第三話 インザスカイおじさん
見上げるとおじさんがいた。
こっちを見ている。
電信柱だ。電柱の上にしがみついてこっちを見ている。
あぶないですよ。
そう言おうとした。でも声が出なかった。おじさんの鋭い眼光、背後に広がる紺碧の空のまぶしさについ、タイミングがつかめなかったんだ。
青空に浮かぶおじさん……僕は彼のことを
”インザスカイおじさん”
そう呼ぶことに心に決めた。
「俺は国会議員をやめるぞ!」
インザスカイおじさんが雄たけびを上げた。
僕はとっさにポケットに忍ばせたスマートフォンで現職の国会議員について調べた。けれどインザスカイおじさんに似た人は一人もいない。
「フライアウェイ!」
僕の口から、不意に言葉がとび出した。
インザスカイおじさんは一瞬驚いた表情を見せる。そして真っ白な翼を生やして天高く舞い上がっていった。純白の羽が舞った。
「あぶないですよ」
後ろから声がした。いつも散歩コースですれ違う知らない人だ。気が付けば僕はインザスカイおじさんのいた電信柱の中ほどまでをよじ登ろうとしていたのだ。
「あ、すみません」
我に返った僕は地面に飛び降りると、軽い会釈をしてその場を立ち去った。
ーーインザスカイおじさんは僕なのかもしれないーー
家に帰りついた僕はなんともいえない虚無感に襲われた。悲しみや憎しみといった激情に飲み込まれそうになってしまう。
こうして僕は、どう処理していいのかわからない、行く宛てのない感情をこらえ切れずシコることにした。
ふいに言葉が飛び出した。
「フライアウェイ!」
飛べた。真っ白い羽が目の前を舞った。