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第一話 粒士

 まずはじめにハッキリとさせておきたい事がある。

 私はコストパフォーマンスという言葉が嫌いだ。

 なぜかって?

 それは生を否定することになるからである。

 生あるものはいずれ死ぬ。ならばさっさと死んだほうが……いや、さらに言えば生まれてこないことのほうがもっともコストパフォーマンスがいいということになってしまうからである。

 そしてもう一つ、嫌いな言葉がある。メリット・デメリットがそれだ。

 私は手のひらのおにぎりをじっと見つめる素振りをしながら、その先にいる女性の臀部(ケツ)に視線を注いだ。

「あの、まだでしょうか」

 臀部に視線を注がれた女性が振り向きざまソワソワした様子で話しかけてきた。だが私は動じない。

 手のひらのおにぎりに注意を払うフリを続けながら、ひぃ、ふぅ、みぃとおにぎりの米粒を数えてみせた。

 そう、メリット・デメリットという言葉が嫌いなのはなぜか……それはセックスを否定することになるからである。

「ンセッックスォッ!」

 変なくしゃみが出た。エッチなことを考えながらのくしゃみはひと味違うなと思った。

 ビクッた女性が振り向きざま怪訝そうな顔で私を見ている。だが私は動じない。

 ちょうど六を数えようとしたところが幸いしたのだ。「シックス」と言い直すことで事なきを得た。

 セックスとはすなわち生殖行為である。生殖行為とは男も女も自身の細胞やら栄養やらを犠牲にして行うものだ。

 個で見るならその行為は生よりも死に近い。生きる上ではデメリットになる。しかしどうだ、生あるものはみなセックスするのである。

「あああ、あの。やっぱりいいです。キャンセルします。そのおにぎりは差し上げますから」

 女性は慌てるように言い放ち、その場から足早に去っていってしまった。

 歩道橋の上で一人残された私は、手のひらに置いてけぼりの米の塊りをモシャりながら”おにぎりの粒かぞえます”と書かれた小さな立て看板をたたみ風呂敷で包んだ。

 ”粒士(つぶざむらい)”、それが私の生業としている職業である。端的に言えばおにぎりの米粒を数える、という仕事である。

 粒を数えてどうするのかとか、それに何の意味があるのかなど無粋なことを聞いてくる輩もいるが、質問するだけ無駄なことだ。メリットやデメリットだけで語れるほど世の中は単純にできていないのだから。

 身支度を整え歩道橋から眼下の道路に目をやると、さきほどの依頼女性が歩いているのが見えた。

 私は指に着いた米粒をしゃぶりながら、師匠の言葉を思い出す。

 ――おにぎりの粒を数えるということ、それ即ちセックスである――

 どこか都会の建物に消えゆく依頼女性に手を合わせ、私は心の中で呟いた。"ごちそうさまでした"と。

「ンセッックスォッ!」

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