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白髪の魔導士

 馬車に別れを告げた場所は、街道から外れた小道の行き止まりだった。

 森を背にした石造りの一軒家は、二階建てで軒がなく、鎧戸で守られた窓と堅牢なつくりの扉を持ち、この地域の農家の平家造りとは異なっている。

 ものものしい佇まいの家屋と異なり、玄関までのアプローチや、家周りは可憐な花々が縁取っていた。

 馬車の到着の気配を感じたのか、重々しい扉が開き、白髪の小柄な女性が飛び出してきた。

「ガルナ!」

 目尻に刻まれたものから年配と見受けられるが、魅力的な笑顔が年齢をわからなくさせる。

「ウィカ、久しぶり。

 悪いけど、少し休ませてくれないか?」

 目くらましを解いた半鳥半人の魔物の顔色は、まだ血の気がない。

「こっちは俺の《心臓を持つもの(ハートホルダー)》」

 ネフィアはあわてて仔魔を抱いたまま膝を折る。

「ネフィアです。このコはマル」

「はじめまして。わたしはウィカ。

 ここで立ち話している場合じゃないみたいね。

 早く中にお入りなさい。

 ガルナがボロボロなんて、珍しいことになった話も聞きたいわ」

 促されて早々に家に入ると、黒髪の大男と銀髪の若い女性が二人を迎えた。

「久しいなガルナ。顔色が悪いぞ?」

 ガルナより頭ひとつ大きな男が心配そうに覗き込み、銀髪の女性もそれにならう。

「毒蛇に噛まれた。一刻ほど休めば治ると思う」

「ならば水をたくさん飲んで安静にしたほうがいいわね。

 奥の客間でやすみなさい。

 薬湯もつくるわ」

 こうした事態にも慣れているのか、老婦人はガルナの額に手を当て、銀髪の女性はガルナの翼の傷を確かめていた。

 この家のものたちが魔物姿のガルナをごく普通に受け入れていることに、ネフィアは軽く衝撃を受けていた。

 まるで家族がケガをして帰ってきたみたい。

 魔物が怖くはないのかしら。

 ガルナもすごく信頼しているみたい。

 ただなりゆきを見守るだけのネフィアの前で、ウィカはてきぱきと指示をだし、大男はガルナの肩を支えて家の奥へと導いていった。

「あなたはこちらへどうぞ」

 案内に従って、ネフィアはテラスつきの居間へと移動する。

 外への掃きだし窓は閉められているが、ガラス越しの日差しが居心地のよさそうなテーブルセットを照らしていた。

「わたしたちはお茶にしましょう。

 ネフィアはそこに座って待っていて。今お茶を用意するから。

 カシュカはガルナ用の毒消しの薬湯をお願い」

 老婦人は銀髪の女性をともなって居間を離れ、ほどなくしてミルクたっぷりのお茶と、バターとマーマレードをのせたパンケーキ、マル用の蜂蜜を混ぜた粥を運んできた。

 遠慮しがちに口にしたパンケーキはふっくら美味しく、ネフィアは自分がとてもお腹が空いているのを知った。

 ウィカはケーキの作り方やお茶の種類など、あいづちひとつで済む話をむけてきた。

 ネフィアがパンケーキに専念できるよう、心遣いなのだろう。

 最後の一切れが皿から消え、4杯目のお茶を手に取った時、

「さて、ガルナが毒蛇に噛まれた事情が知りたいわ。

 何があったのかしら、ネフィア・セガル伯爵令嬢、このたびの巫姫様?」

「!?」

 ティーカップを落としそうになるのをぎりぎりこらえたネフィアは、ナプキンで口元を抑えて、目前の老婦人へ驚きの目を向けた。

