表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

黎明の戦い

  東の地平に光は広がり、

  青藍の空を陽はのぼりゆく。

  神々の祝福を受けし偉大なる魔ウレカミムは、

  麗しきたてがみをなびかせて翼を広げる。


 蒼玉の空に薙ぐような鮮やかな明け。その壮大な景色が胸を掻き立て、エシュリン叙事詩の戦いの章がネフィアの口からこぼれ出た。


「いざ、戦いの時は来たれり」


 耳元でウィカが続きをそらんじた。


 木々の枝先より上を飛ぶ翼の魔物の背の上。

 落ちればケガどころではない。

 翼ある魔ガルナのたくましい背に紐で身を固定したネフィアとウィカは、互いに顔を見合わせた。


「この一節が好きなんです。

 まさか自分が、叙事詩のように、空の上から夜明けを見るなんて思ってもみなかった」

 白髪の魔導士は何も言わず、手をそっと重ねてきた

 その暖かさに、ネフィアは自分の手が冷たく少し震えていたのを知った。

 今起こっているのは、物語の中の話ではなく、現実なのだ。

 闇の魔物に追われ、翼の魔物の背から夜明けをみているのは。

 ひとつ間違えば、世界の均衡すらやぶりかねない状況というのは。

 考え出すと、胸のあたりから熱という熱が逃げて、全身が凍りついてしまいそうな気がする。

 そんなネフィアのお腹の下で、眠っていたはずのマルが身じろぎした。

 寝ぼけているのか伸びをして、また丸くなる。

 仔魔の無邪気な気配に、ほんの少しだけ気持ちが落ち着いた。


  

