子ども向けタイトル――”I'm back.”
「菊池を呼べ!」
ターミネーター演じるシュワルツェネッガーのごとく憤怒に満ちた顔の斎藤の叫びが編集部内にこだました。