「この時期に婚礼衣装をつけたお姫様が西の塔に近い村にいればね。

 ダークドラゴン・アレギアが暴れているのと関係があるの?」

「あの、契約が結ばれるまで一般人にわたしの名前はまだ公開されていないはず。それにダークドラゴンの名前もご存知なんて、なぜ?」

「わたしは魔導士のはしくれなの。

 契約の時期には、神殿から様々な指示と情報が流れてくるのよ。

 守護魔の座を狙った魔物たちの争いや、この機に乗じた他国の動きに警戒するのも仕事のうち。

 魔物と契約できる魔導士はどの国にもいるけれど、王国守護の契約は、始祖王エシュリンが残した秘儀。我が国しか行えないわ。

 その秘儀を狙って、何かをしかけてくるかもしれないから、この時期は特に警戒しているの。

 そして2つ目の質問の答えはね、アレギアは3期90年にわたり王国を守護してきたダークドラゴンだからよ」

 この小柄な品のいい老婦人が、魔物を操る魔導士?

 そうは見えないけれど、ガルナに対する態度はそういうことだったのね、とネフィアは深く得心した。

「ガルナから聞いていないの?」

「そんな暇がなくて」

 と、西の塔から逃げてきたことと、リープスネークに襲われたことを、問われるまま、記憶をたどりながら説明した。

「なるほど」

 話を聞き終えた白髪の女魔導士は、大きく吐息をついた。

「巫姫になりたくなくて《契約の窓》から逃げてきたというわけね。

 まさか、そんなことになっているとは。

 この国で王族の血族であり、特権階級の貴族であるということは、保証された身分の代わりに命を差し出して王国に尽くす義務があるということ。

 嫌だから逃げましたでは済まない。

 王国をあげてあなたは追われるし、残された一族は罰を受ける。

 他国に守護魔不在を知られれば、侵略の脅威にさらされるから、あなたが巫姫にならないのならば、代わりの姫が選ばれて巫姫となる。

 つまり、多くの人を巻き込んでしまうわけ」

「どうしよう。逃げたら他の姫が代わりに巫姫にされるとか、他国が襲ってくるとか、親族が罰せられるとか、何も考えてなかった」

 自分がやったことの意味がわかり、その重さがのしかかってきて血の気が引いた。

「でも、でもっ。

巫姫になりたくなかっただけで、ガルナに神殿の正庭へ連れて行ってもらって、そこであらためて個人として正式な守護魔の契約をしようと思っているんです。

 それなら大丈夫ですよね?」

 真っ青になり声が震えるネフィアを、足元のマルが心配そうに見上げた。

「王国の守護は魔物にとって大変なこと。

 もちろん契約遂行ののちに得られる魔力は大きいけれど、それだけでは足りない。そのために求めるものが巫姫。

 それでやっと釣り合いがとれるくらいの大仕事。個人契約は無理よ。

 それにガルナは承知しているの?」

「それが……、神殿正庭にわたしを届けるという契約をして、それ以外の話はできていなくて」

「そもそもアギレアは王国にとって魔力も大きく、90年間守護魔をつとめた信頼性の高い魔物。

 たとえ巫姫の問題がクリアできたとしても、アレギアが巫姫を追っている状況の中、未知数のガルナを王国の守護魔物にするのを、神殿側が認めるかどうか。

 さっきも話したけど、他国、ことに隣国バーシクは、長年の国境争いもあって常に我が国に攻め入る隙を探している。

 神殿は確実に国を守れる魔物と契約したいのよ」

「じゃあ、わたしはどうすればいいんでしょう?