  静謐なる蒼き天蓋の高みより、

  猛る砂塵、虚なる魔の群れへと

  風の歌を奏でる翼は輝く矢となる。  


 さらに続く詩句をそらんじてから、ネフィアは後ろを振り返る。

 夜に出発は危険ではあったが、一刻も早く神殿につきたい一行は、日の出ぎりぎりに出発して半刻が過ぎていた。

 目指す地平には黎明の曙光が広がる。

 背後には…。

 夜闇残るその空に、何かを感じた。

 何も見えない、何も聞こえない。けれど何かの気配が蠢いている。

「カシュカ」

 ウィカがネフィアの様子に気がついて朋魔の名を呼ぶ。

 銀髪の女性姿だったウィカの朋魔は、燐光に包まれた華奢な肢体に半透明の翅を広げて、ガルナのすぐ後ろを飛んでいた。

 呼びかけに寄ってきた魔は、意図を理解して瞬時に姿を消す。

 そして一呼吸ほどの間をおいて、ウィカの脇で再び翅を広げた。

「ダークドラゴン・アレギアです」

 カシュカはフラッシュフライ(白閃蟲)、光の魔。見える場所であれば瞬時に移動ができるという。

 今のわずかな時間で空のむこうを見て、戻ってきたのだ。

 少し前にウィカに聞いていたとはいえ、目の当たりにすると魔物の超自然的な能力に驚きを隠せない。

 が、今はそれどころではない。

 –––追ってきた。

 ネフィアはガルナの背中にしがみついた。

「見つかったか」

 下からガルナが舌打ちする。

「まだ夜闇が残っている。

 ダークドラゴンにはうってつけの状況よ

 すごい勢いで来るわ」

 ウィカが背後を振り返るのにつられて、ネフィアも恐る恐る振り返る。

 目をこらせば濃紺の空に黒雲ひとかたまり、それが急速に大きくなるのが見て取れた。

「降りる」

 直後、ガルナの伸びやかに風を受けていた翼が少し畳まれ、降下を始める。

 しかし、ネフィアとウィカを乗せているので、スピードをあげられない。

 その脇をすり抜けるように黒い大きな影。

 黒い霧に包まれた闇のドラゴンの翼手が起こす風にあおられ、またそれをかわしながら、ガルナはさらに降下する。

 アレギアは一旦上空に駆け上り、再度ガルナの脇をすり抜けて揺さぶりをかけてくる。

 直接攻撃をするつもりはないらしい。

「彼は、ネフィアを神殿につれていきたいのね。

 だから直接は襲ってこない」

「このままだと二人を落としそうだ。

 ウィカ、なんとか奴を離せないか?」

「やってみるわ」

 カシュカ、彼をとめて! とダークドラゴンを示す。

 フラッシュフライはダークドラゴンの鼻先に飛び出すと、閃光を放った。

 目が眩んだのかアレギアはしばし、己の発する闇の中でもがく。

 その隙をついて、ガルナが地上に降りた。

 森林部から平原への移り変わりの大地で周囲に遮蔽物はない。

 転げ落ちるように草原に降り立つネフィアとウィカを狙って、ダークドラゴンが降下した。

 それを迎え撃つ翼の魔。

 夜明けの空にガルナとアレギアがぶつかり合う。

 ガルナの羽が飛び散り、アレギアがまとう黒霧が一瞬吹き飛ぶ。

 衝撃で失速したかのように見えたアレギアは、そのまま地上に降りたネフィアを追った。

 5つの目が輝く頭部がネフィアに届く直前、剣の牙を持つ半獣半人がドラゴンの顎を押さえつけた。

 剣牙豹(ソードパンサー)と呼ばれる魔物は、ウィカの家でガルナを案内した巨漢、キザキの本来の姿だった。

 ずっと大地を追走してきた疲れも見せず、ダークドラゴンの首を振り投げた。 

 大地に叩きつけられまいと翼手で体制を立て直すその機をとらえ、ドラゴンの首にとりつくガルナ。

 暴れるドラゴンの首元で、。

「できるだけ離れてくれ」

 と叫ぶ。 

 キザキが立ちすくむウィカとネフィアを抱え、その場を離れるべく駆け出した。

 次の瞬間。

 稲妻がドラゴンの周囲を取り囲むように走った。

 耳をつんざく轟音と閃光。

 ネフィアの喉が悲鳴の形に開かれたが、声が出たかどうかもわからなかった。

 気がつくと、ウィカと一緒に、巨大熊のように仁王立ちするキザキの腕の中に抱え上げられていた。

 日が昇り明るくなった空に、ダークドラゴンの姿はない。

 キザキがネフィアとウィカが地面におろすと、ガルナとカシュカも上から降りてきた。

「ガルナっ!」

 ほっとするネフィア。

「あいつは逃げて行ったよ。

 さすが先代の守護魔。すごいタフ」

「これで諦めてくれればいいわね。

 あなたは大丈夫?」

 ウィカの問いに、ガルナは両手を広げてケガのないことを示した。

「よかった」

 唇から思わず漏れる吐息ののち、腕の中のマルを見ると、びっくりしすぎたのかぼーっとしていた。

「ネフィアもケガはない?」

 振り向く女魔導士のおだやかな口調に、ネフィアも少し落ち着いてくる。

「ケガはありません。

 でも、怖かった。

 巫姫になってもならなくても、死んじゃうかと思いました」

 そんな少女に、ウィカは怪訝な顔を向けた。

「昨日も不思議に思ったのだけど、あなた巫姫のことどう思っているの?」

「守護魔に食べられてしまう生贄ですよね?」

「ネフィア、あなた……」

 ウィカは言葉を失ってガルナを見上げる。

 女魔導士の呆れ顔に、肩をすくめ吐息をついて応えてみせる若い魔物。

 知っていたのか、という意味と解釈してネフィアは、

「神事に詳しい友人がそう言っていました。

 神務官に巫姫のことを聞いても首を振るだけで何も教えてくれなかったし」

 知る人もいる。なのにかたくなに秘密にして、なんの意味があるのかと訴えたかったのだ。

「それは間違っていないけれど、違うのよ」

「どういうことですか?」

「巫姫は、守護魔の花嫁になるの。

 だからあなた、婚礼衣装を着ているでしょう?」

「え?!」

 ネフィアは目を丸くして、着ているドレスを確かめるように胸に手を当てた。

「えええっ?」

「3代に渡って守護魔を務めているダークドラゴンは、吸収婚といって、自分の体内に花嫁を取り込んで最後は同化してしまうの。だから食べられるといってもある意味、間違いではないかもしれない。

 でも相手が違えば、たとえばガルナなら普通に花嫁よ。

 それが死ぬほど嫌なら、しょうがないけれど」

「!!!!!!」

 見開かれたスミレ色の瞳が、ガルナとウィカを高速でいったりきたりした。

 やがて、耳たぶから顔全体が真っ赤になる。

「巫姫の運命は様々。その時の守護魔によるとしか言えない。

 だから神務官たちは説明ができなかったのよ。

 その証拠に4代前、第三十代の巫姫は役目を終えた後、魔導士になって平和に暮らしているわよ」

 ウィカはいわくありげに微笑み、「わたしのことだけどね」と付け加えた。

「えっ!」

 これにはネフィアだけでなくガルナも目をむいた。

「4代前? ウィカっていくつ?」

「忘れたわぁ」ガルナの質問を笑顔で流す。

「巫姫だったんですかっ!?」

「3年とちょっとの間だったけど」

「4代前といえば、九十年前。

 もしかして伝説のミ・エスメラルデ……」

 緑の守護魔ミ・エスメラルデ。

 守護魔になって3年目に訪れた大飢饉と隣国の侵略。

 魔力の限りを尽くして国を守った守護魔は力尽き、今も王国のどこかで眠っているという。 

「その話は長くなるから別の機会にするとして、ガルナが肩で息をしているから、少し休みましょう」

 見れば、それだけでなくところどころ擦り傷を負っている。

「傷をきれいにしたほうがいいわよね。

 わたし水を探してきます。

 マルにも水をあげたいし」

 今聞いたことを、ひとりで落ち着いて考えたくて、ネフィアは水探しを買って出た。

 巫姫が守護魔の花嫁?!

