初恋
彼女に恋をした。
小学2年の夏、彼女に出会った。
水泳大会で学内1番を決めるレースに彼女は出場していた。小学2年生とあって他の子と比べるとひと回りもふた回りも小さかった。それもその筈、同じレースに出場する生徒は上級生の5・6年生。全員泳ぐのに自信が在る者ばかり。出場するのに年齢制限は無いが、校内1を決めるレースに自信がない者は参加しない。周りのクラスメートは今年転校してきたばかりの彼女が、その意味を知らないからだろうと何度もレースの説明をしたが、その意思は変わらなかった。レース参加者、いや会場にいた全員が「温情のエールを送ってあげよう」そんな雰囲気だった。だがレースが始まるとその想いは一変した。良いレースとかそういう問題ではなく、ミナミのブッチギリの優勝だった。非公式だが100m自由形の小学生日本記録を7秒も更新する好タイム。イルカの如く軽やか且つ急速、その泳ぐ姿はとても美麗。まるでお伽話に出てくる人魚のようだった。会場は静寂から喧騒に変わっていた。シンジも気が付けば立ち上がって、ずっと彼女を目で追いかけていた。
美少女が転校してきたと噂が耳に入ったのは2ヶ月前だった。だが転校生とは話した事も無ければ特に興味も無かった。廊下ですれ違っても「例の転校生か」それくらいの存在だった。好きか嫌いかで言うと嫌いなタイプだった。理由はひとつ。男子にちやほやされているのが気に入らなかった。
「ちょっと調子乗ってるよな。」
「そうかな。いいんじゃないの、可愛いのは事実なんだし。俺結構タイプだし。」
ツカサとの意見は合わなかった。だがこの話で盛り上がる事も無ければ討論する事もなかった。
レースが終わっても心を奪われていたシンジは、会場に1人取り残された。我に返り帰宅しようとした時、通路から1人の美少女が現れた。
「レース見てくれたんだ。1組のシンジ君だよね。」
「う、うん、水泳の事よくわかんないけどな。お前水泳得意なんだな。」
「私の名前はミナミ。お前じゃなくてミナミって呼んでくれていいよ。」
「ミナミ・・・。」
「そっ。ミナミって可愛い名前でしょ。私この名前気にいってるの。」
あどけない笑顔が高熱をおびた矢になってシンジの心臓に突き刺さる。心臓から煮えたぎった血液が飛び出たのがバレないようシンジは話を変えた。
「なんで俺の名前知ってんの。クラス違うのに。」
「内緒。」
さらに何本かの矢が放たれた。シンジは必死に刺さらないようバリアを張った。
「あんなに速く泳げるの学校ではいないよ。何歳から水泳やってるんだ。」
「3歳からだよ。」
「5年位であんなに速くなれるんだな。俺泳げないからその感覚がわからないけど。」
「へぇ、泳げないんだ。じゃあ今度私が教えてあげるよ。」
「いいよいいよ、泳ぐの好きじゃないし。それに男が女に教えてもらうなんてダサいだろ。俺は陸の上で1番になれればいいの。」
シンジの言葉にミナミの表情が強張った。
「私達人類の先祖は皆、海(水)から産まれた。青海で進化を続け選ばれし者たちが陸に挑んだの。『海を制するは陸をも制す』その海で泳げない者に未来永劫進化は無い。大きな海物に食われて、はい終了。1番なんて無論のこと上陸すら出来ない。君の進化もそこでTHE END。はい、深海へさようなら。」
「わかったわかった。今度教わるから、もうその話止めてください。普通進化論とか初めましての奴に話するか。」
「物分かりがよくてとてもよろしい。そういうとこ女子のポイント高いよ。」
表情が強張ったかと思えば、次の瞬間には満遍の笑顔に早変わり。
シンジはミナミに圧倒された。言葉だけでなく屈託の無い笑顔にやられてしまった。ただ間違いなく言えるのは彼女に恋したことは確かだ。
「じゃあ、今日は一緒に帰ろう。なんだかシンジ君と話してると楽しいね。」
断る理由も見つからずシンジは言われる通りに一緒に帰る事にした。万が一断っても、また進化論を出されたら反論しようが無い。それにもう少し一緒に居たいと思ったからだ。
2人の関係は5年生の夏まで続いた。
相思相愛とは2人の為にある言葉だと、周りは羨ましがった。どちらから告白したという訳ではないが、いつしか自他共に認めるおしどりカップルだった。
あの出来事が無ければ永遠に続く筈だった。