 王の姫たちだって逃げたのに。

 どうしても巫姫にはなりたくない。それだけは絶対……」

 唇が震えてそれ以上言葉にならず、泣くつもりはないのに目から涙が溢れてきた。

 ウィカが何かを言いかけた時、

「俺が巫姫なしで王国守護魔の契約をすればいいんだろう。

 1ヶ月、2ヶ月の短期なら巫姫なしでもギリギリ許容範囲だ。

 その間に他の解決方法を探せばいい。

 神殿を説き伏せるのはダークドラゴンより魔力が優っていると説得できれば問題ないだろう」

 ガルナが部屋に入ってきた。

「もう大丈夫なの?」

 涙のあともそのままに、ネフィアが契約の相方=朋魔の心配をする。

「薬湯を飲んだら、だいぶ楽になってきた」

 と腕や翼を動かしてみせるが、まだ顔色はさえない。

「契約中だったのは幸いね」

「ホントだよ」

 同意するガルナに、

「心臓をわたしに預けて死なない身体になっても、毒は効くのね」

 ネフィアは涙をぬぐいながら、ずっと尋ねたかったことを口にした。

「そうなんだよな。無敵ってわけじゃない」

 若い二人の話が逸れかけるのを、

「ところで、ガルナ。

 今の案だけど、神殿側にとってガルナは未知の魔物で、しかも焼け石に水ともいえる短期契約。すんなり納得するとは思えないわ」

 とウィカが戻す。

「希望があるとしたら、神殿側が巫姫のかわりをすぐに見つけられないこと。

 《契約の窓》から巫姫候補を連れ出したのがガルナであることね。

 いずれ正式に巫姫にネフィアがなるという前提で、ガルナの力を見るため短期契約するという形に持っていけば、あるいは」

 と提案する。

「でも巫姫には…」

 どうしてもそれだけは譲れないネフィアが食い下がった。

「そう説得して時間を稼ぐのよ。

 時間があればいい案がでるかもしれないじゃない。

 今は時間がないの。

 さっきカシュカが隣国との前線を見てきたわ。

 バーシクはダグレカム王国の契約のタイミングを狙って、前線に兵を揃えている。魔物部隊も動いている気配があるわ。

 すぐに動いた方がいい。

 ネフィア、あなたは王国存亡の鍵になっている。

 理不尽であっても、その現実に向かい合わなくてはならない。

 ガルナ、正直いえばあなたは王国の守護魔になるには、まだ経験が足りないように思う。でももう運命は回り始めてしまった。

 後悔のないように、できる限りのことをやっていくしかない。

 神殿へはわたしもついていくわ。何か役に立てるかもしれない」

 今はウィカの言葉に一縷の望みをかけるしかなかった。。

 なによりどんなことになっても、魔物に食べられるよりマシとしか思えない。

「わかりました。おっしゃる通りにします。

 でも、どうしてウィカさんはそんなに親切にしてくれるの?」

「ガルナはわたしが子どもの頃から契約している幼馴染なのよ。

  途中、少し間の空いた時期もあったけど、もう100年以上の付き合いで家族のようなもの」

「ウィカは出会った時から、今までほとんどかわらない。

 目尻にシワができて、髪の毛の色が赤から白に変わったくらいかな。

 ずっと小さいまま」

 くすりと白髪の女魔導士が笑みをこぼす。

「今のは褒め言葉と受け取っておくわね」

 気持ちが落ち着いてくると、ネフィアにもいろいろ知りたいことが出てきた。

「ガルナは今何歳なの?」

「100年以上生きているけど、年齢なんてわからないな」

「若そうに見えるけど、違うの!?」

「魔物の中じゃ、まだ青二才って言われるんだけどね」

「魔物は人間と成長速度が違うから、年月で測らず見た目通りと思っていればいいのよ」

「そうよね。

 年長者なら思慮分別があって、《契約の窓》につまって、身動きとれなくなって契約失敗、なんてことにならないわよね」

 ようやくネフィアも少し調子を戻してきた。

「そうはいうけど、《契約の窓》にたどり着くまで、どれだけ結界や陣があったと思う?

 すっごく面倒な陣をひとつひとつ解法して、最後の最後の、ひっかけ問題みたいな仕掛けがあの窓で…」

 応じるガルナも体調が戻ってきたのか、声に張りが出ていた。

 そんな二人の顔を、ウィカが呆れ顔で眺める。

「二人とも、思った以上にたくましいわね。

 あなたがたなら、なんとかなるかも。

 では、出かける準備をしましょうか」

 

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