 ということは、わたしはガルナの花嫁になるってこと?

 ガルナはいい魔物みたいだし、きらいではないけれど…。

 –––おととい会ったばかりだし。

 –––魔物だし。

 —だいたい(ことわり)を超えた魔力があって、わたしとは全然違う世界を見ているみたいだし。

 そう、それが怖い気がする。

 今、ネフィアがマルを抱く腕には、ガルナの心臓が入った小袋が下がっている。

 –––この心臓=宝玉を壊せば、ガルナは死んでしまうのよね。

 〈契約は互いの信頼の上に成り立つ〉

 契約の儀をネフィアに教えた魔導師はそう言っていた。

 心臓を託したということは、ガルナはわたしを信頼している。

 では、わたしは?

 ガルナはわたしを守って、神殿の正庭に連れて行ってくれるつもりだ。

 それは信じられる。それは絶対的に信じられる。

 ではガルナの花嫁になる? それはまた別の話だわ。

「ダメ。いろんなことがありすぎて、アタマがグルグルする。

 ちょっと落ちつかないとね」

 ネフィアは腕の中のマルに語りかけ、水探しに専念した。

 このあたりの村人が通うらしい小道をたどって、木々がまばらにある茂みのほうへと進む。

 思った通り水音が聞こえてきて、ほどなくして岩の間にせせらぎを見つけた。

「マル、あの怖いリープスネーク(跳躍蛇)は、ある程度の広さの水面が必要って言っていたわよね」

 ネフィアの言葉に同意するように、仔魔はクンクンと鼻をならす。

 少し離れたところから、川幅が狭いところを探す。ちょうどいい場所を探して茂みをかき分けていると、マルが急に大きな鳴声をあげた。

 その鳴き声を合図に、茂みの奥から何かが飛び出した。

 ネフィアめがけて狼のように走ってくる姿は、青銅色の鱗に覆われていた。

 マルがネフィアの腕の中から飛び出して、果敢にも魔物の前に立ちはだかる。

 ネフィアを守っているつもりなのだろう。

 青い魔物は仔魔の威嚇を、前足をふるってふっとばした。

 その一瞬、閃光が青い魔物の眼前で炸裂する。

 フラッシュフライ、カシュカの瞬間移動だった。

「大丈夫か?」

 翼の音が頭上から降るとともに、ネフィアの前にガルナがかばうように立つ。

 カシュカもガルナもネフィアに気を配っていたようだ。

「マルがっ!」

 ネフィアが叫ぶ間にも、次々と茂みの向こうから魔物が飛び出してくる。

「マルはあとだっ」

 ガルナはネフィアを抱いて飛び上がる。

「追え! 巫姫を逃がすな」

「拉致が無理なら殺せ!」

 茂みの中から剣呑な怒声が漏れ聞こえ、3体の翼のある魔物が茂みから飛び出してきた。

「魔導士?」

「ウィカの言っていた隣国の魔物部隊か。

 守護契約の秘儀を巫姫ごと盗むか、契約そのものを阻止するつもりだろう」

 ネフィアを抱いていては、スピードもあげられないし雷撃も使えない。

 ガルナは3体の魔物の連携によって、上から下へと追い込まれそうになる。

 どうするか? 

 地上に降りれば、襲ってくる魔物の数がもっと増える。

 上空から見ても、魔物たちは木立の間から次々と現れ、数を増やしていた。

 その数、およそ30。

 カシュカとキザキがウィカを守って戦っているのが見える。

 ウィカも退魔陣&印を結んで場を有利にしていたし、キザキが魔物達を赤子のように放り投げていたが、なにより数が違う。

「おろして!」

 ガルナの腕の中でネフィアが叫んだ。

「わたしと一緒だと戦えないわ。

 今すぐわたしをおろして」

 敵の魔物部隊の真っ只中に、巫姫を?

 敵の魔導士はさっき、巫姫を殺せと叫んでいなかったか?

 そんな危険はおかせない。

 ためらうガルナに、

「ガルナは新進気鋭の次世代の覇者で、契約でわたしを絶対に守ってくれるんでしょう?」

 ネフィアは腕の中から見上げた。

 強い意志と信頼に輝くスミレ色の瞳がそこにあった。

 若きライトニングラプタ(稲妻鳥)ーはふっと眉根を緩め、

「もちろんだっ。なにしろ期待の超大型新人だからな」

 不敵な笑みを浮かべ、降下をはじめるべく翼をたたんだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